異世界グランハイルド・アレンと召喚獣-守護魔獣グランハイルド大陸物語ー

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第七章

第九十七話・契約

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 アレン達はイグナッシュの案内で”水鏡”を目指した。彼は一人でアルゲートに会いに行きたかったが、案内人なしで湖に行き着く事はできない。

 アルゲートは夢現ゆめうつつの世界を彷徨っているので、お互いにとって非常に危険な状態だ。彼は力を持っているが心の均衡は崩れていて、いつ暴走してもおかしくない。特に、人族に対しては言うまでも無い。
 しかし、アレンはジョエル達を説得できなかった為に一緒に行動する事になってしまった。
 気力が無かったと言ってもいい。今も、馬の背でうつらうつらと眠りジョエルに抱きかかえられている。

 皆はそんなアレンを心配げに見守りながら”水鏡”に向かっている。






 「アレン、アレン。起きて、”水鏡”に着いたよ」ジョエルに声を掛けられて、アレンの瞼が震え、ゆっくりと目が開いた。いつの間にかテントが張られて、その中で目覚めた。
 アレンの鼻孔に煮立った水の臭いが香った。腐臭の臭いも混じっている。

 ジョエルが起きるのを手伝ってくれながらアレンに声を掛けた。
 「困った事になった。飛竜の姿が見当たらない。今、ナグ達が付近を調べている」
 アレンはジョエルを振り仰ぎ首を傾げた。
 「”水鏡”に何かあったの?」
 ジョエルが動きを止める。

 「何かを感じられるのですか?」テントの中にいたイグナッシュが声を掛けて来た。
 「うん。前に来た時と水の臭いが違っている」
 「そうなんですね」
 「困った事って何?水鏡の状態が違ってるの?」
 「ああ、湖全体が煮立ってる。とても熱くて近寄れないよ」ジョエルが吐息を付きながら教えてくれた。
 「温泉みたいって事?」
 「いや、そんなもんじゃない。まるで溶岩みたいにゴボゴボ言ってる。人間の身体なんて直ぐにドロドロに融けそうだ」ジョエルは鼻を顰めた。
 「風上にテントを張ったけど、風向きが変わったら移動させないと熱風が押し寄せる。外はムッとしているよ。お陰で大型獣も近寄らないだろう」ナリスがテントの入り口の幕を捲り入って来た。
 「なら外に出ても大丈夫だね」
 「アレン、ナグ達を待ってからでも遅くないよ。それまで、少し腹ごしらえして休んでおくんだ。ほら、水を飲んで」ジョエルが水筒を差し出す。
 「それがいい、どうせ今日はここで足止めだ。ナグ達が飛竜を見つけてくれるよ」
 
 「アルゲートなら、ここに居るよ」
 「えっ!何処にいるんです」イグナッシュが顔色を変えた。
 「”水鏡”にいる。分かるんだ」
 「でも、”水鏡”にも、その周辺にも姿はありませんでした」イグナッシュの言葉にナリスも頷いている。
 「彼は”水鏡”にいる。たぶん、””にいるんだと思う」

 「「「!!!」」」

 「魔力の地場?と言うのかな。それの歪みが集中しているみたい。彼の身体はあちこち焼け爛れて火を吹いている。身の内に炎を飼っているんだ。それをまず止めさせないと」
 「それで、”水鏡”の水が高温になっているのですね。流石です、ご主人様」イグナッシュがアレンにうやうやしく頭を垂れた。
 
 「「?」」ジョエルとナリスの声が重なる。
 
 「よしてよ、イグナッシュ!アレンでいいから」アレンは慌てて手を振った。 
 「はい、ご主人・・アレン様」イグナッシュはニコニコしてどこ吹く風だ。

 アレンは直ぐにでも”水鏡”に出掛けたかったが、アルゲートを呼び出してどんな状況に陥るかわからないので取り敢えずナグ達が帰って来るのを待つ事になった。





 アレンはアルゲートの夢を見て目が覚めた。アレンの横ではジョエルが眠っている。そおっと起きてテントの外に出た。陽が昇り始め薄オレンジの朝焼けが綺麗で空気もツンとしている。
 どうやら熱気が収まっているようなので、今なら湖まで難なく近付けそうだ。
 いつものように水の臭いを頼りに”水鏡”に行く事にする。

