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第三章
第四十二話・黒鴉メイナム伯爵の来訪
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グラバルは自分の部屋のベットの上で漸く眠りについた。さっきまで、いろんな医者を呼んでは怒鳴り付けていたが眠り香を吸わされてやっと痛みから解放されたばかりだった。
それにしても、とケーヒルは思った。
アレンをやっと始末することができたが、その代償は余りにも大き過ぎた。
グラバルの右手は焼け爛れ最早使い物にはならず、左手の指もなんとか縫い合わせたが再び動かす事は難しいだろうとの事だった。辛うじて親指と薬指はなんとかなりそうだったがそれだけでは日常生活もまともにおくれまい。
その上、右手が化膿すれば腕の付け根から切断しなければならない。
何と言う事だ、自分が付いていながらこの子を守り切れなかった。
だが、まだ諦めてはいない。
この子を必ずこのフォートランドの領主にするのだ。
そして、それを直ぐ側で一生見守って行く。
それが私の夢であり、生きる希望なのだ。
そして、いつの日か・・・・・。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐◇◇◇◇
「何と言うことだっ!!」彼は叫ぶなり立ち上がり、自分の前の机をダンッと両拳で叩いた。
「早く、ダンドリュウス伯に知らせねば・・・・しかし、なんと言えばいい・・・。」彼は再び、深く椅子に座り込んだ。
「取りあえず急ぎフォートランドに戻って来て貰おう・・・話はそれからだ。キュロス。」
部屋の止まり木に居た黒鴉の内の一羽が大きく羽ばたいてカァと鳴くとメイナム伯の所まで飛んで来た。
「お前は直ぐに皆と連絡を取り、ダンドリュウス伯が何処にいるかフロスに知らせてくれ、いいな。」
黒鴉は再びカァカァと鳴くと、メイナム伯の腕から開け放された塔の窓から外へと羽ばたいて飛び出して行った。
「くそっ、くそっ。ただ見ているだけで何もできないとは、何と歯痒い事だ。」
「もう少し早く鴉達を送り込んでいれば何とかできたかも知れぬのに・・・・」
メイナム伯がイラスと繋がったのは坂道でアレン達が追い詰められている時で、それからの事はあっと言う間の出来事だった。
「あの矢は胸を貫いていた。だが、万が一内臓を外れてたとしてもあの高さからでは・・・とても助かるまい。」
「しかし、おかしいな。なぜ、守護魔獣は現れなかったんだろう?胸を射られたからか?・・・いや、その前に呼び出せば二人とも助かった筈だ・・・なぜだ・・・分からん・・・・。」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐◇◇◇◇◇◇◇
ダンドリュウス伯爵とバルト達は急いでフォートランド城に戻って来た。
伯爵の勢いに城の者達は只、たじろぐばかりであった。詳しい事は分からずアレンが又、行方不明になったとケーヒル達から知らされただけでまだ伯爵には誰も使いを出していなかったので、どうして戻って来たのか見当もつかなかった。
それはケーヒルも同じである。
伯爵とバルトはグラバルの寝込んでいる寝室に行き成り入って来た、そこには当然看病に付き添っていたケーヒルもいる。
「何事です、グラバル様は今、大怪我を負い熱を出されいます。・・・しかし、どうして此処に?・・何かあったのですか?」ケーヒルは伯爵が現れたことが信じられないでいる。
「とぼけるな!アレンをどうした?行方不明と今、執事長のヨナスに聞いたぞ。」バルトが伯爵の代わりに詰問して来た。
伯爵はと言うと、グラバルの変わり果てた姿を愕然と見ていた。
「そ、それは、全てアレリス様の所為です。見てください、グラバル様のこの有り様を。」
「これが、・・・アレンの所為だというのかね?あの子にこんな惨い事ができる訳がない。」
