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第26話 二十七日目
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【二十七日目 朝】
決闘まで残り三日。
スキル吸収ストック数16。
昨夜の興奮がまだ抜けていない。
数時間前、オレは初めて魔物を殺した。
殺したのは、ボケて徘徊し、各地で被害を出し続けていた老トロール。
もしかすると、彼を殺したのは世のためになったのかもしれない。
しかし、最後まで戦いを諦めない彼の姿勢に、オレは完全に圧倒されていた。
勝負では勝った。
オレは一度も攻撃をくらわなかった。
完勝と言ってもいい。
だがオレは、あの老いたトロールの死に様に考えさせられていた。
昨日、オレはピンチになったら【死の悲鳴】を使えばいいやと思っていた。
リサもルゥもウェルリンも死んでしまうけど、それはそれで別に全員殺して出ていくつもりだったんだから仕方がない、くらいの気持ちだった。
でも、あの戦いを終えた後、【死の悲鳴】を使わずに済んだことにホッとしている自分がいたんだ。
それに「リサやルゥを悲しませたくない」と思った気持ちも、戦いに向かうオレの心の支えになっていた。
今まで目を背けていたが、さすがにもう認めざるを得ない。
うん。
オレは。
リサを、ルゥを。
殺したくないんだ。
──だが、二人を生かすことは、オレの生存の確率を下げることを意味する。
スキルを奪って。
殺す。
これが一番脱出の可能性が高い方法だ。
が。
が、だ。
オレって、一体何のためにそこまでしようとしてるんだっけ?
生きるため?
生きて人間界に帰って、モモと両親に会うため?
それとも、オレを魔界に売り飛ばしたパーティーメンバーへ会って恨みを晴らすため?
老トロールは、マフィアの武闘派として最後の最後まで己を貫いて死んだ。
その死にゆき方に、オレは彼の信念とプライドを強く感じた。
オレは、今までこの檻の中で「自分の生存確率を上げる方法」ばかりを考えてきた。
でも──。
それでいいのか?
これまで世話になったリサとルゥを殺して。
そこまでして生き延びたいのか、オレは?
生きるために心を黒く染めようとしていた。
冷徹に、冷酷になろうとしていた。
だが。
血と罪悪感に濡れたオレを。
はたしてモモは、両親は、心から迎え入れてくれるだろうか。
『アベルくんが生きて帰ってきてくれただけで嬉しいよ』
『アベルが生きていてよかった』
きっと、そう言ってくれるだろう。
表面上は受け入れてくれる、間違いなく。
ああ、そうだ。
そうなんだ、これはモモや両親の問題じゃない。
オレの問題なんだ、これは。
人間界で世話になったモモや両親に会うために、魔界で世話になったリサやルゥを殺す。
それをオレが許せるのか。
許せないのか。
そういう問題なんだ。
ずっとオレは弱くて優柔不断で他人に頼って生きてきた。
だからこそ、生きるために強く冷徹になろうとしてた。
一人で生きていけるように。
なのに、ここに来てその決心が揺らぐとは……。
ああ、そうだ。
世話になったといえば、もう一人──。
ガラガラッ!
