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向かえ「怨敵アベル」編

第165話 少女扱い

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 たしかに奴──魔王タナトアはそう言った。

 カマかけ?
 駆け引き?
 こっちを動揺させようとした?

 だとすればその目論見は成功だバカヤロー。

 ポカンとした一瞬の間。

 奴がやる気なら今この瞬間に俺たちを全滅せしえたはず。

 いや、奴のスキルであれば隙など生み出さなくて俺たちを全滅させることなど易いか。

 なら、なぜ?

 殺すための隙を作るためでなければ、なぜそんな馬鹿げたことを言った?

 、だなんて。

 相手のペースに乗るのは癪だ。
 だが乗るしかない。
 乗るなら徹底的に乗ってやる。
 完全に乗りこなして貴様の上手に立ってやる、魔王タナトア。

「へぇ、仲間ね。一体なんのために?」

『それが一番いいと判断したからだ』

「一番? 一番いい? へぇ~、数刻前からしか俺達のことを見てないのに『一番いい』ねぇ」

 相手の言葉尻を捉えて矛盾点をついていく。
 名付けるなら屁理屈戦法。
 これが意外と効果的。
 まともに会話に取り合わない、論点をずらす、相手にマウンティングする。
 真面目だったり誠実である相手ほどドツボにハマる。
 な? 駆け引きってのはこうやってするもんだ。
 ほらほら、ペースが乱れるだろうが魔王さんよ。

『そうだ。お主らのような者が現れるのを千年待ち続けていた。ここでな』

「ハッ、そりゃ口説いてんのか? 俺とお前が運命の出会いだとでも?」

『運命の出会い……。そうかもしれぬな』

「……顔半分だけの奴に言われたんじゃ冗談としてもキツいな」

 俺がさっき言った「死んだら信用する」。
 俺のその言葉に対し、奴は優位を取るために死ぬポーズまで取ってみせた。
 鎖に繋がれた首から上、顔の右半分。それだけが今の魔王の体だ。
 真っ白な頭髪、真っ白な眉毛、真っ白な瞳。
 そして、欠けた顔。
 話してると心がザワザワしてくる。
 見るからに凶暴そうな魔物の方がまだマシだ。

 今もなんの感情も読み取れない魔王の瞳は、じっとまっすぐにただ壁を見つめている。

(ったく……なんなんだこいつは!)

 噛み合わねぇ。噛み合わねぇ。まったくもって噛み合わねぇ。
 俺の裏の裏のさらに裏まで読んで駆け引きしてるってでも言うのか?
 ……調子が狂う。

「お前はお前を騙してここに千年間封印したアークデーモンたちに復讐したいのか?」

『復讐? あったな……たしかにそんなことを考えたことも。ただ、その想いも今となってはもうはるか遠い昔のこと』

「チッ、まどろっこしい」

『そう急かすな。こちらは千年ぶりに人と話してるのだ』

 か細いビブラート。
 気を抜けば、その心地よく頭に響く声に身を委ねてしまいそうになる。
 見ればミフネはもとよりアホのザリエルやグローバもぽ~っとした顔をして呆けている。
 俺はその魅惑的な誘惑にぐっと耐えて言葉を返す。

「知るか。喋りたきゃ壁とでも喋ってろ」

『ハハ、壁か。それもいいかもしれぬ。我はな……見てみたいのだ。千年後の世界がどうなっているのか』

「どうなってるか見てから復讐か?」

『……出来ぬよ。出来ぬのだ。我はもう力を使い果たした。お主らに送った使い魔のメッセージが我の最後っ屁よ。お主らに見捨てられたら我は本当に果てるであろう。復讐などする気力も魔力も残っておらぬ』

 実際顔の右半分のみを残して瓦解した魔王。
 その表情から真意は読み取れない。

「へっ、自傷しながら脅しか? まったく思春期の女かってのてめぇは」

『……我を少女扱いしてくれるとはな』

「ムカついたか?」

 相手の感情を揺さぶれば駆け引きは有利に進む。
 その中でも「うぬぼれ」と「怒り」の感情はとびきりだ。

『いや、思わず喜んでしまった。はたしていつ以来か、可愛い少女だなと呼ばれるのは』

「可愛いなんて言ってないけどな」

 なんだこいつ?
 ザリエルみたいなアホなこと言ってやがる。

「仮にお前を仲間に加えるとして、俺たちにどんなメリットが?」

 ペースを取り戻せ、俺。

『うむ! それをお主らが来る間にずっと考えておったのだがな! どうだ、我が殺してやろうではないか! お主らが殺そうとしておる奴らを、我のスキルでな!』

 駆け引き、取り引き、腹の探りあい。
 さすがにこの提案には俺も若干興味を引かれる。

「ここから脱出して世界がどう変わったかを見る代わりに、俺たちの敵を殺す?」

『そういうことだ』

「だがどうやってそんな姿で俺たち着いてくるつもりだ? 顔半分がふわふわ宙に浮いて着いてくるとでも?」

『いや、その者の体を

 そう言うと魔王の右顔は小さい白い玉に変わり、ホラムが『憑依ポ・ゼッション』してた衛兵の中へと入っていった。

「わっ! わっ……!」

 ホラムが衛兵の口から飛び出す。
 そして衛兵のむさ苦しい体が白く光り……。

「うむ、こんなもんか。どうだ?」

 俺たちの目の前には白髪、ツインテール、ロリロリな少女の姿が現れた。

「……は?」

 くるっと華麗に一回転した少女が続ける。

「さぁ、行こうか。頂上神と鑑定士一味を皆殺しに」

 さっきまでの圧力プレッシャーとのギャップに思わず呆けていると。

「なんだ? そっちが先に我を少女扱いしたのではないか。ほれ、少女だぞ? かわいいかわいいタナトアちゃんだ。どうだ?(スカートの裾ひらひら)」

 俺は悟った。
 どうやらこの駆け引きにおいて俺は敗北したっぽいことに。
 クソが。
 明日には俺の『吸収眼アブソプション・アイズ』 のストックが復活する。
 そしたらスキルを奪ってポイだ。
 結局明日には俺の完全勝利だ。
 それまでせいぜいはしゃいでろ、ロリ魔王タナトア。
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