超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優

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2巻

2-3

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「ヒイロさん。ヒールやハイヒール程度なら、教会も無茶してまで入会させようとはしないでしょうが、回復魔法最高位のパーフェクトヒールを使えるとなれば、まず、見逃すことはありえませんよ」

 まるで、教会に対して気を許したヒイロを見抜いたかのようなアメリアの一言に、ヒイロはビクッと背筋を伸ばしてマジマジと彼女を見る。
 そんな視線を受け、教会に対するヒイロの心情に確信を持ったアメリアは、ひとみに心配の色を宿しながら言葉を続けた。

「現在、この国でパーフェクトヒールの使い手は九人います。その内、五人が教会に所属し、二人が国に所属。残りの二人は冒険者ギルド所属ですが、SSランクとSSSランクですから事実上は国の唾が付いているんです」
「さすがの教会も、国に所属している奴をあからさまに勧誘するような真似はしない。だが、フリーなら話は別だ。ヒイロがパーフェクトヒールを使えると世間に知れたら、国と教会で争奪戦が始まるぞ!」

 冷静な口調のアメリアから引き継がれたバーラットの脅しとも取れる物言いに、ヒイロはそんなのは御免です、と肩を落としながら嘆息する。
 ヒイロに自重を促すことに成功したようだと、バーラットとアメリアは密かに視線を交わしてほくそ笑んだ。

「よし、そうとなったらパーフェクトヒールもヒールに改ざんしてしまおう。レベルは23。ランクはG。これなら目立つまい」
「そうね。これ程の改ざんは初めてだけど、ことがことだから、仕方がないわね」

 バーラットの提案にアメリアが同調し、改ざん作業が始まる。そんな二人にヒイロは、余計な手間を掛けさせて申し訳ないと頭を下げるのだった。



 第3話 身の程を知らない新人へのスパルタ指導


「では、これが冒険者ギルドに所属した証となるギルドリングです」

 カウンターの前に戻り、ギルドリングの完成を待っていたヒイロとニーアは、やっとでき上がってきた白銀色しろがねいろの装飾の無い腕輪を受付の女性から笑顔で受け取り、早速手首に装着した。
 結局、ヒイロがGランクということで、ニーアもGランクから始めることに決め、二人は互いの手首にめられたギルドリングを見つめて楽しげに笑みを浮かべていた。

「冒険者なんかになって、何が嬉しいんだろうな」

 ギルド内に設置されているテーブル席に座って見ていたバーラットが、ヒイロ達の様子を遠目に見て、喜んでいる二人に水を差すような発言をボソッと呟く。
 バーラットにとって冒険者とは、他に働き口が無い者が就く最終就職口という感覚だった。実際、そういう意味合いで冒険者になる者も少なくはないので、バーラットの向かいに座るアメリアは彼の言葉に苦笑いで返す。

「ちゃんと、冒険者という職業に夢を見てギルドの門を叩く子もいるわよ」

 言いながらアメリアは、バーラットとは対照的に微笑ましく二人を見る。

「子って……ヒイロはそんなことで浮かれる歳じゃないだろうに」
「あら、新しいことをするのに胸躍るのは、何も若い子だけじゃないでしょ」
「そんなもんかね」
「貴方だって、強い魔物と戦っている時は生き生きしてるじゃない」

 アメリアにそう言われ、バーラットは今回の旅で一番の難敵だったヒイロとの戦いを思い浮かべる。

(あれは、ここ数年で一番の激戦だった。幾度となく背筋に寒いもんが走って、最後は死を覚悟したが、確かに今思えば楽しかったかもしれんな……)

 思い出し笑いにしては獰猛どうもう過ぎる笑みを浮かべるバーラットに、長い付き合いながらアメリアが若干引いていると、ギルドの入り口の扉が壊れんばかりに乱暴に開け放たれた。

