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第5章 おっさんの首都上京編
間の話(閑話ではありません)
しおりを挟む今回は書籍のみに出ていたあの人の話です。
この先、ちょこちょこ出てくる予定なので、辻褄合わせに書かせていただきました。
ーー孤児。
ホクトーリク王国クシマフ領で一二を争う程の街であるコーリの街でも、かなりの人数の孤児がいる。いや、隣国トウカルジア国に隣接するクシマフ領の中心にあり、領の主要都市に繋がる街道が複数通っているコーリの街だからこそ、その数が多いと言えるかもしれない。
何故なら、孤児の割合の大部分が冒険者の子供だからだ。
旅の途中、商人の護衛、はたまた一攫千金を求めて……様々な理由で冒険者達はコーリの街に集まる。そして、この地で冒険者が命を落とせば、その連れ子はこの街で孤児となってしまう。
勿論、この街にも孤児院はある。しかしながら、そこに費やされるべき費用の大半はこの街を治める貴族の懐に入っており、現在入っている子供の世話で精一杯の費用しか与えられていない。その為、新たな孤児が孤児院に入れないというのが現状である。
ーー彼女もまた、あぶれた孤児の一人だった。
彼女は逃げていた。
追ってくるのは見るからに目つきの悪い三人の男。
一縷の望みを賭けて人通りの多いコーリの街の大通りを逃げてみたが、関わり合いたくないのか、少女を助けようとする者はいない。
少女は知っていた。
もし自分の身なりが良かったら、助ける者も現れるだろうと。ボロ切れの様な服を身に纏った、見るからに孤児の自分を助ける為に、明らかに裏の稼業をしているであろう男達に敵対する様な大人は居ない。
男達の職業は人攫い。攫ってきた人間を奴隷商人に売って生計を立てている者達だ。
人攫いにとって、孤児は元手も無く収入を得られる格好の獲物である。なんせ、攫っても文句を言う者はいないのだから。
このホクトーリク王国では奴隷を禁止している。しかしそれは表の話で、裏では奴隷取り引きの商売が成立していた。そして、その買い手の殆どが、そんな奴隷商売を取り締まるべき立場の貴族なのだ。
「くっ!」
このまま大通りを逃げていても好転はしないと、自分を助けてくれない大人達に絶望しながら少女は裏路地へと逃げ込む。そして、壁際に置いてあったゴミの詰まった木製の樽を倒し通路を塞いだが、それで諦める筈もなく、男達は下卑た笑みをそのままに、樽を蹴散らしながら少女を追い詰めていく。
コーリの街の孤児は多い。その中で少女が標的になったのは、少女の容姿にあった。
腰まで伸びた金髪は、ボサボサになってなおその艶やかな美しさを失わず、顔立ちは可愛らしい。
七歳にして将来が有望だと分かる容姿は、人攫いの男達に高額の買い取り金額を想像させ、ちょっとやそっとの困難程度では男達の追跡の足が止まることはなかった。
少女は走る。
自分の未来を奴隷という真っ暗なものに変えない為に、挫けそうになる心を奮い立たせて、必死に。
しかし、そんな少女の頑張りを嘲笑う様に逃げ道が突然無くなった。曲がった先にあったのは、煉瓦造りの高い壁。
少女は慌てて振り返ったが、その視線の先には男達が嗤いながら道を塞ぐ様に立ち塞がっていた。
「ああっ……」
逃げ場を失い、少女は壁を背に崩れる様に座り込んだ。そして、自分にとって過酷なこの世界から目を背ける様に目を瞑る。
「ぐがっ!」
どれくらい目をつぶっていただろうか。自分の未来を暗示するかの様な闇の中、捕まえる為に自分に手を伸ばす男達の姿を想像して震えていた少女の耳に、男達のものであろう呻き声が聞こえてくる。
少女が不思議に思ってゆっくりと目を開けると、先ず目に入ったのは、地面と追っていた男のものと思われる足。
その足は地面から少し浮いており、その爪先がジタバタしながら地面に着こうと下に向かって伸びきっている。
