55 / 111
第二幕 映画撮影と超新星
ACT54
しおりを挟む
プレミアム試写会当日。
私はこの日を心待ちにしていた。でもそれは私だけじゃない。今回の映画に携わった人みんなが心待ちにしていた。
それと同時に一抹の不安を抱える日でもある。
だって、もし、この上映で歓声ではなくブーイングでも浴びることになったら私たちは卒倒する事だろう。
キャスト&スタッフは心をポキポキに圧し折られ、制作会社や資金元となっているスポンサーは一瞬で赤字が確定。
そんな状況では、心臓が一つでは足りない。今もバクバクと鼓動し続けている。
こんなんで今日持つかな~。
心労とかで途中退席なんかになりそうで怖い。
それともう一つ気掛かりなことがある。
今日のスケジュールは、プレミアム試写会だけのはずなのだが、押さえてある時間がやたらと長い。こんなに時間を取るなんてことないと思うんだけど……。
120分の映画を上映。その後、壇上にて挨拶を行い。インタビュー・観客の質問等々……。
多く見積もっても3時間あれば事足りそうだが、私のスケジュールは5時間超に渡って抑えられていた。
高野さんの仕事は完璧。だからこの5時間超の時間には必ず意味がある。
でも考えてもわからないから今は気ににしない。その時になれば未来の私が頑張ってくれるよね? 楽観的にこのスケジュールを捉えていた私は、この後(数時間後の未来に)、痛い目を見ることになる。
…………
……
…
プレミアム試写会会場。キャスト控室。
会場入りしてから余計に心臓が脈打っている。
プレミアム試写会のチケットの倍率は100倍にもなったらしい。
それほどまでに今作は期待されていると言う事だ。
うっ……ちょっとお腹が痛いかも……。
「ちょっと――」
「お手洗いね。行ってらっしゃい。籠っててもいいわよ、時間になったら呼びに行ってあげるから」
「そんなに時間はかかりません!」
「いいから早く行ってきなさい」
「高野さん、デリカシー無さ過ぎ」
べーっと、舌を出してお花を摘み(あくまでお花摘みである)に席を立った。
お花畑には先客がいた(察してくれるよね?)。
電話中の真希である。
「何よそれ!? そんなの聞いてないわよ!!」
ヒステリックに騒いでいる。
鏡越しに私の姿を目視しているのも拘わらず、無視を決め込み話を続ける。
「だから! そんな勝手なこと許せるわけないじゃない! どんなに条件が良くても絶対にイヤ!!」
誰が話を聞いてもおかしくない公共の場で真希がここまで取り乱すのは珍しい。
よほどの事態だと言う事は確かだろう。
私しかいなくて良かったわね。私はアナタと違って週刊誌に情報を流したりしないから。私って優しい!
「とにかく、私は出ない。今から帰る」
電話を切る間際、小さく舌打ちした真希が私を見て、
「精々頑張りなさいよ」
と、激励の言葉を口にする。
――!? 青天の霹靂とはまさにこの事である。
「アンタ大丈夫? どこか悪いんじゃないの? 死ぬの? 死んじゃうのね……」
「死なないわよ! それ以上馬鹿な事言ってると週刊誌にアンタのネタ売り込むわよ!!」
いつもの真希だわ。どこかほっとしたような……気のせいね。
「そんなことばっかり言ってるから私に勝てないのよ。この腹黒」
フンと鼻で笑い、真希は同情するといった表情を見せる。
「まあいいわ。今回は私とアンタ、二人で共倒れだから」
「共倒れって何がよ!」
「聞かされてないのね……――」
続く言葉は容易に想像できた。「可哀想に」。
結局真希はその言葉を飲み込んだ。
お花摘みから無事戻った私は高野さんから笑顔で迎えられた。
「どうかしたの高野さん?」
「結衣! 綾瀬真希が帰ったわ」
「あぁ、うん」
「あら? 反応が薄いわね」
「さっき真希と逢ったから」
「えっ! まさか何か聞いちゃった?」
「聞いてないけど、やっぱり何か隠してるのね」
絶対に問い詰めてやる! と心に誓った瞬間――
「新田さん準備お願いします」
「グッドタイミング!」
親指を立てる高野さん。
「バッドタイミングだわ」
スタッフの呼び出しにより、問いただす機会を失った私は、何も知らないままプレミアム試写会を迎えた。
映画は予定通り120分上映された。
通常であれば監督とメインキャストが視界の呼び込みに応じて登場。というのが通例なのだが……。
王子監督だけが先に登場、挨拶を始める。
何故一緒に挨拶をしないのか。監督とキャストを分ける意味とは? 次々と浮かぶ疑問符の数々を解決してくれる人はいない。
頼みの綱でもある草薙さんと瀧川さんに目を向けるが、二人とも肩を竦めるだけだった。
舞台上では王子監督が今回の映画について語っていた。
「楽しんでいただけましたか?」
観客が割れんばかりの拍手で答える。
「ありがとう。実はこの映画、完成した瞬間から世界一の称号を手にしているんだ」
すかさず報道陣から質問が飛ぶ。
「世界一というのはどういう事でしょうか?」
王子監督は待ってましたと言わんばかりの笑顔で答える。
「エンドロールの長さだよ。今までの世界記録の倍近くある」
観客の反応はいまいち。それはそうだろう、映画好きなら最後まで作品として鑑賞するという人もいる。しかし、好き好んでエンドロールを観ようと言う人間は稀有だろう。
キャストにスタッフ、出資元・制作会社等の名前が延々に流れ続ける。退屈以外の何物でもない。実際にエンドロールが流れ始めたら席を立つ人も少なくない。
会場の空気を見て王子監督が言う。
「もちろん最後まで楽しめる作品になっています。エンドロールだからって俺は手を抜かない。何なら本編よりも面白いと思う人間だっているだろう」
この言葉で会場の空気は変わった。
「それじゃ、最後まで楽しんでくれ」
――暗転。
会場が闇と一瞬の静寂に包まれる――
スクリーンに映し出されたのは私と真希だった。
? 何だこれ??
