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第1章 異世界に迷い込んだ男

第9話 商業ギルド

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 この世界の朝は、向こうの世界の朝とは違っていた。日が昇るとともに活気づくのは同じだが、満員電車や通勤ラッシュのような騒々しさはなく、代わりに馬車が行き交っている。魔法や剣が存在する異世界である。

 こちらの朝は、静かに穏やかに始まっていく……。

 今日も、明るい部屋に爽やかな風と女性の優しい香りが吹き込んで目を覚ました。私はこの世界に来てから、ミルモルさんの邸宅に居候している。そこで私の専属メイドとして担当してくれているのがリヨンさんである。

「おはようございます、レイ様!」

「おはようございます、リヨンさん。」

 私の顔を覗き込む彼女の表情は、実に可憐であった。

「レイ様、今日は商業ギルドの手続きに行かれるそうですね。」

「ええ、そうなんです。初めてなんで緊張しますね。」

「クスッ。そうですよね。先程、ミルモル様が王城に向かいましたよ。王様からの推薦状を取りに行かれたようですね。」

「そうでしたか…。ミリモルさんには頭が下がります。」
 
 私は商人になるために、王様より推薦状を書いていただくことになった。ミリモルさんは、私に代わってその書類を受け取るために、王城へと向かってくれたようだ。王様もミリモルさんも私の商人としての夢を応援してくれており、商業ギルドへの入会にも協力してくれている。私は彼らに心から感謝している。

 手続きが終わったら、本格的にポーションと魔ポーションの製作に取りかかりたいと思っている。ポーションと魔ポーションは、この世界では貴重なアイテムであり、高値で売れるという。王都では品質の高いポーションが流通していないという話を聞いた。もし品質の高いポーションを作って売れば、この世界で生きていく資金になるだろうと考えたのである。

 今日購入予定のものは…。

1. 薬草
2. ガポの実
3. 魔留草
4. ポーションの小瓶
5. 魔石(小・中)
6. 鍋
7. 火を起こす道具

 紙に買い物のリストを書き留め、カバンにしまっておいた。頭の片隅にリストが広がって表示される感覚を覚えた。何とも不思議な感覚である。リスト内には、新たに買い物のメモが加わったことを確認した。

 私は、メモ以外にリストの中に懐魔光があることに気づいた。懐魔光は、この世界で一般的な照明用の道具であり、魔石がエネルギー源となり光を発する仕組みになっている。私は王都の道具屋で購入したが、その性能をチェックし忘れていた。

「一度使ってみようか。」

 タイゲンカバンより、興味津々で懐魔光を取り出した。しかし、スイッチはどこにあるのだろう。使い方を尋ねておくのを完全に忘れてしまった。突起が何かしら存在することはわかっているが、押しても何の反応もない。

「押しても駄目なら…あっ!抜けた!」

 突起部が滑らかに抜け、光が発せられ始めた。

「おぉ。ついたついた!」

 突起部の下には板が取り付けられていた。確かめてみると、それは魔力を遮断する板のようだった。待機時には魔石からの魔力供給を遮断し、発光時に遮断板を外して魔力を供給する仕組みだったのだ。単純ながら素晴らしいアイデアだと感心した。ただ、板の取り外し作業がなければさらに良かったのにと思わずにはいられなかった。

「さて、光の明るさは…。」

 遮光のためにカーテンを閉め、その後で確認した。

(うーん…光はかなり弱いな。ローソクの代わりに使える程度の明かりしか出せそうにない。せめて懐中電灯に匹敵するアイテムが欲しいところだ。そのうち、自分で作ってみることにしよう…。)

 ミルモルさんが王城から戻ってきたので、そのまま商業ギルドへ向かうことにした。どうやら手続きに同行してくれるようだ。商業ギルドは商業地区の最西端に位置している。

 商売するには、商業ギルドのギルドカードを所持していなければならないという規則が存在し、無許可で営業していると犯罪となるようだ。一般市民は国民カード、冒険者は冒険者ギルドカード、商人は商業ギルドカードなど、身分証明書はそれぞれ異なるが、どれか一つあれば生活に困らない。逆に身分証明書を持たない場合は、都市の検問所で制約を受けることになる。

 馬車は商業ギルド会館の前で停止した。ミルモルさんと護衛の二人と共に中に入った。商業ギルド会館は圧倒的な広さと高さで私を迎えてくれた。天窓やステンドグラスの窓から自然光も差し込み、明るく印象的な雰囲気が漂っていた。

