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第一章 うつけ信長、我が道を行く!
第三話 種子島が変えるこれからの戦
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天文十六年十一月――、那古野城の城門を荷車と共に潜った人物がいる。
名を橋本一巴――、信長にとっては師の一人である。
しかし彼の登城は、一部の家臣たちにとっては眉を顰める存在となっていた。
橋本一巴は砲術家と知られ、信長は彼から銃器の教えを受けていた。問題は、信長が朝早くから試し撃ちをすることだ。これに起こされる家臣は少なくはなく、恒興もその一人であったのだが。
橋本一巴が登城したとき、信長は那古野城の中庭に恒興と一緒にいた。
いつもように緋色と鬱金色の小袖を片肌脱ぎにして、的に向かって弓を射っていた。
ストンっと一直線に飛んだ矢が的に刺さり、恒興はその腕を褒めた。
「お見事でございます」
だが、信長は――。
「世辞を言うな、勝三郎。中心を外した」
小姓の一人から手拭いを受け取った信長は、そう言って軽く舌打ちをした。
そんな二人の前に、来訪者を報せる臣下が片膝を付いた。
「申し上げます! 橋本一巴どのが、殿に御目通りをとお越しになっております」
この報せに、信長の顔が一気に輝く。
「来たか!」
と、息の弾みにもその歓びを昂らせている。
「ご無沙汰しております。吉法師さま、いえ……、今や那古野城主・三郎信長さま」
他の家臣同様、小袖に肩衣と袴という姿で現れた一巴は、片膝をついて頭を垂れた。
「お前が、国友にいたとは驚いたぞ」
「かの地は、鉄砲鍛冶がおりまするゆえ」
国友は、近江国にある地である。
天文十二年――、大隅国・種子島に南蛮船が漂着したという。この船に乗船していた南蛮人が火縄銃という銃器を持っていたという。
それから一年後――、室町幕府十二代将軍・足利義晴より見本の銃を示され、国友で造られたのが、国内製の始まりとされる。
俗に火縄銃は伝来地の名を冠し、「たねがしま」と呼ばれている。
一巴は一緒に来ていた小物に「あれを」と命じると、小者は荷車に被せてあった茣蓙を取り払った。
「できたのか!? 最新の火縄銃が」
荷台には、二挺の火縄銃が乗っていた。
「まだ試作にございます。南蛮の言葉を読み解くのに少々時間がかかりましてございます。ですが、ここに来るまで冷や汗ものでしたぞ? 信長さま」
苦笑する一巴に、話を聞いていた恒興は「あっ」と言いかけ、慌てて口を押さえた。
信長と堺の港に行った折、伴天連が渡してきた絵図面。
信長は「あとでわかる」と言っていたが、これのことだったようだ。
思わず口を押さえたのは信長に睨まれたのもあるが、近くには怪訝そうな顔をしている織田家家臣である林秀貞・林通具という兄弟がいる。
彼らは信長の素行に対して常に不快そうな顔をしており、伴天連を通じて最新の火縄銃を造らせたなど聞けば、ますます心は信長から離れるだろう。
「今川や武田も、最新の火縄銃が欲しいだろうからな」
信長はそう言いながら火縄銃を構え、狙いを定める仕草をした。
その原理は、火薬の爆発力で金属の弾丸を発射するという。
銃身には底となる部分に尾栓と呼ぶネジをはめ込み、中に火薬と弾丸を入れるらしい。 火薬が充填される部分を薬室と呼び、銃身の外側に設置してある火皿とつながっているという。火皿には点火薬を入れ、火縄につけられた火が入ることで、点火薬から火薬に引火。薬室内で火薬が爆発し、その勢いで弾丸が発射するらしい。
「敵は――、それだけではございますまい」
一巴はそう嘆息する。
これに挙動不審となったのが、林兄弟である。