その光景に唖然としながら更に視線を上げると、男は恐怖に引きつった顔で必死に自分の顔に纏わりついている何かを両手で引き離そうとしていた。
少女がよくよく見ると、男の顔に纏わりついている物は指。男は背後から何者かの手によって、頭を掴まれ持ち上げられていたのだ。しかも片手で。
少女の目が驚きに見開かれ、その視線が男の背後の方に向けられると、そこには人攫いの男の背より頭二つ分は大きいゴツい男がいた。
歳は二十代後半。ボサボサの銀髪に無精髭を生やしたその男は、真ん中にいた人攫いの男を持ち上げたまま、不機嫌そうに口をへの字に曲げて、左右にいる人攫いの他の二人を目で威嚇している。
人攫いのその二人は、慌てて突然現れた男の左右に距離を取り、懐から出したナイフを構えた。
「なっ……何だ貴様はっ!」
「ふぅ~……三流悪党が口にする月並みなセリフだな」
男の虚勢が混じった怒鳴り声に、銀髪の男はため息混じりに首を左右にふり、そして剣呑な視線を男へと向けた。
「俺は冒険者のバーラットだ」
「ぼうけんしゃぁ~? 冒険者が何で俺達の邪魔をする!」
「冒険者だからっていうのは関係ないな。俺個人が、ガキ一人追い回す貴様らが見っともなさ過ぎて気に入らないから割って入っただけだ」
「くっ! 正義漢ぶりやがって!」
怒鳴った男がナイフを腰の位置で構えて突進する。
しかし、バーラットは掴んでいた男をそちらに向かって放り投げた。突進しようとしていた男は「ひぃっ!」と短い悲鳴をあげながら自分に向かって飛んでくる仲間を、慌ててナイフを離して抱き抱える様に掴む。が、バーラットの膂力は凄まじく、軽く投げられた様に見えて、投げられた男の勢いはとんでもなかった。掴んだ男はその勢いが止められずにそのまま五、六歩たたらを踏む様に後退し、その背中を背後の壁へと打ち付けた。
「ぐっ! ………………!?」
投げられた男と壁に挟まれ、強かに背中を打ち付けた男は短く呻いてから前を見る。しかしてそこには、凶悪な笑みを浮かべて足を振り上げるバーラットの姿があった。
「げはっ!」
「ぐほっ!」
投げた男の背中を押し込む様に足の裏でバーラットが蹴り込む。すると、壁が背にある為にその衝撃をもろにその身に受けることになった二人の男は、肺の空気を全て吐き出す様に呻き、その場で崩れ落ちる様に倒れこんだ。
「なっ……なっ……」
唯一の利点であった数的有利が一瞬で無くなり、残った最後の一人がナイフを構えたままその身体を恐怖に震わせてバーラットの背中を見つめる。
「何なんだよ、お前は……こんな小娘一人助けたって何の得にもならねぇじゃねえか……なのに、何で俺達の邪魔をすんだよ!」
「はぁ? さっきも言っただろ。この嬢ちゃんを助けたいんじゃなくて、てめぇらの行いが気に入らないからやってんだよ」
そう言って振り返ったバーラットは、極悪な笑みで右の拳を左手で包み込み、ポキポキと指の関節を鳴らす。その姿は大鬼にも似て、人攫いの男はその身の震えを大きくしていき、バーラットが一歩踏み出すと「ひいっ!」と悲鳴を上げながらナイフを捨てて逃げていった。
「……なんだありゃ……全く、荒事が怖いならこんな事してんじゃねぇよ」
拍子抜けしたバーラットは、逃げていった人攫いの男の背中が見えなくなると、壁際でへたり込んでいた少女へと視線を移した。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
「……えっ! あっ、はい。ありがとうございます」
バーラットがぶっきら棒ながらも、声のトーンを落として極力優しく話しかけると、少女は慌てて立ち上がり頭を下げた。
「いいってことよ。それよりも、嬢ちゃんは孤児の様だが、子供が一人で生きていくにはこの街は危な過ぎる。施設には入ってないのか?」