 ギルド施設の半分は事務的なスペースで、さまざまな手続きが行われているようだ。商人たちが係員と話し込んでいる光景が見えた。もう半分は、待合いスペースや商店のエリアになっているようだ。手続きが済んだら、こちらも一度覗いてみることにしよう。

「レイ、それでは行くとしようかの。」

「はい、ミルモルさん、よろしくお願いします。」

 ミルモルさんは空いたカウンターに向かい、係の者に声を掛けた。

「今からこの者の登録をしたいのじゃが、よろしいか?」

「これは、ミリモル様。ご足労いただき、誠にありがとうございます。私は商業ギルド相談役のベニーと申します。以後、お見知り置きくださいませ。」

 私を迎えたのは相談役のベニーさんであった。彼の口調は極めて丁寧であり、その名前のニュアンスからは想像できないほど、ダンディで洗練された男性の風格を備えていると感じた。彼の髪は短く整えられ、身なりも清潔であり、知性的な印象を与えていた。年齢は30代半ばくらいだろうと推測される。

「そして、サカモト・レイ様ですね。国王様からの推薦状があるとお伺いしておりますが。」

「ええ、こちらです。ご確認ください。」

「確かに。では、手続きに入らせて頂きます。こちらの用紙に必要事項をご記入下さい。」

 用紙には、詳細に名前、性別、年齢、所在地といった情報を記入する必要があった。そして、家族の情報も求められた。しかしながら、私に家族は存在しない。幸いにも、ミルモルさんが身元引受け人になってくれたため、再度ミリモルさんの了承を得た後、私は詳細を埋めていった。商売の内容は、薬品および魔道具の販売という設定にした。

「では、ミルモル様、サカモト様。カードの作成にはしばしのお時間を要しますので、待合室でお待ちくださいませ。」

 カードの完成までには多少なりとも時間を要することから、ミルモルさんにはお帰りいただくことにした。

 ミルモルさんから、開店資金として金貨三枚をいただいた。商人としては、ただもらい続けるばかりでは恥ずかしいので、売上から返済しするという形にさせて貰うことになった。

 ミルモルさんを見送り、商業ギルド会館に戻った。手続きの待ち時間を利用して、商店スペースを視察することにした。

 床には、商品の素材が種類ごとに整理されており、商人たちが直接買い付けているようだった。

 ここでは、冒険者たちが討伐したモンスターの戦利品や素材、また依頼によって集められた品々が、冒険者ギルドを通じてここに運ばれる。価格設定は、状態に関係なく品目ごとに一定であった。したがって、商人たちは原価で買い付けすることになる。

 目利きの技術がなければ、品質の悪い素材などを知らずに買ってしまうこともあるため、商人の能力が問われる。しかしながら、私には片眼鏡があるため、その点は心配する必要はなかった。

 目を凝らして、並べられた品々を見渡した。品質の良いものは色鮮やかで形も整っており、劣ったものは色あせていたり傷だらけだったりした。私の目的である薬草やポーションの素材も見つかった。ギルドカードを手に入れたら、すぐにこれらを購入したいと思った。

 待合室で時間を過ごしている間に、相談役のベニーさんが声をかけてきたので、カウンターに向かった。

「サカモト様、お待たせしました。カードが完成しましたので、お渡ししておきます。」

 ベニーさんは、私に小さなカードを手渡した。カードには私の名前とDランク商人という文字が刻まれていた。

「カードのランクは、国王様からの推薦によりDランクよりスタートとなります。」

 ベニーさんは、カードの説明を始めた。私はカードを眺めながら、彼の言葉に耳を傾けた。

「そうなんですか。ランクの詳細はよくわかっていませんが…。」

 私は素直に答えた。私はこの世界に来てからまだ数日しか経っておらず、商業ギルドのシステムについてはほとんど知らなかった。

「失礼致しました。早速ご説明致します。当商業ギルドでは、ランク制度を導入しております。GからAランクまでの範囲があり、最高位はAランクです。ランクが上がればギルドからの特典が増え、商人としてより一層の地位を築けるのです。」