恒興が察して視線を運べば、林秀貞・林通具は慌てて視線を逸し、わざとらしい咳払いをした。信長もそれがわかってか、
「俺は、彼らを敵視はしていないぞ」
と、銃身を構えたまま言った。
「勝三郎」
不意に信長に呼ばれ、恒興は肩を揺らした。
「は、はい」
「さっそく試し撃ちをする! 的を用意させろ」
「直ちに」
恒興は射撃用の的を用意し、弾を込め終わった火縄銃を信長が狙いを定める。
「また妙なモノに……」
「やれやれ、困ったお方よ」
聞こえてくる林兄弟の声に、恒興は唇を噛んだ。
天文十三年――、織田信秀は美濃・稲葉山城へ侵攻。大敗したと、那古野城に報せがきた。この時、信長がどんな心境だったのか恒興にはわからない。
ただ、出陣していく信秀の背を見えなくなるまで見ていた信長を思い出す。
二人が並んでいたという記憶は、信長の側にいる恒興でさえない。
信長は「クソ親父」と毒づいているが、本当に嫌っていればその背を見つめ続けていることはないだろう。
信長が、火縄銃に興味を待ち始めたのはこの頃からである。
――これからの戦は、火縄銃が制す。
朝早くから種子島を撃ち放す信長が、誰にいうわけではなくそう言った。
信秀はそれからの戦でも火縄銃は使用しなかったが、そのときの信長の顔はいつにもまして真剣だったのを、恒興は覚えている。
だが火縄銃は、火薬と弾丸を装填して発砲するまでに数泊かかり、しかも一発ずつしか撃てないのが難点だった。これでは発砲の準備をしている間に、敵が迫ってきてしまう。
しかし火縄銃を戦で取り入れれば、刀や弓よりも遠距離まで攻撃でき、威力もまさっている。撃ち方さえ覚えれば、足軽でも撃てるだろう。
――信長さまは、けっしてうつけなどではない。
うつけと呆れる家臣たちに向けて、恒興はそう言いたかった。
紺碧の空に銃声が轟き、城内に戻ろうとしていた林兄弟が蹌踉めくのが見えた。
さすが最新の火縄銃である。
自分の声を代弁してくれたその威力に、恒興はふっと笑みを零すのだった。
◆◆◆
「――今日も、お元気でいらっしゃる」
那古野城の一室にて、臨済宗の僧侶にして信長の教育係・沢彦宗恩は苦笑した。
ズドンと、火縄銃の銃声が聞こえてきたからだ。この那古野城でそんなことをするのは信長だけゆえ、すぐに彼だとわかった。
「悠長に笑うている場合ではありませんぞ。宗恩どの」
眉を寄せたのは傅役の平手政秀である。
茶を点てつつ、美濃との問題を解決に悩まし気な顔をしている。
美濃との和睦を進めよと末森城の信秀から命じられたという政秀は、美濃にいたと経歴をもつ宗恩を招いたのだ。
美濃の斎藤道三が提示してきたものは、なにも眉を寄せるものではないのだが。
「平手どのは気が進みませぬか?」
「相手は蝮の道三、言葉通りに受けて良いものか……」
「用心に越したことはないと思いますが、和睦は信秀公のご意向」
政秀が点てた茶を受け取ると、宗恩はゆっくりと茶碗を回した。
「宗恩どのは、若こそ弾正忠家の跡取りとお考えか?」
話題が信長の話に変わり、口に茶碗を運びかけていた宗恩は視線を上げた。
「拙僧は御仏に仕える身、この戦の世を憂いておりまする。誰かか止めてくれぬかと」
宗恩は武将ではなく僧侶である。殺生は好まないが、世は群雄割拠の戦国乱世。
この尾張では織田一族が対立し、弾正忠家内でも火種を抱えている。
尾張を纏め、今川や武田を制するのは誰か――、宗恩は敢えて口にしなかったが。
「それが、信長さまだといわれるか?」
政秀は迷っているようだ。
はたして信長に、その才があるのか。
「平手どの、現在の足利将軍家がどういう状態か知っておりましょう? 万が一、幕府が消滅することがあれば――、今川や武田などの諸大名は天下を取りに動きましょう。そうなれば、この尾張にも攻め込んで来ましょう」
