半妖の陰陽師~鬼哭の声を聞け

斑鳩陽菜

文字の大きさ
上 下
11 / 14

第十話 招かざるもの

しおりを挟む
 晴明が父・ますで暮らしていたやしきは、現在の王都にある邸より小さく、池などはなかった。周りはうつそうしげる竹林と、川魚が釣れるという川、足を伸ばせばてんのうまでは行けるだろう。
 そんな父・益材が何を思ったか、やましろのくに(※現在の京都府)へ行くという。
 だいぜんたい(※宮中の官人の食事や朝廷での会食の調理を担当しただいぜんしきおさ)であった彼は、しゆつするには近い方がいいと王都への移住を決めたのかも知れない。それが現在の晴明邸である。
 二人でも広すぎる邸には池もあり、池に面して建つつり殿どのは、彼のお気に入りの場所であったようだ。気がつけば池をながめ、かわらけかたむけている益材の姿がある。
 晴明が十四の時に阿倍野に逆戻りした益材だが、それからもふらりとやって来る。
 そしていつもの場所に座るのだ。
 よくもまぁ、きもせず――。
 そう思った晴明の感想は、いまでも変わらない。
『いつも思うが、お前のおやどのは、何をしに来たんだ?』
 晴明邸にみ着くぞうが、首をかしげる。
「さぁな……」
 晴明はそんな父・益材の背を見つめつつ、ぶんだいすみをすった。
 彼が何を考えているかれば、苦労しないのだが。
 ただ――。
 晴明は、墨をする手を止めてちんする。
 遠い日――、初めてあやかしに、驚いて逃げ帰る幼い晴明むすこにたった一言。

 ――大丈夫だ。彼らは全部が悪いものじゃない。

 頭をでるその手の温かさに、からだふるえが止まったのは確かだ。
 そして今、少しだけ安部益材という男が理解った気がした。
 おおどくとのたいくらがりに飛ばされた晴明、そこに現れた男は恐らく益材だ。
 
  ――妖も人も、全てが悪者じゃない。お前はまだ、一部しか見えていないのだ。

 そう、子供の時の自分は一部しか見えていなかった。人も妖も、全て敵だと思っていた。
 息子に無関心にみえて、本当は心配してくれているのだと気づくのに、十年以上もかかってしまった。それならそうと、もっとわかりやすい愛情の示し方があっただろうに。
 池のはすに自身の息子を重ね、本体の晴明には背を向ける――、まったくもってなんかいな父・益材である。
 へんけんや差別というどろから、心折れることなくはなを咲かす人生。
 今は周りの目をおそれることはしないが、たまに冥がりがのぞくことがある。
 陰陽師となってより一層に、それは見える。
 益材が、静かに腰を上げた。
「お帰りですか? 父上。もう少しゆっくりされては?」
「いや……、釣りの帰りに立ち寄っただけだからな」
 こういうときは、嘘がな益材である。
 阿倍野から王都まで、釣りの帰りに立ち寄るほどの近さではないというのに。
 みようおやの関係は、これからも続くだろう。
 益材が、がんに渡るその日まで。
 文台に戻ろうした晴明は、池を見てがくぜんした。
 池から、黒く長いモノが覗いていた。
 それはへびのようでもあるが、目も口もない。ただ、黒いのだ。
 漂ってくるように、晴明は片手にいんを結ぶ。
 まさか、陰陽師の邸に乗り込んでくるとは――。

