上 下
15 / 51
第一章 恋愛編

第15話 病室にて

しおりを挟む
 私が骨折の治療を受けている間、彼の手術は既に始まっていた。

 私は治療を終えた後、手術室の待合室で結果を待つことにした。

 待ち時間は、時間の流れが遅く、長く感じられた。

 その間には、「手術が失敗した場合、どうしよう。」とか、「彼が命を落とした場合、どうしよう。」といった、ネガティブな思考が次々と湧き上がり、精神的に追い詰められた。

 私は不安定で、意味もなく立ち上がったり、座ったりを繰り返していた。

 彼の一大事に何もできない自分の無力さに苛まれた。

 医師が優秀であることを聞いているため、信頼し、ただ待つしかないことを理解していたが…。

 今回の震災の影響で、病院は多くの怪我人を受け入れ、関係者の方々には頭が下がる思いだった。

 病院の壁や床には大きな亀裂があり、この地域全体が大変な状況にあったことが理解できた。

 手術室の扉が開くと、看護師がベッドの前後について移動していた。

 ベッドには、頭に包帯を巻いた拓弥君の姿があった。

 その後に、執刀医が現れ、私は拓弥君のそばに駆け寄った。

 拓弥君は、麻酔が効いているため、まだ目は閉じたままだった。

 しかし、前に見た辛そうな表情ではなく、付き物が取り除かれたかのような穏やかな表情をしていたため、安心した。

「手術は成功しました。頭の中に溜まっていた血は綺麗に除去しました。とりあえず命の危険は回避されました。ですが、脳の神経や組織に多少ダメージがありましたので、後遺症などの障害が起きていないか、今後も注視していく必要はあると思います。しばらくは入院して、必要ならばリハビリを行いながら社会復帰を目指すことになるでしょう」

「わかりました。先生、助けて頂きありがとうございました」

 病室の場所を聞いて後に続いて移動をする。

 松葉杖での歩行には慣れていなくて、ゆっくりのペースで後を追った。

 病室は個室で、入室して腰を下ろす。

 とりあえず、一命を取り留めたことに改めて安堵する。

 あの大地震で崩落に巻き込まれた際の二人の生存は、奇跡に近い幸運なことだったのかもしれない。

 私は骨折はしたものの、拓弥君と比較すれば軽傷の部類に入るだろう。

 後は、拓弥君が後遺症もなく無事に社会復帰できることを祈るばかりである。

 拓弥君はぐっすりと眠っている。

 麻酔の影響であることは理解しているが、疲労も相当なものだっただろう。

 拓弥君は私の足を気遣い、ずっと私を背負ったまま歩き続けてくれたのだから。

 確かに仮眠も取ったのだが、非常事態にあの地下では充分な休息には至らなかったことだろう。

「拓弥君、頑張ったよね!ゆっくり休んでね。」

 病室は静まり返り、私と拓弥君の二人きりの時間が流れていた。

 その静寂が、私の記憶を遡らせる。

 地下で仮眠をとる際、暖をとるために身を寄せ合って休んでいた時のことだ。

 彼の体温が私を包み込むようで、彼の手が私の手を守っていた。

 その瞬間、私は安らぎと安心感を感じた。

 たとえわずかな時間であったとしても、その瞬間が私の中で大切なものとなり、幸せな思い出として焼き付いていた。

 しかし、私が抱えるこの感情は、新田さんに対しての申し訳なさも引き起こす。

 それは、過去に交際していた人と行動を共にしていたことや、お別れしてからも密かに抱いていた感情についてだ。

 だからこそ、これからの未来を思うと、自然と深いため息が零れ落ちるのである。

 現状を客観的に見れば、私たちが交際相手であることを疑う人はいないだろう。

 しかし、現実はどうだろうか。

 私は拓弥君の友人であり、恋人としての立場ではない。

 私には新田さんがいて、拓弥君にも彼女がいると聞いている。

 私は、今後も拓弥君の傍にいて良いのだろうか?

 自分の立場と相手の立場を考え、心配で離れられない気持ちと自重すべきか悩み続けていた。

 混乱した思考が頭を巡る中、決断を下すことができなかったのである…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...