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妄想型②
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グローブを着け、構える。ボールを持った参宮くんは、気怠げな様子を隠すこともなく振りかぶって。
ぽい。
放られたボールは、空へ飛んでいくこともなく──すぐに地面を力なく転がった。
やる気が無さすぎる!!
いや、別に俺も熱心にやりたいというわけではない。だがしかし、せめて先生に注意されないレベルではやって欲しい。先生が物言いたげな目でこちらを見ているのが遠目でもわかるのだ。
届かぬ祈りとともにボールを投げるが、受け止めた彼はまた適当に放るだけ。ちらりと遠くを見てみれば、文月くんは他のクラスの生徒と微笑ましげにキャッチボールをしていた。会話が弾んでいるようだ。……いいな。
耳に入るのは、砂を踏みしめる音。先生がいた方向からだ。明らかにこっちへ向かってきている。何か言われるだろうことはすぐにわかった。
「……田山、参宮。お前らもう少し真剣にやれ」
俺はやろうとしてます。誤解です。そう言える、わけもなく。
「あーい」
「すみません……」
注意をされようが、態度が改善されることもなく。もはややる意味があるのかわからない、投げ合いとすら呼べないそれを、繰り返していたとき。
体操服を着た女子生徒がふたり、そばを通りかかる。参宮くんの方向を見たかと思うと声を上げた。
「あ、玲央ー! なに、キャッチボールしてんの?」
「! そーそー、なに、見てく?」
ぱっと表情が明るくなり、溌剌とした声で返事をする。思わず目が丸くなった。あまりにも今までの態度と正反対で。
「え、どうする?」
「えー、じゃあ投げるとこだけ見るー!」
参宮くんの目の色が変わる。なんというか──真剣な色になった。背筋も伸ばし、ボールをしっかりと握りしめ。俺の方向を、真っ直ぐに見つめた。
ぞ、と嫌な予感。参宮くんが構えて。間もなく投げられたボールの軌道は、目で追うことはほとんど困難だった。気がつけばしゅうう、とその衝撃を物語る音がグローブから聞こえていて。収まるように狙って投げてくれていたのか、手の中に既にあったのだ。
なんだ今の。ガチの投球フォームじゃないか。
女の子たちから黄色い悲鳴があがる。かっこいい、と飛んできた声に参宮くんは綺麗に微笑んだ。
「え、てかねえやばい。そろそろ戻んないと怒られるって」
「マジじゃん。玲央ー! あたしたち体育館の方戻るから、またねー!」
「おー!」
きゃらきゃら笑う彼女たちが見えなくなるまで笑顔で手を振っていたかと思うと──すん、と表情が抜け落ちる。……どれだけ女の子が好きなんだ。その変わりように驚愕してしまう。
打って変わってすっかりやる気をなくしたらしい。つまらなそうに宙に視線をやる彼へ、手元のボールを投げるべきか悩んでいると──甲高いホイッスルの音が空気を震わせる。
「はい、そこまでー! 試合するからこっち集まれー!」
教師の呼ぶ声に、ほっと一息をつく。助かった。
その後の試合でも、参宮くんは最低限度──どころか、それを下回る勢いでプレーをしていた。女の子たちの前で見せたあの運動神経の良さは、ついぞ試合終了まで日の目を見ることはなかったのだった。
「田山くん、お疲れ様……」
「文月くん……本当に、疲れた……」
「なんか、大変そう、だったね」
文月くんも気づいていたらしい。先生から注意されたのだ、そりゃあ注目を集めるだろう。
溜息をつきながら校舎へ入り、教室へ向かう。その道中、凛とした声が俺を後ろから呼び止めた。
「先輩」
「二階堂くん」
小走りで駆け寄ってきた。その顔には喜色が浮かんでいて、なんだか楽しそうだ。
文月くんへ、先に教室に戻っても大丈夫だと伝える。何度かこちらを振り向いてはいたが廊下を歩いていった。改めて、二階堂くんへ向き直る。
「すみません、お邪魔でしたか」
「ううん、大丈夫だよ」
言えば、ふわりと微笑む。
