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第5章 『水の国』教官編

第133話 かなねぇの訪問……忍さん、かなねぇを手玉に取るのは面倒なのでやめて下さい

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   コン、コン。

   部屋のドアがノックされる。客人が誰なのかは分かっているが、俺は返事をするのを逡巡してしまう。

「どうした、入れないのかい?」

   忍さんの言葉に、俺は苦笑いを浮かべてしまう。

「厄介ごとの持ち込みにしか思えないんですよね」
「だろうな、このタイミングだ。これでただ様子を見に来ただけと言われたら、冒険者ギルドの総統としての責務を投げ出して来た事になる。なんせ、今回の戦争には多くの冒険者が加担する可能性があるのだからな」
「?   ……『風の国』の軍勢にそんなに冒険者が混じっているんですか?」

   それならば、『風の国』も少しは軽視出来ない軍になっているかもと思ったが、忍さんは笑いながらかぶりを振る。

「『風の国』にはいないさ。いるのは『水の国』。そして、『火の国』と『土の国』だね」

   ???   ……『水の国』が防衛のために冒険者を雇うのは分かるが、何故に『火の国』と『土の国』?
   その疑問に答えてもらおうと口を開きかけたその時ーー

   ドン!   ドン!   ドン!

「ひろちゃん!   まだ起きてるんでしょ!   灯りが灯っているのは確認してるんだから!   お願いだから開けてぇ」

   ああ……近所迷惑!
   ログハウスの時と同じ展開に、俺は堪らず視線を忍さんからドアへと移す。

「開いてるからどうぞ」

   そう言い終わる前にドアは乱暴に開き、かなねぇが部屋になだれ込んでくる。

「ひろちゃん、相談があるんだけど……って!   加藤忍!   あんた何でひろちゃんの部屋にいるのよ!」

   ベッドに座る忍さんを見つけるや否や、かなねぇは忍さんに食ってかかる。

「いやなに、博貴君に寝酒を付き合ってもらっていてね」
「お酒ぇ!   ひろちゃんはまだ十八なのよ!」
「この世界では成人じゃないか、問題はあるまい」
「大ありよ!   お酒に慣れてないひろちゃんに飲ませて、一体何を企んでいるのよ……って、何その格好!」

   忍さんのやたらと露出度の高い服装に気付き、かなねぇが目を丸くしながら俺の視界を遮るように俺と忍さんの間に割って入る。

「ふむ、博貴君にも言われたな……動きやすいラフな普段着なんだが、そんなにおかしいか?」

   自分の服装を見下ろしながら忍さんが首をかしげる。
   この人、本当に自覚が無かったんだな……

「男の部屋に入るような服装じゃないでしょう!   ひろちゃん、見てはダメよ。目の毒だわ」

   ああ、かなねぇがお姉ちゃんじゃなくてお母さんのようだ……

「かなねぇ、急ぎの用事があったんじゃないの?」

   このままじゃ収集がつかなくなると思い、かなねぇに用件を促す。すると、かなねぇは思い出したようにハッとなり、俺の方へと振り向いた。

「そうだったわ。こいつのせいで危うく忘れるところだった。ひろちゃん、相談があるんだけど……」
「戦争を止めろって言うんだったら無理だよ」
「あんたもかー!」

   最初に釘を刺しておくと、かなねぇは腕をブンブン振りながら怒り出した。

「あんたもって一体、どう言う事?」
「龍次さんもこっちが用件を言う前にそう言ったのよ」

   通信球でレリックさんに相談したのか。レリックさんなら先手を打って言いそうだな。だけど、その事で怒られるのは理不尽だよなぁ。

「とにかく話だけでも聞いてくれない?」

   顔の前で手を合わせ俺に頭を下げるかなねぇを見て、俺は小さく笑みをこぼす。
   お願い……か。
   ならば、聞くだけ聞いてみるか。
   取り敢えず聞く意思を見せ、かなねぇにこの部屋に一つしかない椅子に座るよう勧めたのだが、そうなると俺がベッドに座る事になる。かなねぇは俺と忍さんが同じベッドに座るのが嫌らしく、自分がベッドに座ると忍さんから離れたベッドの奥の角辺りにちょこんと座った。
   座ったかなねぇにお茶でもと思い、マジックバッグから出したコップをかなねぇに渡すと、忍さんがそのコップに酒を注ごうとする。かなねぇは『今は仕事中!』と酒瓶を手で押し返すが、それでも忍さんは笑顔でかなねぇにお酌をしようとしていた。
   その攻防を酒瓶が割れそうだと心配しながら見ていると、ふと疑問が湧き、かなねぇに向かって口を開く。