「あぁ~ら、フィード・オファリングぅ? ご機嫌はいかがかしらぁ?」
いつものように始業十分前に教室に現れたセイレーンのセレアナ。
女子~ズのリーダー。
ミノタウロスたちが居た頃から、なにかとオレの昼間の生活の改善に取り組んできた魔物。
彼女のおかげで、オレはトイレに行けるようにもなったし服も着られるようになった。
ワイバーンが現れて、みんながオレから距離を取った時も、彼女だけは変わらなかった。
そんな彼女も、己の信念に沿って行動している魔物だ。
『世界の歌姫になる』
そんな桁外れに大きな規模の信念に。
そういった点ではセレアナも、あの老トロールに通じるものがないと言えなくもない。
そして彼女は、昼間のオレが最も世話になったとも言える相手だ。
「ケケケッ、セレアナ様っ! フィードの野郎、今日も薄汚れてますぜ! 人間ってのはほんと惨めで汚いですねぇ!」
セレアナの子分、スキュラが今日もオレを詰る。
まぁ、薄汚れてるのは、数時間前まで沼地を転げ回ってたからなんだけどね。
「そんなフィードに、いいお報せですわぁ! 決闘の日の洋服を、今このセレアナ自らが作って差し上げてましてよっ! 特別な防御効果もある装備ですわ! ほぅら、フィード、いくらでも感謝なぁさいっ! さぁ! さぁっ!」
うん、この異様に高飛車なところは、ほんとに玉に瑕なんだけどね……。
「さすがセレアナ様! 素晴らしいです!」
スキュラが小さなスポットライトを取り出してセレアナを照らしている。
なんか……このやり取りを見るのも久しぶりだな。
以前は、この流れの後に毒触手で毒飯を口に突っ込まれたもんだが……。
昔を懐かしむオレの檻の中に今あるのは。
山積みにされた差し入れのお菓子数々。
ほんの一ヶ月前までは毒皿だったんだから、すごい進歩だ。
ただし、これは決して魔物たちが善良になったからというわけではない。
彼らは、ただ一ヶ月一緒に過ごした生き物が死ぬことに感傷的になっているだけだ。
根本的に、こいつらの本質は変わらない。
今、目の前に全く見ず知らずの人間が現れたら、こいつらは一切の躊躇なく食い殺すだろう。
そして、その残虐性は、三日後にオレが死んだ時にも発揮されるに違いない。
実際に殺しを経験して生まれた余裕か、それとも老トロールの精神性に感化されたおかげか、オレは以前よりも冷静に状況を判断することが出来るようになっていた。
そう。
昨日までは、ただ殺して出ていくことだけを考えていた。
でも今は、オレという人間がどう生きて、どう在るべきなのかを考えている。
もう少し考えよう。
オレはどうしたいのか。
オレの信念とはなんなのか。
オレはどう生きて。
どう死にたいのか。
まだ三日ある。
スキル吸収のストックも一つ減った。
どのスキルを奪うかも考え直さなくてはいけない。
考えよう。
残り三日。
まだ、時間はあるんだ。
考えて。
考えて。
三日後までに結論を出す。
オレが、どう生きたいのか。
【二十七日目 昼】
パカラッ、パカラッ。
オレは今、ケンタウロスの背中に乗せられている。
「どうだ、乗り心地は?」
「正直、よくはない……かな?」
先日はサッカー。
今日は乗馬。
ここ数日は、昼休みは男子勢と過ごすことが多くなっていた。
場所は主に校庭。
鎖にも繋がれていない。
逃げる可能性ゼロと判断されたのだろう。
まぁ、こちらとしてもワイバーンの「高速飛行」と大悪魔の「博識」を奪わないうちに逃亡する気はない。
ということで。
獣系の魔物三匹が背中に乗せてくれると言ってきたので、オレは今こうしてケンタウロスの背中で揺られてるってわけだ。
