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生き残れ「地下迷宮」編

第63話 完全なる休息【前編】

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 完全なる休息を取る。
 それが、これからオレが臨むミッションだ。

 実際、体はボロボロだった。
 オーガ、ミノタウロス、ワイバーン、大悪魔との四連戦。
 そして、デビル・アントやレッドバイパーと戦い、ダミー扉の笑気ガスに襲われた後、守護ローパーのプロテムと揉めて、ローパー王国へとやってきた。
 それが、ここ一日の間の出来事。
 そりゃボロボロにもなるよ……。

 昨日までのオレは、昼に作戦を立てつつ仮眠を取って、夜に鍛錬をするっていうルーチンワークで生活してたんだ。
 それ以前は……ただモモに守ってもらってただけの冒険者生活だったからなぁ。
 そういえばモモ、今頃どうしてるだろ。
 急にオレがいなくなっちゃって困惑してるんじゃないかな。
 オレのことなんか忘れて、前向きに生きててほしいけど……モモ、責任感強いからなぁ。
 オレのことを探したりしてなきゃいいけど……。
 まぁ、王国と魔物がグルだなんて思いつきもしないだろうし、危険なことには巻き込まれてない……だろう。そう思いたい。


 そんなことを考えながら女中ローパーの後をついていくと、オレが今夜泊まるらしき客室へと案内された。

「うおっ、広っ!」

 真っ白な円形の部屋。
 二十畳ほどのゆったりとした空間に、一人で寝るには十分な大きさの白いベッドが部屋の中央に備え付けられている。
 ベッドの脇には、丸いサイドテーブルと丸いスツール。
 その上に、水差しとグラスが置いてある。
 壁の丸い窓枠にはステンドグラスが嵌め込まれており、キラキラとした多彩な色の光が室内を照らす。

 ツツツ……と女中ローパーがベッドの上に備えてあった着替えを差し出してくる。

「今、ここで着替えたほうがいいのかな?」

 ぺこり。

 女中ローパーは、微かに頭を下げる。
 彼女はパルみたいにゆらゆらしていない。シャンとしてる。
 なんだか厳格な感じだ。
 そんな女中ローパーと室内に二人きりだとちょっと緊張する。
 女中さん……だから、多分女性なんだろうし……。

「? 変わった形の服だな……?」

 手渡されたのは、上下に分かれたザラザラとした手触りの白い服。
 下は無事に履き終えたが、前開きになってる上がよくわからない。
 戸惑うオレに、女中ローパーが近寄ってきてソソソ……と手際よく紐を内と腰のとこで結ぶ。

 おお、そこで結ぶのか。
 なんかこれ、侍のミフネが言ってた甚平じんべい? とかいうのに似てる気がする。
 しかし、それにしても……砂漠風の宮殿、東方風の衣服、洋風の庭園……ほんとに一体なんなんだろうか、ここは。
 ハチャメチャでごちゃ混ぜだが、どれも「白」で統一されてるため、不思議と一体感がある。

 着替え終わると連れられたのは、宮殿の裏側にある小ぶりな庭園。

「あ、フィード! もう食べてるわよ!」

 オレと同じような白い甚平に着替えたリサが皿と箸を持って手を振る。

「フィードさん、バーベキューですよ! なんでも食べていいんですって! すごいですよ!」

 熱された石板の上に肉、魚、野菜、きのこ、虫、などが好き好きに並べられている。
 ケルピーのケプは別の女中ローパーから桶に生魚や人参を入れてもらったものをガツガツと噛り、アルラウネのアルネは火が怖いのか、少し離れた場所で水を飲みながら花や草とお話をしている。

 これだけの多種族の集まりなんだからバーベキューは合理的だなと思いながら、いくつか肉と野菜を焼いてみる。
 口に含んだ瞬間、一日ぶりのマトモな食事にガツンと脳が揺れた。

 ああ……これだよ、これ……これが人間らしい温かい食事だよ……。
 リサの持ってきてくれる冷めた食事や、檻の中に閉じ込められて食べる食事じゃなく、こういう自由で、出来たてで、温かくてさ……。

「フィードさん、美味しいですか?」

「ああ、美味しい。驚いてるよ。凄いよな、こんなにたくさんの食材を事前に用意できるだなんて」

「フ、フィード? そ、そういえば、どうなのかしら? ほら、あの、私の作ってきてた料理と比べて、ほら……」

「え? やっぱり温かい料理っていいな~って────ハッ!」

 ピキピキとリサのこめかみが引き攣る。

「いやっ! 違う! 間違った! バーベキューも美味いけど、やっぱリサの手料理が美味しかったなぁ! うん、間違いない!」

 ぷぅと頬をふくらませるリサ。

「…………ほんとに?」

「ああ、ほんとほんと! 無事ダンジョンから脱出できたらみんなでお祝いしよう! その時、またリサの料理食べられたら嬉しいな!」

「ま、まぁ、しょうがないわね……。そこまでお願いされたら作ってあげないとフィードが可哀想だからね……」

「う、うん、楽しみにしてるよ、アハハ……」

 ふぃ~、危ない!
 休息だと思って気を抜いてたら、思わぬところに地雷が隠されてたぞ……。

「うふふ、リサさんの料理も美味しかったですもんね。いつかここを脱出して、人間界の辺境の街で三人で一軒家で暮らすようなことにでもなったら、私の手料理も食べてみてくださいね?」

「え、ああ、うん。そうだね、楽しみにしとくよ」

 妙に具体的な指定だな? と思いながらも、とりあずこれ以上地雷を踏み抜いて今日の残りのミッション『完全なる休息を取る』に差し障らないようにするため、余計なことは言わず、無難に返事を返す。

 ツツツゥ~!

