超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優

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3巻

3-2

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「あんなにかさばる物、旅に持っていけないですよ」
「私が持っていきますよ」
「えっ!」

 ビックリして視線を向けてくるレミーを尻目にヒイロはやおら立ち上がると、リビングの壁際に置いていた二つの木箱をひょいひょいとマジックバッグ経由で時空間収納にしまい込んだ。

「いいんですかヒイロさん? 貴重なマジックバッグの容量を私の調味料とオコメなんかに使ってしまって」

 ヒイロが使っているのが容量無制限のマジックバックではなく、彼が【全魔法創造】で作り出した容量制限である時空間魔法だと知らないレミーは、申し訳なさそうな顔をする。しかしそんな彼女の様子に、ヒイロはとんでもないとばかりに目を見開く。

「なんか、ではありませんよ。こんな素晴らしい調味料とお米、せっかく海岸ルートを通るのですから持ってかない手はないでしょう! その代わり、調味料とお米を私にも食べさせてくださいね」
「あっ、はい。それは構いませんのでよろしくお願いします!」

 力説しつつ、どさくさに紛れてちゃっかり食べる許可を貰おうとするヒイロに、レミーは嬉しそうに返事をするのだった。


 朝食が終わると、バーラットは「旅の準備をしてくる」と告げ屋敷を出ていく。その後ろ姿を「お酒を補充してくる気ね」とあきれ気味に呟きながら見送ったアメリアが、ヒイロの方に向き直った。

「ヒイロさん、ニーアちゃん。悪いんだけどこれから一緒に冒険者ギルドに来てもらえるかしら」
「別に構いませんが、アメリアさんは今日は非番だったのでは?」

 ヒイロの疑問に、アメリアは頬に手を当てて、困ったような表情を浮かべた。

「う~ん、そうなんですけどね。ヒイロさん達がこの街を出る前に、冒険者のランクを上げておきたいと思いまして」
「冒険者のランクを?」

 突然のアメリアの申し出にヒイロが驚くと、アメリアは苦笑いを浮かべながら頷く。
 ヒイロとニーアはこの十五日間、毎日クエストをこなしていた。Gランクである二人が受けられるクエストの難易度はたかが知れているのだが、そのたいしたことのないクエストのついでに狩ってくる魔物がとんでもなかった。
 二人が狩ってくる魔物は平均でランクC。以前コーリの街の近くで狩ったことのあるディザスターモウルも、ヒイロとニーアだけで行動するようになってから二匹狩っている。
 さらにレミーをパーティに加えてからは、コーリ周辺で最強であるよろいを着たサイのような外観を持つ魔物、ランクBのアーマードライナセラスを五匹まとめて狩ってきたこともあった。その時には、報せを受けて様子を見に来たギルドマスターのナルステイヤーが、素材を前にしてあんぐりと口を開けたまま呆然ぼうぜんとしていた。
 ゲテモノダンジョンにヒイロが入り込んだ一件以降、ヒイロ達の魔物の換金かんきんはアメリアが担当している。しかしヒイロ達が旅立てば、素材の換金は旅先の冒険者ギルドで行われることになる。
 ナルステイヤーとアメリアはそれを危惧きぐしていたのだ。

「ほら、ヒイロさんて能力値だけを見たらGランクじゃないですか」
「ええ、そうみたいですね」
「でも、実力は確実にAランクなんです。ですからギルマスと、ヒイロさんのランクをどうするかずっと検討していたのですが、やっぱりGランクのままではまずいということになりまして……」
「まずいのですか?」

 特にランクにはこだわっていなかったヒイロがそう尋ねると、アメリアは重々しく頷く。

「ええ。仮にヒイロさんの実力に他の街のギルド職員が気付いたとします。その場合、二十日ほど滞在たいざいしていたのにもかかわらず、コーリの街の冒険者ギルドは何故、ヒイロさんの実力を見抜けなかったのか、という話になるのです」
「つまり、自分達の所にいる冒険者の力量を正確に把握はあくできないというレッテルを貼られる訳ですか」
「ご明察めいさつです。しかし、実力通りにAランクにしますと、能力値だけを確認された際に、何故コーリの街の冒険者ギルドはこんなに低い能力値の者をAランクにしたんだ? という疑惑を持たれてしまうのです」
「なるほど、それは難しい問題ですねぇ」