「何だ一体? ……って、レッグスか」

 その音で回顧かいこから引き戻され我に返ったバーラットは、入り口に仁王立におうだちしていたレッグスを確認してすぐに興味を失い、再びアメリアとの雑談に興じ始める。

「ヒイロさん!」

 レッグスはカウンター前に立つヒイロの姿を見つけると、一目散いちもくさんに駆け寄っていった。
 ヒイロは突然現れたレッグスに驚きながらも、その緊迫きんぱくした様子からただならぬものを感じて、緊張しながら彼の次の言葉を待った。

「ヒイロさん、お願いします!」

 ヒイロの前に立ったレッグスは深々と頭を下げる。
 Aランクの冒険者として名高いレッグスが、たった今ギルドリングを受け取ったばかりの新人に頭を下げる。そんな姿が異様に映ったのか、カウンター奥にいたギルド職員達からどよめきが起きる。時間帯的に他の冒険者がいなかったのは幸いと言えた。
 そして職員達も、アメリアがニッコリと口元に笑みを浮かべながら唯一笑っていない視線を向けると、何かを察したのか、ゴクリとのどを鳴らしながらコクコクと頷き、作業に戻っていった。

「ちょっ……どうしたんですか、レッグスさん。とにかく顔を上げてください」

 背後で行われたアメリアのファインプレーを知らないヒイロは、突然人の目を気にせずに頭を下げたレッグスに困惑しながら、その肩に手を置く。
 レッグスは頭を上げて、すがるような視線をヒイロに向けた。

「ヒイロさん……どうか、スレインとスティアと一緒に魔物討伐に行ってくれないでしょうか」
「……スレインさんとスティアさん?」
「こいつらのことっすよ」

 突然の申し出もさることながら、聞いたことのない名前を出されて、ヒイロはクエスチョンマークで頭の中を一杯にする。そこにバリィが、レッグスの背後の出入り口からその答えを連れて入ってきた。
 彼の手は、自分の前を歩くレッグスの双子の兄妹の肩に置かれている。

「まったく……レッグス、突然そんなことをお願いしたら、ヒイロ様が困惑するじゃないですか」

 バリィの後に続いて入って来たリリィの小言がレッグスに向けられる中、ヒイロはやっと疑問が解けて手の平に握った手を打つ。

「ああ、レッグスさんの双子の御兄妹のことでしたか。しかし何でまた、私がお二人と一緒に魔物討伐なんて話に?」

 ヒイロのもっともな疑問に、レッグスは申し訳なさそうに頭に手をやる。

「こいつら、俺達以外とパーティを組んだことが無いんで、自分達の力量が分かってないんですよ。だから、ヒイロさんにはこいつらに身の程というやつを教えてやって欲しいんです」
「……身の程を教えるのに何故、私が彼等と魔物討伐なんて話になるんです?」

 身の程なら自分達で教えればよいのではというヒイロの言葉に、レッグスはヒイロの耳元に口を近付けボソボソと耳打ちする。

「あいつら、俺達の力量は見慣れてるんですよ。その上で、Aランクはこの程度とたかくくって、自分達も時が経てば勝手にそれくらいは強くなれると思い込んでるんです。ですから、ヒイロさんには、あの人間離れした力の一端を見せて身の程を思い知らせて欲しいんですよ」

 レッグスの申し出に、ヒイロは困ったように苦笑いを浮かべた。
 ヒイロとて、自分がいかに規格外か十分過ぎる程分かっている。だがそれは、単純に膂力りょりょくが強いというだけで、戦闘に関してはまったくの素人しろうとであることをヒイロはバーラットとの旅で重々承知していた。だから、果たして自分と一緒に魔物討伐に行くことが彼等にとってプラスになるのか、ヒイロにははなはだ疑問であった。それに――

「私はまず、コーリの街を散策したかったんですが……」

 ヒイロはこの街を見て回りたかったのである。
 彼にとってコーリの街は、興味を引かれる物が数多くあった初めての大きな街だった。しかし、バーラットによって半強制的にギルドに連れてこられたので、この後はバーラットに案内してもらい、街を見て回るつもりでいた。
 そんな意向を伝えながら、ヒイロはバーラットへと視線を向けた。が、バーラットはヒラヒラと手の平を左右に振ってヒイロの提案を却下きゃっかする。

