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第5章 『水の国』教官編

第156話 飴と鞭の指導……ティア、君の行く末が本当に心配です

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「ていっ!」
「甘いぞ」

   腰を屈め、伸ばした足を地面スレスレに振りながら後方から放った俺の足払いは、ガウレッドさんがチョンと爪先を地面につけた足の裏でアッサリと止められる。

「うぐぅ……」

   正面のティアに意識が集中していた気がしたから水面蹴りで足を狙ったけど、やっぱり【空間掌握】持ちには死角からの攻撃も無意味か……

「博貴。お前、俺が【空間掌握】持ちだから死角からの攻撃は意味無いなんて思ってないか?」
「うっ……」

   ティアの猛攻を片手であしらいながら、ガウレッドさんがチラッとこちらを見ながら発した、心を読んでるんじゃないかと疑いたくなる様な言葉。その見事な見抜かれ具合に俺がぐうの音も出ないでいると、ドームの端っこに置かれたちゃぶ台の横で正座し、呑気にお茶をすすっていたセリスさんが口を開く。

「いくら【空間掌握】持ちでも、死角からの攻撃は視界に入ってる攻撃より嫌なものです。博貴も【空間掌握】を持っているのだからそれくらいは分かるでしょう?」

   隅っこにいるセリスさんの静かな声が中央にいる俺にハッキリ聞こえているのは、セリスさんの【マインドネットワーク】の影響だろうか。まぁ、それはともかく、確かにセリスさんの言う通りだ。
   【空間掌握】は、自分の周りの状況を立体的に頭の中で把握出来る能力。確かにそれにより所有者の死角は事実上無くなるのだが、視覚情報と【空間掌握】の情報ではどうしても視覚情報を優先してしまう。そのため両方同時に攻撃を認識した場合、反射的に見えている敵の方に反応してしまうのだ。
   俺はそれを【空間掌握】をまだ使いこなせていないからと思っていたが、どうやらガウレッドさんやセリスさんの口振りからすれば違うらしい。

「目に見えている者と【空間掌握】で認識した者では、瞬間的には見えている者に意識がいってしまいます。では、何故博貴の攻撃がガウレッドに受けられるのか。それは、博貴の攻撃は意識してからの行動が遅いからです」
「あっ、それは前にガウレッドさんにも言われました」

   戦闘中にもかかわらず、思わずセリスさんの方に目を向けると彼女は静かに頷いてみせる。

「博貴の場合、攻撃を意識して技を選び、相手の隙を再確認してから攻撃に移る。そうしている様に見受けられます」
「確かにそうかもしれません……」

   攻撃の瞬間の行動思考なんて考えたこともなかったが、言われてみればそうかもしれない。

「それでは遅いのです。私やガウレッド、それにティアもそうですが、肉弾戦の上級者は相手の隙を見抜いた瞬間に、考えるよりも身体がその隙に対する有効な攻撃を選択して動いているものです。勿論、その隙がフェイクかそうでないかを見抜いた上で」
「……それは、戦闘が身体に染み付いてないと出来ないのでは?」

   俺が戦い始めたのは、ほんの一年くらい前からだ。それまでは普通の学生であり武術の経験も無かったんだから、そんな条件反射的なものを求められても無理だと思う。
   そんな、無い物ねだりの俺の呟きに、セリスさんは困った様にフゥとため息を吐く。

「そこなんですよね。普通、博貴程の力を持つ者は、それくらいの事は息をする様に出来る筈なのですが、貴方は出来ていない……アンバランスなんです。【超越者】の力があるので、普通の者には余裕で勝てるでしょうが、ある程度の水準を満たした者には通用しませんよ」
「確かにな。それに、戦っている最中によそ見をするのもありえねぇ行動だ」

[マスター!   危ない!]

   突然会話に割って入ってきたガウレッドさんの言葉と共にアユムの警告も入り、慌ててガウレッドさんの方に顔を向けると、ガウレッドさんの足の裏が眼前に迫っていた。

「むぎゅ!」

   ガウレッドさんの蹴りをまともに顔面に喰らい、後方に翻筋斗もんどり打ちながら吹き飛ばされる。そんな俺を見てガウレッドさんがクッカッカッカッと笑う。

「お前の動きはスキルで補正されている様だが、思考や攻撃の姿勢などが素人臭いんだ。どこかに甘さを感じる」

   ジンジンと痛む顔を押さえながら立ち上がる俺にティアをあしらいながらガウレッドさんがそう言い放つが、直後にセリスさんから念話が入る。

(ガウレッドはああ言ってますが、私は博貴のその甘さに好感を持っています。その甘さは相手を殺さない様に配慮している結果なのでは?)

   相手を殺さない配慮……確かにそうかもしれない。
   神の思惑を知ってから、殺意を覚えた相手以外は殺さない様に頭の片隅にそのことを思い描いていた。だから、有効な攻撃を選び、更に相手を殺さないよう、威力を抑えて手心を加える癖が付いているのかもしれない。

(ガウレッド……それにティアもですが、攻撃を受けて相手が死んでしまうのであれば、それはそれで仕方がない……二人はそんな考えで戦っています。それは戦う姿勢としては間違っていないのでしょうが、格下の相手にもそんな戦い方をするのは、自分の力に溺れている様にも思えます)
(……ティアも……ですか)
(はい。彼女の攻撃からは、相手を思いやる気持ちが感じられませんから)

   セリスさんの落胆にも聞こえる声色に、一抹の不安を感じつつ、ある事実に気付いてそれを念話で確認する。

(そう言えば、セリスさんはティアに【マインドネットワーク】を繋げていませんでしたね)
(ティアとは意思の疎通が難しいと感じましたから……彼女はここにいる者の中では博貴にしか心を開いていません……料理は素晴らしいのに残念です)