「うわっ、びっくりしたっ!」

 背筋をパルの触手になぞられてビクッとなったオレを、みんながケラケラと笑う。

「パル、来たのか!」

 さっきのピシッとした姫様然としたパルではなく、いつものゆらゆら揺れてる親しみやすいパルだ。

「女王様は……やっぱり来ないかな? 体調悪そうだったもんね」

 少し悲しそうにシュンとするパル。

「私達が緊張せずに食べられるように気を利かせてくれたのではないかしらぁ? だから、私達は私達でこの素晴らしい食事をいただきましょう」

 重くなりかけた空気を即座にリカバーするセレアナ。
 こいつ、普段はオレたちの会話を聞いてないようなフリしてるのに、いざとなったら、いつもさり気なくフォローを入れてくるんだよな。
 子分のスキュラとダンジョン内で別チームに分かれる時も寛容さを見せてたし、シンプルに人としての器がデカい気がする。
 これでオレたちと同年代ってんだから謎だよな、ほんと。

「脱出した後の話でしたら! みなさん、うちの海底宮殿へ来られるとよろしいですわぁ! 七日七晩おもてなしさせていただきますわよぉ!」

「いや、七日七晩はちょっと……それに海底とか行けないし……」

 それからオレたちは、食べすぎて体全体がパンパンに膨らんだカミラや、怠惰に横になって桶に口を突っ込んだまま食事を貪り食うケプをイジりつつ、久々の充足感を体全体で感じながら、楽しいバーベキュー大会を終えた。


 ソソソ……。
 部屋で仰向けになって食休みをしていると、タオルを持った女中ローパーが現れた。
 ついてこい、と言ってるらしい。
 まさか風呂まであったりするのかな? と思いながらついていくと脱衣所に案内された。どうやら本当に風呂があるらしい。
 脱衣所の入り口で女中ローパーからタオルを受け取り、中へと進む。
 湯気であまり見えないが、とりあえず服を入れるらしき籠の中に着ている衣服を突っ込むと、湯気の濃い方へと向かって歩いていく。

「おお……」

 湯気の中に現れたのは、幅二十メートルはありそうな巨大な円型の浴槽。
 湯には薬草が浮かべてあり、スースーとした緑の香りが立ち込めている。

「まさかローパーの国にこんな立派な浴室があるだなんて……! しかも、王様とかが入るような湯船じゃないのか、これ……」

 おそるおそる足先を湯に浸す。
 絶妙の湯加減。思わず「ほぅ……」と声が漏れる。
 ゆっくりと肩まで浸かると、温かさと香草の香りで途端に体力、気力が回復した気がした。
 しばらく大の字でプカプカと浮かびながら湯を満喫していると、ふと思い立った。

(もしかすると「風呂で泳ぐ」なんてことが出来ちまうんじゃないか……?)

 さいわい、他には誰もいない。
 泳ぐチャンスは今だけ!
 この機会を逃したら、もう一生風呂で泳ぐなんて夢みたいなこと出来る機会は巡ってこないだろう。
 気がついたら、体が勝手に泳ぎだしていた。

 ザブっザブっザブっ!

 ああ、泳いでる!
 すげえ!
 こんな経験、なかなか出来ないぞ!
 うん、これは来てよかった!
 もし会えたらモモに自慢しよう!
 あ~、楽しい!
 よ~し、これで休息を取るミッションも気持ちよくバッチリ完遂できそうだ!

 ボソ……ボソボソ……。

 ご機嫌だったオレの耳に、音──いや、声が聞こえてきた。
 それも一つじゃない。複数だ。

「────!」

 途端に臨戦態勢に入る。
 マズい、素っ裸だ。
 魔鋭刀もパリィ・スケイルもない──!
 くそ──油断しすぎたか──!

 相手の姿が見えないと鑑定も使えない。
 声も反響していて相手が何を話してるのか、何人なのかもわからない。
 オレは浴槽の奥まで進み、二つのスキルを発動させた。


 【狡猾モア・カニング
 【透明メデューズ


 武器がないなら知恵でなんとかするしかない。
 透明で姿が見つけられないうちに敵を確認し、対策を練るんだ。

 湯船の中で透明になったオレが身構える中、濃い湯気を割って声の主が姿を現す。

 一体何者なんだ──!?

 緊張でドクンドクンと高鳴る鼓動。
 湯気の向こうから現れたのは──。


「わぁ~、見てください! すごいお風呂ですよ!」

「あら、ほんと! これはリフレッシュできそうね!」


 素っ裸のルゥとリサ、そしてセレアナ、カミラ、アルネ、ケプ、パルの七人だった。


 なんてこった──!

 この状況でオレがここにいることがバレたら、オレに訪れるのは────社会的、尊厳的、名誉的、信頼関係的な──死だ。

 伝承の中の存在──究極の悪、魔神サタンよりも最悪な敵を迎えたことをオレは理解する。
 すでに茹で上がりそうな体。 
 その背中に冷たい汗がツツ……と伝った。


 【茹で上がるまでのタイムリミット 一時間二分】
 【現在の入浴人数 八人】
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