「すまんが俺はこの後、用があってな。悪いが別行動を取らせてもらう」
「えっ! だって、まだ宿も取ってないでしょう」
「あー……それなら問題は無い。俺はこの街に家を持ってるからな。ヒイロもこの街にいる間は俺の家に泊まればいい。部屋ならいくらでも空いてる」
「……えっ? 持ち家があるんですか!?」
「はっはっはっ、SSランク冒険者の財力を舐めるなよ。家を買うくらい、造作ぞうさも無ぇんだよ」

 家を持っていることを自慢じまんするように高笑いするバーラット。
 根無し草のような様子だったバーラットが家持ちだと知り、ビックリしているヒイロに、レッグスがすがくように再び哀願あいがんを再開する。

「頼みますヒイロさん! こいつら、俺達の忠告じゃ聞かないんですよ。ですからヒイロさんに実戦で、戦いの厳しさを教えてやって欲しいんです!」
「私も同行しますので、なんとかお付き合い願えないでしょうか」

 レッグスの懇願に、ヒイロと一緒に魔物討伐に行きたいという自分の願望を心の内に巧妙こうみょうに隠したリリィの頼みも加わり、ヒイロは観念したようにガックリと肩を落とした。

「今日の午後だけですよ。私も冒険者になって、色々とやってみたいことがあるんですから。それに、教えるといっても私も冒険者としては初心者ですから、御期待に沿えるか分かりませんよ」

 色々と予防線を張るヒイロに、レッグスは問題無いとばかりにコクコクと頷き、その影でリリィが小さくガッツポーズを取っていた。

「ヒイロさんなら、冒険者初心者でも全然問題無いです。だから、是非ともお願いします。ほら、お前らもちゃんと挨拶しろ!」

 レッグスに促されて、スレインとスティアが前に出てきてヒイロに頭を下げる。

「スレインです。ポジションは前衛で得物はロングソード。ランクはFランクです。よろしくお願いします」
「スティアです。火系と水系の魔法が得意です。同じくFランクです。よろしくです」
(なんだ、しっかりとした挨拶ができるじゃないですか。レッグスさんが言うような問題児には見えませんけどねぇ)

 二人の態度に好感を持ったヒイロは、軽く会釈えしゃくして挨拶の代わりに自己紹介を始めたのだが――

「私はヒイロです。少しばかりの魔法と格闘術が主体ですね。ランクはGです」
「ニーアだよ。風系の魔法を少々、ランクは同じくG」

 ヒイロに続き、レッグスが入ってきた時に、扉の開く音にビックリしてヒイロの懐に納まっていたニーアが自己紹介する。その途端とたん今まで緊張気味だったスレインとスティアの態度がガラリと変わった。

「なんだ、Gランクかよ。レッグスにぃが敬語なんか使うからどんなに強いのかと思ったら、見た目通り強くないんじゃん。緊張して損した」
「うわっ、妖精だ! 初めて見た。可愛い~」

 スレインはその場でダラけたように姿勢を崩し、スティアはヒイロの懐に納まっているニーアに手を伸ばしてくる。その、冒険者ランクを知った後の舐めきった豹変ひょうへんっぷりに、ヒイロはスティアの手を優しく払いのけながら、引き受けたことを少し後悔していた。
 そんなヒイロの心情を知らずに、レッグス達はスレインとスティアを咎めることも忘れてヒイロを驚きの表情で見つめる。

「……ヒイロさん、Gランクなんですか!」
「あの戦闘力でGランクなんて、ありえねぇっす」
「ヒイロ様がGランク……冒険者ギルドはヒイロ様を舐めているのですか!」

 三者三様に驚くレッグス達。一人だけ怒りをにじませている者がいるが、その怒りの矛先はスレイン達には向いていなかった。
 ヒイロは、なおも新しいオモチャを見つけた子供みたいにニーアに手を伸ばしてくるスティアをあしらいながら、そんな三人に呆れたようにボソッと呟く。