「体育、教室から見えてましたよ。お疲れ様です」
「マジで? ……めちゃくちゃ下手だったでしょ」
「いいえ。すごかったです」
あの、先輩。
こちらの顔色を窺うように見上げ、おずおずと遠慮がちに彼が口を開く。
「日本史の小テスト、満点だったんです」
「うお、流石! すごいね!」
「っふふ……ありがとうございます」
表情が明るくなったかと思うと、ふわりと笑みを浮かべる。なんて可愛らしい後輩だろう。俺に褒められたいがために報告してきたのだと考えると、いじらしさが溢れる。
「二階堂くん、あんなふうに笑うんだ……」
「……ね。見たことない……」
近くにいた女子生徒たちが呟く。それにつられてそちらを見るが、声を発したらしい生徒と目が合い。気まずくさせてしまったのか、すぐにどこかへ行ってしまった。なんだか申し訳ない。
他の人には見せない顔を、俺の前ではしてくれるのか。嬉しいが、なんだか気恥しい。暖かくなる胸に頬を緩ませていると、二階堂くんは、ああ、と改まったような声を出した。
「それと──」
「あの不良が先輩を悩ませているようでしたら、いつでも心置きなく教えてくださいね」
細められた瞳は、真剣で。冗談だとは思えない。あの不良というのは──間違いなく、参宮くんのことだ。体育の様子を見ていたのなら、キャッチボールをしていたところも当然見ていたのだろう。必然、不真面目な参宮くんの態度も。背筋が凍る。
悩んでいる、と言ったら何が起きるのか。……あまり考えたくはない。流血沙汰はごめんだ。
「いや、大丈夫。本当に。気遣ってくれてありがとう、本当に大丈夫だよ」
「……本当に、優しいですね」
違う。最悪の事態を避けたいだけだ。過剰なほどに大丈夫だと繰り返すも、そこに隠された真意は恐らく伝わっていないだろう。
……彼のことを褒めていき、健全に関わっていけば。二階堂くんの思考ももう少し穏便な方向へ行ってくれる、はずだ。俺はそう信じている。やんぱらだと結局思考は変わらなかったけど。現実とゲームは違うのだ。
一気に肝が冷えた。会話もそこそこにクラスへ戻り、着替えて──ばたり、机につっ伏す。
「……死ぬほど疲れた」
ぽい。
放られたボールは、空へ飛んでいくこともなく──すぐに地面を力なく転がった。
やる気が無さすぎる!!
いや、別に俺も熱心にやりたいというわけではない。だがしかし、せめて先生に注意されないレベルではやって欲しい。先生が物言いたげな目でこちらを見ているのが遠目でもわかるのだ。
届かぬ祈りとともにボールを投げるが、受け止めた彼はまた適当に放るだけ。ちらりと遠くを見てみれば、文月くんは他のクラスの生徒と微笑ましげにキャッチボールをしていた。会話が弾んでいるようだ。……いいな。
耳に入るのは、砂を踏みしめる音。先生がいた方向からだ。明らかにこっちへ向かってきている。何か言われるだろうことはすぐにわかった。
「……田山、参宮。お前らもう少し真剣にやれ」
俺はやろうとしてます。誤解です。そう言える、わけもなく。
「あーい」
「すみません……」
注意をされようが、態度が改善されることもなく。もはややる意味があるのかわからない、投げ合いとすら呼べないそれを、繰り返していたとき。
体操服を着た女子生徒がふたり、そばを通りかかる。参宮くんの方向を見たかと思うと声を上げた。
「あ、玲央ー! なに、キャッチボールしてんの?」
「! そーそー、なに、見てく?」
ぱっと表情が明るくなり、溌剌とした声で返事をする。思わず目が丸くなった。あまりにも今までの態度と正反対で。
「え、どうする?」
「えー、じゃあ投げるとこだけ見るー!」
参宮くんの目の色が変わる。なんというか──真剣な色になった。背筋も伸ばし、ボールをしっかりと握りしめ。俺の方向を、真っ直ぐに見つめた。
ぞ、と嫌な予感。参宮くんが構えて。間もなく投げられたボールの軌道は、目で追うことはほとんど困難だった。気がつけばしゅうう、とその衝撃を物語る音がグローブから聞こえていて。収まるように狙って投げてくれていたのか、手の中に既にあったのだ。
