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第二幕 映画撮影と超新星
ACT31
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だだっ広いスタジオでシェリルと――堀川汐莉と二人でみんなの集まるのを待った。2時間もだ。
みんなは40分もしないうちに集まった。
ただ一人を除いて。
言うまでもない。二時間の遅刻者は真希だった。
正確には一時間と二十分だが、私的には二時間なのだから二時間の遅刻で問題ないだろう。
「おはようございます。遅れてすみません」
顔を上げたまま挨拶と謝罪とを一度で済まそうとする魂胆が許せない。
「ちょっと――」
私の叱責を遮る形で堀川汐莉ことシェリル・マクレーンが割って入る。
「初めまして、綾瀬さん。堀川汐莉です! お願いします」
シェリルは今日集まったキャスト全員に対して同様に頭を下げていた。
新人らしさと言うか新人にしか見えなかった。
前以ってその素性を知らされていなかったら、やる気が空回りしている可愛い新人さんとしか思わなかったことだろう。彼女が世界的女優――シェリル・マクレーンなどとは微塵も疑わなかった事だろう。
「ふーん……新人ねぇ……」
普段は誰に対しても笑顔の真希が、珍しく素で対応している。
シェリルの勝田に気付いたのか? いや、だったら今とは正反対の反応を示すだろう。なんたって世界的女優――あの、シェリル・マクレーンなのだから!
「監督。始めましょうか」
「いいのか?」
「何がです? 遅れた分も早くお話し始めた方がいんじゃないですか?」
「……そうだな」
少しぎくしゃくした雰囲気を感じたのは私だけではないだろう。
斜め前に座り、台本を捲る草薙さんの目線が時々真希へと向けられている。
私の隣に座った俳優――太刀川慶は、肩を抱きながら「やっぱり真希ちゃんは色っぽいなぁ」などと鼻の下を伸ばしていた。茶化しているのか本気なのかわからない。おそらくは後者だろう。
て言うか……
「何気安く触ってんだ、コラ」
「怖いなぁ結衣ちゃん。僕らの仲だろ?」
「キモイからマジでやめてくんない。最悪」
彼の手を払い除けて彼の手の振れていた部分を払う――「祓う」という方がしっくりくるかもしれない。
名前を売るために私を利用したゲス野郎が――
わざと写真を撮られる事で名前を売った。そいて売れているのが腹立たしい。でも一番許せないのは私自身――一瞬でもこんなゲス野郎の事を愛し……――好意を持っていた事が許しがたい。
だからと言って感情のままにコイツの顔面にパンチをお見舞いしたらマスコミの鴨にされるのがオチだ。
この苦痛に耐えるしかないのか。頭痛がしてきた。
はぁ……嫌悪感を前面に押し出したため息もゲスには効果がないようだ。
「失礼。話があるんだけど……お隣いいかな?」
「もちろんです!」
私はゲス野郎を突き飛ばして倒れたパイプ椅子の座面を手で払い、「どうぞ」と勧めた。
「なんだよお前」
突っかかるゲス野郎などどこ吹く風な態度で「君は確か……太刀川君だよね。事務所はブレイクカンパニーだったっけ? 教育が行き届いてないなぁ。僕、一応先輩なんだけど?」と笑顔で話す。しかし彼の言葉には有無も言わさぬ威圧感があった。
チッ――と、舌打ちして離れた席にゲス野郎は座る。
私をゲスから解放してくれたのは共演者の桐谷塔司だった。
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ」
屈託のない笑みはその言葉が本心から出たものだと直感的に感じる。
いい人そうだな。よかった。真希とかゲスの所為で、この撮影どうなることかと思ってたけど、この人とは仲良くやれそう――、
「あっ、そう言えばお話ってなんですか?」
「ん? ああ、そうだったそうだった」
と、世間話のように切り出した。
「堀川って子――あれ、シェリル・マクレーンだよね?」
バクバク心臓がうるさい。
誤魔化さねば、誤魔化さねば――
じっと、私の挙動を注視していた彼は小さく息を吐くと、
「答えなくていいよ。どうせ彼女が無茶言ったんだろ」