 まるで他人事ひとごとのように自分を心配するヒイロを見て、アメリアの肩が目に見えてガクッと下がった。

「できればコーリの街以外では、バーラットの陰に隠れて大人しくしていただければ助かるのですが――」

 言いながらアメリアはヒイロを見たが、普通なら命懸いのちがけの稼業である筈の冒険者を心底楽しんでいるこの無邪気むじゃきなオジさんには無理な相談だろうなぁと、大きなため息をついた。

「うーん、アメリアさんに迷惑はかけたくないので、努力はしてみますが……」
「多分無理でしょ」

 ヒイロの言葉に被せて、ニーアが容赦無く一刀両断いっとうりょうだんする。
 ヒイロはそんなことはないと非難の視線を彼女に向けるが、ニーアは同意見のアメリアとアイコンタクトを取り、二人で仰々ぎょうぎょうしく頷き合った。

「まあ、ギルマスとも同意見でしたので、とりあえずどちらの状況になっても言い訳の立つCランクに上げようという話になったんです」
「……信用無いんですね、私」

 ヒイロが何かやらかすのを確信しているアメリアの言葉に、ヒイロはやや落ちながらそう返す。

「金属並みの強度の皮膚ひふを持つ、しかも五メートル超えのアーマードライナセラスを、もののついでで拳一つで倒してしまうんですから、絶対に目立つことになりますよ」
「あの魔物は斬撃よりも打撃の方が有効なだけなんですけどねぇ」
「そうですけど、普通はハンマーやメイスを使います。あれを素手で倒すのはヒイロさんぐらいですよ」

 呆れた様子でアメリアが言うと、ヒイロは困ったように返す。

「私の場合、私が武器を持つことを周りが反対するんです」
「まあ、ランクを上げてくれるって言ってるんだからいいじゃない」

 またヒイロが武器を持ちたいなんて言い出すのではないかと懸念けねんしたニーアの言葉に、「悪いことではありませんものね」とヒイロが簡単に同意し、ニーアは胸を撫で下ろした。
 ちなみに『ヒイロが武器を持ったら、振り回して近くを飛んでいるぼくをはたき落としそう』というのが、ニーアの見解である。


 ギルドでランクを上げてもらった帰り道、夕食の買い物をするというアメリアと別れたヒイロとニーアは、大通りに面した店でを見つけ足を止めた。

「……何故こんな物がこんな所に?」

 そこは冒険者向けの品物が置いてある店だったが、その品物はその店には不似合いに思える。
 それをヒイロがしげしげと見つめていると、店主らしき老人がヒイロに近寄ってきた。

「それが気になるかい?」
「ええ、とても気になります」

 失礼だと思いながらも、ヒイロはソレから目をそらさずに答える。
 ヒイロがそれほどまでに目を奪われたのは、明らかに土を焼いて作ったと思われる土鍋と七輪。この世界で鉄製の鍋しか見たことのなかったヒイロにとって、とても珍しい物だった。

「そいつはトウカルジア国のギチリト領から帰ってきたドワーフの作品なんだが、ご覧の通り耐久性の無い調理器具でな。全く売れん」
「でしょうね。重いし、かさばる上に割れやすいのでは冒険者向きではないでしょう。しかし、ギチリト領帰りのドワーフとは、一体どういうことです? ドワーフとは、そんなにあっちこっちに居を変えるものなのですか?」
「いや、そんなことはない。ただ、数年前、ギチリト領で新たに美味い酒が作り出されたといううわさが広まってな。酒好きのドワーフが何人か、その噂につられてギチリト領に渡ったのだが、最近になって帰ってきた一人がこんなけったいな物を作り始めたのさ。そのドワーフは今度はカタナとやらを作ると息巻いて、新たにを作ってるって話だ」
「ほほぉ、刀をですか……」

 店主の説明に、ヒイロは頷きつつ言葉を返す。

(そういえば、レミーさんの得物も小刀でしたね。鍛冶かじの名人ドワーフが作る刀……一度見てみたいものですねぇ。しかし、今はこれです。せっかく出合ったのですから、手に入れない手はないですね)

 そう考えたヒイロは一人ほくそ笑むと、土鍋と七輪を指差しつつ店主へと目を向けた。

「ご主人、これをもらえますか?」
「おいおい、お前さん冒険者だろ。わしが言うのも何だが、これは本当に冒険者には不向きだぞ」
「構いません。ドワーフの作なら確かな物でしょうし、私には必要な品物ですから」

