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監視型⑥
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喧騒が耳を刺す。人の声とクレーンゲームの音が混ざり、声を多少張らないと会話が難しいほどだ。そんな中──一台の筐体の中に、燦然と輝いて見えるぬいぐるみ。やんぱらとは違う好きなゲームのキャラを象ったものだった。今日探しに来たものはまさにそれであった。
思わず、食い入るように見つめてしまう。欲しい。
「ああ……ピンクのが欲しい感じ?」
横から、覗き込んできた陸奥先輩が言う。
「……そうなんすよ。あれクレーンゲーム限定で……」
取れる気がしない。だけど、高額転売されたものを買うのはオタクとして許せない。そうなると、手に入れるにはやはり死ぬ気で取るしかないわけで。……諦めるしか、ないのだろうか。絶望的に下手なのだ。
「じゃあ取ってあげよう。先輩、結構こういうの上手いんだぜ?」
項垂れた頭上から落ちた声。それは、喧騒の中でもはっきりと聞こえた。事も無げに言ってのける陸奥先輩は言うやいなや、百円玉を投入していた。
ぴろりん。音とともに、射幸心を煽るように照明がビカビカと光る。我に返ったのは、二つ目の硬貨が入れられたときだった。
「え、ちょ……悪いですって!」
「大丈夫だって。設定にもよるけど……んー、まあ少なくて五回かな」
アームを使い、少しづつ、だが確実に寄せていく。そうして──予想していた数通り。五回目に、とうとうぬいぐるみは取り出し口へと呆気なく落ちたのだ。
ファンファーレのような音が響き渡る。周りのお客さんもこちらを見て、「すごーい」「あの人上手いね」なんて言い合っている。注目を浴びるのが、少し恥ずかしい。だけど──本当にすごい。予想通りに手に入れてしまった。
気恥しさとともに周りを見回していると、体に柔らかいものが押し付けられる感触。そちらを見ると、へらりと笑った彼がぬいぐるみを俺に押し付けている。
「……すごいっすね……本当に取っちゃった」
喜びなんかよりも先に、驚きが勝ってしまった。促されるまま、受け取る。言えば、ニヒルな笑みを浮かべて彼は応える。
「中学のとき小遣い全部使って破産したくらいやり込んだ。その賜物だな」
「すげえ」
いろんな意味で。薄々思ってはいたが──良い意味で、先輩らしくない人だ。伍代先輩のように頼りがいのあるタイプではない。それどころか、少し心配になってしまう。だけど、そこが逆に親しみやすい。
そういえば。
「先輩は部活とかやってるんですか?」
「うん? まあ、してるね」
バスケ部ではないだろう。見学に行ったときに見た覚えは無いから。
「何部です?」
「文芸部と演劇部。兼部してんの」
「へえー……すごいな」
なんというか──文化的な人だ。どちらも全く縁がない。話を書く才能は無いし、緊張してしまって演技どころか人前に立つことが難しいし。
「今度見においでよ。脚本も書くし演技もできる! 結構やる先輩なんだぜ」
「ははは、なら今度見学に行こうかな」
「うんうん。キミ運動苦手そうだし、こういう文化系の方が向いてると思うよ」
「何気に失礼ですね」
じとりとした目で見つめても、悪びれもせず笑うだけ。
外を見れば、もうすっかり暗くなってしまった。そろそろ帰らないと親から怒られてしまうだろう。雰囲気を感じ取ってくれたのか、陸奥先輩は「そろそろ帰る? オレは少し残るから、先帰りな」と僅かにまた微笑んだ。
「今度やんぱら語りでもしようよ。周りには引かれるかもだから内緒でね」
「っ是非!」
あの優しい文月くんですら女の子が最悪と言っていたのだ。悲しい現実を受け止めることにした。傍から見れば、歓迎されないだろうものだということは自覚している。
