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5巻

5-2

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「で? なんでお前らはここにいるんだ?」
「俺達……ですか? 俺達は国王陛下に呼ばれたんですよ」

 緊張で硬直こうちょくしているテスリスの頭越しに投げかけられたバーラットの質問に、膝に手を当てて息を整えていたレッグスが顔を上げて答える。その言葉を聞いて、ヒイロはギョッと目を見開いた。

「王様に呼ばれたってまさか……」

 もしかして今回の事件の収束のためにレッグス達も招集されたのかと危惧きぐしたヒイロだったが、背中をつつかれ、咄嗟とっさに口をつぐむ。
 言葉を途中でみ込んだヒイロが振り返ると、レミーが口に人差し指を当てて沈黙を促していた。

「ヒイロさん。レッグスさん達が呼ばれた理由はまだ分からないのですから、余計なことは口にしない方がいいです」

 レミーの小声での忠告に、ヒイロは口を手で覆ってコクリと頷く。

「ヒイロ様? どうかなされたんですか?」
「いえ、なんでもないです」

 突然黙ったヒイロへ不安げに問いかけてくるリリィに、つくろうように応える。そんな様子を横目で見ていたバーラットは、迂闊うかつな仲間を持つと何かと気苦労が絶えないなぁと内心ため息をつきながら話を続けた。

「で、どんな用件で呼ばれたんだ?」
「それが……なんというか……」
「なんだ? 後ろめたい理由じゃないだろうな」

 言いにくそうに言葉尻をすぼめていくレッグスに、バーラットは不審に思って言葉が荒くなっていく。
 バーラットが強い口調になると迫力はかなりのものになる。なまじバーラットの実力を知ってしまっているレッグス達にしてみれば、その威力は倍増し、全員が借りて来た猫のように身を竦めた。
 そんなレッグス達の様子を見て、ヒイロは可哀想になりバーラットに非難の目を向ける。

「バーラット……そんなに威嚇いかくしては萎縮いしゅくしてしまって、話せることも話せなくなるじゃないですか」
「俺が悪いのか? 悪いのはさっさと理由を言わないこいつらじゃねぇか」
「だから、そんな口調では怖がらせるだけだと言ってるんですよ。レッグスさん、怖がらなくてもバーラットは手までは出しませんから、安心して話してください」

 バーラットを押しとどめて前に出たヒイロの言葉に従い、レッグスは恐る恐るといった感じで話し始めた。

「国王陛下から……俺とリリィ、バリィの三人に、Sランク昇格の打診だしんがあって、その面談のために来たんです……」

 レッグス達の様子から、どんなマイナスな理由が出てくるのかと内心で固唾かたずを呑んでいたヒイロは、肩透かしを食らってキョトンとしてしまった。

「……それが理由なんですか? めでたい話ではないですか」
「いえ、それが……昇格理由が、魔族の集落でのゾンビプラントの件なんです」
「「「あー……」」」

 何故レッグス達が言いづらそうにしていたのか、ようやく理解したヒイロとバーラット、ニーアの三人は、同時に曖昧あいまいな声を上げる。
 魔族の集落での手柄は、ほとんどがヒイロ達のものだ。手柄を横取りしたような昇格に彼らが後ろめたさを感じていると知って、ヒイロは優しくレッグスの肩に手を置いた。

「別にいいじゃないですか。あそこでレッグスさん達が奮闘ふんとうしたのも事実なんですから。それに、私達の名前を出さないようにお願いしたのはこちらなんですし、気に病む必要はないですよ。ねぇ」

 ヒイロに話を振られたバーラットは、腕組みしながら頷く。ニーアもヒイロの頭の上で偉そうに「仕方ないなぁ」と同意してみせた。レッグス達は、三人の様子にホッと息を吐く。