 テントを振り返ったが、誰も起きそうにない。
 (よし、今の内に)アレンは誰も巻き込みたくないし、誰にも怪我をして欲しくない。
 テントから視線を戻し、危うく大声を上げそうになった。目の前にいつの間にかイグナッシュが立っていた。

 イグナッシュは二コリと笑うと、アレンに再び頭を下げる。
 「何事も、ご主人様の命ずるままに」
 「も、もしかして・・・皆が目を覚まさないのはイグナッシュの所為?」
 「はい。お一人でお会いになりたいのでしょう?」
 「でも、このままで大丈夫?」
 「ええ、勿論です。少しすれば目を覚ますでしょう。それくらいの間であれば臭いを消して大型獣から守ることが出来ます」
 「あ、ありがとう」
 「私もお供させてください」
 「うん、分かった」
 「ほんとうにいいのですか?」余りにあっさり了承を得られたので反対にイグナッシュは吃驚した。
 「君なら僕の事情を知ってるような気がするから」
 「ありがとうございます。私の曽祖父がご主人様にお仕えしておりました。曽祖父と孫の私、二代に亘ってお仕えする事ができて幸せでございますご主人様」
 
 「そのご主人様って、止めて欲しい。僕は誰のご主人様でもないよ。それに君が考えている人達とは違うかもしれない。僕の両親は唯の人間だよ」
 「私達には、はっきり分かります。あなたがご主人様の子孫なのだと」イグナッシュはきらきらしい瞳でアレンを見つめた。
 アレンは盛大に吐息を付く。
 「とにかく、は止めて。アレンでお願い・・・命令だよ」
 「分かりました。仰せのままに」

 アレンとイグナッシュは色々と話している間に”水鏡”に着いた。水の表面は思ったより煮立っていなかった。アルゲートの力が弱って来ているかもしれない。



 「アルゲート、アルゲート・・・で出来て!お願い!」
 ”水鏡”の湖面は先程と同様に凪いだままだった。もう何度も呼び掛けている。湖面からは今も水蒸気が上って、時折ゴボッゴボッと泡が湧いているようだ。
 イグナッシュが後ろからおずおずと声を掛けて来た。
 「やはり水中に居ると、聞こえ無いのではないでしょうか・・・」
 「そうだよね。仕方ない・・・水の中に入るしかないよね」
 「えっ!熱湯ではないですか?それは無理です、止めてください!」イグナッシュはアレンに縋り着く様に腕に手を掛けた。
 
 「うん、熱そうだね・・・でも、炎のドームで身体を覆えば大丈夫かもしれない」
 「試してみた事がおありですか?」
 「蝗虫の時と、ツリーレントやダルーダンからの攻撃の時に試したよ」
 「それは地上での事でしょう。水中では異なる筈です」
 「それはそうだけど、要は身体が直接水に触れないようにすれば火傷は避けられる筈だよね」
 「しかし・・・そのまま試すには余りにも無謀です」
 イグナッシュは到底受け入れられないと首を振る。

 どうしたものかと悩んでいると、目の前にヒラヒラと蛾が飛んで来たのでアレンはいい事を思い付く。
 「見てて、イグナッシュ」

 アレンは小さな炎のドームを想像すると、蛾を囲うようにそっとイメージを飛ばす。
 「ファイヤードーム」

 蛾の周りが炎で覆われた。炎の球体の中で蛾がヒラヒラと飛んでいるのが見えると、それを腕を突き出すような仕草で湖の上に運び、湖面に落とした。
 炎の球体はゆっくりと水没して行くが炎が消える事はない。
 アレンは球体が完全に水没しても、集中を切らさないように、ゆっくりと数を数え始める。
 「一、ニ、三・・・・・九、十」
 数え終わり、掌を上に上げながら球体持ち上げるイメージを送ると、小さな炎のドームは壊れることなく浮かび上がって来る。静かに炎を解くと、再び蛾は何事もなかつたようにヒラヒラと飛び始めた。
 アレンとイグナッシュは顔見合わせてホッとし合った。