乗ってるのはいいが、実際の馬と違って、すぐ目の前に人間の胴体があるケンタウロスはめちゃめちゃ乗りにくい。
おまけにその胴体も筋肉質なうえに体毛も濃いめだ。
さらに汗臭いし獣臭い。
そのくせ、神経質でプライドが高いってんだから、なおさら居心地が悪いったりゃありゃしない。
(まぁ、その高いプライドのおかげで、スキルを失ったことを誰にも他言してないみたいだけど)
「くくく……では、次は我に乗せてやろう、矮小な人間よ……」
めちゃくちゃ上から目線で言ってくるのは、頭がライオン、胴がヤギ、尻尾が蛇というキマイラ。
獣感の強い魔物の例に漏れず、クラスの中ではわりと粗暴な方に入ってるんだけど、その微妙に厨二病? っぽい雰囲気からか、不思議とあまり目立ってはいない。
そして。
「ふっ……どうだ、惨めなる人間? 我の乗り心地は……」
「あ、うん。普通に悪いかな」
「なっ──! なんだとっ──!?」
「いや、だってこの胴体部分のヤギって乗るためのものじゃないし、後ろの尻尾の蛇も噛んできそうで怖いし」
「くっ……くくくっ……そ、そうか……弱き者にとって、我はあまりに恐怖の存在過ぎたということだな……」
都合よく解釈して精神的ダメージを回避してるキマイラ。
「ヒン、ヒヒンッ!」
次は、上半身が馬で下半身が魚のケルピーに乗ってみる。
「お、おおっ……?」
「ヒヒン?」
ケルピーが「どう?」みたいな感じで聞いてくる。
「ふんっ、ケルピーごとき海の魔物の乗り心地がいいわけがないだろう」
「ハッ、言葉も話せぬ低級の魔物が我よりも乗り心地のいいわけが……」
ケンタウロスとキマイラがケルピーを腐す中──。
「乗り心地めっちゃいいっ!」
オレは、ケルピーのあまりの乗り心地のよさに感激していた。
まず、下半身が魚だから腰の位置が低くなっている。
つまり、乗る時に頑張って飛び乗らなくていい。
そして、本物の馬みたいに上下に揺れないから酔わない。
上半身の馬による縦運動。
下半身の魚による横運動。
この二方向の運動が噛み合わさってぐねぐねと進むので、ちょうどその境目に座ってるオレは、ほぼ揺れることもなく快適な乗り心地だ。
しかもスピードもなかなか速い。
「なっ──! ケ、ケルピーごときに負けるとは──!」
「我が、低級モンスターに劣る──だと……?」
ショックを受けているケンタウロスとキマイラを横目に、オレは「変身スキルを奪ったらケルピーの姿で移動することにしよう」と密かに心に誓っていた。
【二十七日目 夜】
例によって三人が集まる。
リサ、ルゥ、そしてウェルリンだ。
まず、ウェルリンに昨日の礼を言う。
あの後、老トロールはウェルリンの組(ツヴァ組というらしい)がちゃんと処理したそうだ。
処理、というのがどういうものなのかは聞かなかったが、老トロールがどうか安らかに眠れてることを祈るばかりだ。
で、いくら掟に厳しいマフィアといえども、人の口に戸は立てられないようで。
あの老トロールは、やはりかなり名の知れたトロールだったらしい。
で、それを人間が殺したってなもんだから、一晩でかなりの噂が、すでに広まっているそうだ。
「今、魔界にいる人間といえばお前しかいねぇ。三日後の決闘までは、どうにかオレも話を抑えてはやれる。だが、そっから先は誰がどういう理由でお前を一目見ようとやってくるかわからねぇ。まぁ、それも──」
「オレが決闘の後、まだ生きてたら──の話だよね」
沈黙が流れる。
昨日のオレの戦いを見た三人だ。
簡単にオレが死ぬとは思ってないだろう。
だが。
もし、オレが。
オガラを。
ミノタウロスを、殺したら。