 ベニーさんは、丁寧にランク制度について説明してくれた。私は興味深く聞き入った。

「具体的な特典は何かありますか?」

 私は好奇心旺盛に尋ねた。私は商人として成功することを目指しているからである。

「冒険者ギルドからのレア素材入荷時に優先的に購入できる権利です。ランクが高ければ、より高価な素材を入手できるようになります。」

 ベニーさんは、特典の一例としてレア素材の購入権利を挙げた。私は目を輝かせた。

 レア素材というのは、この世界では非常に価値の高いものである。それはポーションや魔法具などの製作に必要なものであり、それらの品質や効果を大きく左右するものだった。

「ランクアップの条件は何ですか?」

 私は次にランクアップの方法について尋ねた。私は早くも自分のランクを上げることを考えていたのだ。

「G~Cランクまでは、規定の金額を商業ギルドに納めるかことで上がっていくのですが、BランクやAランクに関しては、商業ギルドまたは国からの功績を認められる必要があります。また、例外としましては、G~Cランクでもその功績が認められた場合には昇格することがございます。」

 ベニーさんは、ランクアップの条件を教えてくれた。私は納得した。

 金額だけでなく、功績も必要なのだろう。それは商人としての実力や信頼性を示すことに繋がるようだ。

「なるほど。Cランクへの昇格にはいくら必要ですか?」

 私はCランクへの昇格に必要な金額を聞いた。私は自分の目標をCランクに定めたからだ。

「金貨20枚が条件となっております。」

 ベニーさんは、金貨20枚という数字を告げた。私は驚いた。

 金貨20枚とは…私の感覚では200万円に相当する。

 (なかなかハードルが高いものだな…。)

 私は心の中で呟いた。

 しかし、私は決して諦めようとは思わなかった。私は、日本で得た経験や知識を活用し、ポーションを売って金貨を稼げると信じているからである。

「その他に規則やルールはありますか?」

 私は最後に商業ギルドの規則やルールについて尋ねた。私は商業ギルドの一員として、適切に振る舞うことを心がけて行きたいからである。

「承知しました。では…。」

 ベニーさんは、商業ギルドの規則やルールを簡潔にまとめて教えてくれた。私はそれらを頭に入れた。

1. 商品や営業における価格は、商業ギルドが規定する価格範囲内に収めること。ただし、卓越した品質や稀少性を持つ商品に関しては、ギルドの審査員の許可が得られれば例外となることもある。
2. 買い占め行為は禁止されている。
3. 盗品の販売や仲介は禁じられている。
4. 偽造品や欠陥品の販売も厳禁である。

 これらの規制は、価格の格差による物価の乱高下や社会的不平等を防ぐための措置である。また、消費者への損害を防ぎ、商人たちの威厳を保つための措置として重要な意味を持っているようだ。

 私にとっては、これらの規制はまったく問題のないものであり、了承することとした。

「ベニーさん、ポーションの瓶を製造している工房がありましたら、その場所を教えていただけますか?」

 私はポーション製作に必要な瓶を探すことにした。商店で売られているポーションは瓶詰めされているのを思い出し、自分も瓶を用意しなければならないと感じたのだ。

「かしこまりました。ポーションの瓶に関しては、王都内にはガスト工房とゲーツ工房の二軒が存在いたします。地図を用意して参りますので、少々お待ちくださいませ。」

 ベニーさんは、ポーションの瓶を製造している工房の名前と場所を教えてくれた。

「ありがとうございます。」

 地図を受け取り、相談役のベニーさんとの会話は終了した。次に、私はポーションの素材を入手しようと思う。

 商業ギルド内にある商店エリアへと足を運び、様々な素材を目にする。私は片眼鏡の『鑑定スキル』駆使して、高品質の素材を探した。

 薬草を20枚、ガポの実を10個、魔留草を15枚、魔石(小・中)を合計20個手に入れた。もちろん、ここで選んだのは高品質の素材だけである。

【購入明細】
 
・ 薬草(1枚の価値は銅貨5枚)を20枚購入。 
・ ガポの実(1個の価値は銅貨5枚)を10個購入。 
・ 魔留草(1枚の価値は銅貨7枚)を15枚購入。 
・ 魔石小(1個の価値は銅貨8枚)を12個購入。
・ 魔石中(1個の価値は大銅貨1枚と銅貨5枚)を8個購入。

 これらの取引により、合計金額は銀貨5枚、大銅貨7枚、銅貨1枚となった。

 感覚的には、金貨1枚が10万円、銀貨1枚が1万円、大銅貨1枚が1000円、銅貨1枚が100円というのが日本円換算のしっくりくる感じだった。

 素材をタイゲンカバンへ収納し、商業ギルド会館を後にする。

 私は初めての大規模な買い物を経験し、興奮とポーション製作への期待が胸に湧き上がった。それは私にとって未踏の領域であり、まるで無限の可能性が広がっているかのように感じられたのであった。

― to be continued ―
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