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向かえ「王都イシュタム」編

第137話 グッドキャンプ

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 ザガの村はずれにある野営地へとやってきた。

「いいじゃない、いいじゃなぁ~い!」

 リサがキラキラと目を輝かせる。

「森もあって川もありますからね~。あと天幕もあって最高です!」

 ルゥがテキパキと木に引っかかったままの天幕を回収していく。

「うむ、吾輩の豊富な知識からすると、ここは見晴らしもよくベストな野営地と言えよう」

 テスが自慢げに述べると、その後頭部から偽モモがニュッと生えてくる。

「マスター、ここ三日ずっと頂上神がそばにいて息苦しかったので深呼吸する許可をいただきたいです」

「いただきたいですって、もう出てきちゃってるし……。ここなら誰にも見られないから好きなだけ深呼吸するといいよ」

「さすがマスター。感謝を申し上げたいと思ったり思ってなかったりしております」

「どっちなんだい!? う~ん、ちょっと偽モモもキャラが崩れてきてるなぁ……」

 僕の声に魔神サタンが反応する。

『そりゃ、長く付き合ってりゃ地が出てくるだろ』

(地とかあるんだ? 魔力の残滓でしょ?)

『何にでも心はあるぞ。そのへんに転がってる石ころや、川に流れてる水一滴まで。ましてや魔力はこの俺様から生まれたもんだ。自我なんかありまくるに決まってるだろ』

 決まってるんだ……?
 世界の半分の実質的支配者。驕り高ぶりっぷりも魔神級なサタンの言うことだけあって妙に説得力がある。

「ほら下僕、私のためにコンサート会場を作りなさぁ~い! ……って、神官ラルクは宿屋なのでしたね。下働きだけしにこっちに来てくれないかしらぁ」

 ここ三日でラルクくんをこき使うことにすっかり慣れてしまったセレアナ。
 元々スキュラのキュアランを手下のように扱っていた彼女は、人の良いラルクくんにつけ込んで好き放題使いっ走りをさせている。
 それでいてラルクくんも断らないってんだから、まったくラルクくんもラルクくんで人が良すぎるよ。

「セレアナも天幕張るの手伝って。テスは薪になりそうな木の枝を集めて。偽モモはゴブリンが出たらテスを守ってね」

「世界を統べるほどの美貌を持った美少女英雄ルードの言うことなら聞かざるをえませんわねぇ~」

「うむ、薪に関して吾輩の知識に適うものは人間界にはおるまい。適材適所と言えよう。さすがルード」

「マスターの命令を受諾。ゴブリンが襲ってきた時のみ護衛対象テスを守護」

「別に僕は世界を統べるほどの美貌じゃないし英雄でもない! テスはテスで薪拾いにそこまで自信を持たなくていいよ! それから偽モモはゴブリン以外が出てきてもテスを守ってね!」

「はぁ~い」
「チッ、了解」
「マスターの命令内容を更新」

 どうにかそれぞれがみんな己の役割を果たすために行動を始める。


 それから、みんなで天幕を張って、薪の準備をして、川の水を濾過しながら村で買ってきた「ピリーブの魚蒸し焼きレモントマトパセリ添え」をもぐもぐ。
 これが酸っぱくて美味い!
 やっぱり白身魚はすっぱいのと合う!
 メダニアには川がなかったから、こういうさっぱり系のお魚なかったもんなぁ。

 こうしてみんなで輪になって地べたに座って食べていると思い出す。
 あの地下ダンジョンのこと。
 僕は不意に思い立って『投触手ピッチ・テンタクル』でローパーの触手を出してみたけど、ここでは誰も食べなかった。
 悲しい。
 まぁ当時は食べ物もなくて疲れててみんな飢えてたからね……。
 それにローパーの王国ララリウムで善良で健気なローパーくんたちを見たらローパーの触手を食べる気もなくなるってなもんだ。
 ってことで「ごめんね」と触手に謝って森の中へポイ。
 そのまま自然にお帰り……。


 その後、バシャバシャと川で水浴び。
 元々海の生き物のセレアナは、久々に魔物の姿になって全身で水を満喫してた。
 そういえばセレアナ、地底王国ララリウムの噴水やお風呂でもはしゃいでたっけ。
 う……! お風呂で『透明メデューズ』して気づかれないように必死に気配を消してたトラウマが……。
 あれ? あの時って僕、朦朧としてからどうしたっけ?
 なんか夜中にパルとポラリス女王が寝室に来てたような気もするんだけど……何もなかった……よね?