「しかし、本当の事です、証人もたくさんいます。」
「ネルやベルグは何処に行った?ウィルもだ。」バルトが口を挟んだ。
「アレリス様と逃げ出され、崖から転落しました。」
「なんと・・・あの崖から落ちたと言うのか?・・・そんな・・・・まさか・・・」伯爵は側にあった椅子にふらふらと座り込んでしまった。衝撃が大き過ぎたのだ、あの崖から落ちて助かる筈が無いと子供でも分かる。
「それは信じられん、四人とも落ちたと言うのか?そもそも、なんで逃げなければならん。到底、信じられん。」バルトは言い募った、彼らは選ばれた衛士だ、逃げるなど有る筈が無いと確信していた。
「証拠なら有ります、正門の兵士達が見ていた。ちょうど搬入の時で横門が開き、商人達も見ていました。ネルがアレリス様とリュゲルに乗り、恐ろしい速度で坂道を下って行ったと。」ケーヒルが勝ち誇って言った。
「ううう・・・痛い。」その時、グラバルが気が付いた、痛みに眠り薬を吸っても目が覚めてしまうのだ。
「グラバル、大丈夫か?」伯爵は彼の枕元に近寄る。
「お・・お爺様、全部、あいつの所為・・・です、この腕を見てくだ・・さい・・ウゥ、痛いっ。」彼は包帯でぐるぐる巻きにされた腕を少し挿し上げたが直ぐに痛みに呻いた。
「グラバル・・・・。」
「伯爵様、本当の事なのです。剣の練習を一緒にしていましたが、グラバル様に敵わないと分かるとあの魔獣を嗾けグラバル様の右腕を焼いたのです。」
「その左手はどうしたのだ?焼けたようには見えないが。」バルトはグラバルの左手を見て言った。
普通、楯を握っている手は守られているので楯を壊されない限り滅多な事では傷つかない。
「そ、それは、少し怪我しただけで関係無い。」ケーヒルは苦しい言い訳をした、まさか其処に目をつけられとは思っていなかったのだ。
「違う、あいつが切り飛ばしやがったんだっ!!」グラバルは痛みと恨みで喚いた。
「ほう、では互角以上に戦った事になる。懐に入らぬ限り切り飛ばす事は不可能に近い。」バルトは二人の様子を冷静に見て判断した。
「と、とにかく、グラバル様は怪我の後遺症に苦しめられています、別室で話しましょう。そして、納得がいかなければ証人を呼んで話を聞かれるといい。」
「分かった、取り合えずグラバルの傷に障ってはいかん。別室に移る事にしよう、看病を頼む、婦人。」伯爵はそう言うと執務室に向かった。
暫くして、伯爵の応接室に証人達を集めた、執務室では手狭だったためだ。
証人は、アレンとネルが崖から落ちるのを見たという取り巻きの四人組みに、ウィルとベルグの死体を埋めたと言う三人と正門の当番だったジャックとドビー。
それからウィルの息子のゲイルだ、だが彼はずっと俯き誰も見ようとはしなかった。
ケーヒルが順を追って説明し証人達はそれに同調するだけだったが、バルトは納得できなかった。
特に放牧場での出来事はケーヒルの取り巻き達しかいない、もちろんアレンとネルが崖から落ちた時の証人もだ。
「ゲイル、お前も放牧場にいたと言う事だが、ほんとうにアレンがトゥルールを嗾けて、グラバル様の腕を燃やしたのか?」ずっと俯いているゲイルを不審に思いバルトは尋ねる。
ゲイルは話掛けられてビクリと身体を震わせたが、結局頷くだけで一言も口を開かなかった。
「見たでしょう、彼は父親を亡くしているのだから嘘をつく訳がない。」ケーヒルは勝ち誇って言う。
ケーヒルはウィルとベルグがアレンを庇ってケーヒル達を攻撃して来たので仕方なく戦闘になり、殺してしまったと説明した。
バルトは考え込んだ、正門のジャックとドビーはこちら側の人間で嘘を言ったり、懐柔されている節は見当たらないし、ゲイルに関してはケーヒルの言う通りであったが、本人の様子が不自然過ぎる、もしかして脅されているのか。
だとしたら、此処では口を開くことは無いだろう。
バルトが重い悩んでいると、応接室のバルコニーに大きな影が飛来し窓をコツコツと鳴らした。