「そう言えば、よくこの宿が分かったね。尾行なんかは付いてなかったと思うけど」
「えっ、そうなの?   尾行は付けたって聞いてたけど……」

   驚いた顔でかなねぇはドアの方に視線を向ける。その間に忍さんがしたり顔でかなねぇのコップにお酒を注いでいたが、それはスルーして俺も開いたままだったドアの方に視線を向けた。
   そこには、この街に着いた時に俺を睨んだ小柄な少女が立っていた。

「挨拶はまだでしたね。私はアクアガーデンのギルドマスター、望月響子といいます」
「あっ、桂木博貴です」

   また睨まれるかと思い身構えていると、ご丁寧な挨拶をされ、肩透かしを食わされながら挨拶を返す。

「響子、貴女ひろちゃんに尾行を付けたんじゃなかったの?」
「いえ、尾行は付けてません。今は『風の国』が侵攻中なので、街の中に『風の国』の密偵対策に私の手の者を放っていたんです」

   ああ、始めっから監視の目が街の中に潜伏してたわけか。つけられてたわけでなければ気付けないよな。

[重要地点ごとに監視を立てられ、こちらの動きを見られてたわけですか……盲点でした。次からは動かずにこちらを観察してる者にも気を配る事にします]

   アユムの反省を聞きながら、俺は響子さんに部屋へ入るように声を掛けるが、響子さんは首を左右に振り『私はここで結構です』と断られた。どうやら忍さんを警戒しているらしい。
   まあ、初めて会った時みたいにいきなり戦闘態勢に入られるよりマシかと俺はかなねぇに向き直る。

「で、聞かせたい話ってなに?」
「実はーー」

   かなねぇは神妙な面持ちで話し始める。『風の国』が『水の国』に向かって今日の朝、侵攻を始めた事。それに伴って『火の国』が『風の国』を、『地の国』が『水の国』をそれぞれ攻め込もうと準備を進めている事。冒険者ギルドは冒険者の傭兵としての用法を良しとせず、出来れば戦争を止めたい事。そして、『風の国』の侵攻は恐らく忍さんの手によって止められ、それによって慎重な『地の国』は『水の国』への侵攻を止めるだろうという事。

「何だ、結局私頼みなのか冒険者ギルドは」
「仕方ないじゃない!   冒険者ギルドはその性質上、国政に関与出来ないのよ。それをやってしまったら、国が冒険者ギルドに口入れしてきても拒否出来なくなるわ」
「組織っていうのは面倒だねぇ」
「裏組織に近い貴女たちとは違うのよ!」

   忍さんを睨みつけながら、かなねぇは長く喋って喉が渇いたのか持っていたコップに口をつける。そして、盛大に吹いた。それを見て、忍さんは腹を抱えて笑っている。

「ちょっ、なによこれ!」
「『光の国』で人気のワインだ。結構いい物なのに吹いてしまっては勿体無いじゃないか」

   口を袖口で拭きながら睨むかなねぇに、忍さんはニヤニヤしながら答える。

「この、酔っ払い……」

   プルプルと震えだすかなねぇに、この部屋で乱闘されたらたまらないと俺は慌てて声を掛ける。

「で、俺に相談って結局なんなの?」

   俺に聞かれた事でプルプル震えながらもかなねぇは忍さんから俺に向き直る。

「……そうね、話を進めましょう……」

   押し殺した声で冷静さを取り戻そうとするかなねぇの言葉を、引き攣った笑いを浮かべながら待つ。

「それで、さっきの説明でそれぞれの国を止められる事は分かってくれたと思うけど、一つだけ止まらない国があるのよ」
「『火の国』か……」
「そう。それで、ひろちゃんなら『火の国』の侵攻を食い止める良いアイディアがあるんじゃないかなぁって」
「……一冒険者に聞く内容じゃないよね」
「ひろちゃんが本当に一冒険者なら聞かないわよ」
「……『火の国』はいつ頃侵攻を始めそう?」

   俺の問いにかなねぇは響子さんの方を向く。かなねぇの視線を受け響子さんは一度頷くと話し始めた。

「二、三日中には首都を出ると思われます」

   ふむ、二、三日中か……

「『火の国』の首都ってどこだっけ」
「『風の国』の首都から火竜山の脇を抜けて三日程の所です」
「というと侵攻ルートは」
「遠回りすればそれだけ兵食を失う事になりますから、最短距離で進むと思われます」

   響子さんの話を聞き、俺は顎に手を当て考える。
   ……やべ……止める手段、あるかも……
   
   
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