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第5章 『水の国』教官編
第129話 頭痛の種2……ひろちゃん、あんたのことよ
しおりを挟む「あのすまし女はね、私が各国の対応で身動きが取れなくなると分かっていて、加藤忍をひろちゃんの監視に着けたのよ」
「監視……なんですか? それにしては随分と堂々としてましたが」
「最初は隠れてたのよ。でも、途中で見つかったら開き直ったの」
「それであんなに堂々としていたんですか……監視任務なんて見つかった時点で失敗なのに、それでも堂々と続けるなんて相変わらず図々しい奴です」
加藤忍を思い浮かべて眉間に皺を寄せる響子に、私は『それは、ちょっと違う』とかぶりを振る。
「今考えてみると、最初の監視者の報告でひろちゃんの索敵能力の優秀さは織り込み済みの筈なのよね……それなのに、あの女は隠密行動に不得手の加藤忍を派遣した……加藤忍は数百年この世界で生きてきても、その愚直な行動を続けている根っからの唐変木、見つかっても任務である監視をそのまま続ける事は、多分に予想出来たはず。つまりは加藤忍が見つかる事も、その後で監視任務を続ける事もあの女の計画通りって事じゃない……ああ、もう! あの女の真の狙いは、加藤忍を使ってひろちゃんの調停者への印象を良い方向へと持っていく事じゃないの? 何で今頃気付いたんだろ私。今更気付いても遅すぎるじゃない……」
薄々は加藤忍をひろちゃんの下に送ってきた事への違和感を感じてはいたけど、こうやって響子に説明していて初めてあの女の真意に気付いたわ……くっそー、相変わらず姑息な手を使ってくれるわね、あの女!
全てが遅すぎると頭を抱えていると、そんな私に響子がおずおずと口を開く。
「あのー……今期の勇者一人を懐柔するのに組織のナンバー2を派遣って、ちょっと考えすぎではありませんか? 普通に考えれば、これからここに攻めてくる『風の国』の勇者対策に加藤忍を派遣して、そのついでにあの男の監視っていうのが妥当だと思うのですが……」
「……それなら良いんだけれどもね……ちなみに今回の軍事行動で出張ってくる可能性のある勇者はどのくらいいるの?」
「『火の国』は今期の勇者六名に、前期の勇者の居残り組で『火の国』の大将軍になっている男一名。『地の国』は今期の勇者五名。『風の国』は今期の勇者一名ですね。そのうち、『火の国』と『地の国』は調停者を警戒して勇者を前面に出す予定は無いようで、よっぽど不利にならない限り勇者は前線には出てこないと思います。勇者を戦争で使う気満々なのは『風の国』だけですね」
「そうよね……戦争で勇者がこの世界の人達を大虐殺なんて、調停者が黙ってるわけないものね……って事は、井上を止める役目も加藤忍に与えてる可能性があるのか。ひろちゃんの調査に、ひろちゃんの調停者への印象改善。それに、ついでで井上対策か……一石三鳥じゃない。相変わらずやる事にそつが無くてムカつく」
「『風の国』の勇者はついで、なんですか……本当にそれ程の価値があの男にあるんですか? 私にはとてもそうには見えなかったですけど……」
響子の少しムッとしたような言葉に、私は苦笑いを浮かべてしまう。
「ひろちゃんは頼りになるわよ。だから、今回の『水の国』の件もひろちゃんに頼んだんだから」
「それです! 今回の件、本当にあの男に任せるつもりですか? 失敗すれば、今まで築き上げた『水の国』との信頼関係も瓦解する可能性もあるんですよ」
「分かってるわよ。でも、失敗出来ないからこそ私はひろちゃんに任せるの」
はあ~、やっぱりこうなったか……『水の国』のギルドマスターとしては、国との関係を左右する任務に得体の知れないひろちゃんを使うのが納得出来ないっていうのも分かるんだけれども、この子の場合、それだけじゃないのよねぇ。
響子は私を慕ってくれていて、私の後を追って【天人】を取得した程の子なんだけども、いかんせん私への敬愛の念が強すぎるのか、私が気に入った子に敵意を向ける傾向があるのよね……それさえ無ければ、頼りになる最高に良い子なんだけど……
私が困りながら笑顔で取り繕っていると、響子は調子に乗ってどんどんひろちゃんを否定する言葉を紡ぎ出してくる。やれ、なんだか優柔不断ぽかっただの、モブキャラっぽい顔だっただの。聞いている私の額に段々と青筋が浮かびそうな事を次々と。
いい加減聞くに耐えられなくなってきたので、止めようかと口を開きかけたその時ーー
「大体、調停者に目をつけられているというのも問題です。調停者は確かに気に入りませんが、それでも今期の勇者一人のために調停者と敵対する可能性があるなんて得策とは思えません。いっその事、あの男をあっちに渡してしまって調停者に借りを作っては?」
「それは絶対ダメ!」
響子のとんでもない提案に、私は机を叩きながら立ち上がり響子を睨みつける。
