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おじさん vs 魔女の巻
第26話 おじさん、一人を満喫する
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柄にもないことをしすぎた。
俺はもうイケイケの冒険者じゃない。
とっくの昔に第一線から退いたおっさん。
ここには、ちょっと困ってる馴染の友人たちを助けに来ただけだ。
だから……。
◇
「先生、先生~! お話聞かせてくださいよ~!」
ダッ──!
俺を先生と呼ぶようになった清らかな白鳩女騎士団副団長ジュリアから逃げ。
「あ、ケント様! 探しましたよ! ぜひ隊の皆に先日の武勇伝を……」
ダッ──!
にこやかイケメンこと聖なる鷹騎士団副団長キングくんから逃げ。
「こ、このおっさん~! ちょっとまぐれでワイバーンを倒したからっていい気になってんじゃ……」
俺に難癖をつけたい貴族騎士のアダヴァくんから逃げ──。
◇
「ふぅ……」
路地裏にしゃがみ込んで安堵のため息を付く。
(やりすぎた……)
俺がワイバーンを倒してから三日。
なんだろう。
周りが──。
放 っ て く れ な い 。
あぁ、守った。
守ったよ。
たしかに俺は守ったさ。
街を。
ハンナを。
セオリアを。
でも。
でもさぁ……。
頭の中にハンナの言葉が思い返される。
『見たかァ! これが冒険者だッ! 私は跳ぶ僧侶、ハンナ・フリーゲンッ! そしてワイバーンを倒したのは──』
う……ううぅ……。
『帰ってきた剣士、ケント・リバーだ!』
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!
こっぱずかしいぃぃぃぃぃぃ!
ハンナ!
おい、ハンナさん!
何言ってくれてんの、あんた!
マジで!
カカカカカ……カムバック……ヒー……。
ボンッ!
あまりの恥ずかしさに真っ赤に茹で上がった顔が破裂する。
おいおいおいおいぃぃ~……。
若いときゃいいよ、別になんて呼んでくれてもさぁ。
でもさぁ。
三十半ばのおっさんを捕まえてさぁ──。
『帰ってきた剣士』は……。
な い で し ょ !
いい年して『帰ってきた剣士』はない!
あ、あぁぁ……!
恥ずかしすぎるぅ……!
マジでぇ……!
ツンツン。
頭を抱える俺の膝を誰かがつつく。
「おじさん、どうかしたの?」
顔を上げる。
少女。
おかっぱ頭。
鼻が垂れてる。
「ああ、おじさんさ、ちょっとお腹空いてるんだよ」
そう言って誤魔化す。
事実、お腹は空いていた。
「そうなんだ~? お金ないの?」
「お金はある。……そうだ、このへんでおすすめのお店とかってあったりするかな?」
「ん~っとね~、それならね~……」
◇
少女に連れてこられたのは薄暗い路地裏。
(そうえば、こっちの方にはまだ来てなかったな……)
なにやらモワッとした独特な草の匂いがする。
(これはポロねぎ? たしか東方では「ニラ」なんて呼ばれてたと思うが)
昔、たまたま依頼で同行したサムライとかいう変な剣士が好んで食っていたのを思い出す。
俺は敵に気取られるのがいやで匂いのするものは食わなかったが……。
もしや……このへんでそっち系の料理が食べられたりとかするのかな?
おかっぱ鼻たらし少女が露天の女性に声を掛ける。
「おかあさ~ん、おきゃくさん」
「あら、ウォニ。そんな客引きみたいな真似……」
「おじさんね、お腹空いて座ってたの」
「あらあら、そうかい。そりゃ、うちに連れてきて正解だったかもね!」
ウォニと呼ばれた少女の母がバチーン☆と俺にウインクを飛ばす。
(おっ……)
ちょっとドギマギ。
赤髪の後ろでざっくり結んだでっかい三つ編み。
客商売をやってるからか、おおらかで人懐っこそうな性格が表情から伝わってくる。
そして肉体は……。
ふくよかで──情熱的そう。
なんだろう……。
ちょっとゲスな言い方になってしまうが。
男好きのしそうな雰囲気。
それが正直な第一印象。
そしてなにより。
セオリアやハンナと違って──。
大人。
うん、大人だ。
なんだか不思議と落ち着く。
たぶん俺と同じくらいの年?
やっぱ自分と同年代っていいよなぁ。
色々喋らなくても伝わりそうな感じっての?
俺は生涯孤独で死んでいくと思ってたが、もし家庭を持つとしたらこういう人と……。
っと、いかんいかん……。
この人は子供もいるんだ。
変な気を起こすなよ、俺……。
俺が煩悩を振り払っていると、女性が悪気のない声で聞いてきた。
「一応先に聞かせてもらうけど金は持ってるかい?」
じゃらっ……。
セオリアにもらった巾着袋を掲げ、硬化を鳴らす。
ベルドの後追い申請が認められて、俺はワイバーン討伐の報酬を貰っていた。
おかげで巾着袋はパンパン。
逆にさっさと減らしたいくらいのものだ。
「よし、じゃあそこで待ってな! お任せでいいね!?」
「ああ、頼む」
調理も彼女がするのか。
女一人、子一人。
まぁ、ボッタクリってことはなさそうだ。
それに……。
この女性の手料理が食べられる。
ちょっとウキウキ……。
いいよね……なんかちょっといい感じの女性の手料理って……。
え、いや、わかってる。
向こうは仕事ってことはわかってるよ、うん。
でもさ……ほら?