    「じゃあ、やってみるね」
    「私は何と言えばいいのでしょう」イグナッシュはそう言うと、アレンの腕を掴んでいる手にギュッと力を入れ直す。
    「大丈夫だよ、拙いと思ったら直ぐに止めるから」アレンはイグナッシュの握った手を軽くポンポンと叩いて微笑んだ。
   イグナッシュは言葉なくへにょりと眉を下げると、アレンをギュッと抱きしめた。アレンも抱きしめ返すと、自身に炎を纏ったので、イグナッシュが驚いて離れた。
    「ふふ、行って来るね」アレンは手を振ると“水鏡”に向き直り、今度は目を閉じ炎のドームをイメージして呟く。
    「ファイアードーム」
            
     忽ちアレンの身体は炎の球体に包まれる。彼は安心させるように振り返ると、イグナッシュに頷き掛けた。イグナッシュはただ目を見開いて胸の前で祈るように組んだ手をギュッとして、頷き返した。
      (こんな時にまで人にご配慮くださるとは、何と言うお方だろう。原始の森の精霊達よ、どうかアレン様をお守りください)

   アレンは湖の縁まで歩くと一旦足を止めてから、思い切って湖面に踏み出した。
   ところが、たたらを踏んで水面の上を二三歩進んだだけで水面下に沈まない。
    アレンは自分の足下を凝視するも、一ミリも沈んでいない。
    (どう言う事だろう?)
   もう一度、歩いてみたが湖面の上を進むばかりだ。

    彼は今度は思いっきり足を上げて、水面を打ち抜くつもりで振り下ろした。
    バシャリと飛沫が上がると、アレンの周囲を飛沫の波が取り囲み、ぐるりと円が出来上がると外側にも飛沫が走り、もう一重の円が繋がり青い輝きを放つ。

 (もしかして召喚陣)

 アレンは確認するために、一か八か炎を解いた。

    (やはり、召喚陣だ)

   アレンの目の先で、水面がグクっと持ち上がり火を吹くアルゲートが姿を現す。
    (夢で見た通りだ)身体のあちこちの鱗が剥がれ、火が吹き出して見るも痛ましいかぎりでアレンの眉間に皺が寄る。

   「ご主人様?」アルゲートはアレンに気が付くと驚いたように呟いた。
   「僕はご主人様じゃないよ。でも、君を助けたいんだアルゲート」
    名前を呼び掛けられたアルゲートは驚きに見開いた目から涙を流す。もう随分長い間、誰にも名前を呼んで貰ったことはない。

    「アルゲート、君の望みはなんだい?」
    「わ、私の・・・望み?」
    「うん、君の望み。願い事かな」
    「帰りたい・・・故郷へ・・・余りも長い間離れてしまった」
    「分かった。君を帰してあげるよ故郷へ、約束する」
    「本当に?」
    「うん、だから炎を消して身体を元に戻すんだ」
    「どうやって消せばいいか、最早分からぬ」
    
 アレンは少しの間考えて、蹲りながら手を湖に差し入れた。
   
 「古き縁の秘密の友よ、我の名はアレンデュラ・アリ・アス・ヴァルツ・デ・メルキオール 汝と盟約を結ぶ者なり 我の元に来たりて我に力を ディラン 波の息子 水を駆ける者よ 彼に浄化の水を求めん」
 
 アレンが唱えると同時に召喚陣の周りで水飛沫が高く上がり始め、水のカーテンがアルゲートを覆い尽くす。そして、水はキラキラとアルゲートの周りで踊り、小さな虹が掛る。

 「おおお・・・身体が・・・」全ての水が湖面に落ちると、アルゲートの身体から炎は消えていた。

 アルゲートはアレンの方を見ると片膝を付いて頭をたれる。アレンは又、詠唱に入った。

 「我の名はアレリス 汝と契約を結ぶ者なり 汝を名付ける者なり 

     汝の名は・・アルゲート・サリューなり」

 青い光の輪が縮まって、アルゲートの身体を駆け上がった。
 

















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