抱く気満々だった新妻から「白い結婚にしましょう」と言われた

黒水玉

文字の大きさ
上 下
3 / 4

待てない

しおりを挟む

「…………」

リリアーナの話を聞き終えたバレットは、額を押さえて天を仰いだ。

「…………誤解だ」

リリアーナを見下ろし、重々しい口調でそう告げる。

「いいんです……私に気をつかわなくても」

「いや……気をつかってるとかじゃなく……本当に違うんだ」

しどろもどろなバレットに、リリアーナは眉を寄せて首を傾げた。

「そもそもエリィとは結婚できないんだ」

「? 身分がとても高い方とか? もしくはその逆?」

「いや……」

「では恋人や婚約者がいる女性とか……まさか既婚者!?」

「いやそうではなく……そもそもエリィは人間ではないんだ」

「は?」

探るようだったリリアーナの視線が、うろんげに細まる。

「まさか、物語の登場人物とか空想の精霊とか言いませんよね……?」

「馬だ」

「馬ぁ!?」

彼女らしくない素っ頓狂な声が上がる。

「いくらなんでもその言い訳は苦しいですわよ」

「本当なんだ。エリィというのは俺の愛馬で、美しいたてがみと尻尾が特徴の白馬だ。騎士団に入団してからずっと戦場を共にしてきた」

「はあ……」

「父も母も王宮で活躍していたサラブレッドで、メスながら勇猛果敢な最高の相棒だ。気位の高い性格で、入団したての頃は何度も蹴り飛ばされそうになったが、辛抱強く世話していくうちに心を開いてくれるようになったんだ」

「は、はあ……」

「いまだに俺以外に懐かないので、よく同僚から『カカア天下』だの『ヤキモチ焼きの彼女』だのとからかわれている。君が聞いたエリックとの会話もその一環だ」

「そう……だったの?」

「信じられないなら騎士団の者に確認をとってくれ。侯爵家に頼んで調査を依頼してもいい。王宮にも申請を出してあるから、証明書をとれば名前も書いてあるはずだ」

「そ、そうなのね……」

「そもそもエリィの本名はエリザベータといって、この名は七代前の王妃から拝借している。かの王妃は女性ながら戦場で戦ったという武勇の持ち主で――」

「わ、わかった、わかったわ」

リリアーナが両手を前に出してバレットを静止する。

「一応確認はとらせていただきますが……おそらく本当のことなんでしょうね」

「信じてくれるか?」

「あなたは嘘を吐くような人ではないから――」

どこか自分に言い聞かせるようにリリアーナは呟く。

「もしかして、最近君の様子がおかしかったのは……」

「……ええ。そのことが原因です」

バレットに恋人がいたという事実。自分は愛されないかもしれないという不安。それでも結婚しなければいけない現実。それらがリリアーナの心を蝕んでいたのだ。

「すまない……俺の軽々しい言葉で、君を傷付けてしまって……」

自分たちとしてはユーモアのある軽口のつもりだったが、知らない者が聞いたら誤解してしまう内容だった。……おそらくバレットの口下手さゆえ、真面目に返答しているように見えたのも原因だが。

「いいえ。信じられなかった私も悪いの。初めからちゃんと訊けばよかった。『エリィって誰?』って。『他に愛する女性がいるの?』って。『そうだ』って言われるのが怖くて、なにも言えなかった私にも問題があった」

「君以外に愛する女性なんていない」

バレットの言葉に、リリアーナは目を見開く。

「――初めて、愛してると言ってくださいましたね」

「……言ったことなかったか?」

「聞いたことありませんわ」

「それは……申し訳ない」

自分の気持ちは伝えているつもりだったが、まったくそうではなかったらしい。そもそもバレットからどう思われているかわからなかったから、リリアーナはより不安になってしまったのだ。やはり自分は思っている以上に言葉が足りないらしい。無表情のまま打ちひしがれていると、リリアーナがクスリと笑う気配がした。

「確かにあなたは愛想もないし、言葉も足りないし、なにを考えているかわからないけど」

「やっぱり怒ってるか?」

「でも、いつだって態度で示してくれてた。私、あの時まであなたに好かれていると思って疑わなかったもの」

「…………」

「私も言葉が足りなかった。勝手に思い込んで、あなたを避けて……愛する夫を不安にさせて最低だわ……」

「愛する夫……!」

その言葉を聞けただけでバレットの脳は喜び一色だ。ガバリと勢いよくリリアーナの体を抱きしめる。

「好きだ、リリアーナ。愛してる」

「――…ええ、私も……愛してます……」

リリアーナも涙を浮かべてバレットの背に手を回した。

めでたしめでたし

……とはならず。

「んっ、ちょっと……旦那様……っ」

リリアーナを抱きしめたまま、バレットの手が意思を持って細い腰を撫でる。艶めかしく彼女の背をなぞり、脇腹へその手を滑らせる。

「ま、待って、あの……」

戸惑う彼女をよそに、バレットの手はその胸のふくらみに――

「待ってったら!」

――触れようと思ったら、リリアーナの手に押しのけられてしまった。

「……なんでだ」

無表情だが、バレットの声には恨みがましさがこもっている。

「俺に触られるのは嫌か?」

「いっ、嫌じゃありません! ですが、まだ明るい時間です。夕食もとらないといけないし、湯浴みだって……は、初めてあなたに触れられるんですもの。一番綺麗な状態にしておきたいんです。気合いを入れて準備しますので、どうかしばしお時間を――」

言いながらリリアーナはいそいそとベッドから降りようとする。バレットはその体を後ろからつかんで、ズルズルと自分の元へ引き戻した。

「ちょっと! なにをなさるのです!」

「無理だ。待てない」

「はあ!? たった数時間じゃないですか!」

「数時間じゃない」

「……? あ、ああ、昨夜からおあずけされているからということ? それは……申し訳ないことをしましたわ。ごめんなさい」

「違う。最初からだ」

「最初?」

「初めて君に会った時から、ずっとこうなる日を待っていた」

「っ……」

リリアーナは顔を真っ赤にして固まった。その間にバレットは天蓋ベッドのカーテンを閉める。まだ薄明るいが、すべてが丸見えになるほどではなくなった。リリアーナをベッドに押し倒し、バレットは彼女の耳に唇を寄せた。

「今すぐほしい」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

婚約者が私にだけ冷たい理由を、実は私は知っている

恋愛
一見クールな公爵令息ユリアンは、婚約者のシャルロッテにも大変クールで素っ気ない。しかし最初からそうだったわけではなく、貴族学院に入学してある親しい友人ができて以来、シャルロッテへの態度が豹変した。

処理中です...