なんだ今の。ガチの投球フォームじゃないか。
女の子たちから黄色い悲鳴があがる。かっこいい、と飛んできた声に参宮くんは綺麗に微笑んだ。
「え、てかねえやばい。そろそろ戻んないと怒られるって」
「マジじゃん。玲央ー! あたしたち体育館の方戻るから、またねー!」
「おー!」
きゃらきゃら笑う彼女たちが見えなくなるまで笑顔で手を振っていたかと思うと──すん、と表情が抜け落ちる。……どれだけ女の子が好きなんだ。その変わりように驚愕してしまう。
打って変わってすっかりやる気をなくしたらしい。つまらなそうに宙に視線をやる彼へ、手元のボールを投げるべきか悩んでいると──甲高いホイッスルの音が空気を震わせる。
「はい、そこまでー! 試合するからこっち集まれー!」
教師の呼ぶ声に、ほっと一息をつく。助かった。
その後の試合でも、参宮くんは最低限度──どころか、それを下回る勢いでプレーをしていた。女の子たちの前で見せたあの運動神経の良さは、ついぞ試合終了まで日の目を見ることはなかったのだった。
「田山くん、お疲れ様……」
「文月くん……本当に、疲れた……」
「なんか、大変そう、だったね」
文月くんも気づいていたらしい。先生から注意されたのだ、そりゃあ注目を集めるだろう。
溜息をつきながら校舎へ入り、教室へ向かう。その道中、凛とした声が俺を後ろから呼び止めた。
「先輩」
「二階堂くん」
小走りで駆け寄ってきた。その顔には喜色が浮かんでいて、なんだか楽しそうだ。
文月くんへ、先に教室に戻っても大丈夫だと伝える。何度かこちらを振り向いてはいたが廊下を歩いていった。改めて、二階堂くんへ向き直る。
「すみません、お邪魔でしたか」
「ううん、大丈夫だよ」
言えば、ふわりと微笑む。
「体育、教室から見えてましたよ。お疲れ様です」
「マジで? ……めちゃくちゃ下手だったでしょ」
「いいえ。すごかったです」
あの、先輩。
こちらの顔色を窺うように見上げ、おずおずと遠慮がちに彼が口を開く。
「日本史の小テスト、満点だったんです」
「うお、流石! すごいね!」
「っふふ……ありがとうございます」
表情が明るくなったかと思うと、ふわりと笑みを浮かべる。なんて可愛らしい後輩だろう。俺に褒められたいがために報告してきたのだと考えると、いじらしさが溢れる。
「二階堂くん、あんなふうに笑うんだ……」
「……ね。見たことない……」
近くにいた女子生徒たちが呟く。それにつられてそちらを見るが、声を発したらしい生徒と目が合い。気まずくさせてしまったのか、すぐにどこかへ行ってしまった。なんだか申し訳ない。
他の人には見せない顔を、俺の前ではしてくれるのか。嬉しいが、なんだか気恥しい。暖かくなる胸に頬を緩ませていると、二階堂くんは、ああ、と改まったような声を出した。
「それと──」
「あの不良が先輩を悩ませているようでしたら、いつでも心置きなく教えてくださいね」
細められた瞳は、真剣で。冗談だとは思えない。あの不良というのは──間違いなく、参宮くんのことだ。体育の様子を見ていたのなら、キャッチボールをしていたところも当然見ていたのだろう。必然、不真面目な参宮くんの態度も。背筋が凍る。
悩んでいる、と言ったら何が起きるのか。……あまり考えたくはない。流血沙汰はごめんだ。
「いや、大丈夫。本当に。気遣ってくれてありがとう、本当に大丈夫だよ」
「……本当に、優しいですね」
違う。最悪の事態を避けたいだけだ。過剰なほどに大丈夫だと繰り返すも、そこに隠された真意は恐らく伝わっていないだろう。
……彼のことを褒めていき、健全に関わっていけば。二階堂くんの思考ももう少し穏便な方向へ行ってくれる、はずだ。俺はそう信じている。やんぱらだと結局思考は変わらなかったけど。現実とゲームは違うのだ。
一気に肝が冷えた。会話もそこそこにクラスへ戻り、着替えて──ばたり、机につっ伏す。
「……死ぬほど疲れた」
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