 ある種不穏な思い出を断ち切って、魔界で貰ったもののまだ使ってなかったスキルをいくつか試してみることにする。

 まず『擬態ミミクリー』。
 川に膝まで浸かった状態で「魚籠びく」に変化。
擬態ミミクリー』は無機物に変化できるスキルで、生き物へと変身する『変身トランスフォーム』とは別物だ。
 それから『潜水ダイバー』も発動。
 これで水の中でも息が出来る。

(おお、すごい……!)

 ズボボボボッ!
 川魚が僕の中にどんどん入ってくる!
 うひょ……なんかこれ……ちょっとくすぐったくて変な感じ。
 ちょっとクセに……なりそうかも……。
 禁断の領域に踏み込んじゃう前にある程度貯まった時点で変身解除。
 僕の両手の中には抱えきれないほどのいっぱいのお魚。

「これはニマージス。今の時期だと餌も豊富で脂も乗っているはず。おすすめの調理方法は石焼き」

 本の知識を得意げにひけらかすテス。

 テスの提案通りニマージスを石の上で焼こうかと『発熱フィーバー』を使ってみたら僕自身がめっちゃ熱くなっちゃって慌てて中断。
 発熱これは全身銅人源のタロスだからこそ出来るスキルなんだなと実感。
 使い道はよっぽど寒いとこ、特に極寒地とかじゃないとないかも……。
 結局『地獄の業火ヘル・フレイム』で石を一気に熱してニマージスを調理。
 みんなでディナー。
 背中からお腹にかけて脂の滴り落ちる柔柔やわやわ~サクサク~の身にみんな夢中でかぶりつく。

 そんなこんなで日が暮れてきてセレアナの歌を焚き火を囲んで聴いたあと、天幕の中でみんなで身を寄せ合う。
 はぁ~、幸せな一日、幸せなうたた寝。
 まさにグッドキャンプ。
 気がかりなこと、やらなきゃいけないことは相変わらず山積みなんだけど、それもほとんどはイシュタムに着くまでは進展のないものばかり。
 だから道中だけは……難しいあれこれから解放されるんだよなぁ。

 そう思いながら自然とむにゃむにゃと声が出ちゃう。

 僕を中心にリサとルゥが左右に。
 テスとセレアナがその外側に。
 川の字にさらに二本線足した状態で眠りにつく。
 くぅくぅと誰のものか小さい寝息も聞こえる。
 子どもの匂い、テスの匂いも心を穏やかにさせる。
 幸せな時間。
 でも、これは僕が女の子の間だけ起きるイベント。
 もしさ、男の体に戻ってこんなハーレムみたいなことしてたら、ちょっと自分でもどうかと思うから。
 ほら、貞操観念的に?
 僕、アベル的にはね。
 フィードがいたらなんて言うだろう?
 さっさと全員に手を出しちまえくらい言うんだろうか。
 ないない。
 そんなの許されないよ。
 だって僕には故郷に残してきた幼馴染のモモもいるんだし。
 あまり彼女に対して後ろめたいことはしたくない。

(でも……こんな時がずっと続けばいいのになぁ)

 魔界の学校でルゥ、リサと夜通し語り合ってたことが思い返される。
 あの頃はまだお互いの気持ちも通じ合ってなかった。
 人と魔だった。
 男と女だった。
 被食者と捕食者だった。
 二人を利用して脱出してやろうと思ってた。

 その反面。

 どこか二人に惹かれていっている自分もいた。

 今はその二人にテス、セレアナも加わって。
 テスの中には偽モモもいて。
 僕の中にサタンがいるのがちょっと邪魔だけど──。

『うるせぇ』

 早くフィードと一体化して。
 ゼウスとサタンを懲らしめて。できれば消滅させて。
 とにかく鑑定士を利用したゲームを終わらせて……。

 みんなとこんな幸せで楽しい毎日を……。

 むにゃむにゃ……。

 体の両側に人間になったリサとルゥの体温を感じる。

 あぁ……二人がせっかく人間になってくれたのに肝心の僕が魔神 (仮)なんてものになっちゃって、さらには今は蜘蛛で……。

 早く……普通の人間に……すぅすぅ。

 ぴょん。

 僕が眠りに落ちると同時に、頭の上の蜘蛛が跳ねる。

 熟睡しきった僕らは気づかなかった。

 天幕の外、森の中に捨てたローパーの触手をゴブリン共が静かに貪り食ってる音に。
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