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第5章 『水の国』教官編

第140話 四姉妹のトラウマ……かなねぇは一応、入ってたよ

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「ところで、君達は戦えなくなったと聞いていたが、そのトラウマは克服出来ているのかい?」

   自己紹介が一通り終わり、忍さんが唐突に今回俺が呼ばれる事となったそもそもの原因の核心を突く。
   彼女達のレベルは五十前後だと聞いている。その理由は仲間の一人、それも親しい間柄の人が死んだから。
   それで絶望したのか、自身に照らし合わせて死の恐怖に囚われたのか、それともその両方なのか……それは分からないが、この世界に送られた後の第一目標は普通、全員で生き残る為に強くなる事だろうから、序盤で脱落者が出れば心が挫けても仕方がないのかもしれない。
   しかし、彼女たちは時間を置き再び強くなる事を選択した。ならば、トラウマを克服出来たかどうかはこの先、とても重要な要因になる。

「戦う事は……まだ怖くて出来ません……」

   忍さんの問い掛けに美香さんが代表して答え、それが全員の総意である事を裏付ける様に皆が暗い顔で俯く。

「おいおい、それじゃあ、何で今頃強くなろうと思ったんだい?」
「……私達は勇者として呼ばれたのに弱いうえに恐怖で戦えない、ハッキリ言って足手まといなんです。でも、そんな私達を女王様は暖かく迎えてくれて、毎日不自由無く生活させてくれてます。私達はそんな女王様の足枷にならない様に、せめて人並みくらいには役に立てる様になりたいんです」

   意思のこもった瞳を一直線に忍さんに向けて語る美香さんの言葉に、今度は全員が肯定する様に力強く頷く。
   成る程、シルティリア女王は弱い勇者達をぞんざいに扱わなかったのか。
   『風の国』の例を見ていたから、国は勇者を戦力増強の道具と考えてると思っていたが、少なくてもシルティリア女王は彼女達を一人の人間、それも客人として迎い入れたんだな。そして、その優しさが彼女達の心を動かした。
   美談ではあるが、そうか……トラウマは克服出来てないのか……それに付き合う側としては、いささか厄介な話ではあるかな。まぁ、国の意思で無理矢理勇者を強くしろって話よりやり甲斐は出るけど。

「ふふふっ、気概だけはあるのか。その心意気は良しだな」

   厄介と取った俺に対して、忍さんは彼女たちの心意気に上機嫌だ。やっぱりこの人、基本的には体育会系だな。
   恐らく、やる気さえあれば体育会系のノリで乗り切れるだろうと思っている忍さんは置いといて、実際にそれに当たる俺としては、トラウマの原因を詳しく聞いておきたい。
   本人にトラウマの原因を直接聞くのは心苦しいが、それを知っているのと知らないのでは、仕事のやり易さが違ってくる。

「ところで、美香さん達のトラウマの原因となった時の事を詳しく聞いておきたいんだけど、良いかな?」

   俺の問い掛けに美香さん達は苦しげに頷くと、ポツリポツリと口を開き始めた。

「アレは……四十八層に入った時でした。私たちは順調に進んでいたんですが、そこに六匹のリザードマンが現れまして……」
「最初は順調だったんだけど、私が戦いに夢中になっちゃって周囲の気配に疎かになっちゃったんだ」

   美香さんの言葉に続けて、美子ちゃんが悔しそうに唇を噛むと、その話の続きを美久ちゃんが続ける。

「戦いに夢中になってた私達の背後からもう六匹、リザードマンが近付いてたの」

   挟み撃ちか……見通しの悪いダンジョンではよくある事だ。俺の場合、ナビさんにアユムと、俺の注意力が散漫になって索敵が疎かになっても、警告してくれるスキルがあったからそういう事態に陥った事はない。けど実際にそんな状態に陥ったら、左右に逃げられないダンジョンで前衛を前後に配置しないといけなくなるから、攻撃力が格段に落ちてしまうだろうな。

「それで、私達が前方の敵を相手取る間に、公彦にいちゃんが一人で後方の敵を抑えてくれる事になったんだけど……」
「公彦にいちゃん?」

   恐らくその人が死んだリーダー格の男だったんだろうけど、美希さんの言葉の中に初めて出た名前に思わず反応してしまった俺の疑問に、『ああ……』と説明してなかった事に気付いた美香さんが口を開く。

「公彦にいさんは私たちの家の隣に住んでいて、小さい頃から一緒だったお兄さんなんです」

   なんてこったい……死んだのは兄の様に慕っていた幼馴染みだったのか。健一やヒメ、それにかなねぇが俺の目の前で死んだ様なものか……それはキッツイなぁ……
   親しい者が目の前で死んでは、もしかしたら、ああしていれば助けられたんじゃないかとか、ifの考えしか浮かばなくなって、後悔し続ける事になるんじゃないだろうか……
   その場面を思い浮かべてしまい、胸が締め付けられる思いで無意識に胸元の服を握りしめていると、四姉妹は苦々しい表情のまま話を続ける。