京の室町幕府の現状は弱体化し、細川氏宗家が実権を握っていた。
「宗恩どの」
「信長さまを信じられませ」
「――美濃への返書、お願いできますかな?」
政秀の言葉に、茶を飲み干した宗恩は「私で良ければ」と微笑んだ。
名を橋本一巴――、信長にとっては師の一人である。
しかし彼の登城は、一部の家臣たちにとっては眉を顰める存在となっていた。
橋本一巴は砲術家と知られ、信長は彼から銃器の教えを受けていた。問題は、信長が朝早くから試し撃ちをすることだ。これに起こされる家臣は少なくはなく、恒興もその一人であったのだが。
橋本一巴が登城したとき、信長は那古野城の中庭に恒興と一緒にいた。
いつもように緋色と鬱金色の小袖を片肌脱ぎにして、的に向かって弓を射っていた。
ストンっと一直線に飛んだ矢が的に刺さり、恒興はその腕を褒めた。
「お見事でございます」
だが、信長は――。
「世辞を言うな、勝三郎。中心を外した」
小姓の一人から手拭いを受け取った信長は、そう言って軽く舌打ちをした。
そんな二人の前に、来訪者を報せる臣下が片膝を付いた。
「申し上げます! 橋本一巴どのが、殿に御目通りをとお越しになっております」
この報せに、信長の顔が一気に輝く。
「来たか!」
と、息の弾みにもその歓びを昂らせている。
「ご無沙汰しております。吉法師さま、いえ……、今や那古野城主・三郎信長さま」
他の家臣同様、小袖に肩衣と袴という姿で現れた一巴は、片膝をついて頭を垂れた。
「お前が、国友にいたとは驚いたぞ」
「かの地は、鉄砲鍛冶がおりまするゆえ」
国友は、近江国にある地である。
天文十二年――、大隅国・種子島に南蛮船が漂着したという。この船に乗船していた南蛮人が火縄銃という銃器を持っていたという。
それから一年後――、室町幕府十二代将軍・足利義晴より見本の銃を示され、国友で造られたのが、国内製の始まりとされる。
俗に火縄銃は伝来地の名を冠し、「たねがしま」と呼ばれている。
一巴は一緒に来ていた小物に「あれを」と命じると、小者は荷車に被せてあった茣蓙を取り払った。
「できたのか!? 最新の火縄銃が」
荷台には、二挺の火縄銃が乗っていた。
「まだ試作にございます。南蛮の言葉を読み解くのに少々時間がかかりましてございます。ですが、ここに来るまで冷や汗ものでしたぞ? 信長さま」
苦笑する一巴に、話を聞いていた恒興は「あっ」と言いかけ、慌てて口を押さえた。
信長と堺の港に行った折、伴天連が渡してきた絵図面。
信長は「あとでわかる」と言っていたが、これのことだったようだ。
思わず口を押さえたのは信長に睨まれたのもあるが、近くには怪訝そうな顔をしている織田家家臣である林秀貞・林通具という兄弟がいる。
彼らは信長の素行に対して常に不快そうな顔をしており、伴天連を通じて最新の火縄銃を造らせたなど聞けば、ますます心は信長から離れるだろう。
「今川や武田も、最新の火縄銃が欲しいだろうからな」
信長はそう言いながら火縄銃を構え、狙いを定める仕草をした。
その原理は、火薬の爆発力で金属の弾丸を発射するという。
銃身には底となる部分に尾栓と呼ぶネジをはめ込み、中に火薬と弾丸を入れるらしい。 火薬が充填される部分を薬室と呼び、銃身の外側に設置してある火皿とつながっているという。火皿には点火薬を入れ、火縄につけられた火が入ることで、点火薬から火薬に引火。薬室内で火薬が爆発し、その勢いで弾丸が発射するらしい。
「敵は――、それだけではございますまい」
一巴はそう嘆息する。
これに挙動不審となったのが、林兄弟である。
恒興が察して視線を運べば、林秀貞・林通具は慌てて視線を逸し、わざとらしい咳払いをした。信長もそれがわかってか、
「俺は、彼らを敵視はしていないぞ」
と、銃身を構えたまま言った。
「勝三郎」