   本当に残念そうに念話を送ってくるセリスさん。
   結局、そっちかい!   と思いつつも、セリスさんの話を聞いてティアの行く末が心配になってくる。

(ティアは自分の中で大切な者とそれ以外、その様に人を分けている様に思います。そして、今の時点で大切な者に分類しているのは博貴ただ一人ではないのでしょうか……貴方と共にいる時は、貴方の意思を尊重してその思想に従うでしょう。ですが、貴方が側に居なければ、彼女は自分に不都合な者を躊躇いなく消してしまう。そんな冷酷な者に変貌する可能性が充分にあります)

   セリスさんの念話の内容に、思わずゴクリと唾を飲み込むと、彼女は更に声色を冷やかなものに変えて念話を続ける。

(もしそうなれば、【超越者】の先達としてティアを粛清の対象としなければなりません。せっかく久しぶりに現れた【超越者】だというのに、それはあまりに惜しいのです……料理も上手いのに……)

   すごい小声の最後の一言は置いといて、ティアがそんな危ない橋を渡っていたとは……
   確かにティアは知り合い以外には興味を示さないし、率先して仲良くなろうともしないけれども、それでも大切に思ってる人が俺一人というセリスさんの考えはどうなのだろうか?
   かなねぇにもレリックさんとも、それなりにコミニケーションを取っていたし、健一達……特にヒメとは料理を通して親密になってる様な気がする。
   プラス思考でそんなことを考えていると、再びセリスさんから念話が入る。

(もしかして、ティアには大切に思ってる人は他にもいる……と考えていますか?)

   だから、ガウレッドさんみたいに俺の思考を読まないで下さい……
   セリスさんに向かって渋面を作ってみせると、彼女はそんな俺を見ながらクスクスと笑う。

(当たっていた様ですね。貴方は問題点にぶつかるとその場で考え込む癖がある様ですね。その間、ポーカーフェイスが剥がれるので表情で考えが読めてしまいますよ)

   ……俺にそんな癖が……確かに咄嗟に思っていることを整理しようとしてたからそこまで気が回ってなかったけど……

(さて、その問題点は取り敢えず置いておいて、ティアのことですが、貴方が先程思い描いたティアの大切に思ってるかもしれない人というのは、貴方と親密な関係の人達ではないですか?)
(えっ……それは……)

   確かにその通りだと目を見開くと、セリスさんはやっぱりという様に目を閉じて小さく頷く。

(それは、貴方と親密な人達だから彼女もそれに習ってるだけだと思います。ティアは、心の中心に貴方を置いて行動しているだけなのです)

   セリスさんの指摘に愕然としていると、彼女は厳しい様な……それでいて優しさを感じる視線を俺に向けてくる。

(だから、博貴。彼女を良い方向に導いてあげて下さい。それが出来るのは恐らく貴方だけです)

   その真摯な視線に導かれる様に頷くと、ガウレッドさんと一対一の戦いをしていたティアに魔力が集約を感じた。
   咄嗟にそちらに視線を向けると、ティアは胸の前で両手のひらを二十センチ程離す様に構えており、その手のひらの間に雷を纏った黒い球体を生み出していた。
   ティアの胸の前に生まれた球体の持つ禍々しい膨大な魔力に、思わず唖然としてしまう。

「あれは……まさか、ガウレッドの【獄雷炎ごくらいえん!」
「嘘でしょ……何でティアちゃんが?!」

   セリスさんとリアが驚きの声を上げる。

(あれって、まさか!   ガウレッドさんのブレスですか!?)
(そうです。何故それをティアが……)
(……もしかして、ガウレッドさんのブレスってスキルだったんですか?)
(えっ……ええ、ガウレッドは本来の自前のブレスに【獄雷炎】の力を乗せているのです)

   俺の質問に対するセリスさんの回答に思わず頭を抱えていると、ティアは生み出した【獄雷炎】をガウレッドさんに向かって放つ。
   ガウレッドさんはそれに対して微動だにしていなかったが、【獄雷炎】が近付いてくると無造作にそれを掴み、アッサリと握り潰すと、その手のひらを無表情に見つめる。そして、少ししてニヤリとその口角を愉しげに上げた。

「威力はささやかなものだが、確かに【獄雷炎】……ククッ……俺の【獄雷炎】を盗んだか」

   その笑みは極悪な様にも見えるが、楽しんでる様にも見える。

(……ガウレッドさん、なんか嬉しそうですね)
(もしかすると、ガウレッドは貴方たちを鍛えることで、私以外の自分に匹敵する者を生み出したいのかもしれませんね。それは、ガウレッドにとって楽しみが増えることに繋がりますから)

   そう語るセリスさんの口調も、何となく嬉しそうに聞こえるのは気のせいだろうか?
   そんなことを思っていると、セリスさんは不意に声のトーンを落とす。

(しかし、何故ティアは【獄雷炎】を使えたのでしょう?)
(……ティアは見たスキルをコピー出来るんです)

   実際に目の前で見せてしまったのだから隠していても仕方がないと正直に話すと、セリスさんが驚きに見開いた目を俺に向けてくる。

(なんと!   では、私の【聖光輝】も?)

   【聖光輝】がどんなものか知らないけど、名前の感じからしてセリスさんがブレスに乗せていたスキルかな?   だったら多分コピーされてます。
   俺の表情からセリスさんは察したのだろう。セリスさんは驚きつつも真摯な視線を俺に向けてきた。

(本当にティアを良い方向に導く件、頼みましたよ)

   セリスさんの切実な願いを聞き、俺のこの世界での最重要使命ってもしかしてそれなんじゃないだろうかと、とみに思ってしまった。
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