                     ◆

 とりはんこく(※午後十八時半)――、この男もあるさいなんっていた。
 左近衛府さこんえふからせい殿でん(※しん殿でん)のきざはしまでやって来た藤原冬真は、正面からやって来た男をかいとらえるなり回れ右をした。
こんちゆうじようどのではないか! これはぐう
「はは……、まったくですなぁ。とうのちゆうじようどの」
 頭中将・藤原冬房――、関白・藤原頼房の次男。おくだい(※後宮)の女房たちを甘くとろけさしているといううわさがあるという男である。
 確かに、すじも身分も申し分なく、たんせいおもちのじようであるが、性格は言えば――。
「聞けば、従妹いとこどのが主上おかみのお目にとまったとか」
 かわほりおうぎをぱらりと開き、冬房が意地の悪い笑みをす。
「は……?」
なんも、権力争いに腰を上げた――ということかな? 左近衛中将どの」
 いやもここまでくればたいしたものだなと、冬真はあきれて聞いていた。
 ほつと南家は元は一つの藤原家である。決して対立しているわけではないのだが、権力争いに必死な北家に比べ、南家は右大臣まで昇りつめたもののせいにはあまり口出しもせず、姫をじゆだいさせることもなく、後ろからぼうかんしているような家であった。
 お陰で頼房から軽んじられていたが、晴明に近づいたことで今度はにらまれることになった。晴明の力を借りて出世する――そう思っているのだろうか。
「何かかいがあるようですが、とうないしのすけは中宮様のそばづかえとしてされたのであり――」
「ああ……、そうだったな」
 しらじらしいりふに、冬真のが上がる。
 冬真としては早く解放されたいのだが、冬房はしつこい。
「そういえば――、けいおりれいゆうそうぐうしかけたそうだが?」
「それがなにか……?」
「都もぶつそうだが、内裏にまでかいとはいささか、問題と思わないか? 主上の他の殿でんしやへのお忍びも、もう少し減ってくれると助かるんだが。でないと、何処どこぞの誰かに刃を振り下ろされる――と、いうことになりかねんだろう? 左近衛中将どの」
 じっとせいされ、さすがの冬真もたじろぐ。 
「――まさか、主上に対してそのような……こと……は……」
あや……、お前がやらかしたことはしっかりとばれているぞ?)
 いまにも睨み殺されるのではないかという強い視線に、冬真はおのれの悪さをなげく。
 ようやく開放されたときは、どっと体力をがれたような気分である。
 ようめいもんへ着くと、先に門のしゆえいをしていたしようしようが眉を寄せた。
「中将……なんか、お疲れの様子ですが?」
 冬真は一気にだつりよくし、少将に抱きついた。
「死ぬかと思った~!」
 
                    ◆◆◆

  晴明邸の池に現れた〝それ〟は、な姿を水面に覗かせている。
 へびのような長い胴、だが蛇とは違う。それがじっと晴明を見てくる。
 がまえる晴明の横に、しんが降りた。
『晴明――』
 いろの髪とそうぼうかつしよくたくましいたいに肩当てと胸当て、背にたいけん、腕に領巾ひれを絡ませ立つその姿をいちべつし、晴明は池に視線を戻した。
「おまえがやってきたということは、これか? とう
 十二天将・騰蛇、青龍と並ぶとうしよう――。
 その青龍同様、滅多に人界に降りてこない騰蛇の出現に、ことの重大さが窺える。
『ああ。嫌な妖気を察したのでな。まさか、お前の邸に現れるとは』
 はたして、池にいるあやかしはなんなのか。天将が気にするほどの妖気をまとったこの妖は――。
「――みずち
『晴明?』
 思わず口から出た名に、騰蛇が眉を寄せた。
 口にした晴明も、目の前にいる妖が人をい、骨にした蛟かはかくしようはない。 
「騰蛇」
 晴明が何かを命ずる前に、騰蛇は動いていた。
 領巾に風をはらませ、妖に向かっていく。
『逃がさぬ』
 水中へ消えていこうとしている妖に、騰蛇の放ったらいてい(※いかづち)が落とされる。
 一瞬明るくなる池だが、すぐに何事もなかったように静寂に包まれる。
 ――逃げたか……。
 騰蛇は宙に浮いた姿勢で、れつに池をにらんでいる。
 ただ、晴明はどうもしやくぜんとしなかった。
 現れた妖からは、てきが感じらなかったからだ。
 ならば、なぜここに現れたのか。
 
  ――大丈夫だ。彼らは全部が悪いものじゃない。

 父・益材の言葉が蘇る。
 晴明の心に薄く張ったもやは、現在いまも消えることはなかった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

拾われ子だって、姫なのです!

田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ! お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。 月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。 そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。 しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。 果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!? 痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

処理中です...