「別にランクにはこだわりがありませんので、それはそれでいいのです。それよりもこの二人……肩書きや見た目で相手を見くびるところなんて、レッグスさんにそっくりですねぇ。さすが兄妹です」

 ヒイロの皮肉を利かせた呟きを聞き我に返ったレッグス達は、慌ててスレインとスティアをなだめるのだった。


 コーリの街は東と西の山脈に挟まれた街だが、山脈同士はある程度距離が離れており、街の周りには平野が広がっていた。平野に生息する魔物は北と東で比較的レベルが高く、次いで西。そして、今ヒイロ達が来ている南の平野の魔物が一番低レベルで、駆け出し冒険者でも安心して行動できる狩場となっている場所であった。

「せいっ!」

 鋭い掛け声とともにスレインのロングソードが一閃いっせんされ、額にドリル状の角を持つウサギ、ホーンラビットが切り倒される。

「へっ、やっぱり南の平野じゃあ、手応えが無さすぎるぜ」
「ファイアアロー! スレイン、弱い魔物ばかりだからって油断し過ぎ」

 ホーンラビットを一匹倒して勝ち誇っていたスレイン。その背後から、角を前面に向けて飛び掛かってきたホーンラビットを、スティアがファイアアローで撃ち落とす。

「攻撃範囲に入ってきたら、振り向きざまに斬りつけるつもりだったんだよ!」
「嘘ばっかり。全然気付いてなかったくせに」

 ホーンラビットを見つけるやいなや、突然飛び出して行って勝手に戦闘を始めた挙句あげく、終いには口喧嘩を始めた二人を、ヒイロは苦笑いで見つめていた。

「パーティの連携を考えずに好き勝手に戦闘を始め、周囲の警戒には無頓着むとんちゃく。挙句の果てには魔物が闊歩かっぽする草原のど真ん中で口喧嘩ですか……素人の私でも悪手のオンパレードなのが分かります。いやはや、予想以上の問題児ですねぇ」
「すみません……レッグスは口では厳しく注意するんですが、基本的にスレイン達には甘いので、実戦では怪我けがをする前に助けてしまうんです。ですから、戦闘中に危険なことに直面していない二人は、自分達が強いと勘違いしてしまっていて……」
「彼等との付き合いは長いのですか?」

 ここに来るまで、スレインとスティアがリリィを実の姉のようにしたっていたのを見ていたヒイロは、この三人がどのような関係なのか気になり聞いてみた。

「私と兄さんはレッグスと幼馴染おさななじみなんです。だから、スレインとスティアのことも生まれた時から知ってます」
「ほほう。では、リリィさんやバリィさんにとっても彼等は弟、妹みたいな存在なんですね」
「はい。ですから、スレイン達が自分も冒険者になると言った時は皆で反対したんです。ただ、いかんせん私達も冒険者ですから説得力が無かったらしく、結局、私達の後を追って冒険者になってしまったんです。それでも、冒険者として生き残れるように厳しくきたえるつもりだったんですが……」

 やっぱり強く止めとくべきだったというニュアンスをふんだんに含んだリリィの言葉に、ヒイロはスレイン達を心配する彼女の心情が見て取れて、静かに微笑んだ。

「なんだかんだ言って、皆で甘やかしたということですか。まぁ、可愛い弟分と妹分でしょうから、分からないわけではありませんけど。しかしそうすると、私が期待されているのは彼等へのピンチの演出というところですか?」

 ヒイロの言葉にリリィは力強く頷く。リリィの脳裏のうりには、兄が死にかけていた時に颯爽さっそうと現れたヒイロの心強い姿が鮮明せんめいに浮かんでいた。あの演出をもう一度と願うリリィに、ヒイロの懐に納まっていたニーアが水を差す。