俺が普段接してるのがセオリアとかハンナとかジャンヌとかの娘みたいな子ばっかじゃん?
だから、こういう包容力のありそうな、話さなくても自然といられるような。
そんな同世代特有の安心感っての?
そういうのが……なんかいいんだよなぁ。
誰に言うでもない言い訳を頭の中で描きながら、椅子代わりの木箱に腰を下ろす。
路地裏のさらに裏といった場所。
昼なのに薄暗く、土も少し湿っている。
静かだ。
ここに座っていると、けたたまし表通りの喧騒がまるで別世界かのように感じる。
(これくらいの方が落ち着くな、俺は……)
これで味もよかったら満点なんだが……。
まぁ、それは高望みしすぎだろう。
しかもどんな料理が出てくるかもわからない。
過度な期待をしないように自分を戒めながら、俺は自分の身に起きたここ数日のことを思い返していた。
◇
まず、ワイバーン。
俺によって真っ二つに斬り裂かれたワイバーンは、そのまま街の広場の噴水にジャッバ~ン!
そりゃもうわ~わ~きゃ~きゃ~の大騒ぎよ。
で、それを鎮めたのが冒険者ギルド長のベルド。
腐っても冒険者たちの長。
魔物の取り扱いのプロ中のプロだ。
血液や腐肉からの二次災害を防ぐべく、ハンナの手下だったエル、ヤイス、コビットというあの元盗賊三人組をあごで使ってちゃきちゃき解体していった。
さて、その解体した素材。
この十年で冒険者も減り、それにしたがって関係業者も減っていた。
だから、素材を上手く扱える業者がいない。
そこで白羽の矢が立ったのが──。
武器屋のボルト。
あいつはこの十年間ずっと魔物の素材の取り扱いの勉強を地道に続けていたらしい。
一介の武器屋だったボルトは、戸惑いながらも各種業者を取り仕切っていった。
そうして、どうにかワイバーンの死体処理も無事に進んでいったわけだ。
ちなみに俺は街を守った勲章みたいなのをもらった。
ベルドが依頼の後追い請求を国にして、それが認められた結果だ。
なんでもセオリアやキングくんの後押しの声もあったとか。
ありがたい話だ。
けど、勲章は宿に置いたまま。
身につけてはいない。
あんなもの見せびらかして歩くのはなんか違う気がする。
俺みたいな人生の終わりを目指して生きてる人間にとって、見栄や名誉欲なんて邪魔なだけだ。
スッとやるべきことをやって、スッと若者に後を託して消えていく。
そういうのでいいんだよ、俺の残りの人生は。
過度にいばったり、見せびらかしたり……そういうのはもううんざりだ。
俺は俺に課されたやるべきことをやって、あとはセオリアやハンナ、それに孤児院の子どもたちが穏やかに平和に暮らせるような環境さえ作れればそれでいいんだよ。
あと、勲章の他に騎士が使ってる汎用剣と鞘も貰った。
まぁ師範をするわけだし、剣くらいは持っていてもいいかな。
けど、ボルトからも剣を渡されちゃったんだよなぁ。
ほら、あのワイバーンをぶった斬った業物のやつ。
なんでも俺が持ってたほうが店の宣伝になるからってことらしい。
う~ん……?
おっさんの俺なんかが持ってても宣伝になるとは思えんが……。
とはいえ、無理やり押し付けられた形だが受け取ってしまった。
剣の名前は『聖鷹飛龍堕剣』。
こ、これも絶妙に恥ずかしい……。
なんでも「聖鷹」が「飛龍」を「ゴーン!」とやっつけたからグリ・バン・ゴーンだって。
うん……子供かな?
きっと元々特別な素材で作られた剣なんだろう。
じゃないと、あんなに竜族を一刀両断なんて出来るわけない。
ボルトは「普通の鋼の剣だよ」って言ってたが、絶対に嘘だ。
俺がワイバーンを一撃で堕せたのは、この剣の力のおかげに決まってる。
ってことで俺は今、騎士団の汎用剣と『聖鷹飛龍堕剣』(うぅ……恥ずかしい……)の二本を腰に差している。
十年ぶりの真剣二本差し。
気持ちがシュッとする。
と同時に、なんだか今の俺には過ぎた長物のような気がしてちょっと腹の据わりが悪い。
あっ、それから今回のワイバーン騒動の原因を作った清らかな白鳩女騎士団の副団長ジャンヌ。
魔物大量暴走の調査に出ていた彼女の持ち帰った宝珠は厳重に封印が施され、後日来るらしい魔法の専門家に調査をしてもらうそうだ。
ってことで、まずは鑑定の結果待ち。
ちなみに騎士はダンジョン探索に長けていない。
なので、ダンジョンを探索する場合は冒険者ギルドと協力するらしい。
これもセオリアとベルドがあらかじめ顔見知りになってたからスムーズに事が運んだそうだ。
なんにしろ、まずは宝珠の鑑定からだな。
『なぜワイバーンがこれを執拗に追い続けてきたのか』
それが判明しないことには動きようがない。
あ~、それから俺が壊滅させた盗賊ギルドについて。
圧倒的なボスだったハンナが消えて団員たちは霧散した。
元々地下に潜んでいたやつらだ。
アジトが消えたことによって、今はそれぞれ勝手にやってるんだろう。
ここらへんも捕まえたテンの話と照らし合わせながら調査するとのこと。
ようするにどうなってるか一切不明。
テンの仲間だったあの腕利き三人組はハンナとベルドに引っ捕まって冒険者ギルドで色々雑用をやらされてるが……。
ちなみにハンナが盗賊ギルドのボスだったことは騎士団には伝えてない。
セオリアに「いいのか?」って尋ねたけど別にいいらしい。
セオリア的にはもう騎士団でやりたかったことは半分達成したから、ハンナとの関係がバレてクビになってもいいんだって。
そんなもんなのか……?
