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同化型⑤
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目の色が変わる。敵意を孕んだその冷たい眼差しに、肩が跳ねる。なんでわかったんだ。そのカンの鋭さに、肯定も否定もできず押し黙る。しかしそれは、肯定だと捉えられたらしい。
小さなため息が場に落ちた。
「何をしたのかはわかりませんが、やっぱり近づけるべきじゃなかった。すみません、僕がきちんと動いていれば……」
「え、いや、動くって何を、」
「聞いたところ、あの不良は授業にもきちんと出ていないそうですね? 男性教師や男子生徒への態度も酷かったと聞いています……まあ、最近は落ち着いているようですが。心象は悪いはずでしょう」
「う、うん?」
眼鏡を指で直しながら、滔々と言葉を続けていく。拭いきれない不穏な予感に、俺は止めるべきだと感じつつも口を挟めずにただ頷く。
頼む。誰かこの子を止めてくれ。なんでもいい、一瞬でも二階堂くんを冷静にしてくれればいいから!
「なら、あとは簡単です。不利な情報を流せばいい。居づらくなるように周りから働きかけて──」
「お待たせしましたー! ドリンクと……こちらがクッキーのサービスでーす!」
祈りが通じたのだろうか。冷えるような空気を一変させたのは、元気な声だった。頼んだドリンクと、小さなバスケットに入った可愛らしいクッキーが机の上に置かれる。昏い眼差しをしていた二階堂くんも、突然の乱入者に目を丸くしている。
四方田くんは俺を見下ろし、破顔した。
「クッキーはオレが作ったやつ。いつもお菓子くれっから、そのお礼みたいな……とりあえず食べて!」
ウインクをして、彼は奥へと戻って行く。嵐のようだ。その後ろ姿をじっと見つめて、二階堂くんは驚きを浮かべたまま口を半開きにしていた。
「……元気な方ですね。お菓子、いつもあげてるんてますか?」
「……四方田くん、お腹空きがちだからね。ほら、食べよう」
促せば、言葉に従うままに彼は一枚手に取って。丸くて可愛らしいクッキーを、二階堂くんは口へ運んだ。さく、と小気味良い音。
「……美味しい」
ほわりと穏やかなオーラが出る。先程までの様子は影を潜めたようだった。人知れず安堵のため息をつく。きっと無意識だろうが、ナイスタイミングだった。「それで、さっきの続きですが──」続けようとした彼に、慌てて口を開く。
「参宮くんのことは大丈夫、今は落ち着いてくれたから! ね!」
……今は。言葉の裏に隠れた真意にはどうか気づいてくれるな。祈りながら、ひきつりそうな笑顔を浮かべれば。
「……先輩がそう仰るなら……」
気がかりな様子は残しつつも、落ち着いてくれたようだ。胸を撫で下ろす。
突然、真っ直ぐに目を見つめてきた。そこに浮かぶ真剣な色に、一瞬心臓が跳ねる。
「僕、先輩のためならなんでもできますから。何かあったら、言ってください」
「でも誰かを傷つけるのは駄目だからね。絶対、わかった?」
「う…………、……はい」
口ごもって、たっぷり間を置いてから。バツが悪そうな表情で、視線を伏せつつ頷いた。なんやかんや、素直な子だ。
「嬉しいけど、尽くしてもらわなくても本当にいいのに……」
「……だって、僕が先輩になにかしてもらってばかりですもん」
そこだけは譲れないというように。打って変わった子どもっぽい言い方に、思わず吹き出した。
「っふは、こうして誘ってくれるだけでもう充分だよ」
「……ふふ、なら良かったです。また、誘いますね」
柔らかい笑みに安堵し、俺も同じようにクッキーを一枚頬張る。食感も軽く、素朴で優しい甘みが広がって。運ばれてきたケーキも絶品だった。穏やかな空気の中──俺たちは互いのものをシェアしながら、顔を輝かせる自分たちの表情に互いに笑うのだった。
小さなため息が場に落ちた。
「何をしたのかはわかりませんが、やっぱり近づけるべきじゃなかった。すみません、僕がきちんと動いていれば……」
「え、いや、動くって何を、」
「聞いたところ、あの不良は授業にもきちんと出ていないそうですね? 男性教師や男子生徒への態度も酷かったと聞いています……まあ、最近は落ち着いているようですが。心象は悪いはずでしょう」
「う、うん?」
眼鏡を指で直しながら、滔々と言葉を続けていく。拭いきれない不穏な予感に、俺は止めるべきだと感じつつも口を挟めずにただ頷く。
頼む。誰かこの子を止めてくれ。なんでもいい、一瞬でも二階堂くんを冷静にしてくれればいいから!
「なら、あとは簡単です。不利な情報を流せばいい。居づらくなるように周りから働きかけて──」
「お待たせしましたー! ドリンクと……こちらがクッキーのサービスでーす!」
祈りが通じたのだろうか。冷えるような空気を一変させたのは、元気な声だった。頼んだドリンクと、小さなバスケットに入った可愛らしいクッキーが机の上に置かれる。昏い眼差しをしていた二階堂くんも、突然の乱入者に目を丸くしている。
四方田くんは俺を見下ろし、破顔した。
「クッキーはオレが作ったやつ。いつもお菓子くれっから、そのお礼みたいな……とりあえず食べて!」
ウインクをして、彼は奥へと戻って行く。嵐のようだ。その後ろ姿をじっと見つめて、二階堂くんは驚きを浮かべたまま口を半開きにしていた。
「……元気な方ですね。お菓子、いつもあげてるんてますか?」
「……四方田くん、お腹空きがちだからね。ほら、食べよう」
促せば、言葉に従うままに彼は一枚手に取って。丸くて可愛らしいクッキーを、二階堂くんは口へ運んだ。さく、と小気味良い音。
「……美味しい」
ほわりと穏やかなオーラが出る。先程までの様子は影を潜めたようだった。人知れず安堵のため息をつく。きっと無意識だろうが、ナイスタイミングだった。「それで、さっきの続きですが──」続けようとした彼に、慌てて口を開く。
「参宮くんのことは大丈夫、今は落ち着いてくれたから! ね!」
……今は。言葉の裏に隠れた真意にはどうか気づいてくれるな。祈りながら、ひきつりそうな笑顔を浮かべれば。
「……先輩がそう仰るなら……」
気がかりな様子は残しつつも、落ち着いてくれたようだ。胸を撫で下ろす。
突然、真っ直ぐに目を見つめてきた。そこに浮かぶ真剣な色に、一瞬心臓が跳ねる。
「僕、先輩のためならなんでもできますから。何かあったら、言ってください」
「でも誰かを傷つけるのは駄目だからね。絶対、わかった?」
「う…………、……はい」
口ごもって、たっぷり間を置いてから。バツが悪そうな表情で、視線を伏せつつ頷いた。なんやかんや、素直な子だ。
「嬉しいけど、尽くしてもらわなくても本当にいいのに……」
「……だって、僕が先輩になにかしてもらってばかりですもん」
そこだけは譲れないというように。打って変わった子どもっぽい言い方に、思わず吹き出した。
「っふは、こうして誘ってくれるだけでもう充分だよ」
「……ふふ、なら良かったです。また、誘いますね」
柔らかい笑みに安堵し、俺も同じようにクッキーを一枚頬張る。食感も軽く、素朴で優しい甘みが広がって。運ばれてきたケーキも絶品だった。穏やかな空気の中──俺たちは互いのものをシェアしながら、顔を輝かせる自分たちの表情に互いに笑うのだった。
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