不意に信長に呼ばれ、恒興は肩を揺らした。
「は、はい」
「さっそく試し撃ちをする! 的を用意させろ」
「直ちに」
恒興は射撃用の的を用意し、弾を込め終わった火縄銃を信長が狙いを定める。
「また妙なモノに……」
「やれやれ、困ったお方よ」
聞こえてくる林兄弟の声に、恒興は唇を噛んだ。
天文十三年――、織田信秀は美濃・稲葉山城へ侵攻。大敗したと、那古野城に報せがきた。この時、信長がどんな心境だったのか恒興にはわからない。
ただ、出陣していく信秀の背を見えなくなるまで見ていた信長を思い出す。
二人が並んでいたという記憶は、信長の側にいる恒興でさえない。
信長は「クソ親父」と毒づいているが、本当に嫌っていればその背を見つめ続けていることはないだろう。
信長が、火縄銃に興味を待ち始めたのはこの頃からである。
――これからの戦は、火縄銃が制す。
朝早くから種子島を撃ち放す信長が、誰にいうわけではなくそう言った。
信秀はそれからの戦でも火縄銃は使用しなかったが、そのときの信長の顔はいつにもまして真剣だったのを、恒興は覚えている。
だが火縄銃は、火薬と弾丸を装填して発砲するまでに数泊かかり、しかも一発ずつしか撃てないのが難点だった。これでは発砲の準備をしている間に、敵が迫ってきてしまう。
しかし火縄銃を戦で取り入れれば、刀や弓よりも遠距離まで攻撃でき、威力もまさっている。撃ち方さえ覚えれば、足軽でも撃てるだろう。
――信長さまは、けっしてうつけなどではない。
うつけと呆れる家臣たちに向けて、恒興はそう言いたかった。
紺碧の空に銃声が轟き、城内に戻ろうとしていた林兄弟が蹌踉めくのが見えた。
さすが最新の火縄銃である。
自分の声を代弁してくれたその威力に、恒興はふっと笑みを零すのだった。
◆◆◆
「――今日も、お元気でいらっしゃる」
那古野城の一室にて、臨済宗の僧侶にして信長の教育係・沢彦宗恩は苦笑した。
ズドンと、火縄銃の銃声が聞こえてきたからだ。この那古野城でそんなことをするのは信長だけゆえ、すぐに彼だとわかった。
「悠長に笑うている場合ではありませんぞ。宗恩どの」
眉を寄せたのは傅役の平手政秀である。
茶を点てつつ、美濃との問題を解決に悩まし気な顔をしている。
美濃との和睦を進めよと末森城の信秀から命じられたという政秀は、美濃にいたと経歴をもつ宗恩を招いたのだ。
美濃の斎藤道三が提示してきたものは、なにも眉を寄せるものではないのだが。
「平手どのは気が進みませぬか?」
「相手は蝮の道三、言葉通りに受けて良いものか……」
「用心に越したことはないと思いますが、和睦は信秀公のご意向」
政秀が点てた茶を受け取ると、宗恩はゆっくりと茶碗を回した。
「宗恩どのは、若こそ弾正忠家の跡取りとお考えか?」
話題が信長の話に変わり、口に茶碗を運びかけていた宗恩は視線を上げた。
「拙僧は御仏に仕える身、この戦の世を憂いておりまする。誰かか止めてくれぬかと」
宗恩は武将ではなく僧侶である。殺生は好まないが、世は群雄割拠の戦国乱世。
この尾張では織田一族が対立し、弾正忠家内でも火種を抱えている。
尾張を纏め、今川や武田を制するのは誰か――、宗恩は敢えて口にしなかったが。
「それが、信長さまだといわれるか?」
政秀は迷っているようだ。
はたして信長に、その才があるのか。
「平手どの、現在の足利将軍家がどういう状態か知っておりましょう? 万が一、幕府が消滅することがあれば――、今川や武田などの諸大名は天下を取りに動きましょう。そうなれば、この尾張にも攻め込んで来ましょう」
京の室町幕府の現状は弱体化し、細川氏宗家が実権を握っていた。
「宗恩どの」
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