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第61話 ララリウム

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 暗く長いトンネルを抜けると、そこはきらやかな鉱物の輝きに照らされた、広く大きい鍾乳洞だった。
 小高い丘から見下ろす街には、丸いドーム状の天井の塔のような建物がたくさん建っており、窓にはめ込まれたステンドグラスが鉱物の明かりをキラキラと反射させている。
 それは、まるで色とりどりのローパーの触手が天井に向かって伸びているかのようにも見えて、そのあまりに予想外な絶景にオレの口からも思わず「ふぉぉ……」とため息が漏れた。

「うわぁ……きれいですねぇ……!」

「ほんと! パルには悪いけど、ローパーの国ってもっと原始的なところかと思ってたわ!」

 ぷるぷると得意気に胸を張るパル。
 守護ローパーのプロテムは「当たり前だ」とでも言うようにジトッと見つめてくる。

「グローライト、スターシャイン、ムーンストーン、サンライトジェム、クリスタルフレイム、グリマーロック、シャイニングスター……ちょっと鑑定してみたけど、まだまだたくさんあるね。光を放つ鉱石、光を拡散する鉱石、温度を保つ鉱石、湿気を吸い取る鉱石……。ドワーフ族がここに来たら興奮して踊り明かすんじゃないかな……」

 と、すかさず鑑定スキルを使って解説してみるも、女子チームのみんなはそんなギミックには全く興味がなさそうで、手を胸の前で組んでキラキラと目を輝かせている。

「うわ、すごい……こんなの初めて見た……川も流れてるし、知らない植物も……。ここにしかない新種かな……?」

 大人しいアルラウネのアルネも目をまん丸くしている。

「あとで時間があったら、あの川でひと泳ぎしたいですわぁ」

「ヒヒンっ!」

 セレアナの意見にケルピーのケプも同調する。

「ああ、二人とも海の魔物だもんな。もし都合がついたら、みんなで水浴びしよう」

「お、いいねぇ。もう私ら、丸一日何も飲んでないからね。水もごくごく飲みたいよ」

 ラミアがゴキュリと下品に喉を鳴らす。

 まさかここまでの規模、ここまでの文明が開けてるとは思ってなかった。
 これは……結果、遠回りになったとしても来てよかったかもしれないな……。
 あのままアテもなく水辺の扉を探しているよりは、ここで調べた方がよさそうだ。

 仮にゲームで負けたとしても、オレ、リサ、ルゥ、オルク以外に影響はない。
 つまり、ここでゲームのヒントを得ることが出来なかったとしても、パルやセレアナたちをここに残して戻ることが出来る。
 少なくとも、これですでに四人の命は助けられたわけだ。
 それだけでも十分な成果だ。
 リサとルゥの命は大事だが、かといって他のみんなが大事なわけじゃない。
 確実に多くの命を救っていけるのであれば、それはそれで悪い気はしない。


『おいおい? 気持ちの問題か? なんだそりゃ? 冷徹に判断を下し、オチューやレッドキャップ、インビジブル・ストーカーを始末してきたお前はどこに行った? このままじゃ、オレが死んじまうかもしれないんだぞ?』


 オレの中の「フィード」が問いかけてくる。


『その時と今とでは状況が違う。檻の中では味方は誰もいなくて、オレも弱かった。でも、今は力になってくれる仲間もいるし、オレも強くなったと思う。だからオレはオレだけのためにじゃなく、みんなのために総合的な判断をしようと思うよ』


『ふぅん……それで後悔しなきゃいいけどな……。ま、お前はオレで、オレはお前なんだ。今は悠長なこと言ってるとしても……いざ切迫した状況になったら、ちゃんと決断を下せよ。気持ちなんて曖昧なもんじゃなく、現実的に生き残る決断をな……』


 そう言って、オレの中の「フィード」は再びオレの中に溶けていった。

 え、っていうか……たしかにオレは以前「アベルとフィード両方で行く」って決めたけど……え? こんな二重人格みたいに出てくるの? なんか人格分裂してるみたいになっちゃってるじゃん。
 我が事ながら、なんか微妙に怖いな……。
 一体オレ、これからどうなっちゃうんだろ……。


 慣れた様子でぐるりと丘を回って下りていくプロテムの後に続くと、街の入口が見えてきた。
 入口と言っても、人の行き来があるわけではなさそうなので明確な入り口というより「街のはし」といった感じだ。