と、楽しげに笑った無邪気な彼に釣られて私も小さく笑った。
そんな私たちをシェリルが不思議そうに見ていた。
みんなは40分もしないうちに集まった。
ただ一人を除いて。
言うまでもない。二時間の遅刻者は真希だった。
正確には一時間と二十分だが、私的には二時間なのだから二時間の遅刻で問題ないだろう。
「おはようございます。遅れてすみません」
顔を上げたまま挨拶と謝罪とを一度で済まそうとする魂胆が許せない。
「ちょっと――」
私の叱責を遮る形で堀川汐莉ことシェリル・マクレーンが割って入る。
「初めまして、綾瀬さん。堀川汐莉です! お願いします」
シェリルは今日集まったキャスト全員に対して同様に頭を下げていた。
新人らしさと言うか新人にしか見えなかった。
前以ってその素性を知らされていなかったら、やる気が空回りしている可愛い新人さんとしか思わなかったことだろう。彼女が世界的女優――シェリル・マクレーンなどとは微塵も疑わなかった事だろう。
「ふーん……新人ねぇ……」
普段は誰に対しても笑顔の真希が、珍しく素で対応している。
シェリルの勝田に気付いたのか? いや、だったら今とは正反対の反応を示すだろう。なんたって世界的女優――あの、シェリル・マクレーンなのだから!
「監督。始めましょうか」
「いいのか?」
「何がです? 遅れた分も早くお話し始めた方がいんじゃないですか?」
「……そうだな」
少しぎくしゃくした雰囲気を感じたのは私だけではないだろう。
斜め前に座り、台本を捲る草薙さんの目線が時々真希へと向けられている。
私の隣に座った俳優――太刀川慶は、肩を抱きながら「やっぱり真希ちゃんは色っぽいなぁ」などと鼻の下を伸ばしていた。茶化しているのか本気なのかわからない。おそらくは後者だろう。
て言うか……
「何気安く触ってんだ、コラ」
「怖いなぁ結衣ちゃん。僕らの仲だろ?」
「キモイからマジでやめてくんない。最悪」
彼の手を払い除けて彼の手の振れていた部分を払う――「祓う」という方がしっくりくるかもしれない。
名前を売るために私を利用したゲス野郎が――
わざと写真を撮られる事で名前を売った。そいて売れているのが腹立たしい。でも一番許せないのは私自身――一瞬でもこんなゲス野郎の事を愛し……――好意を持っていた事が許しがたい。
だからと言って感情のままにコイツの顔面にパンチをお見舞いしたらマスコミの鴨にされるのがオチだ。
この苦痛に耐えるしかないのか。頭痛がしてきた。
はぁ……嫌悪感を前面に押し出したため息もゲスには効果がないようだ。
「失礼。話があるんだけど……お隣いいかな?」
「もちろんです!」
私はゲス野郎を突き飛ばして倒れたパイプ椅子の座面を手で払い、「どうぞ」と勧めた。
「なんだよお前」
突っかかるゲス野郎などどこ吹く風な態度で「君は確か……太刀川君だよね。事務所はブレイクカンパニーだったっけ? 教育が行き届いてないなぁ。僕、一応先輩なんだけど?」と笑顔で話す。しかし彼の言葉には有無も言わさぬ威圧感があった。
チッ――と、舌打ちして離れた席にゲス野郎は座る。
私をゲスから解放してくれたのは共演者の桐谷塔司だった。
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ」
屈託のない笑みはその言葉が本心から出たものだと直感的に感じる。
いい人そうだな。よかった。真希とかゲスの所為で、この撮影どうなることかと思ってたけど、この人とは仲良くやれそう――、
「あっ、そう言えばお話ってなんですか?」
「ん? ああ、そうだったそうだった」
と、世間話のように切り出した。
「堀川って子――あれ、シェリル・マクレーンだよね?」
バクバク心臓がうるさい。
誤魔化さねば、誤魔化さねば――
じっと、私の挙動を注視していた彼は小さく息を吐くと、
「答えなくていいよ。どうせ彼女が無茶言ったんだろ」
と、楽しげに笑った無邪気な彼に釣られて私も小さく笑った。
そんな私たちをシェリルが不思議そうに見ていた。
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