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第三章《文庫本のメッセージ》
#1
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ひっきりなしに台風が日本列島に接近し、交通機関をストップさせてしまう。
通勤途中の読書を阻む季節、秋。
何を以て「読書の秋」などと言う言葉が生まれたのか。一昔前ならば、陽が昇っているうちに停電になってしまえば、読書くらいしかすることが無かっただろう。
しかし今は娯楽に溢れた時代だ。何かしら退屈を紛らわす物はある。
夜に停電なんかされたら読書ができない。
むしろ読書以外の娯楽が火を噴く。
停電の夜はシオリも電子書籍の恩恵を受けている。
シオリはあくまでも読書の時間は譲らない。
だが紙媒体の本を読みたい。そう思う人間は少なからずいるだろう。
確かに電子書籍は便利だ。実体がないから嵩張らないし、スマホがあれば、いつでもどこでも読むことが出来る。文明の利器。
それでも本には電子書籍にはない良さ――味がある。
嵩張るし、重いし、傷みやすい。
電子書籍と比べると欠点も多い。それでも紙媒体だからこそ――実体があるからこそ出来る事がある。
シオリはそのことを痛感した出来事を思い返した。
あれは、夏休みが終わり、大学の後期受講が始まってすぐの出来事だった――。
***
「貸出お願いします」
約束通り、夏休みが終わるとフミハルは図書館にやって来て住野よる著作の『君の膵臓を食べたい』をカウンターに置く。
「言われてた作家の本ですよね、これ?」
「一作目から読むとは感心」
「Bookメーターで評判見て決めました」
頭を掻き、額に滲んだ汗を拭った。
「読みやすいと思う」
それだけ言って貸出処理をする。
フミハルの貸し出し記録がパソコン画面に映し出される。
貸し出し記録:棚本フミハル
『ストア派のパラドックス』 著 マルクス・トゥッリウス・キケロ
『君の膵臓を食べたい』 著 住野よる
まだたったの二冊。
けれどもその二冊とも、シオリの勧めで借りた本だと思うと少し――かなり嬉しい。
一冊目はレポート用の本だったから、面白さと言うよりも実用性を重視した。今度はエンタメ系だから楽しんでもらえるだろう。
しかし、好みは人によって分かれる。もしかしたら読破できないかもしれない。
もしそうなったとしても、本を薦めることはやめないでおこう。少しでも自分の趣味を理解してもらいたい。そんな気持ちになるのはシオリがフミハルに特別な感情を抱いているからなのか。色恋沙汰にはかなり疎いシオリにはわからなかった。
「シオリさん?」
「……あ、貸出期間は二週間です」
「どうもです」
本を受け取るとフミハルは何か言いたげな表情で逡巡した後、一息ついて笑み浮かべた。
「また来ます」
「うん」
喉に小骨が引っかかったような、得も言われぬ気持ちにモヤモヤが積もる。
シオリは近頃、読書以外に気を使っている。
めんどくさい。
なんでこんなにも気を揉まなくてはいけないのか。
考えはまとまらない。
すでに投げやりになりつつあったシオリは、表情そのままに手を振ってフミハルを見送る。
問題の先延ばしに他ならなかった――。
「あの~、すいません」
カウンターにいるシオリに声が掛けられる。
「はい、何かありましたか?」
声に振り返ると、そには見知った顔があった。
「どうかしました?」
帯野アキラ。フミハルの同級生で、夏休みに彼のアルバイト先である書店にて起こった万引き(偽装)事件で顔見知りとなった青年だ。
「それが、本が見つからなくて」
「本が見つからない?」
書架は間違っていないのか? そう問うよりも早くアキラは、
「書架も図書番号も確認して探したんですけど、見つからないんですよ」
自分でやれるだけの手は尽くして探したが、見つからないので司書に助けを求めに来たようだ。
はて? とシオリは頭を捻る。
夏休み前に確認した限りでは所蔵図書は所定の書架にきちんとおさめられていた。
そもそも本を借りに来る学生がほとんどいないので書架を直す必要もほとんどない。
だから、誰かが一度手に取った本を、誤って違う場所に直したという事は考えにくい。
そもそも、今日はまだフミハルとアキラ以外に来館者はいない。
「おかしい。棚本くん書架いじった?」
フミハルに濡れ衣を着せてみる。
「い、いじってないですよ!?」
「ほんとかフミハル?」
「シオリさんはいいけど、お前から疑われるのはなんかムカつく!」
