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幕間Ⅰ 姉妹の物語
ACT67
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帰国の途に就く私は空港のロビーにいた。
誰も見送りに来てくれない。寂しい……。
大袈裟に言っているわけではない。ほんとに誰も来てくれていないのだ。
だって昨日、夜遅くにマネージャーが、
「チケット撮れたから明日空港に来て」
これだけ言うと電話を一方的に切ってしまった。ほんとに勝手な人だ。
いつ出発なのかも教えてくれなかったので、始発の時間から空港に居る羽目になった。
もうお昼を回ったと言うのにマネージャーは姿を見せない。
これで予約できたチケットが最終便とかだったら流石に私もキレるわよ。
壁にもたれ掛り、行場の無い苛立ちを抱えたまま身体を小刻みに揺らしていた。
スマホに一件のメッセージ。
搭乗ゲートにいますけどまだですか?
……――全力疾走いたしました。それはもう16年の人生の中で一番と言っても過言ではない程に。
搭乗ゲート到着早々、膝に手を置き肩で息をしている私に、「遅かったですね。もう少しで乗り遅れるところでした」などと世迷言を口にするので思わず口より先に手が出てしまった。
♢ ♢ ♢
12年前、CMオーディションでまさかの敗北を喫し、姉と離ればなれになった。アメリカでの生活は酷く退屈で、面白みに欠けた幼少期を過ごした。
第二次成長期を迎える頃には私は完全に垢ぬけており、幼少の頃に馬鹿にされた混血など気に帰さぬほどに美しく育った。
ことさら恋愛においては万国共通で、好きな子にはちょっかいを出すようで、私もしょっちゅう身の回りから小物が消えた。
今になって思えばあれはただの窃盗だった気もするが心優しい私は全てを許そうと思う。
彼らにはそれなりの代償は払ってもらったしね。
代償ってなんだって? それは聞かないことをお勧めする。
Middle Schoolに上がる頃にはティーン向けの雑誌やなんかでモデルをやった。それなりに楽しく生活していた。
転機となったのは動画サイトにアップされた日本のCMだった。
内容は、結衣ちゃん可愛い~とか、真希めっちゃ美人!! 中には真希は整形してるなんてデマまであったがそれはどうでもいい。
私が知っているのは4歳の時の姉であり、それ以降は母からたまに届く近況報告のメールの内容でしか把握していなかった。
たまに添付されている写真の姉はいつもマスクにサングラス姿で、サングラスをずらしてくれていればまだいい方。本人だと確認できるから。
それ以外の写真は本人かどうか判別できない。本人だとは思うけど。
それから動画サイトで関連動画を探して姉の出演したドラマや映画を何かが憑りついたように何度も繰り返し見た。
日本語は半分忘れかけてたけど必死に勉強して日常会話位なら喋れるようにした。
父は頑なに日本にいる娘(姉)と連絡を取ることを許さなかった。
だから私は自力で日本に行くことを決意した。
普通に頼んでも断られるのは目に見えていたので行かざるを得ない状況を作る必要があった。
女優として日本の映画・ドラマにキャスティングされること。それが私の考えたアメリカ脱出計画だ。
日本で売れるよりもハリウッドで売れる方が大変なんだろうけど、私からしたらイージーモードだった。
だってこっち(ハリウッド)に結衣はいないから。
それから先の話はシェリル・マクレーンの活躍を見て貰えれば判る話。
…………
……
…
「――って、ごめんなさい。お仕事の邪魔しちゃったかしら?」
「いえ、貴重なお話が伺えて運が良かったと思っていますよ」
「そう? ありがとう。一方的に喋っちゃってた気もするけど……そうだ、お水頂けるかしら。喉乾いちゃった」
かしこまりましたと正対したフライアテンダント(CA)が丁寧に頭を下げると、お水を用意するためにギャレーへと引き上げていく。
通路を歩く後姿から漂う気品は生まれ持ったものか、それとも訓練の賜物であろうか。
彼女がお水を持ってきたらまた話を聞いてもらおうか。さすがにお仕事の邪魔になるだろう。でもきっと私はまたしても彼女の手を煩わせるだろう。だって、話したいことは山ほどあるのだ。
日本からアメリカ間のフライト時間では足りない。
それに楽しかった思い出は誰かと共有したいものでしょう?