「よかったっす。でも、俺達は最初は断るつもりだったんすよ」

 気が軽くなっていつもの調子で話し始めたバリィに、ニーアが小首をかしげる。

「じゃあ、なんで受けたのさ?」
「ここに来られるからだよニーアちゃん。はっきり言ってリリィとテスリスに手を組まれたら、俺とレッグスでは止められないんだよ」
「あー、そんな理由で受けたんだ」

 リリィはヒイロ、テスリスはバーラット目当てで昇格の話を受けたのだと知り、ニーアが呆れて言葉を返すと、レッグスは申し訳なさそうに頭をいた。

「まぁ、理由はよこしまなんだけどね」

 そう恥ずかしそうに言って、レッグスはバーラットに向き直る。

「それじゃあ、受けた以上は陛下を待たせるわけにはいきませんので、俺達は王城に向かいます」

 レッグスはヒイロ達に一礼して、まだ名残惜なごりおしそうなリリィの襟首えりくびを掴んで引きずるように歩き始めたのだが、そんな彼らをバーラットが呼び止める。

「おい、レッグス。今、王城に行っても国王には会えんと思うぞ」
「えっ! なんでですか?」

 驚きの表情で振り返るレッグスに、バーラットは人差し指で頬をきつつ言いづらそうに言葉を続けた。

「ちょっと理由は言えんが、国王は今、忙しいんだ。二、三日すれば収束するだろうから、それまで宿でも取って大人しくしてるんだな」
「そんな……」
「だったら、その間ヒイロ様と一緒に……」
「俺達は用事があるから、また後でな」

 困り顔のレッグスとは対照的に嬉しそうなリリィの言葉を遮り、バーラットはヒイロ達を促してきびすを返して歩き始める。

「ああ、ヒイロ様~」

 背後から聞こえてくる悲痛な叫びに、さすがに可哀想に思ったネイがバーラットのそばに寄った。

「今日くらいは一緒に行動してもよかったんじゃないですか?」
「馬鹿、一緒にいたらヒイロが何を口走るか分かったもんじゃないだろ」
「私は結構、口は硬い方ですけどね」

 バーラットの言いようにヒイロがムッとすると、その頭の上でニーアがニヤッと笑った。

「でも、ヒイロは気が緩むと結構迂闊なことをするよね」

 ニーアの的を射た言葉に、ヒイロを除いた三人は納得して重々しく頷くのだった。



 第3話 術士、動く


「………………うん?」

 ヒイロに逃げられたことで荒れたリリィのやけ酒に付き合わされた後、宿で寝ていたレッグスは、外から感じる異様な気配のせいで半ば強制的に目を覚まさせられた。

「一体、なんなんだ……」

 抜け切らない酒がレッグスの意識を再び眠りへと誘うが、額に手を当てながら上半身を起こした。
 今までに感じたことのない、不安をあおる気配。それに対する危機感の方が眠気に勝ったのだ。
 レッグスは頭を振りながらベッドを降り、月明かりが差し込む窓を開けた。
 彼らの泊まっていた部屋は二階。そこから見下ろすと、宿の前の大通りを異様な者達が歩いていた。
 月明かりと大通りに設置されている街灯に照らされていたのは、ボロボロの服を身にまとった、土気色つちけいろの肌をした集団。
 ゾンビ! いやグール!?
 眠気が吹き飛んだレッグスの頭にそんな言葉が浮かんだ時、隣から声が聞こえた。

「アンデッドのたぐいではなさそうですわね……いえ、死体には違いないようですが、胸の辺りからおかしな魔力を感じます」

 そちらに目をやれば、右隣の部屋の窓からレッグスと同じく下を見下ろすリリィがいて、彼の考えを見透かしたかのように冷静に言う。

「死体が歩いているのに、ゾンビやグールじゃないのか?」
「うん、違うな。奴らの胸に変なのが付いてる」

 リリィに向けて放ったレッグスの疑問に答えたのは、レッグスの左隣の部屋の窓から【遠見】のスキルを使って下を見ていたバリィだった。彼は目を細めながら話を続ける。

髑髏どくろの体を持った蜘蛛くも……かな。リリィがそいつらから魔力を感じてるなら、アレが死体を操ってるってところだろ」
「髑髏の蜘蛛? そんな魔物、聞いたことないぞ」
「あの魔力の感じ……魔法生物の可能性がありますね」