「はい。孤児院は一杯で……教会運営の孤児院の方はまだ空きがあるんですが、亡くなった両親が教会を毛嫌いしてたもので……」
少女の言いように、バーラットは全てを悟って嘆息を漏らす。
「ああ、嬢ちゃんの両親は冒険者だったのか……まぁ、教会の孤児院に入っちまうと、強制的に教会所属になっちまうからな、確かに勧める事は出来ん。しかし、街の孤児院の方は一杯なのか……あの野郎の小遣い稼ぎも目に余ってきたな」
教会を毛嫌いする冒険者は多く、その事で少女の両親が冒険者だったのだなと判断したバーラットは、この街を治める小太りでカエル顔の貴族の顔を思い浮かべて、苦虫を噛み潰したよう表情になった。
「あんまり酷いとこの街も住み辛くなるな。そろそろ、ソルディアスの野郎に言って、なんとかしちまうか……」
この街を統治する貴族の処置を考えつつも、バーラットは再び少女へと顔を向ける。
「行く場所がないのなら、冒険者ギルドにナルステイヤーっていうやつがいるから頼ってみな。あのじじいなら、両親が冒険者だったら悪い様にはしないはずだ」
「……はい」
少女が頷いたのを確認して、バーラットは踵を返して礼はいらないと言わんばかりに手のひらをヒラヒラと振りながらその場を後にした。
少女は、その大きな背中を見えなくなるまで羨望の眼差しで見つめる。
「冒険者……バーラットさん……」
自分を救ってくれた男の名を心に反芻しながら、少女はしばらくの間その場に佇んでいた。
その後、少女は冒険者ギルドを訪れる。
それは、冒険者ギルドのギルドマスター、ナルステイヤーを頼る為ではなく、冒険者になる為だった。
自分も強くなりたいという思いで冒険者となる道を選んだ少女は、必死に働く。
子供に魔物討伐は無理だろうということで、物探しや清掃、荷物運びなどというお手伝いレベルのクエストばかりだったが、安宿に泊まれる程の収入は得られ、食事にもありつけた。
そうして、少女が生活水準を上げ始めた頃、この街を統治していた貴族がクシマフ領領主の命により、伯爵から男爵に降格させられた後、財産を没収されてこの街の統治の任から外されたことを知る。それとともに、生きることに必死だった少女はバーラットの顔を思い出す。
そんな最中、冒険者ギルドで噂話をしている二人組の冒険者の声が耳に入ってきた。
「おい、知ってるか」
「何がだ?」
「前にここを治めていた貴族が住んでいた屋敷、バーラットさんが買ったらしいぞ」
「本当か? やっぱり、SSランク様は稼ぎが良いんだなぁ」
「それが、違うんだよ。なんでもバーラットさんは、商業ギルドに働きかけて、屋敷の買い手が付かない様にした後、思いっきり買い叩いたらしいんだ」
「なんだそりゃ? バーラットさんはあのカエル顔の貴族になんか恨みでもあったのか?」
「多分、個人的には無かっただろうさ。だけど、政は殆どしないくせに私服を肥やすことだけには貪欲だったあのカエル野郎は、嫌われはすれど、好く奴なんていなかっだろ」
「ちげぇねぇ。てっことは、バーラットさんは気に入らないってだけで、あのカエル顔の貴族が弱ったところにとどめを刺したのか。怖いねぇ」
そんな噂話を聞いて、少女は『もしかしてバーラットさんは私の為にそこまでの事を?』などと一瞬思ったが、直ぐに頭を振ってそんな考えを振り払った。
(バーラットさんはあの時、そろそろと言ってた。初めっから考えていたことに違いない。あの人が自分の為に行動してくれたなんで考えるのはおこがましいよね)
そう考えが至った少女だったが、一介の冒険者が貴族相手にそこまでの仕打ちが出来ることに驚くと同時に、あの日、おぼろげだった憧れを明確なものとして、冒険者としての目標をバーラットに定めるのだった。
そして十年の月日が流れーー
少女は冒険者として成長し、十七歳になっていた。