セオリアが何を目的としてるのかは知らんが、とりあえず俺のことを憎んでるあのアダヴァくんにはハンナの正体を絶対に知られないようにしないとな……。
それから、聖なる鷹騎士団副団長のキングくんにも。
彼、めちゃくちゃ人当たりがいいんだけど、なぜかセオリアにだけは信じられないくらい酷い差別を繰り返すんだよ。
彼にハンナとの関係が知られたら、セオリアは国をあげて糾弾されるかもしれない。
だから絶対にバレないようにしないと。
でもキングくん……しつこく俺につきまとってくるんだよなぁ……。
ハァ……面倒だ。
これが貴族社会……。
いい人と思ってても色々あるんだなぁ……。
彼とも一回じっくり話をしなきゃいけないな。
そんなこんなで俺はこの三日間。
いろいろな聞き取りや確認。
騎士たちからの質問攻め。
アダヴァくんやその上司のマヒラ男騎士団長のいやがらせなんかを受けながら。
子犬のように無邪気にまとわりついてくる女騎士副団長ジャンヌを振り払いつつ。
騎士団の師範を勤めて宿と修練場を往復する日々を過ごしていた。
もちろんハンナとは別の宿。
っていうか……あの晩。
盗賊ギルドのアジトに乗り込んで壊滅させた、あの晩。
そのまま疲れ切って宿で即寝したあの晩。
ほんとにハンナとの間に何もなかったって確認しないと……。
セオリアもブチギレてたし。
そりゃそうだよな……。
自分の友だちが、こんなおっさんと一つの部屋で一晩過ごすだなんて。
そりゃ怒って当然だと思う。
セオリアにもちゃんと謝らないとなぁ。
でも、そのセオリアとハンナ。
二人とも調子を崩してるから心配だ。
一昨日は腰、昨日は腹、今日は頭が痛いとかで同時に寝込んでる。
俺のせい……じゃないよな、さすがに……?
心配だから早くよくなってほしいが、医者の診断によると原因は不明だそうだ。
僧侶のハンナにも癒せないから、なんらか外的要因が絡んでるかもとは言ってたけど……。
◇
コトッ。
目の前にスープが置かれる。
小さい椀。
中に入ってるのは青い草だけ。
そしてこれ……。
「すごい匂いだろ?」
女性が笑う。
少し歯が汚れてる。
逆にそれがチャーミングにも感じる。
「これ、もしかしてポロねぎ──『ニラ』ってやつだったりします?」
「お、知ってんのかい?」
「名前だけは。連れが食べてるのを見たことがあって」
「そうかい、匂いがついて困るってことは?」
「ないです」
「なら大丈夫だね! これからじゃんじゃん持ってくるからね!」
そう言って女性は料理へと戻っていった。
(うぅ~……ほんとに臭いなぁ……)
しかも草だけのスープ。
なんかとてもわびしい……。
ズズ……っ。
「……!?」
んんっ!?
んんんんっ~!?
こ、これ……。
なんかいい……!
えっ!? なんで!?
なんで草が浮いてるだけのスープがこんなに美味いの!?
ゴクゴク。
ぷはぁ~!
うっま!!!!
美味い!
なんだこれ!?
気がついたら飲み干しちゃったよ!
ポロねぎ……ニラの臭さとスープに浮いたアブラのこってり感がダイレクトに胃袋の中で暴れる。
それになんか……体の奥から力が湧き上がってくるような……。
え、これ魔法とかかかってないよね?
「あらあら、お腹すいてたんだね」
「美味しすぎて」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないかい」
「ほんとのことなので」
「あらまぁ、イケメンなだけじゃなくてお世辞まで上手かい! これはあんたモテるだろうね!」
「ハハ……」
モテるわけないでしょ、こんなおじさんが……。
と思う一方。
こんな軽口もなんだか楽しく感じてる俺がいた。
これが人と触れ合うってことかぁ。
森の中でずっとひとりぼっちだったからなぁ。
カイザスに来てからはセオリアやハンナ、ベルドやボルト、騎士団のみんなと話してたけど、こんなに立場や過去を無視して気を抜いて話せる相手──しかも同世代の女性ってのは……。
うん、いい店かもしれないな、ここ。
これからちょくちょく通うことにしよう。
「はい、おまち!」
ドンッ!