「おお、メイナム伯の使い鴉だな。バルト、部屋に入れてやってくれ。」伯爵はバルトに指示を出した。
バルトが窓を開くと一羽の黒鴉が恐れる風も無く入って来てくると伯爵の座っている椅子の肘掛けに止まって嘴を動かした。
「先日は夜中に失礼したダンドリュウス伯。もう直ぐ、坂下門に着くので中に入れて欲しい、至急話したい事があるのだ。」黒鴉から聞こえてきたのはメイナム伯の声だった。
「おおう、こちらこそ礼を言わねばならない、助言有り難く思っている。早速、ダカールを使わそう。」伯爵はそう言うと、守護魔獣を召喚し窓から迎えに行かせたが、一緒に飛んで行くと思われた黒鴉はそのまま居座った。
先日と言うのは、メイナム伯がダンドリュウス伯の居場所を突き止め、フォートランドで大変なことが起こっているので至急戻られたしと、鴉を介して連絡をくれたのだった。
「お客様であれば我らは退室致します。説明義務はもう果たしたと思われますので。」
黒鴉の登場にそわそわしていた四人組みは、ケーヒルの言葉に我が意を得たりとの感じでケーヒルと一緒に退室しようと後じさり始める。
「待て、ザイド、モルブ、グレド。それにグスタブだったか?その場を動くな。」黒鴉は四人に向かって喋った。
「どう言うことだ?彼らを知っているのかね、メイナム伯よ。」伯爵は普通に黒鴉に話掛ける。
「ええ、直接知っている訳ではありませんが、詳しい事はそちらに着いてからお話します。」
バルトはジャックとドビーに命令し扉を内側から見張らせて誰も外に出られないようにして、メイナム伯の到着を待った。
ダカールが窓から帰って来て暫くすると執事長のヨナスがメイナム伯と騎士ヘンデルを案内して来た。
ダンドリュウス伯とメイナム伯が軽く挨拶を済ますとバルトが話を促す。
「メイナム伯、到着してそうそう申し訳ありませんが早速、詳しいお話を賜りたい。」
「ええ、構いません。イラス来い。」メイナム伯は別の黒鴉を召喚させて、自分の腕に止まらせる。
ダカールと肘掛けに止まっていた黒鴉は仲良く、部屋に設えてある止まり木に移動していた。
「この黒鴉は先日、フォートランド領が嵐と大水との被害にあったと聞き及びましたので少しでもお力になれないかと、そちらへ差し向けた鴉です、だが城に行き着く前に異様な光景を目の当たりし私に接触してきたのです。
彼らは皆、アレリス殿のお顔を覚えておりますので。」メイナム伯は落ち着いた様子で話し始める。
ケーヒルは嫌な予感を覚えた、アレンとネルを始末したと報告に来た四人組も明らかに先程より落ち着きが無い。
「異様な光景とは?アレリスと何か関係が?」ダンドリュウス伯爵が勢い込んで続きを促した。
「ええ、非常に申し上げにくいのですが、ちょうど私が守護魔法でイロスの目から下を見下ろすと黒髪の衛士とアレリス殿がリュゲルに騎乗して、追われている時でした・・・・そして、そこの四人に次々と後ろから矢を射かけられ、最初は衛士が、次に馬のリュゲルが・・・やられました。」メイナム伯はそこで言いにくそうにダンドリュウス伯の様子を窺がう。
伯爵の顔色はすでに青く、次になにを聞くことになるかもう分かっている様子で肘掛けを強く握りしめた手は少し震えている。
一旦目を閉じた伯爵は少し間を置いてから先を促した。
「お気遣い感謝する、先を続けて貰って大丈夫だ。真実が知りたい、メイナム伯。」
「分かりました。・・・お気の毒ですがそれはあっと言う間の出来事で、リュゲルに三本目の矢が刺さった後、四本目の矢がアレリス殿の胸に刺さり馬と一緒に崖から谷底に落ち、ベイリュート川の濁流に巻き込まれて見えなくなってしまいました。」
「・・・・・」伯爵は目を見張りながらそれを聞くと、がっくりと項垂れ深く椅子に座り込んでしまった。
「嘘だ、まるで見て来たかのような嘘をつく、メイナム伯爵ともあろう方が。私はアレリス様が馬を飛ばし過ぎて崖から落ちたと聞いた、ここに証人もいる。お前達、そうで間違いないな。」ケーヒルが反論して四人を振り返る。