何も判らない私だが、一つだけ言えることがある。
私はスクリーンに映る自分がこの後何を口にするかを知っている。
『う◯こはアンタよ!』
『私はう◯こじゃないわよ!』
私は顔を覆った。
エンドロールは、NGシーンを再構成して作った物語仕立てになっていて、面白いと思った。やはり王子監督は天才だと。
でもこれはあんまりだ。
最高傑作なのは間違いないが、色々と代償を払わされた気がする。
加えてスタンディングオベーションの会場に登場する私は、観客の中では「う◯こ」を連発していた女優としてしか印象に残っていないことだろう。
この事を知ったから真希は逃げたのだろう。私も知っていたら逃げたに違いない。
それでも無情に時は過ぎる。
「では今作のキャストの皆さんにご登場願います!」
司会の呼び込みの声がした――それ以降の記憶がハッキリとしいない。
しかし翌日、新田結衣と綾瀬真希の二人そろって検索急上昇ランキングのトップ2を独占。
二人そろって「う◯こ」が関連ワードの最初に来るようになっていた。
私はこの日を心待ちにしていた。でもそれは私だけじゃない。今回の映画に携わった人みんなが心待ちにしていた。
それと同時に一抹の不安を抱える日でもある。
だって、もし、この上映で歓声ではなくブーイングでも浴びることになったら私たちは卒倒する事だろう。
キャスト&スタッフは心をポキポキに圧し折られ、制作会社や資金元となっているスポンサーは一瞬で赤字が確定。
そんな状況では、心臓が一つでは足りない。今もバクバクと鼓動し続けている。
こんなんで今日持つかな~。
心労とかで途中退席なんかになりそうで怖い。
それともう一つ気掛かりなことがある。
今日のスケジュールは、プレミアム試写会だけのはずなのだが、押さえてある時間がやたらと長い。こんなに時間を取るなんてことないと思うんだけど……。
120分の映画を上映。その後、壇上にて挨拶を行い。インタビュー・観客の質問等々……。
多く見積もっても3時間あれば事足りそうだが、私のスケジュールは5時間超に渡って抑えられていた。
高野さんの仕事は完璧。だからこの5時間超の時間には必ず意味がある。
でも考えてもわからないから今は気ににしない。その時になれば未来の私が頑張ってくれるよね? 楽観的にこのスケジュールを捉えていた私は、この後(数時間後の未来に)、痛い目を見ることになる。
…………
……
…
プレミアム試写会会場。キャスト控室。
会場入りしてから余計に心臓が脈打っている。
プレミアム試写会のチケットの倍率は100倍にもなったらしい。
それほどまでに今作は期待されていると言う事だ。
うっ……ちょっとお腹が痛いかも……。
「ちょっと――」
「お手洗いね。行ってらっしゃい。籠っててもいいわよ、時間になったら呼びに行ってあげるから」
「そんなに時間はかかりません!」
「いいから早く行ってきなさい」
「高野さん、デリカシー無さ過ぎ」
べーっと、舌を出してお花を摘み(あくまでお花摘みである)に席を立った。
お花畑には先客がいた(察してくれるよね?)。
電話中の真希である。
「何よそれ!? そんなの聞いてないわよ!!」
ヒステリックに騒いでいる。
鏡越しに私の姿を目視しているのも拘わらず、無視を決め込み話を続ける。
「だから! そんな勝手なこと許せるわけないじゃない! どんなに条件が良くても絶対にイヤ!!」
誰が話を聞いてもおかしくない公共の場で真希がここまで取り乱すのは珍しい。
よほどの事態だと言う事は確かだろう。
私しかいなくて良かったわね。私はアナタと違って週刊誌に情報を流したりしないから。私って優しい!