 ヒイロはそう言うと土鍋と七輪を買い取り、ホクホク顔で帰路についた。



 第3話 Aランクの冒険者達は相変わらず


 時は少しさかのぼり、その日の日中、コーリの街周辺の山中。
 とあるパーティの面々が、この辺り最強の魔物、アーマードライナセラスを前にして臨戦態勢をとっていた。
 彼らの対峙たいじするアーマードライナセラスは、体長三メートルほどの巨体に、灰色の金属鎧にも似た皮膚を持ち、鼻先には巨大な一本の角を有している。
 その、いかにも強そうな姿に、四人のパーティは緊張しながら間合いを徐々に詰めていた。

「気をつけろ、こいつには刃物は効きづらい。俺が何とか食い止めるから、そのすきに魔法で仕留めてくれ」

 バスタードソードを構え、パーティのリーダーであるレッグスがそう言って前に出ようとすると、それをさえぎるようにして、全身鉄のかたまりといった風貌ふうぼうの小柄な戦士が前に出た。

「テスリス! 邪魔だ! このパーティの前衛は俺って決まってるんだよ」

 レッグスはそう言って、自分の更に前に出ようとした戦士――テスリスの肩を掴み背後に押し退けようとする。しかし彼女はレッグスを肘で後方に押し返して、最前線のポジションを死守した。

「おい! 何すんだよ!」

 その小柄な体格からは想像も及ばない力で背後に押され、数歩よろめくように後ずさったレッグスが文句を言うと、テスリスは小馬鹿にしたように肩を竦めた。

「お前はアホか?」
「なっ! アホだとぉ」
「ああ、アホだ。こんな突進力のある魔物を相手取るなら、私みたいに防御力の高い者が前に出て壁になる方がいいに決まってるだろ」
「はっ、突進力のある奴には身軽に対処できるタイプの前衛の方がいいに決まってるじゃねえか」

 テスリスの言い分にレッグスがすかさず言い返し、二人は顔を近付けていがみ合う。そんな二人に、後方から忠告が飛んだ。

「二人とも何をしてるんです! 今が戦闘中だと分かっているんですか?」

 魔道士のリリィの怒りと苛立ちが込められた言葉に、二人が思い出したように同時に正面を振り返る。すると彼等の眼に映ったのは、アーマードライナセラスが鼻先に付いた角をこちらに向けて突進してきている光景だった。

「おおおっ! こっちは取り込み中なんだから、少し待ってくれよ!」
「ふん、魔物がそんな気を利かす訳がないだろう」

 目前に猛然と迫るアーマードライナセラスに、レッグスは驚きながらも脇に飛び退いて進行方向から身をかわす。一方テスリスは、その場でどっしりと構えて愛用の戦斧いくさおのを水平に両手で持ち、受け止める姿勢を見せた。
 そしてその刹那――
 ギシィッ!
 金属音にも似た衝突音とともに、アーマードライナセラスの角とテスリスの戦斧の長い柄がぶつかり合う。そして魔物の突進に押されてテスリスが足を踏ん張りながら、後方へと押されていく。

「だから言わんこっちゃない。お前のちっこい身体じゃ、どだい壁役なんて無理なんだよ!」

 アーマードライナセラスに押されていくテスリスに並走しながら、レッグスが悪態をつきつつ魔物の装甲の隙間を狙って剣先を突き立てる。しかしその剣先はアッサリと弾かれた。

「くそっ! やっぱり走りながらじゃ力を乗せらんねぇ」
「攻撃が効かないのは、体勢のせいじゃなくて単に非力だからじゃないのか? それとちっこい言うな!」

 愚痴ぐちるレッグスをテスリスが小馬鹿にしていると、アーマードライナセラスは角を少し下げる。そしてその先っぽを戦斧の柄に引っ掛け、そのまま首を上方に振って戦斧ごと彼女を空へと放り投げた。

「へっ? きゃぁぁぁぁ!」

 レッグスに気を取られていたテスリスは、押されていた力が急に消えたと同時に浮遊感を味わい、普段の口調からは想像できない年相応の悲鳴を上げながら、弧を描いて後方に飛んでいく。

「テスリス! チクショウ、やりやがったな!」

 普段は憎まれ口を叩き合っている二人だったが仲間意識はあったようで、テスリスが飛ばされたのを見たレッグスは怒りを露わにして装甲の無い目を剣先で突いた。
 ――ブギャァァァ!
 アーマードライナセラスは片目に激痛をうけて咆哮ほうこうとともに暴れたが、レッグスはそれに負けじと踏ん張りながら更に深く突き入れようとする。