「だとしたら、場所の選択を間違ったよね」

 ニーアの的を射た言葉に、ヒイロとリリィは顔を見合わせる。
 そう、この地にはスレイン達を窮地きゅうちに立たせるような魔物はいないのだ。
 しかしヒイロ達がこの地を選んだのは、別に狙った訳ではない。
 魔族の集落の騒動を解決したことになっているレッグスは、ヒイロにスレイン達を押し付けた後、今回の遠征の報告をするために、バリィを引き連れてギルドの奥に引っ込んでしまった。同行することになったリリィも、行き先はお任せしますとしか言わなかった。しかし、ヒイロがこの辺りの情報に詳しい筈も無く、結局、オススメの狩り場を受付の女性に聞いたのだ。
 いくらAランクのレッグス達と知り合いとはいえ、Gランク、しかも四十歳超えのヒイロに魔物を狩る場所を教えて欲しいと言われ、この地を案内した受付の女性に罪は無いだろう。

「ピンチの演出が目的だと初めから分かっていたら、もっといい場所を教えてもらったんですけどね」
「あの受付のお姉さんも、Aランクのリリィが一緒なんだから、もうちょっと気の利いた場所を教えてくれればいいのに」
「まあまあ、このまま街を回り込むように西へ向かえば、徐々に魔物も強くなっていきますから、のんびり行きましょう」

 元々、ヒイロの魔物討伐に同伴どうはんすることが一番の目的だったリリィが、考え込んでしまったヒイロとニーアにそう進言する。

「そうですね。日暮れまではまだ時間がありますし、のんびり行きますか」

 急いだからといって、こちらの思惑おもわく通りには進展しないだろうと判断したヒイロは、まんまとリリィの思惑にハマりつつ、未だに口喧嘩をしているスレイン達の下に近寄る。そしてひざをつくと、彼等が倒したホーンラビットを拾い上げた。

「う~ん、見事なドリルです。これで回転すれば最高なんですけどねぇ」
「……角が回転したら怖いよ」

 両耳を持って持ち上げたホーンラビットの角をしげしげと見つめて笑みを零すヒイロに、ニーアはドリル状の角を回転させて敵の身体をえぐるホーンラビットを想像して異をとなえる。しかし、ヒイロはそんなニーアを諭すように反論した。

「何を言います。ドリルで地中を進み、地上に出ると同時に敵の土手どてぱらに風穴を開ける。ドリルは男のロマンなのです。足が折れそうなくらい細い方は腕に装備してましたし、ミサイルとして飛ばす強者つわものも大勢いましたよ」

 熱く語るヒイロに、ニーアはまた始まったと言わんばかりにそっぽを向き、リリィは曖昧あいまいな笑みを浮かべながら小首を傾げた。そんな二人を見てヒイロは嘆息する。

「うーん、やっぱりドリルの良さは分からないですかねぇ」

 残念と言わんばかりにのたまいながら、ヒイロはマジックバッグにホーンラビットをしまいこんでいった。

「さて、行きますか」

 このままここに居ても収穫があるわけでもなし、ヒイロは、まだ言い争いを続けているスレインとスティアに声をかけた。

「スレインさん、スティアさん」
「あん? 何だよヒイロのおじさん」
「何ですか? ヒイロのおじさん」
「そろそろ、西の方に移動――」

 口喧嘩の延長で、険のある口調で言葉を返すスレインとスティア。喧嘩中とはいえ目上の者に対する口振りではない。しかし、特に気にした様子のないヒイロが先を促そうとしたのだが――

「スレイン! スティア! 貴方達、ヒイロ様に向かって、何て口の利き方を!」

 リリィの怒声がそのヒイロの言葉を塗り潰した。

「何だよリリィ姉ちゃん。冒険者は実力が全てだろ。いくら歳が上だからって、Fランクの俺達がGランクのおっさんにかしこまる必要はないだろ」
「そうだそうだー!」

 さっきまで口喧嘩をしていたとは思えない団結力で反論するスレインとスティア。そんな二人をリリィが全身をワナワナと震わせながら睨みつけると、それを見たヒイロは慌てた。

「リリィさん落ち着いて! 私なら気にしてませんから。大体、リリィさんなんて初めて会った時は私をガン無視してたじゃないですか。仕打ち的にはそっちの方がひどかったですよ」

