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向かえ「怨敵アベル」編

第170話 半魔マルゴット

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 ガララと崩れた石壁を踏みつけ中から現れた大男。
 皮膚はところどころ赤黒く変色し、鱗のような光沢を放っている。
 毛髪のない頭部には角になりかけのような2つのコブ。
 僧帽筋のあたりからは怪しい色の蒸気が二本の管によって静かに噴き出している。

(……アベルの記憶にある姿とはだいぶ違うな)

 男の正体を見抜くべく、すかさずスキルを発動。


 【鑑定眼アプレイザル・アイズ


 俺の右眼に俺にしか見えない赤い炎が宿る。


 名前:マルゴット
 種族:半魔
 職業:戦士
 レベル:52
 体力:317
 魔力:28
 職業特性:【耐久+】
 スキル:【悪魔眼イビルアイ


 名前はマルゴット。
 ミフネたちのパーティーのリーダーで間違いない。
 種族が半魔。
 魔王タナトアは奴を悪魔だと断言した。
 見た目から判断するに人間から悪魔に変化する途中って感じか。
 職業戦士。
 まぁ魔物でも職業を得られるんだから悪魔で戦士でもおかしくない。
 ステータスは全体的に高いが、それもあくまで人と比べた場合の話。
 スキル『悪魔眼イビルアイ』は悪魔の能力だな。
 状態異常系か?
 使えそうだからストックが復活したらいただくとしよう。
 その前に喰らわないようにしないとな。
 いくらステータス差があるとしても状態異常系は一発逆転の可能性を秘めている。
 かつて貧弱だった俺が大悪魔やワイバーンたちを倒した時のように。
 油断は禁物だ。

 さぁ、そんなこいつをどうするか。
 元のあいつを知ってるモモとミフネにも一応話を聞いてみる。

「なぁ、あいつって前からあんなだった?」
「う~ん、最近姿を見てなかったんだけど、ちょっと雰囲気が変わった……かな?」
「キヒ、少しってレベルじゃない」

 二人は武器を構えながら答える。
 敵として認めたってことか。
 まぁこの戦力差なら叩き潰すのは簡単だが、俺たちの目的は変身しかけの半端悪魔を殺すことじゃない。
 モモとミフネの「パーティー移籍許可」をもらうことだ。
 って、ことでさっそく

「人を捨てたな、マルゴット」

「なんだテメェ……?」

 プシュ~。
 僧帽筋のあたりから伸びた管から煙を吐きながら凄むマルゴット。
 俺は構わず探りを続ける。

「アベルは生きてるぞ」

「アベル? そりゃ一体誰のことだ?」

「とぼけんなよ、お前がパーティーから追放した鑑定士だ」

「あ~……? そんな奴いたか?」

 ポリポリと頭をかくマルゴット。
 見た目は不気味な半魔だが、仕草は完全に人間のおっさん。

「とぼける必要はねぇ。お前がアベルをパーティーから追放して魔界へ連れ去る手伝いをしたことはわかってる。その見返りが悪魔にでもしてもらうことか? 誰にしてもらった? 黒騎士ブランディア・ノクワール? それとも大司教ブラザーデンドロ? ま、どっちからされたにしろ、お前の姿は半端みたいだがな」

「何が半端だ! これから……まだ時間をかけて俺は本物の悪魔になるんだ! そして永遠に近い寿命と力を得て、俺もこの国の支配者階級の一角に……」

「支配者階級? 無理だな」

「てめぇに何がわかる!」

「例えばモグラ悪魔のグララ。すごい力を持つ悪魔だったが、そいつは何百年もここでブラザーデンドロの手下として奴隷のようにこき使われてた。そんな悪魔でも、だ。貴様のような半端な雑魚が悪魔になった程度でなり上がれるとでも?」

「……ハッ、口だけは達者じゃねぇか、このでまかせクソチビ野郎。……ん? チビって言やぁ、昔こんな感じのやつがいたような……」

「ほう? それはこんな顔じゃなかったか?」

 俺は口元に冷たい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと仮面を外していく。

「……! アベル! テメェ生きて……」
「やっぱ俺のこと覚えてんじゃねぇか」
「くそっ! テメェが生きてるって知られたら俺の命が……」
「まぁ待て。話を聞け。本物のアベルは別にいるんだ」
「……あ? どういうことだよ?」
「ん~、のどが渇いたなぁ」
「は? なに言ってんだテメ……」


 ドンッ!