「テスリスのカタキ!」
「いや、死んでないから」

 レッグスの気合のこもった叫びに、地面に叩きつけられた後のそのそと立ち上がったテスリスを確認して、リリィの兄バリィが冷静に突っ込む。

「おのれ……よくもやったな!」

 立ち上がったテスリスは、地面に衝突した衝撃で顔を覆っていたかぶとが脱げており、怒りに歪めた端整たんせいな顔が露わになっている。そしてアーマードライナセラスをにらみつけると、戦斧を振り上げ、美しい金髪をなびかせながら再び魔物に突っ込んでいった。

「なんかカオスね。パーティの連携れんけいなんてあったものじゃないわ」

 レッグスと一緒になってアーマードライナセラスをタコ殴りしているテスリスを見ながら、リリィがため息混じりに呟くと、隣に立つバリィが小さく肩を竦めた。

「前から俺達はしっちゃかめっちゃかに戦ってたけど、テスリスが参入してその傾向が更に強くなったよな。でも、パーティとしては弱くはなっていないんだよ」
「単純に個の力で押し通してるだけよ……ってことで、私も個の力でこの戦闘を終わらせます」
「えっ? リリィ、一体何をする気だ?」

 不安げな兄の言葉を無視して、リリィはレッグスとテスリスが纏わり付いているアーマードライナセラスに手の平を向ける。

「おい、ちょっと待て、それはまずいって!」
「ブリザード!」


「うう~寒い……」
「酷いぞリリィ」

 陽気な陽射しの中、レッグスとテスリスは両手で肩をさすりながらにあたっていた。
 その横には、半分凍り付いたアーマードライナセラスが横たわっている。

「元々、アーマードライナセラスは冷気系の魔法に弱い魔物でしょう! レッグス達が足止めして、私が魔法を使えばすぐなのに、いがみ合っていつまでもダラダラと対抗意識を燃やしていた貴方達が悪いんです」

 リリィにキッパリと言い切られ、レッグスとテスリスはショボンとして黙り込んでしまった。そんな二人の様子に、バリィがクスクスと笑いながら口を開く。

「そういえば、ヒイロさん達もこの間アーマードライナセラスを仕留めたって言ってたな」
「ええ、私も聞きました。何でも、突っ込んできたアーマードライナセラスの角を片手で掴んで突進を止めて、もう一方の手で横っ面を殴って一発で仕留めてしまったと。ニーアが自分のことのように自慢じまんげに言ってましたね」

 その時の様子を想像しているのだろう、ウットリとして語るリリィに、バリィはウンウンと頷く。

「やっぱり、ヒイロさんは前衛としても優秀だよな」

 肯定を求めるように、バリィが自分達の前衛二人にそう話を振ると、二人はみるみるうちに不機嫌ふきげんそうに仏頂面ぶっちょうづらになった。

「あんなのと一緒にされたら、前衛職はたまったもんじゃない」
「そうだ、テスリスの言う通り。前衛職として目指すなら、やっぱりバーラットさんだよ」

 レッグスの言葉に、テスリスが満足そうに首を縦に振る。

「うむ、その通りだ。レッグスもたまにはいいことを言う。やっぱり前衛なら、バーラット殿のようにどっしりと構えて何事も冷静に対処する姿勢を目指すべきだ」
「だよな。ヒイロさんは強いけど、どことなく落ち着きがないからなぁ」

 バーラット贔屓びいきの二人が珍しく息の合った掛け合いを見せていたが、それも長くは続かなかった。

「バーラット殿といえばハイパワーと強固な肉体を駆使くしした力押し。前衛ならやっぱりそういうスタイルを目指すべきだ」

 テスリスのドヤ顔の言葉に、レッグスがビクリとこめかみを震わせながら顔をしかめる。

「ちょっと待てテスリス。バーラットさんの持ち味は、その場の状況に応じて臨機応変りんきおうへんに対応する柔軟性じゅうなんせいと技術力だろ。力押しなんて、バーラットさんをよく見てない証拠だ」
「なにをぅ? お前こそ何を言っている。バーラット殿にそんなチマチマした芸当が似合うと思っているのか?」
「はっ! これだからニワカは……」

