へなちょこ鑑定士くん、脱獄する ~魔物学園で飼育された少年は1日1個スキルを奪い、魔王も悪魔も神をも従えて世界最強へと至る~

めで汰

文字の大きさ
上 下
112 / 174
還ってきた「辺境の街」編

第110話 ウォーク・イン・ザ・ウォール

しおりを挟む
絶壁クリフ・ブラセル

 壁の内部を上へ上へとのぼっていくにつれ、なぜここがそう呼ばれるのかわかってきた。

「ちょっ……ちょ、ちょっとルード……これ……」

 いたるところで。

「あっ、うん……あんまり見ないようにしよう……」

 行われているからだ。

「えっと……テスちゃん、見ちゃダメ……です……うぅ……」

 その。

「あらぁ、テスはわたくしたちの中で一番詳しいのではなくてぇ?」

 が。

 嬌声きょうせい
 嬌声きょうせい
 嬌声きょうせい
 嬌声きょうせい
 嬌声きょうせい

 そして、時たま聞こえるも知れぬ男たちの不規則ふきそくな息遣い。
 淫靡いんびな匂い。
 かすかに影で確認できる、蛇のような動き。

「ふむ。ほんとうに人間とは、くだらぬものだな。このようなことにうつつを抜かすとは」

 そうはいいつつも、本の知識ばかりの耳年増みみどしまテス。
 視線はチラチラを落ち着きなくの方を見ている。

 その、奥の方。
 薄い色のベールでいくつかの空間に区分けされた、その一画いっかくごとに男女一組ずつ。
 一つの階層に大体だいたい七つほどもうけられた「部屋」で、彼らは営みを行っている。

「人間ってのはすごいわねぇ……。まさか、魔界をへだてた壁の中で、こんなに欲をぶちまけてたとは……。わたくしから見てもこれは罰当たりに感じますわぁ」

「わわわ、セレアナさんもテスちゃんも見ちゃダメです!」

 二人の視界をふさぐラルクに、セレアナがからかうように声をかける。

「神官ラルクは、この淫蕩いんとうふける者たちのことは知っていたのかしらぁ?」

「し、知るわけないじゃないですか! 大体、ボクはここに赴任してきて、ずっと穴を掘ってたんです! こ、こんな……こんな……こと……ごくりっ」

「ラルク、よだれが垂れておるぞ」

「たたた、垂れてません! よだれなんか生まれてこのかた垂れたことがありません! あれです! 松明たいまつの光の反射的ななにかです!」

「お、おう……そうか……」

 あまりに必死なラルクくんの否定っぷりに、ちょっと引き気味のテス。

「神父さん、もうちょっとお静かにお願いできないッスかね。別にアンタのとこの信者じゃなかったら、淫猥いんわいだろうがなんだろうが構わねぇわけでしょ?」

「そ、それはそうですが……! でも、こんな……こんな、けしからんこと……」

「ラルク、鼻の下が」
「伸びてません!」

 気配察知けはいさっちスキルでも使ったかのようなラルクくんの素早い返答。

「はぁ……ったく。えらいの連れてきちゃったッスね」

 ドミー・ボウガンがあきれたようにつぶやく。

「いや、ほんと……でも盲点もうてんだよね、たしかに。まさか人間と魔族の戦いの最前線が売春宿になってるだなんて……」

「戦いの最前線……ねぇ。どっちもやる気ないんスけどね、実際は」

「そうなの? バチバチに戦ってるのかと思ってた」

「ああ、まぁ、やってるようには見せてますけどね。適当に矢を消費したりしないと、サボってると思われるんで。明後日あさっての方向にったりして遊んでるッス」

「遊んで……。そうなんだ……」

 もう五階層分は上がっただろうか。
 上にがるにしたがって、仕切られているベールも金や銀の刺繍の入った高価そうなものになり、区分けされた部屋の数も少なく、そして広くなっていた。

 延々と繰り返される折返しの階段を登りながら、ドミーは話を続ける。

「そもそも、魔物側も別に攻めてこようなんてしちゃいないッスからね。むしろ、お金もらってこっそり通してたりしますよ」

「えぇ!? そうなの!?」

「えぇ、そもそも考えてもくださいよ。魔物って空飛べるじゃないッスか。あんなの全部撃ち落とすなんてムリっす」

「いや、まぁ、そうだけど……。え、じゃあ、空飛ぶ魔物って……」

「全部フリーパスっすね」

「えぇ!? それなら人間界、大変なことになるんじゃ……」

「さぁ、それがなってないから、どうにか上手いこと折り合い付いてるんじゃないんスか? ちなみに、もちろんこっちは通過した魔物ゼロって報告してますけど」

「そ、そうなんだ……」

「なんていうか、ハリボテね、この壁」

 リサの言葉に、ドミーは自嘲気味じちょうぎみに笑う。

「ははっ、ハリボテ……。そうッスね、まさにハリボテの巨壁きょへきッスよ。ここは」

 頭がクラクラしてくる。
 各階層にきしめられたこうの混じり合った匂いのせいかもしれない。
 女の体でよかった。
 男のままだったら、なにかよからぬ反応をしてしまっていたかも。
 それに。
 ゼノス。
 あの色欲しきよく権化ごんげをここに連れてこなくて本当によかった。

「この壁ができて千年以上。ここのやつは、ここで生まれて、ここで死んでく連中が多いんス。一生壁の中で、女と酒に溺れ、特に意味のない仕事をして、死んでいくだけ。よそから来た商売女……まぁ、あねさんがたにしたみたいにさらってこられた連中が、そいつらの子を産んで。んで、そのエンドレスですよ。それでついた名前が」