その後、どうなるのかは誰にもわからない。
大悪魔が「条件次第で」オレを解放すると言っていたが、それも不確定だ。
オレが三日後どうするべきか迷っているように。
三人も、どういった心持ちで三日後を迎えるべきか、迷っているようだった。
今日の実践訓練は休むことにした。
山盛りのお菓子をお茶請けにして、三人と静かに時を過ごした。
いつの間にか居心地がよく感じるようになっていた、この深夜の密会。
窓の外の三日月が沈めば、決闘の日までは残り二日。
(この夜が永遠に続けばいいのに)
針葉樹と三日月、それに濃い瘴気しか見えない外の景色を眺めながら、オレはしんみりとそう思った。
決闘まで残り三日。
スキル吸収ストック数16。
昨夜の興奮がまだ抜けていない。
数時間前、オレは初めて魔物を殺した。
殺したのは、ボケて徘徊し、各地で被害を出し続けていた老トロール。
もしかすると、彼を殺したのは世のためになったのかもしれない。
しかし、最後まで戦いを諦めない彼の姿勢に、オレは完全に圧倒されていた。
勝負では勝った。
オレは一度も攻撃をくらわなかった。
完勝と言ってもいい。
だがオレは、あの老いたトロールの死に様に考えさせられていた。
昨日、オレはピンチになったら【死の悲鳴】を使えばいいやと思っていた。
リサもルゥもウェルリンも死んでしまうけど、それはそれで別に全員殺して出ていくつもりだったんだから仕方がない、くらいの気持ちだった。
でも、あの戦いを終えた後、【死の悲鳴】を使わずに済んだことにホッとしている自分がいたんだ。
それに「リサやルゥを悲しませたくない」と思った気持ちも、戦いに向かうオレの心の支えになっていた。
今まで目を背けていたが、さすがにもう認めざるを得ない。
うん。
オレは。
リサを、ルゥを。
殺したくないんだ。
──だが、二人を生かすことは、オレの生存の確率を下げることを意味する。
スキルを奪って。
殺す。
これが一番脱出の可能性が高い方法だ。
が。
が、だ。
オレって、一体何のためにそこまでしようとしてるんだっけ?
生きるため?
生きて人間界に帰って、モモと両親に会うため?
それとも、オレを魔界に売り飛ばしたパーティーメンバーへ会って恨みを晴らすため?
老トロールは、マフィアの武闘派として最後の最後まで己を貫いて死んだ。
その死にゆき方に、オレは彼の信念とプライドを強く感じた。
オレは、今までこの檻の中で「自分の生存確率を上げる方法」ばかりを考えてきた。
でも──。
それでいいのか?
これまで世話になったリサとルゥを殺して。
そこまでして生き延びたいのか、オレは?
生きるために心を黒く染めようとしていた。
冷徹に、冷酷になろうとしていた。
だが。
血と罪悪感に濡れたオレを。
はたしてモモは、両親は、心から迎え入れてくれるだろうか。
『アベルくんが生きて帰ってきてくれただけで嬉しいよ』
『アベルが生きていてよかった』
きっと、そう言ってくれるだろう。
表面上は受け入れてくれる、間違いなく。
ああ、そうだ。
そうなんだ、これはモモや両親の問題じゃない。
オレの問題なんだ、これは。
人間界で世話になったモモや両親に会うために、魔界で世話になったリサやルゥを殺す。
それをオレが許せるのか。
許せないのか。
そういう問題なんだ。
ずっとオレは弱くて優柔不断で他人に頼って生きてきた。
だからこそ、生きるために強く冷徹になろうとしてた。
一人で生きていけるように。
なのに、ここに来てその決心が揺らぐとは……。
ああ、そうだ。
世話になったといえば、もう一人──。
ガラガラッ!