 足元は石畳で固められている。
 均等な大きさの石材を敷き詰めたものではなく、サイズがバラバラの平らな石面を上に向けて地面に埋め込んで作られている。

 建物の外壁も、石を積み上げ、隙間を土で固めているようだ。
 壁の至る所に発光ヒカリゴケが生えており、その光がステンドグラスに跳ね返って優しく拡散している。

「建物の背が高いからか、間を通ってる風が気持いいですね」

「近くに川が流れてるからかしら? ひんやりしてていいわね」

 地中とは思えないほどに快適な空間。
 ローパーってのは低位の魔物かと思ってたんだけど、これはこれは……。
 この文明レベルの様子だと、出口へとつながるヒントへの期待も高まる。

 にしても。
 生き物の気配が全くしないことが気にかかる。
 街の中には生活の匂いがするのに、まるで忽然と一斉に消えたような……。
 まぁ、そのわりにはパルがウキウキした様子で歩いてるから問題はなさそうが……。


 そう思いながら、いくつ目かの緩やかな曲がり角を曲がった時。


 突如、左右の建物の陰から大量のローパーが現れた。
 しかも、ローパーたちは延々縦に肩車をして、巨大なアーチを作っている。
 まるで、オレたちを歓迎してるかのように。

「キャー! キャー!」とでも言ってるような様子で、パルが右往左往しながらパタパタとみんなと挨拶をしている。
 守護ローパーのプロテムをチラッと見てみると、相変わらずオレのことをジトっと睨んでいる。
 ほんと、オレのこと嫌いみたいだな、この人……。
 まぁ、姫を危険な目に遭わせたのはオレなんだから仕方ないけど……。

「フィード! 見て見て! 凄いわよ! ローパーがあ~んなに!」

「ふわぁ~、びっくりしましたぁ~! ローパーさんたち、すごいですねぇ!」

 大喜びで手をたたきながらローパーアーチを見上げてるリサとルゥ。
 セレアナたちも口をポカンと開けて呆気にとられている。
 よくよく観察してみると、ローパー達にもいろんな種類がいることがわかる。
 まず、色が様々だ。
 赤、青、緑、黒、茶色、オレンジ……。
 体表の感じもそれぞれ違う。
 たるんでそうなのもいれば、ぷりっぷりのたまご肌みたいなのもいる。
 それぞれが互いの触手を上に下にと絡めあわせ、全体をしっかりと固定している。

「す、すごいな……」

 ローパー同士が協力することも驚きだが、この合体能力……と言ってもいいのかわからないが、縦に横にといくらにでも応用の効きそうな組体操能力は、ローパーの秘められた本質的な凄さを感じる。
 もしかしたらローパーという種は、個ではなく、集団としてこそ真の力を発揮するのかもしれない。

 ツツツ……と、一人の年配の女性っぽいローパーがオレの前に進み出てきた。
 どことなくおごそかな品が感じられる。
 そのローパーが「どうぞ前へ」みたいな感じで促すので、言われたままに前に出ると、オレはパルと二人で並んで先頭に立つような形になった。
 そのまま、年配ローパーの後をついて進んでいく。
 オレとパルの後ろには、リサとルゥ。
 その後ろに、セレアナ、アルネ、カミラ。
 そして最後尾にプロテム。

 道の脇にはたくさんのローパーが溢れていて、中には縦にタワー型に並んだり、扇形に広がったり、それぞれが光る鉱石を持ってくるくる周りながら揺れたりと、いろんな集団芸を見せられながら、オレたちは進んでいく。

「すごい歓迎っぷりですね……」

「まるでパレードかなにかだな、こりゃ」

「でも、このパルの愛されっぷりを見てるとわかるわね、ここが本当にいい国なんだって」

「ああ、きっとパルの両親も素晴らしい人なんだろうな」

「スキルを奪ったからって怒られなくて済みそうですね」

「怒られるどころか、下手したら打ち首もありえたのにな……。ていうか……あまりにもバタバタすぎて、今までその可能性すら思い浮かばなかった……」

「まぁ、パルを見てるとね。私達にとっていい場所だって言うパルの言葉を疑いようがないわ」

 たしかに。
 オレたちはこの一日を通してパルのことを深く知り、信頼するようになっていた。
 でも。
 パルのことは信用するとしても、いくつかの疑問が急に頭をもたげてくる。

 なぜ守護ローパーのプロテムは、オレたちのいる場所がわかったのか。
 また、なぜ彼は「オレだけ」に狙いを定めて襲いかかってきたのか。
 この歓迎してるローパー達が、オレたちの来訪をあたかじめ把握していたっぽいのは、なぜなのか。


『いざ切迫した状況になったら、ちゃんと決断を下せよ』


 さっき心の中で交わしたフィードの言葉が頭に蘇る。
 そのまましばらく歩くと、やがて広く整えられた庭園を構えた真っ白な宮殿へとたどり着いた。


 【タイムリミット 二日六時間十二分】
 【現在の生存人数 三十三人】
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