 
 絶壁クリフ・ブラセル


絶壁ぜっぺきの意味じゃないんス。絶望の壁で絶壁クリフ・ブラセルなんスよ」

 絶望の、壁──。

「そういうとこのボスに会うんです。覚悟だけはしといてくださいね」

 倦怠けんたいあきらめの町、メダニア。
 そこのボス、ディー。
 バランスブレイカーとも言えるスキルを持ったドミー・ボウガンがおそれる相手。

 一体、どんな女なんだ……。

 九階層ほど上ったところで、ついに区切られているベールは広々としたもの二つだけとなった。
 客からの貢物みつぎものなのか、美術品のようなものまで飾ってある。
 きっと、かなりの上級娼婦なのに違いない。

「次、ッス」

 そう短く言ったドミーが、少し重そうな足取りで階段を上がっていく。


 ビュオッ──!


 顔に風が吹き付けてきた。
 屋上。
 見渡す限り一面に広がる魔界の景色。
 頭の上は、満天の星空。
 吹き抜ける風が、ボクらの体にまとわりついたこうの匂いを一気に吹き飛ばしていく。

「わぁぁぁぁ! これが壁の上からの眺めなのね!」

 リサがパァと顔を輝かせる。

「こんな景色が見れるなんて、やっぱりルードさんについてきて正解でした!」

 ルゥも嬉しそう。

「うむむ、これはまさに絶景……! こんなこと、本には書いておらんかったぞ! これが、自分の目で知見ちけんを深めるということか……!」

 テスも、なにやら感慨かんがい深げにうなってる。

「あ~らぁ! わたくしの歌うステージにぴったりの舞台じゃありませんことぉ?」

 セレアナは……うん、いつものセレアナだな。

「うぅ……ボク、高いとこダメなんです……ぶるぶる……」

 ラルクくんは、へっぴり腰でテスのワンピースのすそを掴んでいる。

 しかし。

 ほんとうに。

 戻って、きたんだなぁ……。

 学校。

 校庭。

 土の中。

 地底、地獄、そして──。

 今は、教会の世話になってる。

 戻ってきたんだ、ボクは。

 人間界に。

 眼下がんかに広がる魔界の景色を見ながら、そんな実感が胸に込み上げてくる。

「ねぇ、リサ、ルゥ、学校ってどの辺なのかな?」

「う~ん、わからないわね。山の形を見る限り、あっちの方じゃない?」

「地図って適当ですもんね。特にこのあたりのは。あ、テスちゃんなら知ってるんじゃないですか?」

「うっ……わがはいの『博識エルダイト』はまだ回復しておらぬのだ……」

「ほんとかしらぁ? 実は先生も知らなかったりしてぇ~」

「ほ、ほんとだ! わ、わがはいの知識は、すごいんだからな! からかうでない、ばかものが!」

「はいはい、テスちゃんかわいいでしゅね~」

「むぅ~! 頭をなでるでない! 子供あついするな!」

「わわ、テスちゃん、動かないで! 掴んでないと怖いから!」

 ハハハ。

 気がつくと笑ってた。
 いつぶりだろ。
 こんなに肩に力を入れずに笑えるのって。

「はぁ……あねさんがた、リラックスするのもいいんですが、ちったぁ気合い入れてくださいよ?」

「あ、うん、わかってるよ」

 せっかく抜け出してきた魔界。
 そこで得た仲間とラルクくんを守るために。
 また、魔界とは違った戦いをしなきゃだな。
 今度は生きるか死ぬかじゃない。
 仲間が、大事な人達が、安心して暮らしていける環境を作るための戦いだ。

 まずは、ディー。

 この町の支配者からだ。

「よし、じゃあ行こうか」

「お、おぉ……なんか急に雰囲気変わったッスね……」

 そりゃ当然。
 ボクらは、あの戦いを生き抜いてきた仲間だもの。
 そして、女の子をさらって娼婦として働かせてるディー。
 ボクたちにまで手を出してきたディー。

 きっちりと──落とし前はつけさせてもらうよ。

 ザッ。

 ボクたちは、歩き出した。
 壁の屋上にあるしょ
 ディーの根城ねじろ絶壁クリフ・ブラセルの最深部へと向かって。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

呪われ少年魔法師、呪いを解除して無双する〜パーティを追放されたら、貴族の令嬢や王女と仲良くなりました〜

桜 偉村
ファンタジー
 瀬川空也(せがわ くうや)は魔力量が極端に少ない魔法師だった。  それでも一級品である【索敵(さくてき)】スキルで敵の攻撃を予測したり、ルート決めや作戦立案をするなど、冒険者パーティ【流星(メテオロ)】の裏方を担っていたが、あるとき「雑用しかできない雑魚はいらない」と追放されてしまう、  これが、空也の人生の分岐点となった。  ソロ冒険者となった空也は魔物に襲われていた少女を助けるが、その少女は有数の名家である九条家(くじょうけ)の一人娘だった。  娘を助けた見返りとして九条家に保護された空也は、衝撃の事実を知る。空也は魔力量が少ないわけではなく、禁術とされていた呪いをかけられ、魔力を常に吸い取られていたのだ。  呪いを解除すると大量の魔力が戻ってきて、冒険者の頂点であるSランク冒険者も驚愕するほどの力を手に入れた空也は最強魔法師へと変貌を遂げるが、そんな彼の周囲では「禁術の横行」「元パーティメンバーの異変」「生態系の変化」「魔物の凶暴化」など、次々に不可解な現象が起きる。それらはやがて一つの波を作っていって——  これは、最強少年魔法師とその仲間が世界を巻き込む巨大な陰謀に立ち向かう話。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...