転校生は朝ドラ女優!?

小暮悠斗

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第一幕 転校生は朝ドラ女優!?

ACT2

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「結衣、結衣ッ! 起きて、起きなさい! 今日は九時入りでしょ。もう八時よ!」

 枕元で騒ぐ声。マネージャーの高野たかのさん? 私はまだ、羽毛布団にくるまり、その柔らかな肌触りを堪能しているというのに。

 部屋にはまだ読みかけの雑誌やら買ったまま放置された洋服やらが山積み。正規のルートを通らなければ部屋の最深部であるベッドには到達できない。

 高野さんは器用に部屋の中を縫うように歩行しながら私の仕事用の携帯を探す。

「早くしないと通勤ラッシュとぶつかるわ! 早く起きて」

「昨日の撮影長引き過ぎだよ~」

 はぁ……しょうがない、行きますか。私はユーリ様(アニメのキャラクター)がプリントされた布団カバーを足で跳ね上げる。

「私はあなたを家に送り届けてから一時間かけて自分の家に帰ったのよ」

 心底疲れたといった様子の高野さんが零す。

 手には私の携帯が握られている。どうやらスーツケースの中に入っていたらしい。確かあのスーツケースは先週ドラマの撮影で地方に行った時のものだ。九州だったか四国だったか取り敢えず西の方。海がきれいだった気がする。

 帰ってきてから一週間近く開けられていなかった。


 それにしても高野さんの仕事って大変。でも今日一番大変なのは専属メイクのコウちゃんかも。今日はグラビア撮影があるからコウちゃんに目の下の隈を隠してもらわないと……頑張って光ちゃん。


「はい、これ」

「ん、うん」


 まるで熟年夫婦のような呼吸で私と高野さんは支度する。
 次々と渡される下着と洋服を受け取り、それらを身に着けていく。

「髪とメイクはあっちに着いてからでいいから、顔だけ洗って来て」と言いながら高野さんは忙しなく動いている。

 私は頷いた。

 それよりも私のプライベート携帯は? どこ? あれには大切な情報がたくさん入っているのに。ベッドの下に腕を滑り込ませてみるもほこり以外には何も掴めない。フローリングの床の木目に沿って視線を移動させると―あった! 私の携帯!

 いつもはこんなに早くは見つからないのに。高野さんは私の携帯を鳴らすためにすでに自分の携帯を手にしていたが私を一瞥するとそっと携帯を仕舞った。


 私はジャイアンツのキャップを被ると素早く携帯を拾い上げ部屋を後にする。


「まったく、貴女はいつもギリギリで動くわね。よく今までこの業界でやって来られたわね。本当に奇跡よね」

「私だって仕事がもう少し早く終われば余裕で早起きだってできるのよ。それにお母さんが家に居る時はちゃんと余裕をもって準備できているわ」


 眉間に綺麗な最上川が生まれる。
 怒っているわ。物凄く。
 高野さんは私のお母さんのことが嫌いなのだ。

 高野さんはお母さんが私の稼いだお金で豪遊していると思っている。確かにお母さんは身に付けるものすべてブランド物で統一しているし、何かとパーティーと名のつくものには顔を出したがるけど高野さんが思っているほどではない。それに私にとっては最高のお母さん。ちょっと浪費家だけど私の稼ぎを考えれば可愛いもの。

 でも高野さんの前では口にしない。余計に怒るから。


「ところで、今日はお母さんが送って行ってくれるものだと思っていたんだけど?」

 私は尋ねた。

「ええ、私もそう思っていましたよ。今朝あの人から連絡を貰うまでは」

 高野さんは呆れた様子で溜息を吐く。
 そう言えばお母さんはテニススクールに最近通い始めた。週に二回。確か……今日がその日だ。

「そんなくだらないことで自分の娘の仕事の付き添いを私に押し付けたと?」

 しまった!? 声に出してしまっていたらしい。
 まあまあ、と高野さんを宥めながら私は洗面所へと素早く向かいこれまたユーリ様がプリントされた歯ブラシで歯を磨く。
 ああ~ん、ユーリ様に口の中見られちゃってるぅ~! キャー!!