 レッグスが呆れたように嘆息たんそくすると、テスリスは頬をらせつつ彼を睨みつける。
 さっきまで仲良く話していたのに、すぐに喧嘩けんかを始めてしまった二人に、バリィとリリィは呆れていた。しかし、リリィがふと思いついて口を挟む。

「だったら、どちらの印象がより本来のバーラットさんに近いのか、これから直接会いに行って確かめればいいじゃない」

 突然のリリィの提案に、レッグスとテスリスは互いに睨み合ったまま、やがて望むところだと言わんばかりに頷き合う。しかし、リリィに続けたバリィの何気無い言葉でバーラットの屋敷に向かう理由がガラリと変わってしまった。

「そういえば……バーラットさん達、近々ここを離れるって話があったな」
「何ですって! ヒイロ様がコーリの街を離れるですって!」

 バリィが冒険者ギルドで得てきた情報に一番食い付いたのはリリィ。
 リリィはバリィの胸倉を掴み、前後に揺さぶりながらただす。

「うぐぅ……ああ、本当だ」

 バリィが揺さぶられながらも何とか答えると、リリィはそんな兄を放り投げレッグス達に向き直る。

「こんなことをしているひまはありません! スレインとスティアにも伝え、早くバーラットさんの屋敷に行くわよ――」

 レッグスの弟と妹の双子まで連れていくというリリィの剣幕に気圧けおされ、レッグスとテスリスは仲良く頷いた。


 夕日が西に沈みかけ辺りが暗くなり始めた頃、ヒイロはバーラット邸のリビングから庭に出て、七輪に火をおこしていた。
 円柱状の七輪の中で黒い炭が所々赤く染まるのを、しゃがんで微笑みながら見ているヒイロ。その背後にやってきたバーラットが、興味深そうにヒイロの肩越しに七輪の中をのぞんだ。

「何をやってるんだヒイロ?」
「七輪の火をおこしているんです」
「シチリン? 聞いたことがないな。見たところ携帯用のコンロに似ているが……なんか持ち運びづらそうだな」
「そうですね。ですけど、炭で焼くと、なんとなく美味しくなるような気がしませんか?」

 ヒイロの言葉にバーラットは眉をひそめる。

「そうか? 炭で焼こうが魔法で焼こうが、味はあまり変わらん気がするが……」
「実際、食材によっては炭焼きの方が美味しいらしいですよ。私もその違いがはっきり分かるほど味覚が鋭い訳ではありませんが、要は気持ちの問題です」
「気持ちねぇ……まぁ、食いもんと酒は美味うまいに越したことはないからな」
「酒……ですか」

 バーラットの口から酒という単語を聞いて、今度はヒイロが眉間みけんしわを寄せた。

「バーラット、今回の道中では酒で移動時間が延びるなんてマネはやめてくださいね」

 ヒイロが七輪の底の方の側面に付いた小窓から風を送りながらそう言うと、バーラットはそんなことは無いと鼻で笑った。

「俺が旅途中で酒を楽しむのは、時間を気にしなくていい帰り道だけだから心配するな。さすがに依頼を受けてたり、指名で呼ばれたりしているのに、その道中でのんびりなんてしねぇよ」
「そうなんですか、それはよかった」

 行きだけでも予定通り進めると分かってヒイロはホッと胸を撫で下ろしたが、バーラットはそんな彼が七輪に風を送るために手にしている物を見て目を見開いた。

「おい、ヒイロ」
「何です?」

 突然声のトーンを下げるバーラットに、ヒイロはいつもの調子で答える。

「その、手に持ってるもんは何だ?」

 バーラットの目は、ヒイロが風を送るために持つ、鮮やかなエメラルドグリーン色をした薄い扇型おうぎがたの物体に釘付くぎづけになっていた。

「これですか? エンペラーレイクサーペントのうろこですよ。いやー、炭に風を送るのに丁度いいんですよね」
「そんなことのために、レア素材を使うなー!」
「ふわっ! ごめんなさい!」

 バーラットがヒイロを一喝いっかつすると、丁度リビングから外へ出ようとしていたレミーが身を竦めて反射的に謝った。突然意外な場所から謝罪の言葉が出て、目を見開いたバーラットとヒイロはそろって横を向く。

「ああ、すまんレミー、お前を怒鳴どなったわけではないんだ。ヒイロの奴が……」

 バーラットはそこまで言うと、レミーが持つ大皿の上に並べられた物に視線が行った。


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