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第5章 『水の国』教官編
第142話 忍さん始動……俺、そんなに悲壮感漂っていたのかな?
しおりを挟む『風の国』と『水の国』の国境から街道を十キロ程『水の国』側に進んだ場所にある湖のほとり。そこの茂みの陰に俺と忍さんは静かに潜む。
シルティリア王女との会談の翌日に、忍さんから『これから出掛けるが、来るかい?』と散歩にでも出掛ける様な気軽さで誘われて二日。馬車よりも早い徒歩移動でここに着いた俺達は、茂みの陰で静かに『風の国』の軍の到着を待っていた。
「時間的には奴等は今日、この辺りで陣を張るはずだ。軍の進行が止まったら、行くよ」
特に気負いもせずに微笑みながら今後の予定を語る忍さんに、ローブのフードを目深にかぶり、見られても素性を知られない様にしている俺は静かに頷く。
出発前に聞いた『風の国』の戦力は約一万五千。軍としては少なく感じるが、宰相は井上がいればその程度の数でも十分勝機はあると踏んだらしい。
でも、たった二人で立ち向かうと考えれば十分絶望的な数字にも感じる。しかし、忍さんには臆する様子も、気負う様子も微塵もない。
本当は俺が参加する必要は無いのだが、忍さんの実力は見ておきたいという思いで付いてきてしまった。まぁ、今回で忍さんの実力の全てを見れるとも思ってないけどそれでも、その一端でも見れればこの世界のトップの実力を垣間見る事ぐらいは出来るだろう。不謹慎ではあるが、心の中では『風の国』に、いや、井上に善戦してほしいと願っている。
「そう言えば、『水の国』の軍は何をしてるんですかね。普通、国境を越えられたらその時点で動きそうなもんですけど」
「『水の国』の軍はここから二十キロ程戻った所にある街に展開中だそうだよ、『水の国』はあくまで防衛に徹する様だ。本当はアクアガーデンで待ち受けた方が防衛には有効なんだろうけど、その途中の街々を『風の国』に略奪される事をシルティリア王女は良しとしなかったらしい」
「あの女王様らしいや」
納得しつつ頷いていると、忍さんの通信球が鳴る。
忍さんは懐から手のひらサイズの通信球を取り出すと、俺に背を向けて何やらボソボソと話し始めた。
「何? それはどう言う事だ? ……うん、うん……何だって! ………………そりゃあ、また……『火の国』に同情してしまうな」
俺に聞こえない様に話している様だが、俺には【忍ぶ者】の【聞き耳】がある。はっきり言って丸聞こえだ。だから、通信を終えた忍さんが呆れた様な顔で俺に振り返った訳も良く分かっていた。
「博貴君……」
「質問は受け付けませんよ」
何か言いたげな忍さんに、俺はキッパリと釘を刺す。
忍さんの通信の相手は、『火の国』が勇者を戦場に出してこないか監視していた調停者の人だろう。
『火の国』の大将軍は昔、調停者から手酷い粛清を受けていて、その恐ろしさを文字通り骨身に染みて分かっていたという。だから、調停者は『火の国』は勇者を前面に出してはこないだろうとと予測していたみたいだけど、予測はあくまで予測。絶対ではないので念のために監視を付けていた様だ。そして、そこで見たのは予想の外の外であったガウレッドさんによる一方的な大虐殺。その現場はよっぽど凄まじいものだったのだろう、通信球越しでも現場にいた人の大変慌てふためいた様子が手に取るように窺えた。
そして忍さんは、かなねぇに『火の国』の進行はなんとかなるかもと言った俺がガウレッドさんの出現に絡んでいるのだろうと思ったみたい。うん……まぁ、その通りなんだけど。
「質問は受け付けないって……そりゃあないだろう博貴君。もし、君が本当に超魔竜を動かしたとしたら、それがどれ程の大事なのか分かっているのかい?」
「分かってるから、言ってるんですよ」
人差し指を立て、真面目な顔で諭す様に問うてくる忍さんに、俺は苦笑いを浮かべながら答える。
こっちだって無償で動いてもらった訳ではない、命懸けなんだよぉ。
………………………………
「何だって?」
《だ、か、ら、おっちゃん、動く代わりにマスターと思いっきり遊ぶって》
「……遊ぶって、そのままの意味じゃないよね」
《うん。ちなみに今、ティアちゃんが思いっきり良い笑顔でおっちゃんと遊んでるよ》
ニアの言葉に、ティアがガウレッドさんと戦いがっていたのを思い出し、ツツゥと冷や汗が額から頬に流れ落ちる。
「えっと……もしかして、遊びって……」
《まぁ、マスターが今考えてる通りかな……》
「……それを思いっきり?」
《うん……マスター、御愁傷様》
……………………………………
ほら、あの時の事を思い出したら、また冷や汗が出てきた。
「おい、どうした博貴君。急に顔が青ざめたが?」
よっぽど俺の顔は悲壮に満ちていたのだろうか? 忍さんが珍しく若干狼狽えながら俺の顔を覗き込んでくる。
「いえ……気にしないで下さい。これは、かの者を動かした代償を思い浮かべただけなので……」
「そ、そうか……君程の男がそれ程の表情をするのだ、よっぽどの代償なのだな……うむ、やはりおいそれと超魔竜は動かせないという事か……」
納得がいったという風に一人忍さんが頷いていると、【気配察知】が反応し、目を細めて無我の境地(現実逃避とも言う)に入ろうとしていた俺の意識を現実へと引き戻させる。
〈マスター、【気配察知】の範囲に無数の反応があります。方角は北西、識別は人間。次々と効果範囲に入ってきます〉
アユムからも報告が入り、俺は気を引き締めて忍さんへと視線を向ける。
「来たのかい?」
俺の視線に気付いた忍さんが、ニヤリと口角を上げる。
「ええ、ですが、忍さんのターゲットは井上だけなんですよね。どうやって井上の所まで行くんですか?」
「決まってるじゃないか。真正面からだよ」
その笑顔を徐々に凶悪なモノへと変えていく忍さんは、本当に愉快そうにそう言い切った。
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