「とにかく、私は出ない。今から帰る」
電話を切る間際、小さく舌打ちした真希が私を見て、
「精々頑張りなさいよ」
と、激励の言葉を口にする。
――!? 青天の霹靂とはまさにこの事である。
「アンタ大丈夫? どこか悪いんじゃないの? 死ぬの? 死んじゃうのね……」
「死なないわよ! それ以上馬鹿な事言ってると週刊誌にアンタのネタ売り込むわよ!!」
いつもの真希だわ。どこかほっとしたような……気のせいね。
「そんなことばっかり言ってるから私に勝てないのよ。この腹黒」
フンと鼻で笑い、真希は同情するといった表情を見せる。
「まあいいわ。今回は私とアンタ、二人で共倒れだから」
「共倒れって何がよ!」
「聞かされてないのね……――」
続く言葉は容易に想像できた。「可哀想に」。
結局真希はその言葉を飲み込んだ。
お花摘みから無事戻った私は高野さんから笑顔で迎えられた。
「どうかしたの高野さん?」
「結衣! 綾瀬真希が帰ったわ」
「あぁ、うん」
「あら? 反応が薄いわね」
「さっき真希と逢ったから」
「えっ! まさか何か聞いちゃった?」
「聞いてないけど、やっぱり何か隠してるのね」
絶対に問い詰めてやる! と心に誓った瞬間――
「新田さん準備お願いします」
「グッドタイミング!」
親指を立てる高野さん。
「バッドタイミングだわ」
スタッフの呼び出しにより、問いただす機会を失った私は、何も知らないままプレミアム試写会を迎えた。
映画は予定通り120分上映された。
通常であれば監督とメインキャストが視界の呼び込みに応じて登場。というのが通例なのだが……。
王子監督だけが先に登場、挨拶を始める。
何故一緒に挨拶をしないのか。監督とキャストを分ける意味とは? 次々と浮かぶ疑問符の数々を解決してくれる人はいない。
頼みの綱でもある草薙さんと瀧川さんに目を向けるが、二人とも肩を竦めるだけだった。
舞台上では王子監督が今回の映画について語っていた。
「楽しんでいただけましたか?」
観客が割れんばかりの拍手で答える。
「ありがとう。実はこの映画、完成した瞬間から世界一の称号を手にしているんだ」
すかさず報道陣から質問が飛ぶ。
「世界一というのはどういう事でしょうか?」
王子監督は待ってましたと言わんばかりの笑顔で答える。
「エンドロールの長さだよ。今までの世界記録の倍近くある」
観客の反応はいまいち。それはそうだろう、映画好きなら最後まで作品として鑑賞するという人もいる。しかし、好き好んでエンドロールを観ようと言う人間は稀有だろう。
キャストにスタッフ、出資元・制作会社等の名前が延々に流れ続ける。退屈以外の何物でもない。実際にエンドロールが流れ始めたら席を立つ人も少なくない。
会場の空気を見て王子監督が言う。
「もちろん最後まで楽しめる作品になっています。エンドロールだからって俺は手を抜かない。何なら本編よりも面白いと思う人間だっているだろう」
この言葉で会場の空気は変わった。
「それじゃ、最後まで楽しんでくれ」
――暗転。
会場が闇と一瞬の静寂に包まれる――
スクリーンに映し出されたのは私と真希だった。
? 何だこれ??
何も判らない私だが、一つだけ言えることがある。
私はスクリーンに映る自分がこの後何を口にするかを知っている。
『う◯こはアンタよ!』
『私はう◯こじゃないわよ!』
私は顔を覆った。
エンドロールは、NGシーンを再構成して作った物語仕立てになっていて、面白いと思った。やはり王子監督は天才だと。
でもこれはあんまりだ。
最高傑作なのは間違いないが、色々と代償を払わされた気がする。
加えてスタンディングオベーションの会場に登場する私は、観客の中では「う◯こ」を連発していた女優としてしか印象に残っていないことだろう。
この事を知ったから真希は逃げたのだろう。私も知っていたら逃げたに違いない。
それでも無情に時は過ぎる。
「では今作のキャストの皆さんにご登場願います!」
司会の呼び込みの声がした――それ以降の記憶がハッキリとしいない。
しかし翌日、新田結衣と綾瀬真希の二人そろって検索急上昇ランキングのトップ2を独占。
二人そろって「う◯こ」が関連ワードの最初に来るようになっていた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる