上 下
162 / 172
第5章 『水の国』教官編

第158話 ひと時の安らぎ……ああ、やっぱり健一達と一緒だとホッとするね

しおりを挟む
   
   
   
「えっ、覚えてないんですか?」
「うむ、人間の顔など、どれも同じに見えるからな。今後、会う必要の無い奴などいちいち覚えてなどおらん」

   翌日、ガウレッドさんの承諾を得て俺は水の国に、ティアは土の国に戻ることになったのだが、そこで一つ問題が起きた。
   戻るのに時空間転移を使うつもりなんだけど、俺が時空間転移を使えることは忍さんにはバレたくない。転移した時に転移先に誰も居なければ問題無いのだが、その可能性がゼロではない以上、俺が時空間転移を使うことは避けたかった。そこで、ガウレッドさんに送ってもらおうと思ったのだが、ガウレッドさんは忍さんの顔を覚えていないというのだ。

「……ヒメの顔は覚えたんですよね」
「おお、あのティアに料理を教えていた女か。うむ、あの女は見所があったからな、しっかりと覚えているぞ」

   見所……それは、料理の腕前という面で、ですよね。忍さんは人の中ではかなり強い方だと思うのけど、ガウレッドさんから見たら人の強さの差なんて微々たるもので、覚える価値は無いということですか……

「仕方がないですね。転移は水の国のリビングにポインターを設置している俺が行いますので、ガウレッドさんは一緒について来て下さい。それで、ガウレッドさんに連れて来られたと思わせることが出来る筈です」
「むぅ、面倒臭いな」

   渋るガウレッドさんに、「何ならセリスさんに頼んでも良いんですが」と言うと、セリスさんが「構いませんよ」と笑顔で立ち上がる素振りを見せ、ガウレッドさんは慌てて了承した。
   まぁ、セリスさんの知名度がこの大陸でどれ程のものなのか知らないけど、光の国の【超越者】と繋がりのあるかもしれない忍さんに、ガウレッドさんに次いでセリスさんとも知り合いだとは知られたくないので、これはこれで良かった。

「では、博貴、気を付けて。何かあったら連絡するんですよ」
「博貴、ティアちゃん。またねぇ~」

   セリスさんとリアに見送られながら、ガウレッドさんの時空間転移で先ずは健一達が居る地の国のダンジョンに。
   ちなみに、健一達が地の国の冒険者ギルドのギルドマスターの案内でダンジョンに着いたことは、昨日トモから報告済みだ。

「では、行くぞ」

   その一言と共にガウレッドさんの時空間転移が発動し、セリスさんとリアに手を振っていた俺の視界が一瞬で切り替わった。

   ーーーーーー

   ガウレッドさんの時空間転移で、あっという間に地の国のログハウスへと到着。ダンジョンの上に建てられているログハウスはその構造がみんな一緒のようで、そのリビングに着いた瞬間、とても懐かしく感じてしまった。
   前に転移したのは火の国のログハウスからだったけど、だいぶ長い時間、ガウレッドさんの根城に居た気がするな……
   実際は約十日。でも、その間に体験した経験が濃すぎたせいか、凄い久しぶりな気がする。

「おかえり~」

   事前にトモを通して連絡していたお陰で、ガウレッドさんと共に俺たちが突然現れても、健一達は驚かずに笑顔で出迎えてくれた。

「ただいま……と言っても良いのかな?   俺は直ぐに行かないといけないんだけど……」
「なに言ってんの博貴。直ぐに行かないといけなくても、最終的に博貴が帰ってくる場所は僕達の所じゃないのかい?」
「そうそう。ここでただいまって言わないで、ひろちゃんは何処でただいまって言うつもり?」

   この世界に俺の帰るべき場所は無い。しかし、健一とヒメの言葉に、心の拠り所を覚えて思わず笑みがこぼれてしまう。

「そうだな。ここはただいまだな」
「ん、ただいま」
「うん、おかえり」

   俺に続きティアもただいまの挨拶を返すと、健一達は満面の笑みで答えてくれる。

「朝食はまだ?   ヒメちゃんが準備してたんだけど食べてく?」
「何、朝食だと!   食べていくに決まってるだろ」

   桃花さんのその言葉に、俺よりも早くガウレッドさんが反応する。
   俺的には早く水の国に向かいたかったが、ガウレッドさんが食い付いてしまったから仕方がない。俺も健一達との語らいで、ガウレッドさんの所で擦り切れてしまった心を癒したいしな。
   ガウレッドさんの即答にヒメがクスクスと笑いながら厨房へと入っていくと、それに当然の様にティアが続いた。
   うん、良い傾向だ。セリスさんはティアが俺以外には心を開いてないんじゃないかと言ってたけど、ティアは間違いなく健一達……特にヒメには懐き始めてると思う。
   こうやって、ティアにとって大事な人が増えてくれると、良いんだけど……
   ティアを健一達に付けることは、彼女にとって良い情操教育になるんではないかと確信を持ちながら、待つこと暫し……
   リビングのテーブルにヒメと桃花さん、ティアの手によって料理が並べられた。
   テーブルの真ん中にはボールに入れられた彩り鮮やかなサラダが置かれ、席に着いた各々の前にご飯と焼き魚、目玉焼きに味噌汁か配られる。
   うん。栄養バランスの取れた素晴らしい朝食だ。ガウレッドさんの所に居た時の肉中心の献立とは、根本的に違い過ぎる。
   自分の前に置かれたおかずを見て、ガウレッドさんが少し不満気味だったがそこは無視して箸を持つ。
   全員でいただきますの挨拶を済ませ、食事が始まった。

「そう言えば健一。もう進化系スキルを取得出来るのに、その前に取得する【転生者】をまだ取ってないんだったよな」

   目玉焼きと焼き魚に醤油をかけながら健一に聞くと、健一は味噌汁をズズッとすすった後で俺へと視線を向ける。

「うん。【転生者】を取るのは窪さんと一緒のタイミングにしようと思っているんだ」
「俺に遠慮してそうしてるなら、そんな遠慮は止めてくれと言っんだがな。どうやら、健一は本気であるか分からない上を目指しているらしい」

   窪さんがそう言って健一へと視線を向けると、健一は「当然だよ」と真顔で答えた。
   窪さんは健一達と違いレベルが高過ぎるから、【転生者】を取れるのは六つの国のダンジョンを回ってやっとと言う予想だったよな。
   そんなことを思い浮かべつつ、先日のガウレッドさんとセリスさんの会話を思い出す。

「進化系スキルの先、本当にあるかもしれないぞ」

   俺の言葉に、小皿にサラダを取り分けていた健一の手が止まった。

「それ、本当?   僕はもしかしたらという可能性に賭けてるだけなんだけど」
「二期の勇者が進化系スキルを重複して持ってるらしい。彼等は初めから進化系スキルを一つ持ってこの世界に来たから可能だったらしいんだけど、進化系スキルの複合型があるんなら……」
「僕等が、初めっから複数の進化系スキルの取得条件を満たしていれば、取得が可能かもしれないってことだね」

   健一の言葉にコクリと頷いてみせると、健一はニッコリと笑った。

「これも、博貴のお陰でスキルポイントを普通の十八倍以上取得出来るお陰だね」
「まだ、複合型の進化系スキルを取得出来るって決まったわけじゃないだろ」

   健一の真っ直ぐな礼に照れながら味噌汁に口をつけると、隣でガウレッドさんがご飯茶碗をヒメに差し出していた。

「この、焼き魚にショーユという調味料の相性はなかなか良いな。ご飯が進む、おかわりだ」
「ん、ティアも」

   ガウレッドさんに触発されたのか、ティアも一緒になってご飯茶碗をヒメに差し出した。

「はい、はい。待っててね」

   ヒメが順番に茶碗を受け取り、おひつからご飯をよそって二人に渡すと、二人は競う様にガツガツと食べ始めた。

「ヒメちゃん、その二人に付き合ってたらヒメちゃんが食べる時間が無くなっちゃうんじゃない?   代わろうか?」

   二人の食べっぷりに桃花さんが苦笑いを浮かべながらそう申し出たが、ヒメは笑みをこぼしながら「大丈夫だよ」と断る。

「作った料理を美味しそうに食べてくれるんだもん。見てて楽しいから大丈夫」

   本当に面白いものでも見るかの様にそう言って食事風景を見渡すヒメに、ガウレッドさんが箸を止めて視線を向けた。

「おい、女」
「ガウレッドさん、その呼び方は流石に失礼。ヒメちゃんだよ」

   ガウレッドさんの言い様に、すかさず桃花さんから指導が飛ぶ。ガウレッドさんも慮ることがあったのか、「むぅ」と一言唸ると訂正しつつ再び口を開いた。

「おい、ヒメ。食後のデザートは用意しているんだろうな」

   珍しく食事中に喋ったと思ったら結局、食べ物のことですか……
   ヒメがガウレッドさんの言葉にクスクスと笑いながら、コクリと頷くと、ガウレッドさんは満足して食事へと戻った。
   ちなみに、食後に出されたデザートはフルーツを閉じ込めた寒天。一体、何処から寒天なんて調達したのか……料理系最高位のスキルを持っていても、俺には見つけられなかった。
   やっぱり同じスキルを持っていても、知識の差でこんなにも利用幅が違うのかと改めて思い知らされた。

ーーーーーー

   目玉焼きは半熟に醤油派。
   
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:14

サンタに恨み

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:5

庭師見習いは見た!お屋敷は今日も大変!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,523pt お気に入り:8

前世は不遇な人生でしたが、転生した今世もどうやら不遇のようです。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:197

なにがどうしてこうなった?!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,202

特殊スキル「安産」で異世界を渡り歩く方法

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:360

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,967pt お気に入り:2,423

処理中です...