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第一章 恋愛編

第34話 別れ

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 私と拓弥君は、新田さんのはからいで夕涼みの丘公園で再会を果たした。

 私達の話は、大学時代に交わした将来の話だった。

 その会話の最中。突然恵美さんが姿を現したのであった…。

「ちょっと、真由さん。これはどういうつもり?この前、拓弥といる時に近づかないでと言ったはずよ!」

 恵美さんは、怒りの形相で語気を強めて私に言い放った。

 私は、その剣幕に圧され、恐怖で震えそうになる。

 直ぐさま拓弥君が私を守ろうと間に入ってくれていた。

「恵美。もう先日話したはずだぞ!それにお前は、卑怯な手を使って俺や真由のことを傷つけた。お前に真由を非難する資格なんてない!」

「真由さん。拓弥まで引き込むなんて…許さない!許さないわ!」

 恵美さんは、拓弥君の言葉に逆上すると、バッグからナイフを取り出してこちらを睨みつけていた。

「恵美!何してる!落ち着け!その手に持っている物をおろすんだ!」

「きゃあ!」「ナイフ持っている!」

 周りにいる関係ない人々も恵美が大騒ぎしていて、その異変に気づき、慌てて逃げ出して行く…。

「おい!?どうした?」

 新田さんも騒ぎに気づいて駆けつける。

「恵美さん。深呼吸して落ち着こう。物騒なものを下ろすんだ。今なら問題にならないで済ませられるから。四人で話し合おう。」

 新田さんは、恵美を刺激しないように優しく説得している。

「いやよ!どうせ私から拓弥を取り上げるつもりなんだわ!私は拓弥を誰にも渡さないわ!」

 恵美さんは興奮していて、新田さんの説得も聞き入れる様子はない。

「恵美、まだそんなことを!?とにかく落ちつくんだ。」

 拓弥君も冷静になるように彼女に呼びかけた。
 
「拓弥が手に入らないなら、真由さんも拓弥も殺して、私も死んでやる!」

 恵美さんは、興奮状態で、もう周りの声が届いていないように見える。

 ついに恵美さんは、動き始めた。

 右手に振り上げたナイフを街灯の灯りが照らしていた。

 彼女は、そのまま拓弥君と私に向かって突進してきたのである。

「危ない!」

 その瞬間。

 私と拓弥君の前に誰かが立ちはだかった。

《グサッ!》

「な、何で邪魔するのよ!」

 恵美さんは、そう怒鳴りつけた後に、慌てて走り去って行ってしまった…。

 ほんの少しの間。

 辺りは静寂に包まれる。

(あれ?何があったのだろう?状況がよくわからないよ…。)

《ドスン!!》

 誰かが倒れる音がする…。

「おい!しっかりしろ!新田さん!」

「新田さん?えっ?」

 拓弥君の発する大声によってようやく倒れているのが新田さんであることに気づく…。

 新田さんは、首筋を強く切りつけられた様で、激しく出血していた。

 新田さんは、恵美さんから私達を守る為に身を呈して立ちはだかり、代わりにナイフによる攻撃を受けてしまったのであった。

「きゃあ!」「刺されたぞ!」「人が倒れてる!」

 一部始終を見ていた人々が悲鳴混じりに騒いでいる。

「新田さん!どうしてこんなことに…。新田さん、しっかりしてください!」

「真由!落ち着け!今はできることを精一杯やるぞ!今は時間が惜しい。新田さんは、出血が酷いんだ。でも、俺は右手が使えない…。真由が圧迫して止血してくれ!」

「わ、わかった。やってみるわ!」

 私はハンカチを取り出して新田さんの傷の所に強く押し付けた。

 やはり、出血量が多く、みるみるうちにハンカチは赤く染まっていく。

 それでも、諦めずにしっかりと押さえつけている。

「誰か!救急車!救急車を呼んでくれ!それから、医者か看護師がいるなら助けてくれ!」

 拓弥君は、大声を上げて助けを呼んでいた。

「真由…ちゃん…。」

 新田さんが少しだけ目を開けて、私に語りかけてきた。

「新田さん!」

「真由ちゃんが無事…で良かった…。」

「うん!新田さんのおかげで無事です。」

「そっか…最後に…真由ちゃん…助けられて…」

「新田さん!しっかり!しっかりしてください!」

「俺の分…まで…幸せに…なって…。」

「新田さん!新田さん!いやー!!」

 新田さんは、動かなくなった。

 大きく逞しい身体が横たわる。

「心臓も呼吸も止まっている!真由、どいて!」

 拓弥君は諦めずに、懸命に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返して彼を救おうとした。

 しばらくして、たまたま居合わせた医師が現れて、拓弥君と交代で心肺蘇生を行った。

 やがて、救急車が到着し、対応してくれた医師と一緒に私たちも救急車に乗り込んだ。

 その間も彼の反応はなかったが、それでも救命措置は続けられた。

 最寄りの病院に到着し、彼は治療を受けることになった。

 私と拓弥君は、回復を祈りながら待合室で待つことにした。

 やがて、医師に呼ばれて処置室に入ると、そこには血の気を失い、安らかな表情で目を閉じている新田さんがいた…。

 私は、大きな声で泣き崩れた。

 絶望の雨が数百回打ちつけても足りないほどの絶望と悲しみが押し寄せてきたのだ。

 私は、拓弥君に支えられなければ立っていられなくなり、身動きが取れなくなってしまった。

 新田さんは息を引き取ってしまった…。

 彼は最後まで私のことを想い、大切にしてくれていた。

 私は、新田さんではなく、拓弥君を選んだのに、それでも私のために、私の幸せを優先して身代わりになってくれたのだ。

 私は、そんな新田さんに何かしてあげられたのだろうか…。

 彼の真っ直ぐな愛情に報いるようなことをしてあげられたのだろうか…。

 悲しみが溢れ出て止まらない夜を過ごした。


◇◇◇

 翌日、警察からの事情聴取を受けた。

 私は、恵美さんとのことや事件のことを包み隠さず伝えた。

 その後恵美さんは、新田さんを殺害した罪で逮捕されたと聞いた。

 新田さんの葬儀には、私と拓弥君が新田さんの実家がある岩手県まで伺った。

 葬儀では、泣き崩れているご両親やご兄弟の様子を見て、心がとても締め付けられた。

 そして、ご両親に対して深々と頭を下げていた佐々木先生と、元妻の姿が印象的だった…。
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