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第一章 恋愛編

第5話 転落

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「イタタ…。ここは…?」

 私は、身体中に広がる痛みとともに、意識が戻った。

 眼前に広がる光景は、暗がりに包まれた空洞の中に、私たちが倒れ込んだ様子だった。

 状況を理解する前に、拓弥君が私を守ってくれたことが脳裏に浮かんだ。

 彼は私を抱き締め、落下の衝撃から身を挺して守ってくれたのだ。私は再び、彼を探し始めた。

 拓弥君は私の下敷きになっていた。

 私たちは地震によって突然の落下を経験し、地下深くに放り込まれたようだった。

 幸い、私の怪我は軽く、ただ痛みが残るだけだった。

 頭上には、暗闇の先に見えるほんの少しの光があった。

 私たちは、少なくとも10mは落下したようだ。

「拓弥君!大丈夫?拓弥君!」

 私が彼を呼んでも、彼は反応が無かった。

 私たちが倒れ込んだ様子を察するに、彼が負った衝撃は相当なものだったと思われる。

 私は再び、彼を呼びかけた。
 
「拓弥君!拓弥君!」

 やはり彼は、私の呼びかけに反応しなかった。

 私は、涙がこみあげてくるのを感じた。こんな別れは本意ではなかった。

 私たちはもっと、話し合いたかった。
 彼に私のことをもっと知ってほしかった。
 しかし、それはもう叶わないのだ。

「何で私を守ってくれたのよ!」

 私は、彼に向かって問いかけた。涙が頬を伝って流れ落ちる。

「ゴホッ。咄嗟に身体が動いたんだ。理由なんかない…。」

「えっ…。」

 拓弥君は、生きていた。

 どうやら先程まで気を失っていただけだったようだ。

「何で泣いているんだよ…。人を勝手に殺すなって。」

「バカー!!」

 あまりにホッとし過ぎて、やはり涙が溢れてしまった。

 拓弥君と別れたばかりの頃は、毎日泣いてばかりいた。

 でも、卒業して社会人になってからは、泣いたことなんて一度もなかったのに…。

「三年ぶりの再会で『バカー』はないだろ?」

「もう…。身体の方は大丈夫なの?」

「全身を強く打ち付けたみたいで、あちこちが痛むよ。手足は…うん、大丈夫だ…動く。けど…頭と、肩がね。」

 頭の方は軽傷の様だけど、拓弥君が押さえている右肩のあたりは、傷を負っているようで服に血液が滲んでいた。

「血が出てるじゃない!見せて。」

 服をめくりあげて、肩の内側に位置する傷を露わにした。

 そこは皮膚がむき出しになっており、痛々しくも見る者を嘆かせる様相だった。

「拓弥君、お水ある?」

「ああ。あるよ。ちょうどジムに向かう所だったんだ。水とお茶があるよ。リュックにあるでしょ。」

 私は、水を使って傷口を丁寧に洗浄し、自らの手元にあったハンカチを慎重にあてがい、タオルで包帯代わりに巻き付けることで応急処置を行った。

「イテテ…。」

「これで良し!」

「お、おう。真由、ありがとう。」

 拓弥君は全身打撲を負っているように見えたが、命に別状はなさそうで安心した。

 地上からはかなりの距離があったので、無事であったことに改めて驚いたのである。

 この穴はおおよそ10メートルくらいの深さがあり、直下に転落した場合は、即死も考えられた。

 しかし、光が見える場所からの下降には斜面や平坦な場所もあったため、衝撃が多少軽減されたことや、拓弥君の背負うリュックが緩衝材として機能したこともあり、運が味方したのだろう。

「拓弥君。これって大地震が起きたからだよね。どうしよう…。」

「あの揺れは普通じゃ無かった。大地震で間違いないだろう。けど、この高さではよじ登るのは絶対無理だぞ。」

 地盤沈下で出来たたこの大穴は、結構な幅があり、そこそこ急な傾斜があり、自力で登っていくのは無理だろう。何か他の手段を考えないと…。

「助けを呼ぼう!近くに人がいるかも知れないし。」

「そうよね。」

「おーい!誰か!」「誰かいませんか?助けて下さい!」

 私たちは、ひたすらに声を張り上げて救助を求め続けた。

 しかし、一時間以上頑張ってみたが、誰一人呼びかけに応える人は現れなかったのだ。

 恐らくは大地震が実際に起こっており、街の至る所で似たような惨状が起こっているのかも知れない。

「あっ、スマホなら…。」

「ああ。そうだな。」

 しかし、頼みの綱のスマホの電波は、圏外を表示している。

 大地震で通信障害が起きているのか、地下深い場所に来て電波が届かないのかはわからないが、理由はそんな所だろう。

「圏外だわ。どうしよう…。」

 私は、どんどん不安になっていった。

 しかし、彼は私の肩を摩りながら勇気づけてくれた。

「真由。大丈夫だって!俺が必ず真由を助け出すから心配するなって。」

「拓弥君。ありがとう。」

「真由は、しばらくここで助けが来るのを待っていてくれ。誰かが来た時に誰もいないのはまずい。俺は、この地下が他の場所に通じていないか確認してくるよ。」

(拓弥君ってピンチが来ても全然めげずに頑張れるんだよね。頼り甲斐があるのは昔と変わらないな…。)

「わかった。拓弥君。気をつけてね。」

 拓弥君は、スマホのライトを懐中電灯代わりにして、暗闇の中を探索し始めたのであった…。
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