 このままではこの場所で日が暮れてしまうのではないかと心配したヒイロが、リリィをなだめる。
 リリィは、ヒイロを歯牙にも掛けていなかった事実を持ち出されて「うっ」と呻きながら押し黙った。

「やれやれ……リリィさんに同行してもらって、私の気苦労が増えている気がします」

 早く、無事に半日が過ぎて欲しいものだと願うヒイロだった。


 一方その頃、バーラットは、大通りから大きく外れた裏通りを一人歩いていた。
 コーリの街は旅人や商人、冒険者などの出入りが多い。それ故、駐屯ちゅうとんの兵や自警団がそれなりの人数そろっているのだが、それでも、その目を街の隅々まで届かせることはできない。
 今、バーラットが歩いているこの一帯もそんな目の届かないエリアの一部で、ガラの悪い男達がうろついている。しかしながら、大通りを歩く人々より、こういった場所の常連である彼等の方がSSランクのバーラットのことをよく知っているようで、彼の姿を見ると大袈裟おおげさに端に寄りその行く道を開けていた。
 バーラットはそんな連中には目もくれず、裏通りのど真ん中をのしのしと歩いていく。そして、一軒の家の前で立ち止まった。
 そこは、本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるような、辛うじて家の体裁ていさいを保っている平屋の掘っ建て小屋だった。その今にも崩れそうな外観は、知らない人が見たら十人中十人が廃屋はいおくだと思うことだろう。

「おーい! 生きてるかぁー?」

 バーラットが叩けば間違いなく壊れるであろうボロいドアの前で、彼は大声を上げる。だが、掘っ建て小屋の中からの返事は無い。

「………………いないのか? 開けるぞ」

 少し待ち、バーラットが確認を取ってからドアノブに手をかけると、掘っ建て小屋の中がバタバタと騒がしくなった。

「なんだ、やっぱりいるんじゃねぇか」

 そう呟き、バーラットがドアノブから手を放すと、それと同時にドアが開いて一人の小柄な老人が姿を現した。
 老人の年の頃は七十くらい。ボロ雑巾ぞうきんと見間違いそうな灰色のローブを纏い、いつから洗っていないのか分からないゴワゴワの髪を苛立ったように掻きながら、バーラットを険しい眼差しで見上げていた。

「よう、ボブじい。元気そうじゃねえか」

 バーラットが手を上げながら陽気に話しかけると、仏頂面ぶっちょうづらだった老人は更に不機嫌そうに顔を歪める。

「ふん! バーラット、お前は相変わらず無駄むだに元気だな。で、何の用だ! わしとしてはさっさと消えて欲しいんだがな」
「何だ、折角せっかく顔を出してやったのに随分とご挨拶だな」
「お前が来たから機嫌が悪いんだよ! 毎回毎回、人の研究の邪魔に来おって! 前回など、鍵のかかっていたドアを力尽くで開けて、ドアを破壊したではないか!」
「あれなら、ちゃんと色を付けて弁償べんしょうしただろ。大体、いつも居留守を使うボブ爺が悪いんじゃねえか」
「ふん、何の得にもならんことに時間をかける程、暇じゃあないんだよ。で、今回は何の用だ」

 一通り憎まれ口を叩きあった後で、二人はやっと本題に入る。これはいつものことで、二人にとって挨拶代わりのようなものだった。
 邪魔者呼ばわりされて苦笑いを浮かべていたバーラットは、ボブ爺が聞く気になったのを見計らって表情を引き締めた。

「ボブ爺、【一撃必殺】というスキルに心当たりはあるか?」

 バーラットの質問にボブ爺は興味深そうに片眉を上げて目を見開くと、そのままクルリと背を向けた。

「入れ」

 そう短く言い捨てて、スタスタと家の奥へと歩き始める。バーラットは、見込みありと踏んでほくそ笑みながら後に続いた。
 案内された部屋は、入り口から続く廊下の突き当たりにあった。

「で、そのスキルの名を何処で聞いた?」

 窓の前に置かれた机に備え付けられている椅子に座りながら、ボブ爺は部屋の入り口で立ち尽くすバーラットに問いかける。


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