勿論、それが嘘だと知っている、アレンを始末した褒美にエイランド金貨百枚を自ら手渡したのだから。
「ほう、私の、いや、私とイラスの言っていることが嘘だと?これは異なことを、我が名誉に掛けて誓おう。」
メイナム伯はケーヒルをじろりと睨んだ後、後ろに立っている四人組に視線を移すと口を開いた。
「先程、伯爵は私に問われた、なぜそこの四人を知っているのかと。私達はそこにいたのだよ、だから彼等の会話もちゃんと側で聞いたのだ、イラス話してやれ。」
メイナム伯の言葉を聞いた黒鴉はカァと返事をした後、徐に話しだした。
『やったぜ、エイランド金貨百枚は俺の物だ。あのガキに刺さったのは俺の緑の矢羽根だったぞ。見ただろ、グレド、モルブ。』それはザイドと呼ばれた男の声色にそっくりだった。
『何を言うザイド、俺があの馬を仕留めたから速度が落ちて矢を当てることができたんだぞ。』
『それを言うなら、俺がその前に黒巻き毛の邪魔者を排除したからじゃねえか。』
『でもよ、死体がないと不味いんじゃないか?』
『いや、グラバル様にはただ殺せと言われただけだぜ。』
『そうだよ、それにあの矢傷に、この高さから落ちて助かる者なんていないぜ。』
『なんにせよ、死体は無い方が都合がいいってもんよ。勝手に馬を飛ばして崖から落ちたってことにすりゃ問題はないぜ、伯爵様も何も言えまい、証拠が無いんだからな。』
『とにかく、あっちの黒巻き毛の死体も崖から落としてさっさと始末しようぜ、グスタブ。』
黒鴉は一言一句間違えずに、それぞれの声色で見事に喋り、四人の男達は何も言葉を発せずに真っ青になった。
「これはグラバル様には関係無い、その男達が勝手にした事だ!」ケーヒルが立ち上がって叫んだ。
『いや、グラバル様にはただ殺せと言われただけだぜ。』『殺せ、殺せー。』黒鴉イラスは声色を使って繰り返した。
その声を皮切りにケーヒル達は剣を抜いて伯爵達に襲い掛った。
++++++++
次回から、第四章に。
第四章・第四十三話・ラベントリー領、べリング男爵家の黒豹の双子
それにしても、とケーヒルは思った。
アレンをやっと始末することができたが、その代償は余りにも大き過ぎた。
グラバルの右手は焼け爛れ最早使い物にはならず、左手の指もなんとか縫い合わせたが再び動かす事は難しいだろうとの事だった。辛うじて親指と薬指はなんとかなりそうだったがそれだけでは日常生活もまともにおくれまい。
その上、右手が化膿すれば腕の付け根から切断しなければならない。
何と言う事だ、自分が付いていながらこの子を守り切れなかった。
だが、まだ諦めてはいない。
この子を必ずこのフォートランドの領主にするのだ。
そして、それを直ぐ側で一生見守って行く。
それが私の夢であり、生きる希望なのだ。
そして、いつの日か・・・・・。
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「何と言うことだっ!!」彼は叫ぶなり立ち上がり、自分の前の机をダンッと両拳で叩いた。
「早く、ダンドリュウス伯に知らせねば・・・・しかし、なんと言えばいい・・・。」彼は再び、深く椅子に座り込んだ。
「取りあえず急ぎフォートランドに戻って来て貰おう・・・話はそれからだ。キュロス。」
部屋の止まり木に居た黒鴉の内の一羽が大きく羽ばたいてカァと鳴くとメイナム伯の所まで飛んで来た。
「お前は直ぐに皆と連絡を取り、ダンドリュウス伯が何処にいるかフロスに知らせてくれ、いいな。」
黒鴉は再びカァカァと鳴くと、メイナム伯の腕から開け放された塔の窓から外へと羽ばたいて飛び出して行った。
「くそっ、くそっ。ただ見ているだけで何もできないとは、何と歯痒い事だ。」
「もう少し早く鴉達を送り込んでいれば何とかできたかも知れぬのに・・・・」
メイナム伯がイラスと繋がったのは坂道でアレン達が追い詰められている時で、それからの事はあっと言う間の出来事だった。