 リリィが淡々と推測を述べると、記憶を探っていたレッグスは怪訝けげんそうに眉をひそめた。

「……誰かが意図的にこの状況を作ったってことか。これってまずいんじゃないか?」
「だろうな。死体を操って街をただ練り歩かせるだけなどと、馬鹿げたことをする奴なんておらんだろ」

 顔を引きつらせるレッグスに、リリィの向こう側の窓からいつのまにか顔を出していたテスリスが苦笑いで答える。

「ってことは、こいつらがこれから起こそうとしているのは……」
「「「惨劇さんげき」」」

 レッグスの疑問に、他の三人の声がハモった。
 普段、ふざけていて頼りないように見えるが、彼らは曲がりなりにもAランクとBランクの冒険者。危機管理能力も洞察力も、肩書きに見合ったものを持っている。
 そんな彼らが今の状況を危機的状況だと判断した。

「こうしちゃいられないじゃないか!」
「ギルドからクエストが出てるわけじゃないけど、動くのか?」

 慌てているところへ冷静にバリィに言われたレッグスは、わずかに笑みを浮かべて肩を竦めた。

「こんな状況で自分可愛さで引っ込んでいたら、バーラットさんやヒイロさんに合わす顔がなくなるぞ」
「違いない」
「当然です」
「確かに」

 ヒイロに出会う前の彼らなら、そんな判断は下していなかったかもしれない。
 しかし、ヒイロの人柄に当てられ、すっかり感化されてしまっているレッグスの言葉に、テスリス、リリィ、バリィは笑いながら同意し、四人は準備すべく一斉に部屋へと引っ込んだ。


「ふむ、このくらいあれば問題ないですね」

 城に用意された、シングルベッドと机と椅子が壁際に一組あるだけの、十畳じゅうじょうほどの広さの簡素な寝室。そのベッドに腰掛けたヒイロは、床の上に積み上げられた六つの箱を前に満足そうに頷く。
 箱の中身はポーション。
 HPポーションが三箱、MPポーションが三箱で、一箱にそれぞれ二十四本ずつ入っている。
 ヒイロは備えはこれで十分だとホクホク顔だったが、箱のふちに降り立ったニーアが、「う~ん」と考えた後で苦笑いしながら彼を見る。

「……やっぱり、ちょっと多くない?」
「ニーアも買う時は賛同してくれたじゃないですか」

 ニーアの非難にも似た言葉に、ヒイロは困り顔で答えた。
 店でヒイロがこのくらいと指示した時、バーラットやレミー、ネイは明らかに呆れていた。
 しかし逆にニーアは、この量を買おうとしていたヒイロをその場のノリで後押ししていたのだ。
 だが、落ち着いて見てみると、やっぱり多かったかなと彼女は思い直したらしい。

「まぁ、ノリで言ってた感はあったかな」
「ノリでって……確かに私も、資金の余裕からくる購買熱に乗ってしまった感は否めませんが……まあ、時空間収納に入れておけば劣化することもありませんし、問題はないですよね」
「そうか……そうだよね。問題ないか」

 また変なことをしてしまったんじゃないかという不安が頭をもたげたヒイロだったが、あっさりと切り替える。
 しかし本来、冒険者のポーション大量購入はまずあり得ない。運搬方法や、劣化する前に使い切れるのかなどの問題が生じるからだ。
 ところが時空間収納でそれらの問題を全て解決できてしまうヒイロは、その異常性に気付くこともなく、ポーションが入った箱を仕舞い始めた。
 するとそこで、廊下が騒がしいことに気付き、ヒイロは怪訝な顔でドアへと視線を向けた。
 騒がしさの正体は廊下を早足で行き来している人々がいるからだろうと、足音と【気配察知】の反応で判断したが、ヒイロは小首を傾げる。
 時間は日付が変わった頃。バーラット達は今日起こるであろう事件に備えて寝ているから、外にいるのは彼らではない筈。
 そんなことを思いながらポーションの箱を仕舞い終えたヒイロは、自分の肩へと移動していたニーアへと振り向く。

