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同化型⑥
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「あ、田山くんおはよー! 昨日はありがとーね!」
朝。朝練が終わったらしい四方田くんと廊下で目が合った。小走りで駆けてくる彼は、練習の疲れを少しも見せず満面の笑みで挨拶をしてくれた。
「お礼を言うのはこっちの方だよ! クッキー、美味しかったよ」
「マジ? へへ、よかった」
「バイトしてたんだね。うちの高校だと珍しいから、驚いた」
確か、バイトをするには届け出が必要だったはずだ。理由なんかを書いて提出するのだとか。とはいっても、一部ではこっそり隠れて働いている生徒も少なくはないらしい。
「あー、うん! オレんちあんま金もねーのね、でもオレめっちゃ食うじゃん? だから満足に食うためにバイトしてんの」
「……そうなんだ」
なんてことないように笑って言うけれど。彼は食費を家に入れ、家計を助けているのだ。同い年なのに、なんて立派なのだろう。
その姿がなんだか輝いて見えて、考えるよりも先に言葉が飛び出ていた。
「四方田くんって、すごいね」
「え? いやいや! 食いてーだけ食うためにバイトしてるだけだし!」
「だけって言うけどさ。それって、すごいことだと思うよ。お金稼ぐのだって簡単じゃないでしょ」
尊敬する。そう言えば、彼は大きな目を丸くした。
部活や勉強との両立だってきっと容易なことではない。その苦労をおくびにも出さない快活な姿には、心から尊敬の念を覚える。彼のことを見習わなくては。
「……へへ、なんか照れんね」
頭を搔いて、口角を緩ませた。「……あのさ」間を置いて、四方田くんは改まった声色を発する。何事かと思って言葉の続きを待てば、視線を少しうろつかせ──また、口を開く。
「田山くんって、下の名前直也じゃん? だからその……田山くんのことさ、直くんって呼んでいい?」
窺うように視線を合わせて。照れを滲ませ、問いかけられた。
数秒遅れて、ようやくその意味を理解する。どうやら俺の呼び方を変えたいらしい。わかった瞬間、頬がみっともなく緩んだ。だって、なんだか。まるで四方田くんともっと仲良くなれたみたいで。沸き上がる感情で、胸がくすぐったい。
「え、うん。全然好きに呼んでいいから!」
言えば、ぱあ、と表情が明るくなる。手をがしりと握られて、嬉しそうに彼は口を開いた。
「毎週月金で働いてっからさ、また来てよ。今度またサービスさせて!」
ね、直くん。
にっこり笑ったその顔と。今までとは違った呼び名に。
「っうん、絶対行くから!」
また喜びが込み上げて、存外大きな声で返事をし──周りの視線を集めてしまった。
「あ、田山くんおはよー! 昨日はありがとーね!」
朝。朝練が終わったらしい四方田くんと廊下で目が合った。小走りで駆けてくる彼は、練習の疲れを少しも見せず満面の笑みで挨拶をしてくれた。
「お礼を言うのはこっちの方だよ! クッキー、美味しかったよ」
「マジ? へへ、よかった」
「バイトしてたんだね。うちの高校だと珍しいから、驚いた」
確か、バイトをするには届け出が必要だったはずだ。理由なんかを書いて提出するのだとか。とはいっても、一部ではこっそり隠れて働いている生徒も少なくはないらしい。
「あー、うん! オレんちあんま金もねーのね、でもオレめっちゃ食うじゃん? だから満足に食うためにバイトしてんの」
「……そうなんだ」
なんてことないように笑って言うけれど。彼は食費を家に入れ、家計を助けているのだ。同い年なのに、なんて立派なのだろう。
その姿がなんだか輝いて見えて、考えるよりも先に言葉が飛び出ていた。
「四方田くんって、すごいね」
「え? いやいや! 食いてーだけ食うためにバイトしてるだけだし!」
「だけって言うけどさ。それって、すごいことだと思うよ。お金稼ぐのだって簡単じゃないでしょ」
尊敬する。そう言えば、彼は大きな目を丸くした。
部活や勉強との両立だってきっと容易なことではない。その苦労をおくびにも出さない快活な姿には、心から尊敬の念を覚える。彼のことを見習わなくては。
「……へへ、なんか照れんね」
頭を搔いて、口角を緩ませた。「……あのさ」間を置いて、四方田くんは改まった声色を発する。何事かと思って言葉の続きを待てば、視線を少しうろつかせ──また、口を開く。
「田山くんって、下の名前直也じゃん? だからその……田山くんのことさ、直くんって呼んでいい?」
窺うように視線を合わせて。照れを滲ませ、問いかけられた。
数秒遅れて、ようやくその意味を理解する。どうやら俺の呼び方を変えたいらしい。わかった瞬間、頬がみっともなく緩んだ。だって、なんだか。まるで四方田くんともっと仲良くなれたみたいで。沸き上がる感情で、胸がくすぐったい。
「え、うん。全然好きに呼んでいいから!」
言えば、ぱあ、と表情が明るくなる。手をがしりと握られて、嬉しそうに彼は口を開いた。
「毎週月金で働いてっからさ、また来てよ。今度またサービスさせて!」
ね、直くん。
にっこり笑ったその顔と。今までとは違った呼び名に。
「っうん、絶対行くから!」
また喜びが込み上げて、存外大きな声で返事をし──周りの視線を集めてしまった。
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