置かれたのは……。
「肉まんってんだよ。手で持って食ってくれ」
肉まん。
おぉ~、これだよこれ!
前にサムライが食ってたやつ!
さぁて、どんな味がしますやら……。
「そっちの小皿のタレをつけて食っとくれ」
はいはい、タレね。
あちちっ、左右の手で転がしながら素早くタレをつけて……ハムっ。
「むん~~~……!」
ふっわふわの皮。
あっつあつジューシーな肉。
そしてここにもガツンと来るニラとニンニクの匂い!
うぉん、俺の両耳から「バフンっ!」っと煙が吹き出る!
くっそ~! あのサムライ。
あの時、こんな美味いもの食ってたのか……。
そりゃ匂いより優先する気持ちもわかる。
これは食いたいよ。
そして元気がもりもり湧き上がってくる。
なんつ~の?
男飯?
薄暗い湿った路地裏。
一人健気に頑張ってる露天の女将。
テーブル代わりの粗末な木箱。
ガツンと胃袋に来るくっさいけどウンメ~飯。
これこれ。
こういうのだよ。
こういうのでいいんだよ。
考えてみればザゴラ大森林を出てからずっと誰かと一緒だったからなぁ。
こうして一人でゆっくり飯を食うのも久しぶりだよ。
なんというか……いいな。
一人で好きな時に好きな場所に行って好きなものを食う。
こういうのが豊かってことなんじゃないのかなぁ。
森の中でもそれは出来てたけど、あまりにもレパートリーが少なすぎたからなぁ。
まず麦がなかった。
だから肉と草を焼いたり蒸したり茹でたり……。
いや、まぁあれはあれでよかったんだけど、これはこれでまた別格だ。
いい……。
いいよ、カイザス……。
セオリアに連れ出されてやってきたこの街だけど。
ほらほら、どうよ?
ちゃんと俺の収まるべき「こういうのでいい」店があるじゃない。
他に客がいないのもいいね。
俺だけ知ってる名店感がある。
それから後も水餃子なるものや炒飯なるものが出され、一気にがっついた。
ニラ&ニンニク。
この組み合わせは、まるでこの世を作ったと言われるガイアとウラノスのタッグに勝るとも劣らない。
俺の胃袋はそれはもうひっくり返るんじゃないかってくらいにフル稼働して──。
「ぐぇぷ……」
「ハハ、お腹は満たされたかい?」
「はい……美味しすぎて……」
「そりゃなによりだ」
「お値段もいいんですか? こんなに安くて」
「ああ、イケメン割さ」
初回サービスみたいなもんか。
「それに、こんなに美味そうに平らげてくれたら嬉しいじゃないか」
「いや、ほんとに美味しくて! すごいですよ、ウォニのお母さん! 俺、マジでここに通っちゃいそうです!」
「そうかい……で、どうだい?」
あれ?
なんか雰囲気が……。
「ど、どうって……?」
「ほら? なんか湧き上がってこないかい?」
「わ、湧き……?」
「だから体の奥底からさぁ……」
「へ?」
女将が俺の耳元で囁く。
「元気になったんじゃないかい? そういう料理だよ、これは」
「はえ……!?」
鼻にかかった声。
そういう料理?
そういう?
……!
そういう~~~!?
「私は夫に先立たれてねぇ。ウォニにも新しい父親が必要だと思ってたんだよ」
「は、ははっ……」
え?
え、なにこの展開?
「お客さん、金払いもいいしさ。男前だし、体格も立派じゃないか。それにほら……知ってるかい? 最近うわさになってる『黒髪の賢者様』」
「知らない、です……ハハっ……」
「あんたがそれじゃないのかい? なんでも賢者様は『こういうのでいいんだよ』が口癖で、街のあちこちで取るに足らないものを見ては、その中に秘められた普遍的な価値観を再定義していってるとか……。私は難しいことはわかんないけどさぁ、高名なお方なんじゃないのかい?」
それ、俺だ……。
たしかに言ってた……。
色んな店を覗きながらついつい言ってたわ……。
え、でもただの口癖だよ?
なに?
普遍的な価値観を再定義?
いやぁ~、ないないない!
ないってそんな深い意味は……!
「じゃあ、これはどうだい?」
「な、なんでしょう……?」
「ほらぁ、いま話題で持ちきりだろ? 三日前にワイバーンを倒したっていう『帰ってきた剣……』」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
まさかその恥ずかしい名前をここで聞くとは!
「ごごごごごご、ごちそうさまでした~!」
「あぁん、あんた剣士様だか賢者様じゃないのかい!? 私の相手してくれよ、いけずぅ~!」
急にグイグイ来た女将から思わず逃げるように店を飛び出す。
違う、こういうのは違う!
なんかいいなとは思ってたけど、こういうのは違う気がする!
なんか……よくない!
こういうのじゃないんだよ、うん!
と、角を曲がったところで。
ドンッ──!
誰かにぶつかった。
「あ、すみません! 怪我は?」
すかさず背中に手を回す。
小さい。
少女?