「なんだか、騒がしいですね」
「そうだね、こんな夜更よふけになんだろ?」
「随分と人が行き来してるみたいですが……」

 言いながらヒイロは立ち上がり、ドアまで近付くとゆっくりと廊下に出た。
 廊下では、兵士達が慌てた様子で引っ切りなしに行き来している。
 ヒイロに用意されていた部屋は本来、兵士用の休憩室だった。そのことを知っていたヒイロは、廊下を兵士が歩いていることは不思議に思わなかったが、それでも彼らの焦っている動きに疑問を抱いた。

「あの、どうしたんですか?」

 ヒイロが遠慮えんりょがちに一人の兵士に声をかけると、その兵士は足を止めずに怒鳴どなるように答える。

「城下町で敵襲です!」

 ドップラー効果を効かせながら走り去っていった兵士の言葉に、ヒイロはニーアと顔を見合わせた。

「敵襲!?」
「確か、術士が攻めてくるのって……」

 ヒイロの驚きの声に、ニーアは視線を上に向けて記憶をめぐらせる。

「今日……かな。まだ、今日になってそんなに時間経ってないと思うけど」
「そんなにすぐに行動ですか? 敵さん張り切りすぎです!」

 あまりの突然さに驚き慌てるヒイロ。どうするべきか右往左往し始める彼の背後に、いつのまにかバーラットが立っていた。

「落ち着け、ヒイロ」

 自身の前を行ったり来たりするヒイロの頭をむんずと掴んで、バーラットは眠そうな目を向ける。呑気のんきにしか見えないバーラットの態度に、ヒイロは頭に置かれた手を払いのけてまくし立てた。

「バーラット、これが落ち着いていられますか! 敵が攻めてきてるんですよ」
「だから落ち着けってんだ。敵の目的は王族。つまりここってことだろ。街で騒ぎを起こしてるやつは陽動だ。大方、戦力を街に集中させておいて、こっちの守りを薄くしようって魂胆こんたんだな」

 顎に手を当てて相手の意図を分析するバーラット。信用する彼の落ち着き払った姿に、まだ慌てるほどの状況ではないのだなと判断したヒイロは、少し落ち着きを取り戻しながらも反論する。

「確かにそうかもしれませんが、この兵士さん達の慌てようから察するに、被害は小さくはないんじゃないですか?」
「う~む、そうだな。敵の戦力は少ないと踏んでいたんだがなぁ」

 目立った戦力は術士だけだと思っていたバーラットは、街を混乱させるだけの戦力が相手にあったのかと、顔に困惑の色をにじませる。
 と、そこへ各々の部屋から、いつもの装備をしっかり着込んだネイとレミーが姿を現した。どうやら騒ぎには気付いていたものの、着替えていたために出てくるのに手間取っていたようだ。

「おう、お前らも来たか」
「そりゃあ、これだけ騒がしかったら……って、バーラットさん、なんて格好をしてんのよ!」

 仁王立におうだちの格好で気軽に手を上げたバーラットに反射的に答えたネイだったが、彼の姿を見て露骨に顔をゆがめる。レミーなどは、一瞬見てすぐに顔を背けていた。
 ヒイロはまだ着替えていなかったからいつもの姿だったが、ベッドでグッスリと寝ていて気付いた時点ですぐに出てきたバーラットは、シャツに猿股さるまた姿だった。

「おっと、レディの前でさらすような姿ではなかったな」
「少なくとも、そんなドレスコードが通用する場所なんてないわよ」
「違いない」

 ネイの皮肉にバーラットは豪快に笑う。そして、ひとしきり笑った後で真顔になった。

「街への対応は、一般の守備兵を出動させることで対応するみたいだな。近衛このえ騎士団きしだんは動かさんだろうから、守りに関しては問題ないとは思うんだが、敵の出方が分からん以上、ここから離れるのは得策ではないんだがなぁ……」

