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待てない
しおりを挟む「…………」
リリアーナの話を聞き終えたバレットは、額を押さえて天を仰いだ。
「…………誤解だ」
リリアーナを見下ろし、重々しい口調でそう告げる。
「いいんです……私に気をつかわなくても」
「いや……気をつかってるとかじゃなく……本当に違うんだ」
しどろもどろなバレットに、リリアーナは眉を寄せて首を傾げた。
「そもそもエリィとは結婚できないんだ」
「? 身分がとても高い方とか? もしくはその逆?」
「いや……」
「では恋人や婚約者がいる女性とか……まさか既婚者!?」
「いやそうではなく……そもそもエリィは人間ではないんだ」
「は?」
探るようだったリリアーナの視線が、うろんげに細まる。
「まさか、物語の登場人物とか空想の精霊とか言いませんよね……?」
「馬だ」
「馬ぁ!?」
彼女らしくない素っ頓狂な声が上がる。
「いくらなんでもその言い訳は苦しいですわよ」
「本当なんだ。エリィというのは俺の愛馬で、美しいたてがみと尻尾が特徴の白馬だ。騎士団に入団してからずっと戦場を共にしてきた」
「はあ……」
「父も母も王宮で活躍していたサラブレッドで、メスながら勇猛果敢な最高の相棒だ。気位の高い性格で、入団したての頃は何度も蹴り飛ばされそうになったが、辛抱強く世話していくうちに心を開いてくれるようになったんだ」
「は、はあ……」
「いまだに俺以外に懐かないので、よく同僚から『カカア天下』だの『ヤキモチ焼きの彼女』だのとからかわれている。君が聞いたエリックとの会話もその一環だ」
「そう……だったの?」
「信じられないなら騎士団の者に確認をとってくれ。侯爵家に頼んで調査を依頼してもいい。王宮にも申請を出してあるから、証明書をとれば名前も書いてあるはずだ」
「そ、そうなのね……」
「そもそもエリィの本名はエリザベータといって、この名は七代前の王妃から拝借している。かの王妃は女性ながら戦場で戦ったという武勇の持ち主で――」
「わ、わかった、わかったわ」
リリアーナが両手を前に出してバレットを静止する。
「一応確認はとらせていただきますが……おそらく本当のことなんでしょうね」
「信じてくれるか?」
「あなたは嘘を吐くような人ではないから――」
どこか自分に言い聞かせるようにリリアーナは呟く。
「もしかして、最近君の様子がおかしかったのは……」
「……ええ。そのことが原因です」
バレットに恋人がいたという事実。自分は愛されないかもしれないという不安。それでも結婚しなければいけない現実。それらがリリアーナの心を蝕んでいたのだ。
「すまない……俺の軽々しい言葉で、君を傷付けてしまって……」
自分たちとしてはユーモアのある軽口のつもりだったが、知らない者が聞いたら誤解してしまう内容だった。……おそらくバレットの口下手さゆえ、真面目に返答しているように見えたのも原因だが。
「いいえ。信じられなかった私も悪いの。初めからちゃんと訊けばよかった。『エリィって誰?』って。『他に愛する女性がいるの?』って。『そうだ』って言われるのが怖くて、なにも言えなかった私にも問題があった」
「君以外に愛する女性なんていない」
バレットの言葉に、リリアーナは目を見開く。
「――初めて、愛してると言ってくださいましたね」
「……言ったことなかったか?」
「聞いたことありませんわ」
「それは……申し訳ない」
自分の気持ちは伝えているつもりだったが、まったくそうではなかったらしい。そもそもバレットからどう思われているかわからなかったから、リリアーナはより不安になってしまったのだ。やはり自分は思っている以上に言葉が足りないらしい。無表情のまま打ちひしがれていると、リリアーナがクスリと笑う気配がした。
「確かにあなたは愛想もないし、言葉も足りないし、なにを考えているかわからないけど」
「やっぱり怒ってるか?」
「でも、いつだって態度で示してくれてた。私、あの時まであなたに好かれていると思って疑わなかったもの」
「…………」
「私も言葉が足りなかった。勝手に思い込んで、あなたを避けて……愛する夫を不安にさせて最低だわ……」
「愛する夫……!」
その言葉を聞けただけでバレットの脳は喜び一色だ。ガバリと勢いよくリリアーナの体を抱きしめる。
「好きだ、リリアーナ。愛してる」
「――…ええ、私も……愛してます……」
リリアーナも涙を浮かべてバレットの背に手を回した。
めでたしめでたし
……とはならず。
「んっ、ちょっと……旦那様……っ」
リリアーナを抱きしめたまま、バレットの手が意思を持って細い腰を撫でる。艶めかしく彼女の背をなぞり、脇腹へその手を滑らせる。
「ま、待って、あの……」
戸惑う彼女をよそに、バレットの手はその胸のふくらみに――
「待ってったら!」
――触れようと思ったら、リリアーナの手に押しのけられてしまった。
「……なんでだ」
無表情だが、バレットの声には恨みがましさがこもっている。
「俺に触られるのは嫌か?」
「いっ、嫌じゃありません! ですが、まだ明るい時間です。夕食もとらないといけないし、湯浴みだって……は、初めてあなたに触れられるんですもの。一番綺麗な状態にしておきたいんです。気合いを入れて準備しますので、どうかしばしお時間を――」
言いながらリリアーナはいそいそとベッドから降りようとする。バレットはその体を後ろからつかんで、ズルズルと自分の元へ引き戻した。
「ちょっと! なにをなさるのです!」
「無理だ。待てない」
「はあ!? たった数時間じゃないですか!」
「数時間じゃない」
「……? あ、ああ、昨夜からおあずけされているからということ? それは……申し訳ないことをしましたわ。ごめんなさい」
「違う。最初からだ」
「最初?」
「初めて君に会った時から、ずっとこうなる日を待っていた」
「っ……」
リリアーナは顔を真っ赤にして固まった。その間にバレットは天蓋ベッドのカーテンを閉める。まだ薄明るいが、すべてが丸見えになるほどではなくなった。リリアーナをベッドに押し倒し、バレットは彼女の耳に唇を寄せた。
「今すぐほしい」
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