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奉仕型⑦

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 レンズ越しの瞳が、考えるように伏せがちになる。そこには普段は見えない懊悩の色が確かに浮かんでいた。彼が思い悩むことなんて、きっとよっぽど難しいことだろう。俺なんかで答えられるだろうか。

「最近、僕はおかしいんです」

 言葉の続きを、黙って待つ。おかしいとは──何かあったのだろうか。

「その、とある人のことが……妙に、気になるんです」

 え。

 身構えた体が、固まる。だって、その内容は──予想外で。

「……学年が違うのですが……僕は、仲の良い相手だと思っていました。だけど、最近、その人のことばかり考えてしまって。胸が、苦しくて……」

 それは、つまり。

 誰かに、恋しているということではないか。よくよく見れば、頬はうっすらと色づいている。眼鏡をかけ直すその細い指先は、動揺を表すように僅かに震えていた。

「うわ恋じゃん!! え、恋だよそれたぶん!!」

 まさか彼から恋バナをしてくれるとは思わなかった。大きな声が出てしまう。わあ、と笑顔を作ると──

「──そんな」

 対照的に。彼は、驚愕の色を浮かべて。消え入りそうな声で呟いた。

「恋なんて……だめだ……そんな浮ついたことなんて、している場合じゃないのに……」

 面食らう。しかし、納得した。……彼の親御さんからすれば、きっと恋も勉強の妨げになるだろうから。口酸っぱく言われてきたのだろう。

「……別に、悪いことじゃないと思うけどなあ。したらしたで楽しいと思うよ」

 え、とか細い声。不安と困惑に揺れる瞳が、俺を見上げた。

「学生生活なんて短いんだし。やれることはやった方が後悔しないんじゃない?」

 これで、少しでも。彼が重荷を軽くしてくれるといいのだけれど。
 彼の顔を覗き込んでそう言えば──見開かれた目は、据わっていった。


「そうか。──もう、我慢しなくてもいいんだ」


 がたり。急に立ち上がったために、椅子が大きな音を立てる。それに構うこともせず、二階堂くんは俺に向き直った。何事かと思う間もなく、その薄い唇は開かれて。

「田山先輩。好きです。他の誰よりも、貴方を深く愛しています」

 言葉を失う。あまりにも熱烈な愛の告白に、俺は一瞬思考が止まった。

「先輩、僕は……貴方のためなら、なんでも差し上げたいんです。父や母は色恋沙汰などくだらないことに現を抜かすな、と何度も何度も口うるさく言っていましたが……ああ、とんだ戯言でした!」

 しかし、その言葉の節々に不穏な空気が立ちこめる。これがただの可愛らしい告白だったらどんなにか良かっただろう。
 歪んだ口の端には狂気が浮かんでいる。下がる眦は、いつものような笑顔を作るときのそれではない。

「これほど甘美で切ない感情を教えてくれたのは、貴方だけですから。重圧を、息苦しさを消してくれたのも……だから、だから先輩。僕にできることがあれば教えてください。受け入れてください。もっと、認めてください」

 間断なく紡がれていた言葉は、不意に途切れて。手をとられる。
 見上げた瞳が狂気とともに、どこか切実な色を孕んでいる。

「僕を、褒めてください」

 幼い子どものようなそれが、やけに印象的だった。声色も縋るような表情も切実で。俺の手を握るその手が、きゅう、と僅かに力を込める。

「ああ、周りに気に入らない人間は? 見苦しい奴はいませんか? 僕が貴方の視界から消しますよ」

「……ど、どうやって?」

「相手にもよりますが……汚点を探し出し、不利な状況を作ります。こう見えても周りからの信用や信頼は買ってますので。それで大半は自主的な退学に追い込めると思いますけど、無理そうなら──殺します」

 なるほど。これは──ヤバい。論理の飛躍が過ぎるだろ、という友人の小言が浮かぶ。それは本当にそう。今なら首がもげるほど同意できる。

「ふふ……たかが高校一年生に、そんなことができるわけないと思いますか? わかりますよ、きっと難しいでしょうね。……だけど、先輩のためならできる気がするんです。絶対に」

 強調するように、声に力が込められる。……いつもの二階堂くんではない。それが、酷く恐ろしかった。恍惚に歪む顔を真っ直ぐ見るのも怖くてたまらないのに、視線を動かすこともできない。
 ふっと、彼が微笑む。

「……ふ。少しだけ、おかしくなってしまったみたいです。だって先輩の怯えた顔すら、酷く可愛らしく思えるんです」

 狂気に自覚があるのに、止めてくれない。止められないのだろう。

「貴方のためなら、禁忌にも手を染められる。自信をくれた──運命の人」

 ねえ、と間延びした声が図書室に落ちる。

「教えてください。何をして欲しいですか」

 何をして欲しいか、だって。俺が望めば、きっとどんなことでも叶えてくれる。そう宣言していた通り、嫌いな人間だって傷つけるだろう。どんな行動も厭わない。
 なんて、危うい子なのだろうか。

「……やめて。俺は誰かを傷つけるのなんて望んでない」

「なら、僕にできることは……」

「二階堂くんにしてもらいたいことは無いよ」

 きっぱりと言い切る。覚悟とともに。目を逸らすこともなく言えば、不思議と伝えるべき言葉が浮かんでくる。
 そうだ。もともと、彼に言おうと決めていたのだ。


「──ねえ、二階堂くん。君は、俺に尽くさなくてもいいんだよ」
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