 考えながらそこまで言って、バーラットはヒイロを見る。
 ヒイロはバーラットの意見を聞きながらも、ソワソワと街の方に視線を向けていた。

(本来なら、レミーだけを行かせて街の様子を探らせるのが最善なんだが……ヒイロがこうも集中力を欠いてしまっていては、使い物にならんな)

 そう考えてバーラットは盛大にため息をつく。

「ヒイロ。お前はネイ、レミーと一緒に街に行ってこい。ただし、街の混乱が他の連中で対応できると判断したら、すぐに戻ってこいよ。守らなければいけないのはこっちだ。そこを間違うな」

 ヒイロ一人では、街の状況によっては解決しようとその場にとどまるかもしれない。そうなってしまえば敵の思うつぼだ。そう考えたバーラットは、ネイとレミーを付けることにした。
 いくらヒイロでも、街にとどまることは得策ではないと二人から言われれば、多数決に従うだろうと判断したのだ。

「えーと、ぼくは?」

 名前を呼ばれなかったニーアが、ヒイロの肩の上で困惑気味に自分を指差す。

「ニーアは俺と一緒にいてくれ。もし、こっちに異変が起きたらすぐにヒイロのもとに飛んでもらいたいんだ」

 バーラットから連絡係の役職を与えられ、ニーアはムッと頬をふくらます。

「えー、せっかく新しい魔法を覚えたのに、なんでぼくが使いっ走りをさせられるのさ」
「ここに一人残って、対処できねぇような化け物が現れたら俺が死んじまうだろ。ニーアだけが俺の命綱いのちづななんだ、頼むよ」

 実際は、自身の保身のためにニーアを行かせないわけではなく、彼女まで行ってしまうと、多数決が二対二になりかねないと危惧しての判断だった。しかしバーラットに懇願こんがんされ、ニーアは「仕方がないなぁ」と満更まんざらでもない様子で彼の肩へと飛び移る。
 バーラットはニーアの扱いに大分慣れてきていた。

「じゃ、ぼくはバーラットと留守番してるから。ヒイロ、気をつけてよ」
「分かりました。ニーアも無理をしないでください」

 心配の声にニーアがサムズアップで応えると、ヒイロはネイとレミーへと視線を向ける。

「さぁ、行きましょう」
「えっ! どこに?」

 勝手に話を纏められ、話が見えずに困惑するネイの腕を、部屋の中にいた時から【聞き耳】のスキルで会話の内容を聞いていたレミーが掴む。

「街に行くんです」

 ヒイロの後を追ってネイの腕を引きつつ走り出しながら、レミーは彼女に説明し始めるのだった。


「つまりは、敵の陽動にハマりに行くってわけね」

 レミーから全てを聞いたネイは、城から城下町へと続く下り坂を走りながら、前を行くヒイロの背中を呆れて見つめた。

「そんなことを言われても、街が襲撃を受けているのは事実。放っておくわけにはいかないでしょう」

 後ろを振り返り緊迫きんぱくした面持ちでそう語るヒイロを見て、ネイは小さくため息をつく。

「分かってる。私だってそんな状況でジッとなんてしていたくないもん」

 助けられるものならば助けたい。そこはヒイロと同意見のネイだったが、それと同時に、あえて敵の術中にハマるべきではないと考えたバーラットの気持ちもっていた。だから、バーラットが自分に期待したであろう役割を果たすべく、言葉を続ける。

「でも、街の騒動がその場の人達で対応できそうなら、すぐに引き返すわよ」
「ええ、敵の目的はあくまで王族の方々。わざわざ思惑おもわくにハマって長居するつもりはありません」

 ネイの念押しに重々しく頷くヒイロに対し、ネイは本当かしらと苦笑いを浮かべた。
 二人が走りながら意思確認を行っている間も、レミーは冷静に街の気配を探る。まだ視認できる距離ではなかったが、レミーは街で行われている複数の戦闘の気配を感じていた。

(……何箇所かで戦闘が行われてるみたいですが、これは……一体何と戦っているんでしょうか?)