バーラットに少しでも近付こうと修練を積んだが、彼の様に背が伸びなかった少女。しかし、バーラットへの憧れは捨て切れずに前衛職に拘った彼女は、バーラットの強靭な肉体の代わりに、その綺麗な容姿を隠す様な分厚いフルプレートの鎧を着込み、バーラットの膂力に近付こうとゴツいバトルアックスを振るい続けた結果、筋力だけはそれなりにバーラットに近付いていた。
もっとも、何故か見た目はか弱い少女にしか見えず、筋肉がつかないことに大分不満な様だが。
冒険者ランクはB。
バーラットもそうだった様にソロで活動していた彼女は、彼がパーティを組んだことを知り、自分も最近は特定の仲間と行動を共にするようになっていた。
「ギルドマスターからの呼び出しって何だろな?」
冒険者ギルド内部。その最奥にあるギルドマスターの部屋へと続く廊下を歩きながら、パーティのリーダーであるレッグスは呟く。それに対して、バリィは知らないよとばかりに肩を竦め、彼の妹であるリリィは、そんな言葉など届いていないかのように大きくため息をついた。
リリィの隣を歩いていたかつての少女ーーテスリスはそんな彼女の態度に嘆息を漏らす。
「バーラット殿がここを出て七日も経つというのに、まだ落ち込んでいるのか? リリィ」
呆れ気味のテスリスの言葉に、肩を落として歩いていたリリィがキッと睨む様に横を向く。
「バーラットさんはどうでもいいんです! 私はヒイロ様のお供できないことが悲しいんです。大体、テスリスだってバーラットさんについて行きたがってたじゃないですか。もう気持ちが切り替えられたというのであれば、貴女のバーラットさんへの想いはその程度ということですね」
「なにおぅ! 私のバーラット殿への想いがその程度の訳あるか!」
「だったら何故、そんなに平然としてられるのです」
「私はリリィと違って、バーラット殿への大き過ぎる敬愛の念を表に出さない強靭な精神力を持っているだけだ。心内では、今でも首都に旅立ったバーラット殿を追いかけたくて仕方がないぞ」
「どうだか……」
リリィの疑惑のこもった冷ややかな視線に、テスリスは「ガルルルル」と威嚇しながら睨みつける。
そんなリリィとテスリスを、バリィが「まぁまぁ」と宥めようとするがそんな事は意に介さず、二人は横を向き合って互いに睨み合いながら廊下を進み続けた。
「お前ら、着いたぞ。もう、いい加減にしろ」
ギルドマスターの部屋の前にたどり着き、喧嘩が始まった時点で我関せずを貫いていたレッグスが、流石に喧嘩をさせたまま部屋に入るわけにはいかないと声をかけると、リリィとテスリスは「ふんっ」と同時に顔を背ける。
レッグスはそんな二人に苦笑いを向けた後で扉をノックした。
「誰じゃ?」
「レッグスです」
「おお、来たか。まぁ、入りなさい」
部屋の中から聞こえてきた声にレッグスが端的に応えると、入室の許しが返ってくる。
レッグスは扉を開けて「失礼します」と軽く頭を下げた後で部屋へと入り、パーティメンバーの面々がそれに続いた。もっとも、リリィとテスリスは未だにギスギスしていたが。
ギルドマスターの部屋は、入って右手が本棚、左手にはテーブルとテーブルを挟むように三人がけのソファが置かれている。真正面に大きな窓があり、窓を背にする形で遠近感が狂いそうな程小型の机と椅子が置かれ、その椅子にサイズ感がしっくりくる小柄な老人が座っていた。
この老人こそがコーリの街のギルドマスター、ナルステイヤーである。
「ナルステイヤーさん、今日の呼び出しは一体、何なんです?」
机の前にナルステイヤーと向かい合うように立ち、レッグスがそう聞くと、好々爺然とした老人は、その喜色に満ちた表情を一層崩した。
「喜ぶんじゃ、レッグス君。国から君達にSランク昇格の打診が来ておる」
「はぁ?」
突然のナルステイヤーの吉報に対し、レッグスの口からは喜びの声よりも先に疑惑の声が漏れた。