オタク同士、奇妙な友情が芽生えたのを感じ。ぬいぐるみを大切に片手で抱きながら、もう片方の手で固く握手を交わし、連絡先を交換して──ひっそりと交流を始めたのだった。
思わず、食い入るように見つめてしまう。欲しい。
「ああ……ピンクのが欲しい感じ?」
横から、覗き込んできた陸奥先輩が言う。
「……そうなんすよ。あれクレーンゲーム限定で……」
取れる気がしない。だけど、高額転売されたものを買うのはオタクとして許せない。そうなると、手に入れるにはやはり死ぬ気で取るしかないわけで。……諦めるしか、ないのだろうか。絶望的に下手なのだ。
「じゃあ取ってあげよう。先輩、結構こういうの上手いんだぜ?」
項垂れた頭上から落ちた声。それは、喧騒の中でもはっきりと聞こえた。事も無げに言ってのける陸奥先輩は言うやいなや、百円玉を投入していた。
ぴろりん。音とともに、射幸心を煽るように照明がビカビカと光る。我に返ったのは、二つ目の硬貨が入れられたときだった。
「え、ちょ……悪いですって!」
「大丈夫だって。設定にもよるけど……んー、まあ少なくて五回かな」
アームを使い、少しづつ、だが確実に寄せていく。そうして──予想していた数通り。五回目に、とうとうぬいぐるみは取り出し口へと呆気なく落ちたのだ。
ファンファーレのような音が響き渡る。周りのお客さんもこちらを見て、「すごーい」「あの人上手いね」なんて言い合っている。注目を浴びるのが、少し恥ずかしい。だけど──本当にすごい。予想通りに手に入れてしまった。
気恥しさとともに周りを見回していると、体に柔らかいものが押し付けられる感触。そちらを見ると、へらりと笑った彼がぬいぐるみを俺に押し付けている。
「……すごいっすね……本当に取っちゃった」
喜びなんかよりも先に、驚きが勝ってしまった。促されるまま、受け取る。言えば、ニヒルな笑みを浮かべて彼は応える。
「中学のとき小遣い全部使って破産したくらいやり込んだ。その賜物だな」
「すげえ」
いろんな意味で。薄々思ってはいたが──良い意味で、先輩らしくない人だ。伍代先輩のように頼りがいのあるタイプではない。それどころか、少し心配になってしまう。だけど、そこが逆に親しみやすい。
そういえば。
「先輩は部活とかやってるんですか?」
「うん? まあ、してるね」
バスケ部ではないだろう。見学に行ったときに見た覚えは無いから。
「何部です?」
「文芸部と演劇部。兼部してんの」
「へえー……すごいな」
なんというか──文化的な人だ。どちらも全く縁がない。話を書く才能は無いし、緊張してしまって演技どころか人前に立つことが難しいし。
「今度見においでよ。脚本も書くし演技もできる! 結構やる先輩なんだぜ」
「ははは、なら今度見学に行こうかな」
「うんうん。キミ運動苦手そうだし、こういう文化系の方が向いてると思うよ」
「何気に失礼ですね」
じとりとした目で見つめても、悪びれもせず笑うだけ。
外を見れば、もうすっかり暗くなってしまった。そろそろ帰らないと親から怒られてしまうだろう。雰囲気を感じ取ってくれたのか、陸奥先輩は「そろそろ帰る? オレは少し残るから、先帰りな」と僅かにまた微笑んだ。
「今度やんぱら語りでもしようよ。周りには引かれるかもだから内緒でね」
「っ是非!」
あの優しい文月くんですら女の子が最悪と言っていたのだ。悲しい現実を受け止めることにした。傍から見れば、歓迎されないだろうものだということは自覚している。
オタク同士、奇妙な友情が芽生えたのを感じ。ぬいぐるみを大切に片手で抱きながら、もう片方の手で固く握手を交わし、連絡先を交換して──ひっそりと交流を始めたのだった。
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