 あっ、高野さんの冷たい視線が――、

「貴女また、変な妄想していたわね」

「失礼な! 乙女の恥じらいを妄想だなんて」

「二次元に恥じらいを抱く女性を私は乙女とは認めないわ」


 ひどい。私はただユーリ様が好きなだけなのに……。高野さんは私の趣味を理解はしてくれないけど口出しはしない。尊重してくれている。広報担当の松崎さんなんか「アニメオタクなんて世間にばれたら新田結衣のイメージがぁぁぁ」と発狂していた。ちなみにお母さんには私の趣味のことは話していない。何故かって? そんなの決まってる――怒るから。


 そうしているうちに刻々と時間は過ぎていく。


「……って、もうこんな時間! 結衣、早く! 急いで!」

「はいはーい」


 どたばたと寝起きの身体に鞭を打ち玄関まで走る。
 私がカグラ様(ユーリ様の相棒)のプリントされた靴を履こうとしたら高野さんがカグラ様を取り上げてしまう。


「ちょっと、高野さん。急がないといけないんでしょ」

「こんな靴を履いて行ったら問答無用で松崎さんに可燃ごみとして処分されるわよ」


 仕方なく私は何とかというブランドのスニーカーに足を通すと靴紐を結ぶ。


「貴女も、もう少しブランドものに関心を持つべきね」


 そんなこと言ったって興味がないのだから仕方がない。
 それに身に付けるものはCMをしているブランドやテレビで紹介したお店から消費しきれないほどの洋服やら靴やら下着やらが次々に届くものだから自分で衣服を買ったのがいつのことだったか正直覚えていない。

「靴は履いたわね」

 私が靴を履いたのを横目で確認すると、高野さんはまくしたてるように、「今日の予定はスタジオでの撮影が午後三時まで、それから茨城に向かってまた撮影。後移動時間に電話取材が一本入っているわ。OK?」と今日の流れを確認する。

「OK! 了解したわ」

 玄関を出ると丁度お母さんが帰ってきたところだった。

「あら、結衣もう出るの? ママが起こそうと思っていたのに」

 高野さんは何か言いたげだったが言葉を飲み込むと、「行ってきます」と一言告げるとそそくさと車に乗り込んでしまった。

「じゃあ、お母さん。行ってきます」

「気を付けてね」



 手を振るお母さんはどこから見ても四十代には見えない。
 たまに姉妹と間違われるほどだ。
 私が車に乗り込むのを確認すると高野さんはアクセルを踏む。

 いつもよりもお母さんが小さくなるのが速い気がする。
 チッ、と高野さんの舌打ちが聞こえる。
 高野さんは大きく息を吐くと私に聞こえるか聞こえないかという様な声で、


「結衣には悪いけど私はあの人のこと好きになれない。いつも結衣のためとか言って色々口出ししてくるし……」

「口出しって?」

「この前もうちの子にはもっと大人っぽい格好をさせた方がいいと思うのとか、ちゃんと関係者に売り込みはかけているのかとか好き放題言ってたわ」

「ごめんなさい。お母さんが……」

「いや……そんなつもりじゃ……」

 言いよどむ高野さんの姿は何だか新鮮だ。ちょっとからかってみようかしら。

「いいのよ。きっとお母さんは稼げるうちに稼いで悠々自適な生活を送りたいだけだから。私は所詮お母さんの夢をかなえるための道具に過ぎないのよ……」

 高野さんは、運転しながらもバックミラー越しに私の様子を窺っている。

「そんなことないわよッ!?」

「大丈夫~。知ってる」

「もうッ――」

 高野さん面白いくらい簡単に私の演技に引っかかってくれた。

「また大人をからかって」

「だって高野さん表情がコロコロ変わって面白いんだもん」

「私は今みたいな貴女をマネジメントしたいのよ」

「ん、何の話?」

 高野さんは煙草代わりのぺろぺろキャンディーを咥える。


「貴女のこれからの方向性についてよ。事務所は現状維持を望んでいるわ。少しずつスキルアップしていけばいいって。でも、貴女のお母さんは今すぐにでも新しい役柄をやらせたいみたいね。具体的にはシリアスだったりセクシーだったり、そんな感じのヤツ」

 私はシリアスかつセクシーな自分を想像してみた。

 ……うん、ダメね。想像できない。そう言えば今まで貰った役にはコメディチックな要素が含まれていた気がする。昨年主演した朝ドラに至っては女優を目指して田舎から上京するも紆余曲折うよきょくせつを経て芸人を目指すというコメディ要素満載の作品だった。


「私はまだ十六歳よ。年相応の役がやりたいし性格も私と近いものがやっていて楽しいもの。それにセクシー路線って真希の後を追っているみたいで嫌だわ」

「あれは彼女のイメージ戦略よ」

 高野さんは笑う。

 そんなことはわかっている。私も今のままでいいなんて思ってはいない。演技の幅がないのは自覚している。何とかしたいとも思っている。でも打開策はない。完全に私は行き詰っていた。

 まだ十六歳? それとも、もう十六歳? 子どもでもなければ大人でもない。すごく曖昧な存在。子役時代の面影を残しつつもそれだけでは通用しなくなる。そうして淘汰とうたされて残ったほんの一握りが女優として喝采を浴びることができる。私はその瀬戸際にいる。

 まだ需要はある。知名度は高いし、何せ「なりたい女性ランキング7位」ですから。
 でもネットでは「二流女優」だの「何をやっても新田結衣は新田結衣」などと散々書き下ろされている。

