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監禁型⑪
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「家でもひとりで立派に生活してて、外でもみんなから頼られてるのに。俺の世話までするんだったら、先輩はどこで息を抜くんですか」
「……俺は別に、お前と一緒にいられるなら問題は……」
「あります」
きっぱり言い切れば、少しだけ気圧されたようだ。
「疲れだって溜まるでしょう、倒れたらどうするんですか。もしここに閉じ込めるとしても──少しくらいは人に甘えてくださいよ」
皆の兄を自称していても、頼られてばかりでは気も抜けないだろう。そのうえ他人の世話なんて、いくら体力があろうと続くわけがない。……いや、俺も別にすんなり監禁されるつもりはないのだが。
「……甘え方が、わからないんだ。両親にそうしたのは、ずっと昔だし……」
視線を伏せ、そう続ける様は幼い子どものようだ。
「それでもいいし、皆からされてるようにしてもいいんです。……先輩。俺には別に、ここに閉じ込めなくても甘えてくれていいんですよ」
それは、紛れもない本心だった。世話をされ、彼の負担になるのならば──俺は彼が心を許せる拠り所になりたい。学校でだって、どこだっていい。苦しみを吐露してくれていいのだ。
そう、思ったのだが。
「……そうやって、俺を言いくるめて外に出るつもりだろう」
酷く冷えた声が。酷く熱のこもった瞳が。俺の体を、固まらせた。
「お前は外に出たら、いつかまた誰かを庇うんだろう。傷つくんだろう。そんなの、許せない……!」
肩を強い力で掴まれる。痛みに顔が歪むが──辛そうに言われるそれに。俺はただ、鬼気迫る彼の顔をじっと見つめた。
ねえ、先輩。
「先輩だって、わかるでしょう。俺たちはまだ子どもで、外に出ないで生活することなんてできないのも」
返事はない。代わりに、肩に置かれた手に力がこめられる。
……監禁なんて、フィクションだからできることだ。それが俺たちのような学生ならば尚更。少し考えれば、現実的でないことはわかる。先輩も、頭のどこかではわかっていたはずだ。
それでも、こんなことをしてしまったのは、恐らく──
「それほど、思い詰めたんですね。俺の身を案じてくれたんですね。……居なくならないで欲しいと、思ってくれたんですね」
命さえなげうつほどに優しい人だった彼の両親のようにならないで欲しいと、優しい先輩は考えたのだ。
「…………」
「……もしこれが大事になって、先輩が責任を負うことになったら。俺はやりきれません」
ねえ、先輩。
もう一度呼びかける。肩に置かれた手は、いつからか力が抜けていた。項垂れるように、顔を伏せる彼。その瞳は、僅かに潤んでいるように見えた。
「貴方が俺を失うのを恐れているように、俺だって貴方が居なくなるのは嫌だ。それに、皆から慕われてる先輩を俺が奪うのも、忍びないんです。わかってくれませんか」
「…………わかっ、た……」
揺れる声色で、彼は返事をしてくれた。
内心は──心臓がうるさいくらいに脈打っていた。言った言葉は本心だが、説得できなかったらどうしようという不安もいっぱいだったのだ。
……しかし。なかなかヤンデレをいなすのも上手くなってきたのではないだろうか。基本的に彼らには、歪んでしまった愛情を向ける複雑な理由がある。それを上手く受け止めてあげることが大切なのだ。やんぱらと実体験で俺は学んだ。……実体験で学ぶことってあるんだ。事実は小説よりも奇なりとは言うが、限度があるだろう。
「……すまないな。足首も痛かっただろ」
「ああいや、それは全然……」
どこからか取り出した鍵をさし、足が自由になる。随分軽い。
申し訳なさそうな先輩がなんだかいたたまれなくて──俺は、口を開いていた。
「あの。先輩が嫌じゃなければ、なんですけど……今日、泊まっていってもいいですか」
「……! ああ、もちろん!」
ぱあ、と顔が明るくなる。「上に戻ろう」そう言って、彼が立ち上がらせてくれる。口ぶりからすると──どうもここは地下室のようだった。……そんな部屋があったのか。
固まった体を動かし、伸びをする。そしてはた、と気づいた。
「……あ、服ないや」
「そんなの貸してやるよ。っはは、なんか楽しくなってきた!」
快活に返す先輩は、俺が知るいつもの先輩の姿だった。ほっと一息つき、階段を上がる。窓から射す光が、いつもよりずっと明るく見えた。
***
「……だけど、他の奴と近すぎるのは、少し……嫌、だな。……もし、大人になって、今度こそ閉じ込めたら……あんな杜撰じゃなく、念入りに、したなら。俺以外とは、関われない、のか……」
「…………?」
ぞくりと。悪寒が背中を走った。……風邪、だろうか?