ハラリ。
かぶっていたフードが脱げる。
「えっ──?」
ミカ。
俺の元パーティーメンバー。
セオリア、ハンナと一緒に冒険した子。
銀髪の子供、魔法使いのミカ。
彼女と──十年前の彼女と全く同じ姿の少女が。
バツの悪そうな顔で俺を見上げていた。
俺はもうイケイケの冒険者じゃない。
とっくの昔に第一線から退いたおっさん。
ここには、ちょっと困ってる馴染の友人たちを助けに来ただけだ。
だから……。
◇
「先生、先生~! お話聞かせてくださいよ~!」
ダッ──!
俺を先生と呼ぶようになった清らかな白鳩女騎士団副団長ジュリアから逃げ。
「あ、ケント様! 探しましたよ! ぜひ隊の皆に先日の武勇伝を……」
ダッ──!
にこやかイケメンこと聖なる鷹騎士団副団長キングくんから逃げ。
「こ、このおっさん~! ちょっとまぐれでワイバーンを倒したからっていい気になってんじゃ……」
俺に難癖をつけたい貴族騎士のアダヴァくんから逃げ──。
◇
「ふぅ……」
路地裏にしゃがみ込んで安堵のため息を付く。
(やりすぎた……)
俺がワイバーンを倒してから三日。
なんだろう。
周りが──。
放 っ て く れ な い 。
あぁ、守った。
守ったよ。
たしかに俺は守ったさ。
街を。
ハンナを。
セオリアを。
でも。
でもさぁ……。
頭の中にハンナの言葉が思い返される。
『見たかァ! これが冒険者だッ! 私は跳ぶ僧侶、ハンナ・フリーゲンッ! そしてワイバーンを倒したのは──』
う……ううぅ……。
『帰ってきた剣士、ケント・リバーだ!』
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!
こっぱずかしいぃぃぃぃぃぃ!
ハンナ!
おい、ハンナさん!
何言ってくれてんの、あんた!
マジで!
カカカカカ……カムバック……ヒー……。
ボンッ!
あまりの恥ずかしさに真っ赤に茹で上がった顔が破裂する。
おいおいおいおいぃぃ~……。
若いときゃいいよ、別になんて呼んでくれてもさぁ。
でもさぁ。
三十半ばのおっさんを捕まえてさぁ──。
『帰ってきた剣士』は……。
な い で し ょ !
いい年して『帰ってきた剣士』はない!
あ、あぁぁ……!
恥ずかしすぎるぅ……!
マジでぇ……!
ツンツン。
頭を抱える俺の膝を誰かがつつく。
「おじさん、どうかしたの?」
顔を上げる。
少女。
おかっぱ頭。
鼻が垂れてる。
「ああ、おじさんさ、ちょっとお腹空いてるんだよ」
そう言って誤魔化す。
事実、お腹は空いていた。
「そうなんだ~? お金ないの?」
「お金はある。……そうだ、このへんでおすすめのお店とかってあったりするかな?」
「ん~っとね~、それならね~……」
◇
少女に連れてこられたのは薄暗い路地裏。
(そうえば、こっちの方にはまだ来てなかったな……)
なにやらモワッとした独特な草の匂いがする。
(これはポロねぎ? たしか東方では「ニラ」なんて呼ばれてたと思うが)
昔、たまたま依頼で同行したサムライとかいう変な剣士が好んで食っていたのを思い出す。
俺は敵に気取られるのがいやで匂いのするものは食わなかったが……。
もしや……このへんでそっち系の料理が食べられたりとかするのかな?
おかっぱ鼻たらし少女が露天の女性に声を掛ける。
「おかあさ~ん、おきゃくさん」
「あら、ウォニ。そんな客引きみたいな真似……」
「おじさんね、お腹空いて座ってたの」
「あらあら、そうかい。そりゃ、うちに連れてきて正解だったかもね!」
ウォニと呼ばれた少女の母がバチーン☆と俺にウインクを飛ばす。
(おっ……)
ちょっとドギマギ。
赤髪の後ろでざっくり結んだでっかい三つ編み。
客商売をやってるからか、おおらかで人懐っこそうな性格が表情から伝わってくる。
そして肉体は……。
ふくよかで──情熱的そう。
なんだろう……。
ちょっとゲスな言い方になってしまうが。
男好きのしそうな雰囲気。
それが正直な第一印象。
そしてなにより。
セオリアやハンナと違って──。
大人。
うん、大人だ。
なんだか不思議と落ち着く。
たぶん俺と同じくらいの年?
やっぱ自分と同年代っていいよなぁ。
色々喋らなくても伝わりそうな感じっての?
俺は生涯孤独で死んでいくと思ってたが、もし家庭を持つとしたらこういう人と……。
っと、いかんいかん……。
この人は子供もいるんだ。
変な気を起こすなよ、俺……。
俺が煩悩を振り払っていると、女性が悪気のない声で聞いてきた。
「一応先に聞かせてもらうけど金は持ってるかい?」
じゃらっ……。
セオリアにもらった巾着袋を掲げ、硬化を鳴らす。
ベルドの後追い申請が認められて、俺はワイバーン討伐の報酬を貰っていた。
おかげで巾着袋はパンパン。
逆にさっさと減らしたいくらいのものだ。
「よし、じゃあそこで待ってな! お任せでいいね!?」
「ああ、頼む」
調理も彼女がするのか。
女一人、子一人。
まぁ、ボッタクリってことはなさそうだ。
それに……。
この女性の手料理が食べられる。
ちょっとウキウキ……。
いいよね……なんかちょっといい感じの女性の手料理って……。
え、いや、わかってる。
向こうは仕事ってことはわかってるよ、うん。
でもさ……ほら?