 【身体強化フィジカル・バースト


 一瞬で間を詰め、マルゴットの顔の横に手をつく。

「ぐっ!」

 ブンっと振り回される太い腕。


 【軌道予測プレディクション
 【斧旋風アックス・ストーム


 俺は頭を振ってそれを躱すと同時に背後に回り、マルゴットの腕を取って回転の力で捻り上げて地面に叩きつける。
 崩れていた壁に顔から突っ込んだ巨体のマルゴットが砂煙で覆われる。

「ペッ、ほら、わかるだろマルゴット? 俺はもう普通じゃねぇ。てめぇみたいな半魔ごとき指一本で消し飛ばせるんだよ。それにお前なら十分知ってるだろ? ……モモのスキルを」

 モモのスキル『聖闘気セイクリッド・オーラ』。
 魔神サタンすら倒しえた究極の聖なる力。
 魔に堕ちた者であれば、なによりも恐れるべき力のはず。
 半魔になりたての未熟なマルゴットでもそれくらいは本能で感じ取っているに違いない。

「くっ……!」

「あ~、今動いたから余計にのどが渇いたなぁ~。……聞こえねぇか? のどが渇いたって言ってんだよ。話し合いをしてやろうって言ってんだ、この俺様がな」

「くそ……酒しかねぇぞ」

「お使い役ならたくさんいる。お前が金出して俺たちをもてなすんだよ。頑張れ、機嫌を損ねて消し飛ばされないようにな」

「クソっ……マジでなんなんだよ……! 話が違うじゃねぇか……! 俺は人間を超えた力を手に入れたはずなのに、なんでこんな奴らに……」

「話が違う? なら、その話とやらを聞かせてもらおうじゃねぇか。そんでパーティー転出許可証にサインしろ。三枚だ」

「三枚?」

「ああ、俺のパーティーに入るんだよ。モモとミフネ。それからお前もな」

「はぁ!?」

「パーティー名は『真・アベル絶対殺す団』だ」

「だせぇ。それにアベルってのはてめぇだろ? 一体……」

「あ~、それからこれを言い忘れてたな」

「あん?」

 ここで最後の一押し

「俺たちなら

 一呼吸溜めた後、ゆっくりと続ける。

「お前をにな」

「な……! 適当ふかしてんじゃねぇぞ!」

「ふかして? チッチッチッ、お前のその姿。黒騎士や大司教みたいな低次元な奴らによる半端な悪魔化。笑っちまうよなぁ、?」

「タナ……?」

 可愛らしくも怪しく扇情的な服を纏った小さな少女タナトアが「ああ、そうだな」と呟き、秘めていた魔の圧力プレッシャーを開放させる。

「ぐっ……!」
「キヒ……何度食らっても体が動けなくなるなぁ」
「うわっ……! アベ……クモノス、この子!?」

 腐っても魔王。
 小さくても魔王。
 俺にスキルを奪われてても魔王は魔王。
 その魔王タナトアの圧力プレッシャーの前に半魔マルゴットは自然と膝をついていた。

「我が魔王タナトアである。力を貸せば貴様を悪魔にしてやろう。そんなチンケな半魔などではない、にな」

「魔王タナトア……様……? アベル……てめぇ一体……」

「あ? てめぇ、だ?」

「あ、いや……アベル……様。この圧力プレッシャーは間違いなく魔王。半端とは言え悪魔に足を踏み入れた俺にはわかる。そんな魔王様と共に行動するあなたは一体……」

「俺は『真・アベル絶対殺す団』団長、クモノスだ」

「クモノス……それがあなたの今のお名前」

 半魔マルゴットは深々と頭を下げて続ける。

「この不肖マルゴット。魔王タナトア様とクモノス様のお力となります! 断れるはずがねぇ……なんなんだよこの圧倒的な力は……! 俺がかつて……アベルを、いやアベル様を拐う手伝いをしたのは間違いだったのか……?」

「いいや、正解だよマルゴット」

「え?」

「おかげで

 このフィード・オファリング様がな。

 こうして俺たちは新たな手下、半魔マルゴットと三枚の「パーティー移籍許可」を手にすることに成功し、マルゴット邸を後にした。
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