「あぁ~ら、フィード・オファリングぅ? ご機嫌はいかがかしらぁ?」
いつものように始業十分前に教室に現れたセイレーンのセレアナ。
女子~ズのリーダー。
ミノタウロスたちが居た頃から、なにかとオレの昼間の生活の改善に取り組んできた魔物。
彼女のおかげで、オレはトイレに行けるようにもなったし服も着られるようになった。
ワイバーンが現れて、みんながオレから距離を取った時も、彼女だけは変わらなかった。
そんな彼女も、己の信念に沿って行動している魔物だ。
『世界の歌姫になる』
そんな桁外れに大きな規模の信念に。
そういった点ではセレアナも、あの老トロールに通じるものがないと言えなくもない。
そして彼女は、昼間のオレが最も世話になったとも言える相手だ。
「ケケケッ、セレアナ様っ! フィードの野郎、今日も薄汚れてますぜ! 人間ってのはほんと惨めで汚いですねぇ!」
セレアナの子分、スキュラが今日もオレを詰る。
まぁ、薄汚れてるのは、数時間前まで沼地を転げ回ってたからなんだけどね。
「そんなフィードに、いいお報せですわぁ! 決闘の日の洋服を、今このセレアナ自らが作って差し上げてましてよっ! 特別な防御効果もある装備ですわ! ほぅら、フィード、いくらでも感謝なぁさいっ! さぁ! さぁっ!」
うん、この異様に高飛車なところは、ほんとに玉に瑕なんだけどね……。
「さすがセレアナ様! 素晴らしいです!」
スキュラが小さなスポットライトを取り出してセレアナを照らしている。
なんか……このやり取りを見るのも久しぶりだな。
以前は、この流れの後に毒触手で毒飯を口に突っ込まれたもんだが……。
昔を懐かしむオレの檻の中に今あるのは。
山積みにされた差し入れのお菓子数々。
ほんの一ヶ月前までは毒皿だったんだから、すごい進歩だ。
ただし、これは決して魔物たちが善良になったからというわけではない。
彼らは、ただ一ヶ月一緒に過ごした生き物が死ぬことに感傷的になっているだけだ。
根本的に、こいつらの本質は変わらない。
今、目の前に全く見ず知らずの人間が現れたら、こいつらは一切の躊躇なく食い殺すだろう。
そして、その残虐性は、三日後にオレが死んだ時にも発揮されるに違いない。
実際に殺しを経験して生まれた余裕か、それとも老トロールの精神性に感化されたおかげか、オレは以前よりも冷静に状況を判断することが出来るようになっていた。
そう。
昨日までは、ただ殺して出ていくことだけを考えていた。
でも今は、オレという人間がどう生きて、どう在るべきなのかを考えている。
もう少し考えよう。
オレはどうしたいのか。
オレの信念とはなんなのか。
オレはどう生きて。
どう死にたいのか。
まだ三日ある。
スキル吸収のストックも一つ減った。
どのスキルを奪うかも考え直さなくてはいけない。
考えよう。
残り三日。
まだ、時間はあるんだ。
考えて。
考えて。
三日後までに結論を出す。
オレが、どう生きたいのか。
【二十七日目 昼】
パカラッ、パカラッ。
オレは今、ケンタウロスの背中に乗せられている。
「どうだ、乗り心地は?」
「正直、よくはない……かな?」
先日はサッカー。
今日は乗馬。
ここ数日は、昼休みは男子勢と過ごすことが多くなっていた。
場所は主に校庭。
鎖にも繋がれていない。
逃げる可能性ゼロと判断されたのだろう。
まぁ、こちらとしてもワイバーンの「高速飛行」と大悪魔の「博識」を奪わないうちに逃亡する気はない。
ということで。
獣系の魔物三匹が背中に乗せてくれると言ってきたので、オレは今こうしてケンタウロスの背中で揺られてるってわけだ。
乗ってるのはいいが、実際の馬と違って、すぐ目の前に人間の胴体があるケンタウロスはめちゃめちゃ乗りにくい。
おまけにその胴体も筋肉質なうえに体毛も濃いめだ。
さらに汗臭いし獣臭い。
そのくせ、神経質でプライドが高いってんだから、なおさら居心地が悪いったりゃありゃしない。
(まぁ、その高いプライドのおかげで、スキルを失ったことを誰にも他言してないみたいだけど)