「……俺は別に、お前と一緒にいられるなら問題は……」
「あります」
きっぱり言い切れば、少しだけ気圧されたようだ。
「疲れだって溜まるでしょう、倒れたらどうするんですか。もしここに閉じ込めるとしても──少しくらいは人に甘えてくださいよ」
皆の兄を自称していても、頼られてばかりでは気も抜けないだろう。そのうえ他人の世話なんて、いくら体力があろうと続くわけがない。……いや、俺も別にすんなり監禁されるつもりはないのだが。
「……甘え方が、わからないんだ。両親にそうしたのは、ずっと昔だし……」
視線を伏せ、そう続ける様は幼い子どものようだ。
「それでもいいし、皆からされてるようにしてもいいんです。……先輩。俺には別に、ここに閉じ込めなくても甘えてくれていいんですよ」
それは、紛れもない本心だった。世話をされ、彼の負担になるのならば──俺は彼が心を許せる拠り所になりたい。学校でだって、どこだっていい。苦しみを吐露してくれていいのだ。
そう、思ったのだが。
「……そうやって、俺を言いくるめて外に出るつもりだろう」
酷く冷えた声が。酷く熱のこもった瞳が。俺の体を、固まらせた。
「お前は外に出たら、いつかまた誰かを庇うんだろう。傷つくんだろう。そんなの、許せない……!」
肩を強い力で掴まれる。痛みに顔が歪むが──辛そうに言われるそれに。俺はただ、鬼気迫る彼の顔をじっと見つめた。
ねえ、先輩。
「先輩だって、わかるでしょう。俺たちはまだ子どもで、外に出ないで生活することなんてできないのも」
返事はない。代わりに、肩に置かれた手に力がこめられる。
……監禁なんて、フィクションだからできることだ。それが俺たちのような学生ならば尚更。少し考えれば、現実的でないことはわかる。先輩も、頭のどこかではわかっていたはずだ。
それでも、こんなことをしてしまったのは、恐らく──
「それほど、思い詰めたんですね。俺の身を案じてくれたんですね。……居なくならないで欲しいと、思ってくれたんですね」
命さえなげうつほどに優しい人だった彼の両親のようにならないで欲しいと、優しい先輩は考えたのだ。
「…………」
「……もしこれが大事になって、先輩が責任を負うことになったら。俺はやりきれません」
ねえ、先輩。
もう一度呼びかける。肩に置かれた手は、いつからか力が抜けていた。項垂れるように、顔を伏せる彼。その瞳は、僅かに潤んでいるように見えた。
「貴方が俺を失うのを恐れているように、俺だって貴方が居なくなるのは嫌だ。それに、皆から慕われてる先輩を俺が奪うのも、忍びないんです。わかってくれませんか」
「…………わかっ、た……」
揺れる声色で、彼は返事をしてくれた。
内心は──心臓がうるさいくらいに脈打っていた。言った言葉は本心だが、説得できなかったらどうしようという不安もいっぱいだったのだ。
……しかし。なかなかヤンデレをいなすのも上手くなってきたのではないだろうか。基本的に彼らには、歪んでしまった愛情を向ける複雑な理由がある。それを上手く受け止めてあげることが大切なのだ。やんぱらと実体験で俺は学んだ。……実体験で学ぶことってあるんだ。事実は小説よりも奇なりとは言うが、限度があるだろう。
「……すまないな。足首も痛かっただろ」
「ああいや、それは全然……」
どこからか取り出した鍵をさし、足が自由になる。随分軽い。
申し訳なさそうな先輩がなんだかいたたまれなくて──俺は、口を開いていた。
「あの。先輩が嫌じゃなければ、なんですけど……今日、泊まっていってもいいですか」
「……! ああ、もちろん!」
ぱあ、と顔が明るくなる。「上に戻ろう」そう言って、彼が立ち上がらせてくれる。口ぶりからすると──どうもここは地下室のようだった。……そんな部屋があったのか。
固まった体を動かし、伸びをする。そしてはた、と気づいた。
「……あ、服ないや」
「そんなの貸してやるよ。っはは、なんか楽しくなってきた!」
快活に返す先輩は、俺が知るいつもの先輩の姿だった。ほっと一息つき、階段を上がる。窓から射す光が、いつもよりずっと明るく見えた。
***
「……だけど、他の奴と近すぎるのは、少し……嫌、だな。……もし、大人になって、今度こそ閉じ込めたら……あんな杜撰じゃなく、念入りに、したなら。俺以外とは、関われない、のか……」
「…………?」
ぞくりと。悪寒が背中を走った。……風邪、だろうか?
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