「それで、背後の敵を公彦にいちゃんが抑えてくれている間に、私達はなんとか前方の敵を片付けて振り返ったんだけど……」
「その時には公彦にいは倒れてたの」

   美希さんの言葉に美久ちゃんが続け、話は締め括られる。後には静寂が訪れたが、やがて美香さんが悔しそうに口を開いた。

「私がいけないの……回復役の私が公彦にいさんに気を使っていれば……」
「それを言ったら私だって、速攻で倒さないといけなかったのに、前方の敵を倒すのに手間取っていたから……」
「それなら私もなの。魔法で少しくらい援護出来てたら、公彦にいももう少し踏ん張れてたかもしれないの」
「だったら、やっぱり私のせいだよ……そもそも、私が敵の接近に気付いていたら……」

   四人とも自分のせいだと暗く項垂れる。
   四人の言い分はもっともだ。四人が少しづつミスをして、その結果一人の命が奪われる事となったんだ。戦闘経験が少なければどうしても目の前の敵に集中していまい、周りに目が行かなくなってしまうから仕方の無い事だとも思うけど。俺ももしナビさんを取得していなければ、同じ様な結末が待っていたんじゃないかなぁ。
   なんとなく暗い空気になってしまい再び静寂が訪れると、徐ろに忍さんが立ち上がってパンパンと手を叩いた。

「はい、反省は終わりだ。失った命は戻らんが、原因が分かっているのならそれは、次に活かせばいい。どうせ、勇者の育成は『風の国』の問題が解決してからなんだろ?」

   忍さんの問い掛けに、シルティリア女王はコクリと頷く。

「『風の国』が進軍しているのに、勇者達を不在にさせてしまっては、事情を知らない者達に説明のしようがなくなってしまいますから」
「それなら、私の仕事が片付いた後の話だな。よし、君達の成長に私も時間の許す限り付き合ってやろう」
「「えっ!」」

   忍さんの突然の発言に、俺とかなねぇが同時に声を上げると、忍さんは眉をひそめて俺たちの方を見る。

「なんだい?   私が彼女達のレベル上げに付き合っちゃあ不味いことでもあるのかい?」
「あんたねぇ、そんな事言ってひろちゃんに付き纏う口実が欲しいんでしょ」
「心外だなぁ。私は純粋に彼女達の心意気に心打たれただけだぞ」
「そんな事言って……」
「ああ、二人とも女王の前で何、言い争ってるんだよ。すいません、女王様。直ぐにこの二人を連れておいとましますんで……」

   言い争いを始めた二人の首根っこを掴んで、シルティリア女王に愛想笑いを浮かべると、女王はとんでもないと首を左右に振る。

「いえ、私は見てて楽しいですよ。それよりも、せっかく来てくださったんですから今日はこちらにお泊まりください」

   女王の申し出に、お断りを入れようと口を開きかけた瞬間、かなねぇと言い争っていた忍さんがクワッと凄い勢いで女王の方に振り向いた。

「いや、それは遠慮させてもらう。こんなところに泊まったら、落ち着かないじゃないか。ささっ、天野香奈美、博貴君、用件は済んだし、さっさとおいとましよう」

   さっきまでテコでも動かない様相でかなねぇと言い争っていた忍さんの率先により、俺達はシルティリア女王の引き止める声から逃げる様に城を出るのであった。

   ⇒⇒⇒⇒⇒

「ひろちゃん。さっき、随分と苦しそうな顔をしてたけど、何を想像してたの?」

   城からの帰り道、湖の中心にある城からアクアガーデンへと続く長い橋で、かなねぇはニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
   さっきというのは多分、俺が健一達の死を想像してた時のことだろう。
   分かってるくせに、俺の口から言わせる気か!

「別に……」

   ぶっきら棒に答えてやると、かなねぇは更にニヤニヤしてくる。

「ふふ~ん……当てて見せようか?」
「分かってるなら、聞いてくるなよ」
「だって、ひろちゃんがこうしてイジる素材を提供してくれるなんてそうそう無いんだもん。こういう機会にイジっておかないとね」
「相変わらず、酷い趣味だね」
「にっひっひっ、ひろちゃんの想像に私は入れててくれたのかな?」
「さ~て、どうだか……」
「本当に仲が良いな」

   俺と俺に纏わりつくかなねぇを見て、忍さんはそう呟きながらフフッと小さく笑った。
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