俺が普段接してるのがセオリアとかハンナとかジャンヌとかの娘みたいな子ばっかじゃん?
だから、こういう包容力のありそうな、話さなくても自然といられるような。
そんな同世代特有の安心感っての?
そういうのが……なんかいいんだよなぁ。
誰に言うでもない言い訳を頭の中で描きながら、椅子代わりの木箱に腰を下ろす。
路地裏のさらに裏といった場所。
昼なのに薄暗く、土も少し湿っている。
静かだ。
ここに座っていると、けたたまし表通りの喧騒がまるで別世界かのように感じる。
(これくらいの方が落ち着くな、俺は……)
これで味もよかったら満点なんだが……。
まぁ、それは高望みしすぎだろう。
しかもどんな料理が出てくるかもわからない。
過度な期待をしないように自分を戒めながら、俺は自分の身に起きたここ数日のことを思い返していた。
◇
まず、ワイバーン。
俺によって真っ二つに斬り裂かれたワイバーンは、そのまま街の広場の噴水にジャッバ~ン!
そりゃもうわ~わ~きゃ~きゃ~の大騒ぎよ。
で、それを鎮めたのが冒険者ギルド長のベルド。
腐っても冒険者たちの長。
魔物の取り扱いのプロ中のプロだ。
血液や腐肉からの二次災害を防ぐべく、ハンナの手下だったエル、ヤイス、コビットというあの元盗賊三人組をあごで使ってちゃきちゃき解体していった。
さて、その解体した素材。
この十年で冒険者も減り、それにしたがって関係業者も減っていた。
だから、素材を上手く扱える業者がいない。
そこで白羽の矢が立ったのが──。
武器屋のボルト。
あいつはこの十年間ずっと魔物の素材の取り扱いの勉強を地道に続けていたらしい。
一介の武器屋だったボルトは、戸惑いながらも各種業者を取り仕切っていった。
そうして、どうにかワイバーンの死体処理も無事に進んでいったわけだ。
ちなみに俺は街を守った勲章みたいなのをもらった。
ベルドが依頼の後追い請求を国にして、それが認められた結果だ。
なんでもセオリアやキングくんの後押しの声もあったとか。
ありがたい話だ。
けど、勲章は宿に置いたまま。
身につけてはいない。
あんなもの見せびらかして歩くのはなんか違う気がする。
俺みたいな人生の終わりを目指して生きてる人間にとって、見栄や名誉欲なんて邪魔なだけだ。
スッとやるべきことをやって、スッと若者に後を託して消えていく。
そういうのでいいんだよ、俺の残りの人生は。
過度にいばったり、見せびらかしたり……そういうのはもううんざりだ。
俺は俺に課されたやるべきことをやって、あとはセオリアやハンナ、それに孤児院の子どもたちが穏やかに平和に暮らせるような環境さえ作れればそれでいいんだよ。
あと、勲章の他に騎士が使ってる汎用剣と鞘も貰った。
まぁ師範をするわけだし、剣くらいは持っていてもいいかな。
けど、ボルトからも剣を渡されちゃったんだよなぁ。
ほら、あのワイバーンをぶった斬った業物のやつ。
なんでも俺が持ってたほうが店の宣伝になるからってことらしい。
う~ん……?
おっさんの俺なんかが持ってても宣伝になるとは思えんが……。
とはいえ、無理やり押し付けられた形だが受け取ってしまった。
剣の名前は『聖鷹飛龍堕剣』。
こ、これも絶妙に恥ずかしい……。
なんでも「聖鷹」が「飛龍」を「ゴーン!」とやっつけたからグリ・バン・ゴーンだって。
うん……子供かな?
きっと元々特別な素材で作られた剣なんだろう。
じゃないと、あんなに竜族を一刀両断なんて出来るわけない。
ボルトは「普通の鋼の剣だよ」って言ってたが、絶対に嘘だ。
俺がワイバーンを一撃で堕せたのは、この剣の力のおかげに決まってる。
ってことで俺は今、騎士団の汎用剣と『聖鷹飛龍堕剣』(うぅ……恥ずかしい……)の二本を腰に差している。
十年ぶりの真剣二本差し。
気持ちがシュッとする。
と同時に、なんだか今の俺には過ぎた長物のような気がしてちょっと腹の据わりが悪い。
あっ、それから今回のワイバーン騒動の原因を作った清らかな白鳩女騎士団の副団長ジャンヌ。
魔物大量暴走の調査に出ていた彼女の持ち帰った宝珠は厳重に封印が施され、後日来るらしい魔法の専門家に調査をしてもらうそうだ。
ってことで、まずは鑑定の結果待ち。
ちなみに騎士はダンジョン探索に長けていない。
なので、ダンジョンを探索する場合は冒険者ギルドと協力するらしい。
これもセオリアとベルドがあらかじめ顔見知りになってたからスムーズに事が運んだそうだ。
なんにしろ、まずは宝珠の鑑定からだな。
『なぜワイバーンがこれを執拗に追い続けてきたのか』
それが判明しないことには動きようがない。
あ~、それから俺が壊滅させた盗賊ギルドについて。
圧倒的なボスだったハンナが消えて団員たちは霧散した。
元々地下に潜んでいたやつらだ。
アジトが消えたことによって、今はそれぞれ勝手にやってるんだろう。
ここらへんも捕まえたテンの話と照らし合わせながら調査するとのこと。
ようするにどうなってるか一切不明。
テンの仲間だったあの腕利き三人組はハンナとベルドに引っ捕まって冒険者ギルドで色々雑用をやらされてるが……。
ちなみにハンナが盗賊ギルドのボスだったことは騎士団には伝えてない。
セオリアに「いいのか?」って尋ねたけど別にいいらしい。
セオリア的にはもう騎士団でやりたかったことは半分達成したから、ハンナとの関係がバレてクビになってもいいんだって。
そんなもんなのか……?