「やっぱり私、今のままじゃダメだよね」

「どうしたの結衣? 貴女らしくないわね」

 高野さんはバックミラー越しに私のことを見ている。
 私はミラー越しに高野さんと見つめ合う。

「何かしら?」

「高野さん。ちゃんと前見て運転してください」

 高野さんは間をおいて答える。

「大丈夫よ。見事なまでに渋滞に嵌まっちゃったからしばらく動けないわ」


 笑い事ではないはずなのだが高野さんは余裕といったようすで呑気に笑っている。
 私も高野さんに便乗することにした。

「流石に遅刻ね。でも私がいないと撮影始まらないし、台本覚えるのが苦手な真希のために猶予を与えていると思えば気が咎めることもないわね」



 プッ、と吹き出すように高野さんが笑う。

 口を手で覆いながらカーナビをDVDに切り替えて、映画「プラダを着た悪魔」を見始める。今月だけで五回目。

 到着まで映画一本分。時間ができた私は、プライベート用の携帯を取り出して親友の蒼井瑞樹あおいみずきとメールをすることにした。瑞樹は業界の子じゃない唯一の友達。瑞樹のお父さんはテレビにも出ている弁護士で、トークもタレントさん並みにこなすから各局から引く手あまたらしい。弁護士としての腕も確かで私自身も顧客の一人。その縁で瑞樹と友達になった。


『起きてる?』

『何か用?』

『用ってわけじゃないんだけどさ、瑞樹は今何をしているのかなって』

『私はねぇ~。今、調子乗ってる馬鹿な男子どもの陳腐なプライドをことごとくへし折ってやってたところ❤』

『瑞樹今何やってたけ? ボクシング? レスリング?』

『ううん、今は柔道やってるよ~。黒帯取れたしそろそろやめようかなぁ~』

『ほんと才能の無駄遣い。何か一つに集中すればオリンピックとか狙えそうなのに~。残念』

『私のはただの器用貧乏だよ。たかが知れてるってwwwそれより食事にでも行かない? いつものところ』

『OK!! あっ……でも帰り夜になるかも……七時とかでも大丈夫?』

『わかった! 七時まで男子投げて時間潰しとくね!』


 スマホの操作を終える。




「あっ、結衣、松崎さんから伝言よ。インタビューの内容確認しておきなさいって。今日あの人こっちに来られないみたいだから」と高野さん。

 少しずつ車は前進している。プラダを着た悪魔はいつの間にかナビゲーション地図に切り替わっていた。

「わかってるって。散々言われてきたんだから。ドラマのネタバレ禁止に、プライベートな質問には答えるな、でしょ?」


 私は十六歳にして芸歴十二年。そのくらいのことは心得ている。
 高野さんはミラー越しにジロリと視線を向ける。

「結衣、貴女インタビュアーは皆優しいって勘違いしてない? 皆すぐ手の平返しでバッシング始めるんだから」

 高野さんはため息交じりに口にする。


「大丈夫! 私もプロだから」

 高野さんは何か言いたげだったが「そうね」と一言口にすると視線を前へと戻した。
 でも、松崎さんや高野さんの心配もわかる。

 確かに、最近の私への取材は一は当たり障りのない話でも唐突に話題を変えて探りを入れてこようとするインタビュアーやリポーターが増えた。そしてよく耳にするフレーズがある。「綾瀬真希さんに相談したりはなさらないんですか?」なんて聞いてくるの。相談なんてするわけない。どうせ真希が「結衣は私には相談してくれないの~」なんてことをペラペラ喋っているのだろう。相談なんかしたくもないし、真希もされたくないだろうけど。



 私のゴシップのネタ元の殆どが共演者しか知り得ないものである。
 新田結衣の新恋人は共演俳優か! とか、人気芸人との密会!? とか、全部デマだけどそのすべてにかかわっているのが真希である。


 あ~もう! 真希のせいで――


「頭が痛い……」

「もしかして風邪? 気を付けてよ。大事な時期なんだから」

「大丈夫。体調管理ちゃんとしてるし。でも、真希のせいでストレス溜まってるかも」

 私は胸の前で腕を組んだ。

「体もだけど失言にも気を付けてね。貴女、頭に血が上ると後先考えずに発言することがあるから、真希なんて意地の悪い子は勝手に自滅してくれるわよ。」



 高野さんは言い切る。


「了解」私はうんざりしながら頷いた。

「とにかく次に何を話すのかきちんと冷静に判断すること」

「は~い」

 何かお母さん(テレビで見る)みたいな話し方の高野さんに返事をしながら私は心のどこかで思っていた。大丈夫だと。


「到着したわよ。くれぐれも私の言ったこと忘れないでね」

「わかってるって」

 さぁ、今日も一日頑張りますか。
 私は気合いを入れるために頬を軽く叩いた。
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