 戦闘を行っている気配のうち、一方が人間であることはわかった。しかし、肝心の相手の気配が、どうしても今までの経験に照らし合わせても出てこない。

(魔物……ではないですよね。この禍々まがまがしい気配は自然の摂理せつりから反した生き物でしょうか? 人工の生物? ……ん!?)

 考えを巡らせていたレミーだったが、背後からの気配に邪魔され思考を一旦中断する。

「ヒイロさん、背後から誰か迫ってきます」
「えっ?」

 自分の好奇心を抑え、斥候せっこうとしての役割を全うしようと発したレミーの忠告に、ヒイロは戸惑いの声を上げた。
 今のヒイロ達は、一番足の遅いネイのスピードに合わせて走っているのだが、それでも並みの速さではない。そんな自分達に一体誰が迫っているのかと戸惑うヒイロの耳に、ドドドドドッ! という地鳴りのような音が入ってくる。
 まるで雷鳴らいめいのごとき爆音を聞いて、ヒイロの顔が引きつった。何故なら彼には、その音に聞き覚えがあったからだ。

「この音は、もしや……」

 馬車馬のように働いた死の二日間を思い出しながら振り返るヒイロの目に、自身が巻き上げる砂煙すなけむりをバックに迫ってくる白い集団が映った。
 白の布地に金の刺繍ししゅうが施された見事なローブを着込んだ女性を先頭に、簡素な白色のローブを着た若者達の集団が突進してくる。

「ははは……なるほど。街で怪我人が出る可能性があるなら、あの人が黙っているわけはないですよね」

 ヒイロが乾いた笑いを顔に貼り付けているうちに、白い集団はとんでもない速さでヒイロ達の横に付く。

「ヒイロ殿! 貴方も街へ救援に行くんですか?」

 そう声をかけてきたのは、宮廷魔導師のテスネストだった。

「まあ、そんなところです。テスネストさんは……怪我人の救助ですよね」

 淑女らしい見た目ながら、その全てをかなぐり捨てるようにローブの裾を両手で捲し上げて爆走してきた彼女に、ヒイロは驚きを内に秘めつつ表面上はなごやかに答える。
 すると、テスネストもニッコリと笑い返してきた。

「ええ、弟子達も連れてきましたし、私がいる限り怪我人を死なせたりはしません!」

 テスネストは笑顔のまま力強く答えると、「それでは、怪我人が待っていますので」と会釈えしゃくし、あっというまに街の方に走り去っていった。

「………………なんです、今の?」

 テスネストと初対面のレミーは、その様子をアングリと口を開けて見送っていたのだが、やがてしぼり出すようにそう口にした。

「パワフルな人でしょ」
「えっと……魔道士に見えましたけど、なんですかあのスピードは!」

 平然と言葉を返してきたネイに、レミーは前方を指差しながら追加の情報を求める。すると、ヒイロが苦笑しながら口を開いた。

「う~ん、あの人は患者がいると分かると、火事場のなんとやらを解放できるようですから……」
「火事場の!? それって、どんな力なんですか?」

 忍者として限界まで身体能力を高めてきたレミーが、未知の力の解放方法があるのかとヒイロのボケに真面目に食いつく。レミーが素早く反応したために突っ込み損ねたネイは、出かかったセリフを音にできずに苦笑いのまま口をパクパクさせていた。

「うーん、火事場のなんとやらと言うのは本来、血筋に起因していて、危機的状況なんかの時に都合よく発動……」
「ボケにそれらしい解説を付けないの! レミーが本気にしたらどうするの!」

 ヒイロの悪ノリに、ネイは今度は遅れることなく突っ込んだ。

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