「あの矢は胸を貫いていた。だが、万が一内臓を外れてたとしてもあの高さからでは・・・とても助かるまい。」
「しかし、おかしいな。なぜ、守護魔獣は現れなかったんだろう?胸を射られたからか?・・・いや、その前に呼び出せば二人とも助かった筈だ・・・なぜだ・・・分からん・・・・。」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐◇◇◇◇◇◇◇
ダンドリュウス伯爵とバルト達は急いでフォートランド城に戻って来た。
伯爵の勢いに城の者達は只、たじろぐばかりであった。詳しい事は分からずアレンが又、行方不明になったとケーヒル達から知らされただけでまだ伯爵には誰も使いを出していなかったので、どうして戻って来たのか見当もつかなかった。
それはケーヒルも同じである。
伯爵とバルトはグラバルの寝込んでいる寝室に行き成り入って来た、そこには当然看病に付き添っていたケーヒルもいる。
「何事です、グラバル様は今、大怪我を負い熱を出されいます。・・・しかし、どうして此処に?・・何かあったのですか?」ケーヒルは伯爵が現れたことが信じられないでいる。
「とぼけるな!アレンをどうした?行方不明と今、執事長のヨナスに聞いたぞ。」バルトが伯爵の代わりに詰問して来た。
伯爵はと言うと、グラバルの変わり果てた姿を愕然と見ていた。
「そ、それは、全てアレリス様の所為です。見てください、グラバル様のこの有り様を。」
「これが、・・・アレンの所為だというのかね?あの子にこんな惨い事ができる訳がない。」
「しかし、本当の事です、証人もたくさんいます。」
「ネルやベルグは何処に行った?ウィルもだ。」バルトが口を挟んだ。
「アレリス様と逃げ出され、崖から転落しました。」
「なんと・・・あの崖から落ちたと言うのか?・・・そんな・・・・まさか・・・」伯爵は側にあった椅子にふらふらと座り込んでしまった。衝撃が大き過ぎたのだ、あの崖から落ちて助かる筈が無いと子供でも分かる。
「それは信じられん、四人とも落ちたと言うのか?そもそも、なんで逃げなければならん。到底、信じられん。」バルトは言い募った、彼らは選ばれた衛士だ、逃げるなど有る筈が無いと確信していた。
「証拠なら有ります、正門の兵士達が見ていた。ちょうど搬入の時で横門が開き、商人達も見ていました。ネルがアレリス様とリュゲルに乗り、恐ろしい速度で坂道を下って行ったと。」ケーヒルが勝ち誇って言った。
「ううう・・・痛い。」その時、グラバルが気が付いた、痛みに眠り薬を吸っても目が覚めてしまうのだ。
「グラバル、大丈夫か?」伯爵は彼の枕元に近寄る。
「お・・お爺様、全部、あいつの所為・・・です、この腕を見てくだ・・さい・・ウゥ、痛いっ。」彼は包帯でぐるぐる巻きにされた腕を少し挿し上げたが直ぐに痛みに呻いた。
「グラバル・・・・。」
「伯爵様、本当の事なのです。剣の練習を一緒にしていましたが、グラバル様に敵わないと分かるとあの魔獣を嗾けグラバル様の右腕を焼いたのです。」
「その左手はどうしたのだ?焼けたようには見えないが。」バルトはグラバルの左手を見て言った。
普通、楯を握っている手は守られているので楯を壊されない限り滅多な事では傷つかない。
「そ、それは、少し怪我しただけで関係無い。」ケーヒルは苦しい言い訳をした、まさか其処に目をつけられとは思っていなかったのだ。
「違う、あいつが切り飛ばしやがったんだっ!!」グラバルは痛みと恨みで喚いた。
「ほう、では互角以上に戦った事になる。懐に入らぬ限り切り飛ばす事は不可能に近い。」バルトは二人の様子を冷静に見て判断した。
「と、とにかく、グラバル様は怪我の後遺症に苦しめられています、別室で話しましょう。そして、納得がいかなければ証人を呼んで話を聞かれるといい。」
「分かった、取り合えずグラバルの傷に障ってはいかん。別室に移る事にしよう、看病を頼む、婦人。」伯爵はそう言うと執務室に向かった。