「くくく……では、次は我に乗せてやろう、矮小な人間よ……」
めちゃくちゃ上から目線で言ってくるのは、頭がライオン、胴がヤギ、尻尾が蛇というキマイラ。
獣感の強い魔物の例に漏れず、クラスの中ではわりと粗暴な方に入ってるんだけど、その微妙に厨二病? っぽい雰囲気からか、不思議とあまり目立ってはいない。
そして。
「ふっ……どうだ、惨めなる人間? 我の乗り心地は……」
「あ、うん。普通に悪いかな」
「なっ──! なんだとっ──!?」
「いや、だってこの胴体部分のヤギって乗るためのものじゃないし、後ろの尻尾の蛇も噛んできそうで怖いし」
「くっ……くくくっ……そ、そうか……弱き者にとって、我はあまりに恐怖の存在過ぎたということだな……」
都合よく解釈して精神的ダメージを回避してるキマイラ。
「ヒン、ヒヒンッ!」
次は、上半身が馬で下半身が魚のケルピーに乗ってみる。
「お、おおっ……?」
「ヒヒン?」
ケルピーが「どう?」みたいな感じで聞いてくる。
「ふんっ、ケルピーごとき海の魔物の乗り心地がいいわけがないだろう」
「ハッ、言葉も話せぬ低級の魔物が我よりも乗り心地のいいわけが……」
ケンタウロスとキマイラがケルピーを腐す中──。
「乗り心地めっちゃいいっ!」
オレは、ケルピーのあまりの乗り心地のよさに感激していた。
まず、下半身が魚だから腰の位置が低くなっている。
つまり、乗る時に頑張って飛び乗らなくていい。
そして、本物の馬みたいに上下に揺れないから酔わない。
上半身の馬による縦運動。
下半身の魚による横運動。
この二方向の運動が噛み合わさってぐねぐねと進むので、ちょうどその境目に座ってるオレは、ほぼ揺れることもなく快適な乗り心地だ。
しかもスピードもなかなか速い。
「なっ──! ケ、ケルピーごときに負けるとは──!」
「我が、低級モンスターに劣る──だと……?」
ショックを受けているケンタウロスとキマイラを横目に、オレは「変身スキルを奪ったらケルピーの姿で移動することにしよう」と密かに心に誓っていた。
【二十七日目 夜】
例によって三人が集まる。
リサ、ルゥ、そしてウェルリンだ。
まず、ウェルリンに昨日の礼を言う。
あの後、老トロールはウェルリンの組(ツヴァ組というらしい)がちゃんと処理したそうだ。
処理、というのがどういうものなのかは聞かなかったが、老トロールがどうか安らかに眠れてることを祈るばかりだ。
で、いくら掟に厳しいマフィアといえども、人の口に戸は立てられないようで。
あの老トロールは、やはりかなり名の知れたトロールだったらしい。
で、それを人間が殺したってなもんだから、一晩でかなりの噂が、すでに広まっているそうだ。
「今、魔界にいる人間といえばお前しかいねぇ。三日後の決闘までは、どうにかオレも話を抑えてはやれる。だが、そっから先は誰がどういう理由でお前を一目見ようとやってくるかわからねぇ。まぁ、それも──」
「オレが決闘の後、まだ生きてたら──の話だよね」
沈黙が流れる。
昨日のオレの戦いを見た三人だ。
簡単にオレが死ぬとは思ってないだろう。
だが。
もし、オレが。
オガラを。
ミノタウロスを、殺したら。
その後、どうなるのかは誰にもわからない。
大悪魔が「条件次第で」オレを解放すると言っていたが、それも不確定だ。
オレが三日後どうするべきか迷っているように。
三人も、どういった心持ちで三日後を迎えるべきか、迷っているようだった。
今日の実践訓練は休むことにした。
山盛りのお菓子をお茶請けにして、三人と静かに時を過ごした。
いつの間にか居心地がよく感じるようになっていた、この深夜の密会。
窓の外の三日月が沈めば、決闘の日までは残り二日。
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針葉樹と三日月、それに濃い瘴気しか見えない外の景色を眺めながら、オレはしんみりとそう思った。
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