Sランクへの昇格は、レッグス達がAランクに上がった時に一番の目標としていた望み。しかし、そこに至るにはそれなりの評価が必要なはずで、そんな活躍をした覚えのないレッグス達は、狐につままれた様な顔でナルステイヤーを凝視する。
「……どのような理由で俺達がSランクなんて話が出たんですか?」
「魔族の集落でゾンビプラントの被害を未然に防いだ功績が認められたんじゃよ。国の集落での聞き込みの結果、もし、あのままゾンビプラントが活動し続けていたら、取り返しのつかない被害が予想されたようでな、陛下はそれを未然に防いだお前達を大変買っておいでだ」
「「「あー……」」」
ナルステイヤーの返答に、テスリスを除くレッグス、バリィ、リリィの三人は、抑揚の無い声を上げながら頷く。
ゾンビプラントの討伐は、自分達も現地に居合わせてはいたが、実際に活躍したのはヒイロとバーラットである。その二人から自分達の名前を出すなと言われていたので、報告は二人の名前を外して出していた。
その結果、ゾンビプラント討伐の手柄が全てレッグス達パーティの物となっていたのだが、それがSランク昇格に繋がった理由だと知って、レッグス達は明らかに落胆する。
レッグス達は、他人の手柄で甘い汁を吸って喜べる程、愚劣な思考を持ち合わせてはいなかった。
現場に居合わせていないテスリスは、そんな三人の様子に小首を傾げる。
「何だお前達、嬉しくないのか? Sランク昇格だぞ。私だけ今だにBランクだから置いてけぼり感が半端ではないが、それでもSランクのパーティに所属出来るのは嬉しいぞ」
「んー……その功績が真っ当なものなら俺達も嬉しんだけどね」
「テスリスは現場にいなかったからわからないんです」
バリィとリリィからため息混じりにそう言われて、テスリスは疎外感を感じながら口を尖らす。
「何だ、私は蚊帳の外か?」
「後で説明してあげるから、今は黙ってて下さい」
リリィに素っ気なくあしらわれ、テスリスは口を尖らせたまま黙り込んだ。
そんな仲間達の態度で、自分と同じく昇格理由に納得いってないと判断したレッグスは、苦笑いと共にナルステイヤーへと向き直った。
「申し訳ありませんが、今回は辞退させていただきます」
「何と! 辞退とな? それはまたどうしてじゃ」
レッグスの返答に驚くナルステイヤー。そんなギルドマスターにレッグスは曖昧な笑みを浮かべた浮かべたまま首を左右に振った。
「理由は約束により申し上げる事が出来ないんです。しかしSランク昇格は、もっと自分達が納得出来る活躍をして手にしたいと思っています」
自分を真っ直ぐに見つめて確固たる意思を見せるレッグスに、その覚悟の強さを感じ取ったナルステイヤーは「ふむ」と顎に手を当てる。
「何故断るのか分からんが、よっぽどの覚悟のようじゃな」
「はい」
「そうか……残念じゃの。王都の方でも昇格の準備をしているじゃろうに。そんな陛下にお断りの報告をするのは、儂としても心苦しいのじゃがな」
「ちょっと待って下さい」
ナルステイヤーの言葉に、いち早く反応して口を出したのはリリィ。
彼女は前にいたレッグスを押し退けてナルステイヤーに詰め寄った。
「Sランク昇格の儀は王都で行われるのですか?」
「うむ、勿論じゃ。Sランク昇格は王族自ら行う。王族に足を運んでもらう訳にはいかんから、お前達が王都に行くのは当然じゃろ。しかし、断るというのならば致し方無いーー」
「受けます!」
自分の言葉を遮って、力強く先程までの返答の反対のことを断言したリリィを、ナルステイヤーが驚きに片眉を上げながら見やる。
「受ける……のか?」
ナルステイヤーの困惑気味の言葉の行き先は、途中から自分に詰め寄るリリィからその背後にいるレッグスへと向けられる。レッグスは、王都に行けるというだけでSランク昇格の話を受けようとするリリィをバリィと共に止めようとしたが、その言葉が口から出る前に、二人揃って背後にいたテスリスによってその口を塞がれた。