「人によって態度を変えるのはよくないぞ」
「どうかしました?」
カウンターの奥からシオリに声が掛かる。
「本田さん」
「「誰?」」
フミハルとアキラの声が重なる。
「司書の本田ショウスケさん。私の先輩」
シオリの紹介に、ショウスケは頭を下げる。
釣られるようにフミハルとアキラも頭を下げた。
二人は「あんな人いたか?」と首を傾げている。
二人の記憶にないのも無理はない。ショウスケは基本的に裏方仕事に徹していている。滅多なことでは表には出てこない。業務時間は書庫に籠って出てこない。一日顔を合わさないことも珍しくない。
同僚ですら毎日顔を合わせることはない。そんなツチノコみたいな存在を入学して半年の学生が知らなくても何ら不思議はない。
しかしそれも人気のまるでないこの図書館だから成立しているに過ぎない。他所の図書館だったら間違いなくクビを言い渡されている。
「……本田です」
ギリギリ聞き取ることのできる音量でシュウスケが名乗る。
それから黙って二人を見やる。
そのことに気が付き、フミハルとアキラも名乗る。
「帯野アキラです。一年生です!」
「棚本フミハルです。こいつと同じ一年です」
「何でもいいけど、ここ図書館」
司書としての職務は忘れていないらしいショウスケ――と思ったが、おそらくは、ただうるさいのが気に障るという、私的感情によって行われた注意だった気がする。
本田ショウスケとはそういう人間だ。
シオリもその人間性については何も知らないと言うのが実情ではあるが。
それでも、目上の大人にお叱りを受けた学生二人は、素直に頭を下げる。それから話を本筋へと戻す。
「本が見つからないんですよ」
「本が見つからない?」
オウム返しにアキラの言葉を返すショウスケ。
しばらくテーブルを指で叩きながらなにやら考え事をして「何の本?」と尋ねた。
アキラは幾つかの本のタイトルを口にした。
その全てが文庫本であった。
出版社――レーベルが違う。そのくらいしか気づくことがない。
複数のレーベルの文庫本が見つからない。一冊や二冊ならともかく、何冊もその所在が行方不明になるものだろうか。
「紙本さん。後の事はお任せします」
「わかりました」
ショウスケがこうした仕事を請け負わないであろうことは予想していた。
本探しを手伝うことなくショウスケは職員用の通路へと消えた。
「それじゃあ、本探そうか」
「そうですね」
「俺も手伝いますよ」
そして三人は本の捜索を開始した。
通勤途中の読書を阻む季節、秋。
何を以て「読書の秋」などと言う言葉が生まれたのか。一昔前ならば、陽が昇っているうちに停電になってしまえば、読書くらいしかすることが無かっただろう。
しかし今は娯楽に溢れた時代だ。何かしら退屈を紛らわす物はある。
夜に停電なんかされたら読書ができない。
むしろ読書以外の娯楽が火を噴く。
停電の夜はシオリも電子書籍の恩恵を受けている。
シオリはあくまでも読書の時間は譲らない。
だが紙媒体の本を読みたい。そう思う人間は少なからずいるだろう。
確かに電子書籍は便利だ。実体がないから嵩張らないし、スマホがあれば、いつでもどこでも読むことが出来る。文明の利器。
それでも本には電子書籍にはない良さ――味がある。
嵩張るし、重いし、傷みやすい。
電子書籍と比べると欠点も多い。それでも紙媒体だからこそ――実体があるからこそ出来る事がある。
シオリはそのことを痛感した出来事を思い返した。
あれは、夏休みが終わり、大学の後期受講が始まってすぐの出来事だった――。
***
「貸出お願いします」
約束通り、夏休みが終わるとフミハルは図書館にやって来て住野よる著作の『君の膵臓を食べたい』をカウンターに置く。
「言われてた作家の本ですよね、これ?」
「一作目から読むとは感心」
「Bookメーターで評判見て決めました」
頭を掻き、額に滲んだ汗を拭った。
「読みやすいと思う」
それだけ言って貸出処理をする。
フミハルの貸し出し記録がパソコン画面に映し出される。
貸し出し記録:棚本フミハル
『ストア派のパラドックス』 著 マルクス・トゥッリウス・キケロ
『君の膵臓を食べたい』 著 住野よる
まだたったの二冊。
けれどもその二冊とも、シオリの勧めで借りた本だと思うと少し――かなり嬉しい。
一冊目はレポート用の本だったから、面白さと言うよりも実用性を重視した。今度はエンタメ系だから楽しんでもらえるだろう。
しかし、好みは人によって分かれる。もしかしたら読破できないかもしれない。