セオリアが何を目的としてるのかは知らんが、とりあえず俺のことを憎んでるあのアダヴァくんにはハンナの正体を絶対に知られないようにしないとな……。
それから、聖なる鷹騎士団副団長のキングくんにも。
彼、めちゃくちゃ人当たりがいいんだけど、なぜかセオリアにだけは信じられないくらい酷い差別を繰り返すんだよ。
彼にハンナとの関係が知られたら、セオリアは国をあげて糾弾されるかもしれない。
だから絶対にバレないようにしないと。
でもキングくん……しつこく俺につきまとってくるんだよなぁ……。
ハァ……面倒だ。
これが貴族社会……。
いい人と思ってても色々あるんだなぁ……。
彼とも一回じっくり話をしなきゃいけないな。
そんなこんなで俺はこの三日間。
いろいろな聞き取りや確認。
騎士たちからの質問攻め。
アダヴァくんやその上司のマヒラ男騎士団長のいやがらせなんかを受けながら。
子犬のように無邪気にまとわりついてくる女騎士副団長ジャンヌを振り払いつつ。
騎士団の師範を勤めて宿と修練場を往復する日々を過ごしていた。
もちろんハンナとは別の宿。
っていうか……あの晩。
盗賊ギルドのアジトに乗り込んで壊滅させた、あの晩。
そのまま疲れ切って宿で即寝したあの晩。
ほんとにハンナとの間に何もなかったって確認しないと……。
セオリアもブチギレてたし。
そりゃそうだよな……。
自分の友だちが、こんなおっさんと一つの部屋で一晩過ごすだなんて。
そりゃ怒って当然だと思う。
セオリアにもちゃんと謝らないとなぁ。
でも、そのセオリアとハンナ。
二人とも調子を崩してるから心配だ。
一昨日は腰、昨日は腹、今日は頭が痛いとかで同時に寝込んでる。
俺のせい……じゃないよな、さすがに……?
心配だから早くよくなってほしいが、医者の診断によると原因は不明だそうだ。
僧侶のハンナにも癒せないから、なんらか外的要因が絡んでるかもとは言ってたけど……。
◇
コトッ。
目の前にスープが置かれる。
小さい椀。
中に入ってるのは青い草だけ。
そしてこれ……。
「すごい匂いだろ?」
女性が笑う。
少し歯が汚れてる。
逆にそれがチャーミングにも感じる。
「これ、もしかしてポロねぎ──『ニラ』ってやつだったりします?」
「お、知ってんのかい?」
「名前だけは。連れが食べてるのを見たことがあって」
「そうかい、匂いがついて困るってことは?」
「ないです」
「なら大丈夫だね! これからじゃんじゃん持ってくるからね!」
そう言って女性は料理へと戻っていった。
(うぅ~……ほんとに臭いなぁ……)
しかも草だけのスープ。
なんかとてもわびしい……。
ズズ……っ。
「……!?」
んんっ!?
んんんんっ~!?
こ、これ……。
なんかいい……!
えっ!? なんで!?
なんで草が浮いてるだけのスープがこんなに美味いの!?
ゴクゴク。
ぷはぁ~!
うっま!!!!
美味い!
なんだこれ!?
気がついたら飲み干しちゃったよ!
ポロねぎ……ニラの臭さとスープに浮いたアブラのこってり感がダイレクトに胃袋の中で暴れる。
それになんか……体の奥から力が湧き上がってくるような……。
え、これ魔法とかかかってないよね?
「あらあら、お腹すいてたんだね」
「美味しすぎて」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないかい」
「ほんとのことなので」
「あらまぁ、イケメンなだけじゃなくてお世辞まで上手かい! これはあんたモテるだろうね!」
「ハハ……」
モテるわけないでしょ、こんなおじさんが……。
と思う一方。
こんな軽口もなんだか楽しく感じてる俺がいた。
これが人と触れ合うってことかぁ。
森の中でずっとひとりぼっちだったからなぁ。
カイザスに来てからはセオリアやハンナ、ベルドやボルト、騎士団のみんなと話してたけど、こんなに立場や過去を無視して気を抜いて話せる相手──しかも同世代の女性ってのは……。
うん、いい店かもしれないな、ここ。
これからちょくちょく通うことにしよう。
「はい、おまち!」
ドンッ!