「もごもが!」
「ぐぎ、ごも」
口を塞がれたレッグスとバリィが言葉にならない文句を発する。しかし、二人の間に立ち、その肩に手を回すように口を塞いだテスリスは、ニッコリと笑いながら二人を交互に見た。
「折角の陛下からの打診、受けねば失礼に値すると思うぞ。ここはリリィの言う通り、受けた方が王族からの印象も良いというものだ」
レッグスとバリィにそう言い聞かせ、テスリスはリリィへと視線を向ける。リリィはそんなアイコンタクトを軽く背後を見て受けるとコクリと頷き、再びナルステイヤーへと視線を向けた。
「今回のお話、快く受けさせていただきます」
先程までギスギスしていた二人の息の合ったチームワークに、レッグスとバリィはガックリと項垂れた。
冒険者ギルドからの帰り道、夕日が赤く照らす大通りを歩く一行。
「成る程、ゾンビプラントの討伐の手柄は、ヒイロ殿とバーラット殿の手柄だったのか」
Sランク昇格の話を断ろうとした理由を聞いたテスリスは、納得がいって流石はバーラット殿だと仰々しく頷く。
「だから断ろうと思っていたのに、お前達ときたら……」
嬉しそうに鼻歌交じりに先頭を歩くリリィと、合点がいって満足そうなテスリスを見て、レッグスは盛大に息を吐く。
その疲れ切った様子に、バリィが心労を労うようにポンポンと肩をたたいた。
「まぁ、受けてしまったものは仕方がないよ」
「うむ、その通りだ」
バリィの慰めの言葉に、テスリスがいち早く反応してレッグスは睨むようにそちらに視線を向ける。
「テスリス、お前なぁ……」
文句を言いかけると、リリィが腰の後ろで手を組んで、前屈みになりながらクルリと後ろを振り返った。
「レッグス、文句ばかり言ってないで早く帰って旅の準備をしましょう。兄さんもですよ、出発は明日なんですから」
「「えっ!」」
リリィの言葉に、レッグスとバリィが驚きの声をハモらせると、彼女は何を驚いているんですと目を丸くする。
「まさか、陛下から招集を受けているのに、のんびり出発するおつもりだったんじゃないでしょうね」
「いや……確かにその通りなんだが、リリィの場合、早くヒイロさんに逢いたいだけだろ」
ジト目で見てくるレッグスと兄の視線を笑顔で受け流し、リリィはテスリスへと視線を向けた。
「理由はどうあれ、急がないといけないことには違いはないですよ。ねぇ、そうでしょう」
レッグスの言い分に否定はせずに同意を求めてくるリリィに、テスリスは嬉しそうに大きく頷いた。
「うむ、そうだな。リリィの言う通りだ」
「テスリスの場合は、早くバーラットさんに逢いたいだけじゃないか……」
自分に向けられたバリィの愚痴を、てはリリィに倣って笑顔で受け流す。
彼女の心内は、 バリィの言う通りバーラットに逢いに行ける喜びで満たされていた。しかし、それと同じくらいパーティでの初の遠出に心躍っていた。
バーラットに憧れ冒険者になり、バーラットに倣ってパーティを組んだテスリス。
その判断に間違いはなかったと、喜びからくる胸の高鳴りを心地よく思いながら、テスリスはレッグス達と共に大通りを歩いていった。
ーーーーーーーー
8月下旬、3巻発売させていただけるようです。
それに伴い、該当部分を引き下げさせていただきます。
該当部分は4章と5章の108話までです。
何卒ご了承下さい。
と、告知させていただきましたが、今回の話、本当に申し訳ありません。
本来なら、書籍オリジナルキャラをこちらに出さない方が良いのでしょうが、それをすると細かいところの齟齬がジワジワと大きくなって、書籍作業の手間が大きくなってしまうんです。
はぁ? 誰これ? と思った方、本当に申し訳ありません。
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マンネリが進みはじめていて、