暫くして、伯爵の応接室に証人達を集めた、執務室では手狭だったためだ。
証人は、アレンとネルが崖から落ちるのを見たという取り巻きの四人組みに、ウィルとベルグの死体を埋めたと言う三人と正門の当番だったジャックとドビー。
それからウィルの息子のゲイルだ、だが彼はずっと俯き誰も見ようとはしなかった。
ケーヒルが順を追って説明し証人達はそれに同調するだけだったが、バルトは納得できなかった。
特に放牧場での出来事はケーヒルの取り巻き達しかいない、もちろんアレンとネルが崖から落ちた時の証人もだ。
「ゲイル、お前も放牧場にいたと言う事だが、ほんとうにアレンがトゥルールを嗾けて、グラバル様の腕を燃やしたのか?」ずっと俯いているゲイルを不審に思いバルトは尋ねる。
ゲイルは話掛けられてビクリと身体を震わせたが、結局頷くだけで一言も口を開かなかった。
「見たでしょう、彼は父親を亡くしているのだから嘘をつく訳がない。」ケーヒルは勝ち誇って言う。
ケーヒルはウィルとベルグがアレンを庇ってケーヒル達を攻撃して来たので仕方なく戦闘になり、殺してしまったと説明した。
バルトは考え込んだ、正門のジャックとドビーはこちら側の人間で嘘を言ったり、懐柔されている節は見当たらないし、ゲイルに関してはケーヒルの言う通りであったが、本人の様子が不自然過ぎる、もしかして脅されているのか。
だとしたら、此処では口を開くことは無いだろう。
バルトが重い悩んでいると、応接室のバルコニーに大きな影が飛来し窓をコツコツと鳴らした。
「おお、メイナム伯の使い鴉だな。バルト、部屋に入れてやってくれ。」伯爵はバルトに指示を出した。
バルトが窓を開くと一羽の黒鴉が恐れる風も無く入って来てくると伯爵の座っている椅子の肘掛けに止まって嘴を動かした。
「先日は夜中に失礼したダンドリュウス伯。もう直ぐ、坂下門に着くので中に入れて欲しい、至急話したい事があるのだ。」黒鴉から聞こえてきたのはメイナム伯の声だった。
「おおう、こちらこそ礼を言わねばならない、助言有り難く思っている。早速、ダカールを使わそう。」伯爵はそう言うと、守護魔獣を召喚し窓から迎えに行かせたが、一緒に飛んで行くと思われた黒鴉はそのまま居座った。
先日と言うのは、メイナム伯がダンドリュウス伯の居場所を突き止め、フォートランドで大変なことが起こっているので至急戻られたしと、鴉を介して連絡をくれたのだった。
「お客様であれば我らは退室致します。説明義務はもう果たしたと思われますので。」
黒鴉の登場にそわそわしていた四人組みは、ケーヒルの言葉に我が意を得たりとの感じでケーヒルと一緒に退室しようと後じさり始める。
「待て、ザイド、モルブ、グレド。それにグスタブだったか?その場を動くな。」黒鴉は四人に向かって喋った。
「どう言うことだ?彼らを知っているのかね、メイナム伯よ。」伯爵は普通に黒鴉に話掛ける。
「ええ、直接知っている訳ではありませんが、詳しい事はそちらに着いてからお話します。」
バルトはジャックとドビーに命令し扉を内側から見張らせて誰も外に出られないようにして、メイナム伯の到着を待った。
ダカールが窓から帰って来て暫くすると執事長のヨナスがメイナム伯と騎士ヘンデルを案内して来た。
ダンドリュウス伯とメイナム伯が軽く挨拶を済ますとバルトが話を促す。
「メイナム伯、到着してそうそう申し訳ありませんが早速、詳しいお話を賜りたい。」
「ええ、構いません。イラス来い。」メイナム伯は別の黒鴉を召喚させて、自分の腕に止まらせる。
ダカールと肘掛けに止まっていた黒鴉は仲良く、部屋に設えてある止まり木に移動していた。
「この黒鴉は先日、フォートランド領が嵐と大水との被害にあったと聞き及びましたので少しでもお力になれないかと、そちらへ差し向けた鴉です、だが城に行き着く前に異様な光景を目の当たりし私に接触してきたのです。