本来その役目を果たすべきマネージャーは隣で爆睡中。
お水を持って戻ってきたフライトアテンダントに手を振る。
ついでに早く来てと手招き。
笑顔を崩さず近づいてくるフライトアテンダントに心の中で謝罪する。
これから(再度)あなたのお時間を奪ってしまいます、と。
そして私は、せきを切ったように話の続きを語ったのだった。
誰も見送りに来てくれない。寂しい……。
大袈裟に言っているわけではない。ほんとに誰も来てくれていないのだ。
だって昨日、夜遅くにマネージャーが、
「チケット撮れたから明日空港に来て」
これだけ言うと電話を一方的に切ってしまった。ほんとに勝手な人だ。
いつ出発なのかも教えてくれなかったので、始発の時間から空港に居る羽目になった。
もうお昼を回ったと言うのにマネージャーは姿を見せない。
これで予約できたチケットが最終便とかだったら流石に私もキレるわよ。
壁にもたれ掛り、行場の無い苛立ちを抱えたまま身体を小刻みに揺らしていた。
スマホに一件のメッセージ。
搭乗ゲートにいますけどまだですか?
……――全力疾走いたしました。それはもう16年の人生の中で一番と言っても過言ではない程に。
搭乗ゲート到着早々、膝に手を置き肩で息をしている私に、「遅かったですね。もう少しで乗り遅れるところでした」などと世迷言を口にするので思わず口より先に手が出てしまった。
♢ ♢ ♢
12年前、CMオーディションでまさかの敗北を喫し、姉と離ればなれになった。アメリカでの生活は酷く退屈で、面白みに欠けた幼少期を過ごした。
第二次成長期を迎える頃には私は完全に垢ぬけており、幼少の頃に馬鹿にされた混血など気に帰さぬほどに美しく育った。
ことさら恋愛においては万国共通で、好きな子にはちょっかいを出すようで、私もしょっちゅう身の回りから小物が消えた。
今になって思えばあれはただの窃盗だった気もするが心優しい私は全てを許そうと思う。
彼らにはそれなりの代償は払ってもらったしね。
代償ってなんだって? それは聞かないことをお勧めする。
Middle Schoolに上がる頃にはティーン向けの雑誌やなんかでモデルをやった。それなりに楽しく生活していた。
転機となったのは動画サイトにアップされた日本のCMだった。
内容は、結衣ちゃん可愛い~とか、真希めっちゃ美人!! 中には真希は整形してるなんてデマまであったがそれはどうでもいい。
私が知っているのは4歳の時の姉であり、それ以降は母からたまに届く近況報告のメールの内容でしか把握していなかった。
たまに添付されている写真の姉はいつもマスクにサングラス姿で、サングラスをずらしてくれていればまだいい方。本人だと確認できるから。
それ以外の写真は本人かどうか判別できない。本人だとは思うけど。
それから動画サイトで関連動画を探して姉の出演したドラマや映画を何かが憑りついたように何度も繰り返し見た。
日本語は半分忘れかけてたけど必死に勉強して日常会話位なら喋れるようにした。
父は頑なに日本にいる娘(姉)と連絡を取ることを許さなかった。
だから私は自力で日本に行くことを決意した。
普通に頼んでも断られるのは目に見えていたので行かざるを得ない状況を作る必要があった。
女優として日本の映画・ドラマにキャスティングされること。それが私の考えたアメリカ脱出計画だ。
日本で売れるよりもハリウッドで売れる方が大変なんだろうけど、私からしたらイージーモードだった。
だってこっち(ハリウッド)に結衣はいないから。
それから先の話はシェリル・マクレーンの活躍を見て貰えれば判る話。
…………
……
…
「――って、ごめんなさい。お仕事の邪魔しちゃったかしら?」
「いえ、貴重なお話が伺えて運が良かったと思っていますよ」
「そう? ありがとう。一方的に喋っちゃってた気もするけど……そうだ、お水頂けるかしら。喉乾いちゃった」
かしこまりましたと正対したフライアテンダント(CA)が丁寧に頭を下げると、お水を用意するためにギャレーへと引き上げていく。
通路を歩く後姿から漂う気品は生まれ持ったものか、それとも訓練の賜物であろうか。
彼女がお水を持ってきたらまた話を聞いてもらおうか。さすがにお仕事の邪魔になるだろう。でもきっと私はまたしても彼女の手を煩わせるだろう。だって、話したいことは山ほどあるのだ。
日本からアメリカ間のフライト時間では足りない。
それに楽しかった思い出は誰かと共有したいものでしょう?
本来その役目を果たすべきマネージャーは隣で爆睡中。
お水を持って戻ってきたフライトアテンダントに手を振る。
ついでに早く来てと手招き。
笑顔を崩さず近づいてくるフライトアテンダントに心の中で謝罪する。
これから(再度)あなたのお時間を奪ってしまいます、と。
そして私は、せきを切ったように話の続きを語ったのだった。
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