もしそうなったとしても、本を薦めることはやめないでおこう。少しでも自分の趣味を理解してもらいたい。そんな気持ちになるのはシオリがフミハルに特別な感情を抱いているからなのか。色恋沙汰にはかなり疎いシオリにはわからなかった。
「シオリさん?」
「……あ、貸出期間は二週間です」
「どうもです」
本を受け取るとフミハルは何か言いたげな表情で逡巡した後、一息ついて笑み浮かべた。
「また来ます」
「うん」
喉に小骨が引っかかったような、得も言われぬ気持ちにモヤモヤが積もる。
シオリは近頃、読書以外に気を使っている。
めんどくさい。
なんでこんなにも気を揉まなくてはいけないのか。
考えはまとまらない。
すでに投げやりになりつつあったシオリは、表情そのままに手を振ってフミハルを見送る。
問題の先延ばしに他ならなかった――。
「あの~、すいません」
カウンターにいるシオリに声が掛けられる。
「はい、何かありましたか?」
声に振り返ると、そには見知った顔があった。
「どうかしました?」
帯野アキラ。フミハルの同級生で、夏休みに彼のアルバイト先である書店にて起こった万引き(偽装)事件で顔見知りとなった青年だ。
「それが、本が見つからなくて」
「本が見つからない?」
書架は間違っていないのか? そう問うよりも早くアキラは、
「書架も図書番号も確認して探したんですけど、見つからないんですよ」
自分でやれるだけの手は尽くして探したが、見つからないので司書に助けを求めに来たようだ。
はて? とシオリは頭を捻る。
夏休み前に確認した限りでは所蔵図書は所定の書架にきちんとおさめられていた。
そもそも本を借りに来る学生がほとんどいないので書架を直す必要もほとんどない。
だから、誰かが一度手に取った本を、誤って違う場所に直したという事は考えにくい。
そもそも、今日はまだフミハルとアキラ以外に来館者はいない。
「おかしい。棚本くん書架いじった?」
フミハルに濡れ衣を着せてみる。
「い、いじってないですよ!?」
「ほんとかフミハル?」
「シオリさんはいいけど、お前から疑われるのはなんかムカつく!」
「人によって態度を変えるのはよくないぞ」
「どうかしました?」
カウンターの奥からシオリに声が掛かる。
「本田さん」
「「誰?」」
フミハルとアキラの声が重なる。
「司書の本田ショウスケさん。私の先輩」
シオリの紹介に、ショウスケは頭を下げる。
釣られるようにフミハルとアキラも頭を下げた。
二人は「あんな人いたか?」と首を傾げている。
二人の記憶にないのも無理はない。ショウスケは基本的に裏方仕事に徹していている。滅多なことでは表には出てこない。業務時間は書庫に籠って出てこない。一日顔を合わさないことも珍しくない。
同僚ですら毎日顔を合わせることはない。そんなツチノコみたいな存在を入学して半年の学生が知らなくても何ら不思議はない。
しかしそれも人気のまるでないこの図書館だから成立しているに過ぎない。他所の図書館だったら間違いなくクビを言い渡されている。
「……本田です」
ギリギリ聞き取ることのできる音量でシュウスケが名乗る。
それから黙って二人を見やる。
そのことに気が付き、フミハルとアキラも名乗る。
「帯野アキラです。一年生です!」
「棚本フミハルです。こいつと同じ一年です」
「何でもいいけど、ここ図書館」
司書としての職務は忘れていないらしいショウスケ――と思ったが、おそらくは、ただうるさいのが気に障るという、私的感情によって行われた注意だった気がする。
本田ショウスケとはそういう人間だ。
シオリもその人間性については何も知らないと言うのが実情ではあるが。
それでも、目上の大人にお叱りを受けた学生二人は、素直に頭を下げる。それから話を本筋へと戻す。
「本が見つからないんですよ」
「本が見つからない?」
オウム返しにアキラの言葉を返すショウスケ。
しばらくテーブルを指で叩きながらなにやら考え事をして「何の本?」と尋ねた。
アキラは幾つかの本のタイトルを口にした。
その全てが文庫本であった。
出版社――レーベルが違う。そのくらいしか気づくことがない。
複数のレーベルの文庫本が見つからない。一冊や二冊ならともかく、何冊もその所在が行方不明になるものだろうか。
「紙本さん。後の事はお任せします」
「わかりました」
ショウスケがこうした仕事を請け負わないであろうことは予想していた。
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