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奉仕型⑤

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 ふと。腕時計を見て、は、と二階堂くんが息を飲んだのがわかった。

「そろそろ、帰らないと」

「送っていくよ」

「でも、」

「誘ったのは俺なんだから。大丈夫」

「……わかり、ました」

 顔色が暗いのは、きっと気のせいではない。だけど、疑問を突きつけることもなんだかはばかられた。
 店を後にして、どこか固い足取りの彼の隣を歩く。大きな家の前で足が止まった。洋風の洒落た外装。どうやら、ここが彼の家のようだ。

 彼が振り向いて、「それじゃあ──」と言葉を口にしたとき、「智樹」と、女性の声が飛んできた。目をやれば、薄暗がりの中、険しい顔をした女性がそこにいた。家の中から出てきたところのようだ。きっとご家族なのだろう。

「お友だち? ……智樹、遊んでる暇はあるの? もうすぐ定期テストでしょう、これで90点台が取れなかったら──」

 淡々と、しかし強い語調で言葉は続く。ぎゅ、と。彼が視界の端で、服の裾を強く掴んだのが見えた。頭が、堪えるように俯く。影が暗く落ちた。

「……ごめんなさい」

 震えた声。彼の母は険しい顔を崩すこともなく、その唇をまた開いた。

「大体ね、この前のテストも──」

「あの」

 気づけば、遮っていた。怪訝な表情が向けられる。緊張で心臓が大きく跳ねたけれど──それを表に出さないように。引きつっているかもしれないが、極力にこやかな笑顔を作って言葉を紡いだ。

「俺、その子の先輩で。智樹くん優秀だから、俺に勉強教えて貰えないかって無理やり頼んだんです。そしたらこんなに遅くなっちゃって……すみません」

「……貴方ね、悪いのだけどうちの智樹は勉強に力を入れてるの。集中させてあげてくれないかしら」

「わかりました。すみません」

 頭を下げれば、小さなため息が落ちる。しかし、それ以上のお叱りは聞こえてこなかった。ひとまず、場は収まった……だろうか。

「……智樹。もう夕飯できてるから、中に入りなさい」

「……っはい」

 踵を返して、彼の母が家の中へと向かう。俺も帰った方がいいだろう。頭を上げて足を踏み出そうとしたとき、微かな声が聞こえた。

「先輩──」

 聞こえたらまた怒られてしまうだろう。人差し指を口にあてて、それ以上何も言わないようにジェスチャーを送る。口角を上げて手だけを振れば、彼はほんの僅かに頬を緩ませて、同じように手を振った。
 夜風が出て来始めた。その涼しさに心地良さを感じつつ──ほんのすこし、肌寒さに身を震わせながら。俺は帰路に就いたのだった。

 ***

 そして、次の日。申し訳なさそうな表情を浮かべて、二階堂くんは俺の教室を訪れた。

「先輩……昨日は、すみませんでした」

 謝るのはこっちだ。勉強をしていた彼を邪魔したうえに連れ回し、お母さんを怒らせてしまったのだから。……こうして考えてみると、非が多すぎる。挙句の果て、親子の会話に首を突っ込む始末。

「ううん。むしろ、なんか掻き乱しちゃったから……申し訳ない」

「いいえ。……本当に、助かりました。──ありがとうございます」

 手をぎゅ、と握られる。彼の手助けができたなら、少しは勉強を教えてくれたお返しができただろうか。
 目を細めて笑う二階堂くんは、何故だか。しばらくの間、俺の顔を見つめたままじっとしていた。

 しかし特に言及することもなく──その日は、また二階堂くんにわからないところを教えてもらい。テストに向けて勉学に励むのだった。
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