置かれたのは……。
「肉まんってんだよ。手で持って食ってくれ」
肉まん。
おぉ~、これだよこれ!
前にサムライが食ってたやつ!
さぁて、どんな味がしますやら……。
「そっちの小皿のタレをつけて食っとくれ」
はいはい、タレね。
あちちっ、左右の手で転がしながら素早くタレをつけて……ハムっ。
「むん~~~……!」
ふっわふわの皮。
あっつあつジューシーな肉。
そしてここにもガツンと来るニラとニンニクの匂い!
うぉん、俺の両耳から「バフンっ!」っと煙が吹き出る!
くっそ~! あのサムライ。
あの時、こんな美味いもの食ってたのか……。
そりゃ匂いより優先する気持ちもわかる。
これは食いたいよ。
そして元気がもりもり湧き上がってくる。
なんつ~の?
男飯?
薄暗い湿った路地裏。
一人健気に頑張ってる露天の女将。
テーブル代わりの粗末な木箱。
ガツンと胃袋に来るくっさいけどウンメ~飯。
これこれ。
こういうのだよ。
こういうのでいいんだよ。
考えてみればザゴラ大森林を出てからずっと誰かと一緒だったからなぁ。
こうして一人でゆっくり飯を食うのも久しぶりだよ。
なんというか……いいな。
一人で好きな時に好きな場所に行って好きなものを食う。
こういうのが豊かってことなんじゃないのかなぁ。
森の中でもそれは出来てたけど、あまりにもレパートリーが少なすぎたからなぁ。
まず麦がなかった。
だから肉と草を焼いたり蒸したり茹でたり……。
いや、まぁあれはあれでよかったんだけど、これはこれでまた別格だ。
いい……。
いいよ、カイザス……。
セオリアに連れ出されてやってきたこの街だけど。
ほらほら、どうよ?
ちゃんと俺の収まるべき「こういうのでいい」店があるじゃない。
他に客がいないのもいいね。
俺だけ知ってる名店感がある。
それから後も水餃子なるものや炒飯なるものが出され、一気にがっついた。
ニラ&ニンニク。
この組み合わせは、まるでこの世を作ったと言われるガイアとウラノスのタッグに勝るとも劣らない。
俺の胃袋はそれはもうひっくり返るんじゃないかってくらいにフル稼働して──。
「ぐぇぷ……」
「ハハ、お腹は満たされたかい?」
「はい……美味しすぎて……」
「そりゃなによりだ」
「お値段もいいんですか? こんなに安くて」
「ああ、イケメン割さ」
初回サービスみたいなもんか。
「それに、こんなに美味そうに平らげてくれたら嬉しいじゃないか」
「いや、ほんとに美味しくて! すごいですよ、ウォニのお母さん! 俺、マジでここに通っちゃいそうです!」
「そうかい……で、どうだい?」
あれ?
なんか雰囲気が……。
「ど、どうって……?」
「ほら? なんか湧き上がってこないかい?」
「わ、湧き……?」
「だから体の奥底からさぁ……」
「へ?」
女将が俺の耳元で囁く。
「元気になったんじゃないかい? そういう料理だよ、これは」
「はえ……!?」
鼻にかかった声。
そういう料理?
そういう?
……!
そういう~~~!?
「私は夫に先立たれてねぇ。ウォニにも新しい父親が必要だと思ってたんだよ」
「は、ははっ……」
え?
え、なにこの展開?
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「知らない、です……ハハっ……」
「あんたがそれじゃないのかい? なんでも賢者様は『こういうのでいいんだよ』が口癖で、街のあちこちで取るに足らないものを見ては、その中に秘められた普遍的な価値観を再定義していってるとか……。私は難しいことはわかんないけどさぁ、高名なお方なんじゃないのかい?」
それ、俺だ……。
たしかに言ってた……。
色んな店を覗きながらついつい言ってたわ……。
え、でもただの口癖だよ?
なに?
普遍的な価値観を再定義?
いやぁ~、ないないない!
ないってそんな深い意味は……!
「じゃあ、これはどうだい?」
「な、なんでしょう……?」
「ほらぁ、いま話題で持ちきりだろ? 三日前にワイバーンを倒したっていう『帰ってきた剣……』」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
まさかその恥ずかしい名前をここで聞くとは!
「ごごごごごご、ごちそうさまでした~!」
「あぁん、あんた剣士様だか賢者様じゃないのかい!? 私の相手してくれよ、いけずぅ~!」
急にグイグイ来た女将から思わず逃げるように店を飛び出す。
違う、こういうのは違う!
なんかいいなとは思ってたけど、こういうのは違う気がする!
なんか……よくない!
こういうのじゃないんだよ、うん!
と、角を曲がったところで。
ドンッ──!
誰かにぶつかった。
「あ、すみません! 怪我は?」
すかさず背中に手を回す。
小さい。
少女?
ハラリ。
かぶっていたフードが脱げる。
「えっ──?」
ミカ。
俺の元パーティーメンバー。
セオリア、ハンナと一緒に冒険した子。
銀髪の子供、魔法使いのミカ。
彼女と──十年前の彼女と全く同じ姿の少女が。
バツの悪そうな顔で俺を見上げていた。
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