彼らは皆、アレリス殿のお顔を覚えておりますので。」メイナム伯は落ち着いた様子で話し始める。
ケーヒルは嫌な予感を覚えた、アレンとネルを始末したと報告に来た四人組も明らかに先程より落ち着きが無い。
「異様な光景とは?アレリスと何か関係が?」ダンドリュウス伯爵が勢い込んで続きを促した。
「ええ、非常に申し上げにくいのですが、ちょうど私が守護魔法でイロスの目から下を見下ろすと黒髪の衛士とアレリス殿がリュゲルに騎乗して、追われている時でした・・・・そして、そこの四人に次々と後ろから矢を射かけられ、最初は衛士が、次に馬のリュゲルが・・・やられました。」メイナム伯はそこで言いにくそうにダンドリュウス伯の様子を窺がう。
伯爵の顔色はすでに青く、次になにを聞くことになるかもう分かっている様子で肘掛けを強く握りしめた手は少し震えている。
一旦目を閉じた伯爵は少し間を置いてから先を促した。
「お気遣い感謝する、先を続けて貰って大丈夫だ。真実が知りたい、メイナム伯。」
「分かりました。・・・お気の毒ですがそれはあっと言う間の出来事で、リュゲルに三本目の矢が刺さった後、四本目の矢がアレリス殿の胸に刺さり馬と一緒に崖から谷底に落ち、ベイリュート川の濁流に巻き込まれて見えなくなってしまいました。」
「・・・・・」伯爵は目を見張りながらそれを聞くと、がっくりと項垂れ深く椅子に座り込んでしまった。
「嘘だ、まるで見て来たかのような嘘をつく、メイナム伯爵ともあろう方が。私はアレリス様が馬を飛ばし過ぎて崖から落ちたと聞いた、ここに証人もいる。お前達、そうで間違いないな。」ケーヒルが反論して四人を振り返る。
勿論、それが嘘だと知っている、アレンを始末した褒美にエイランド金貨百枚を自ら手渡したのだから。
「ほう、私の、いや、私とイラスの言っていることが嘘だと?これは異なことを、我が名誉に掛けて誓おう。」
メイナム伯はケーヒルをじろりと睨んだ後、後ろに立っている四人組に視線を移すと口を開いた。
「先程、伯爵は私に問われた、なぜそこの四人を知っているのかと。私達はそこにいたのだよ、だから彼等の会話もちゃんと側で聞いたのだ、イラス話してやれ。」
メイナム伯の言葉を聞いた黒鴉はカァと返事をした後、徐に話しだした。
『やったぜ、エイランド金貨百枚は俺の物だ。あのガキに刺さったのは俺の緑の矢羽根だったぞ。見ただろ、グレド、モルブ。』それはザイドと呼ばれた男の声色にそっくりだった。
『何を言うザイド、俺があの馬を仕留めたから速度が落ちて矢を当てることができたんだぞ。』
『それを言うなら、俺がその前に黒巻き毛の邪魔者を排除したからじゃねえか。』
『でもよ、死体がないと不味いんじゃないか?』
『いや、グラバル様にはただ殺せと言われただけだぜ。』
『そうだよ、それにあの矢傷に、この高さから落ちて助かる者なんていないぜ。』
『なんにせよ、死体は無い方が都合がいいってもんよ。勝手に馬を飛ばして崖から落ちたってことにすりゃ問題はないぜ、伯爵様も何も言えまい、証拠が無いんだからな。』
『とにかく、あっちの黒巻き毛の死体も崖から落としてさっさと始末しようぜ、グスタブ。』
黒鴉は一言一句間違えずに、それぞれの声色で見事に喋り、四人の男達は何も言葉を発せずに真っ青になった。
「これはグラバル様には関係無い、その男達が勝手にした事だ!」ケーヒルが立ち上がって叫んだ。
『いや、グラバル様にはただ殺せと言われただけだぜ。』『殺せ、殺せー。』黒鴉イラスは声色を使って繰り返した。
その声を皮切りにケーヒル達は剣を抜いて伯爵達に襲い掛った。
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次回から、第四章に。
第四章・第四十三話・ラベントリー領、べリング男爵家の黒豹の双子
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