「ひろちゃんを調停者に? 冗談じゃ無いわよ! ひろちゃんの人生はひろちゃんの物なのよ! 調停者に渡してその一生を勇者の監視や暗殺に費やす人生を歩ませるなんて、私が絶対に許さないわ!」
私の豹変ぶりに驚き、響子がこれまでに無いほどに縮こまる。その姿が少し可哀想に思えたけどでも、これだけは譲れない。ここはきちんと言っとかないと……
「いい。ひろちゃんもだけど、けんちゃんもヒメちゃんも皆、可愛い私の弟と妹なの。本当は皆には好きな様にこの世界で生きてもらいたい。けど、残念ながらこの世界の国や組織はフリーの勇者をほっとく程の度量を持っていない。必ず勧誘の手が伸びてきて、断れば危険分子だと騒ぎ立てて指名手配をかけたり、他の国に取られる可能性があるならばと暗殺者を送り込んだりする。それで実力行使をすると今度は調停者が出張ってくる。自由に生きたい勇者にはこの世界は本当に理不尽過ぎるのよ。実際、この世界でいまだにフリーの勇者達は全員、山の中や人里離れた場所で隠遁生活をしているのを知ってるでしょ」
私のきつめの言葉に響子は更に身体を縮こませ、視線を下に向け震えながらコクリと頷く。
「私はひろちゃん達にそんな人生を送ってほしくないの! 勿論、だからって冒険者ギルドに入ってもらいたいって思っているのは私のエゴだって事も分かっているけども、それでも私は、国や組織に飼い殺されるひろちゃん達を見たくないのよ!」
私の迫力に完全に怯えきってしまった響子に、私は口調を和らげ問いただす。
「響子、私達が冒険者ギルドを立ち上げた理由を忘れたの?」
「……国にも、現存の組織にも所属したくない勇者の居場所を作る為……です」
上目遣いでこちらを見ながら恐る恐るそう答える響子に、私は笑顔で頷いてみせる。
「そうよ。そしてそれは成功して、国にも調停者にも冒険者ギルドはこの世界にとって有意義な組織であると認めさせる事が出来た……まだ綱渡りではあるけどもね」
最後は困った様な笑みで締め括ると、響子は共感する様に私と同じ表情で頷く。
よし! 飴と鞭はこんな感じかな。ひろちゃんを貶されたせいで感情がこもりすぎて鞭が少しばかりきつくなったけど、結果的にはオッケーよね。ここいらでひろちゃんを認めさせるように畳み掛けますか。
「私はひろちゃんが、あっ、けんちゃん達もだけど、冒険者ギルドに入ってくれれば、ひろちゃん達が他の組織に目をつけられる事は無くなるし、その存在が冒険者ギルドの地盤を今以上にガッチリと固めてくれると思ってるの」
「それ程の男なんですか……あいつは?」
「そうよ。私は勿論、龍次さんも認めた私の自慢の弟ですもの」
「レリックさんまで……」
「響子……私はね、ひろちゃん達には私達が自分達の居場所を作るまでにした苦労なんかしてほしくないし、この世界で自由に生きて欲しいって思ってる。その為にひろちゃん達には冒険者ギルドに入って欲しいのよ。まあ、困った時に手を借りたいって思いが無いと言うと、嘘になるけどね」
最後は冗談ぽく締め括ると、響子に完全に笑みが戻った。が、それと同時に響子は顎に人差し指を当てて虚空を見つめる。
「フロライン様のご考えは分かりましたけど、今の話ぶりからすると彼はまだ冒険者ギルドに所属してないんですよね……何故です? 姉弟の様な関係だったなら、今の話をすれば入ってくれるんじゃないですか?」
響子の素朴な疑問はもっとも。でも……
「ひろちゃん、深読みが過ぎるのよ~!」
突然私が頭を抱えながら叫ぶと、響子はびっくりした様に目を見開き、呆然と私を見つめる。
「私が何を言っても多分、冒険者ギルドの総統ってフィルターをかけられて聞かれるから、全部裏があるって勘繰られるわ。だから、最近はおちゃらけて冗談半分にしか話せないのよ!」
「そんな事は……無いと思いますよ……真剣に話せば分かってくれますよ……多分……」
「響子はひろちゃんの事を知らないから、そんな事が言えるのよ! 元の世界でも、私がちょっとお茶目をしようとしたら、直ぐに感づいて……あの子、相手のちょっとした言葉の端々や仕草からも真意を見抜くばかりか、更にその先まで深読みしようとする悪い癖があるのよ! そんな子に今の私の立場で本音で話そうものなら、無い裏を読んでそうで怖いじゃない! 絶対、自分を冒険者ギルドに引きずりこむための方便だって勘繰られて、私への印象が悪くなっていくのよ!」
「……本当に、姉弟のような関係なんですか……それ? 全く心が通じ合ってないように聞こえますけど……」
響子に痛い所を突かれ、私は更に頭を抱えながら机に突っ伏す。
ああっもう! ひろちゃんを知り尽くしてる所為で、ひろちゃんと本音で語れないってどう言うことよ! 本当に面倒くさい!
敵に回られると怖いけど、味方でも怖いわよ……ひろちゃん。
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