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第4章 超越者の門出編
第115話 真摯な願い……かなねぇ、それは反則だよ
しおりを挟む「何かな……頼みごとって?」
滅多に見ないかなねぇの真剣な顔を前に、少し緊張気味に返答を待つ。するとかなねぇは、おもむろに正座をしながら俺へと向き直り、両手をついて静かに頭を下げた。
前にやったインパクトだけは強いジャンピング土下座とは違い、かなねぇの真摯な気持ちが窺え、やられている俺にも緊張感を強いられる美しい土下座。
「ひろちゃん。貴方に『水の国』を救ってほしいの」
茶化す気や煙に巻く気が無いストレートなかなねぇのお願い。
かなねぇが『水の国』と何らかの繋がりがある事は何となく分かっていたけど、かなねぇにここまでやらせる間柄だったとは……
「取り敢えず頭を上げて、かなねぇ」
突然のかなねぇの行動に、レリックさんを除く健一達が驚きで目を見開いたまま固まってしまっている。勿論、俺も動揺を隠せてはいないだろう。
それもその筈で、俺が知るかなねぇは絶対に自分の弱みや恥を他人に見せないどころか、相談事なんかも自分の優位性を確立させながら話す様な人だった。
それが今、かなねぇはそんな自分をかなぐり捨てて計算なしに頭を下げた。つまりそれは、かなねぇにとって『水の国』を救う事が如何に大事な事かを物語っていた。
「それは、俺に健一達との同行よりも『水の国』を救う事を優先してほしいって事?」
俺の言葉を受けてゆっくりと顔を上げたかなねぇにそう確認すると、かなねぇは静かに頷いて見せる。
「ひろちゃんにとって、けんちゃん達の優先順位が一番上なのは分かってる。でも、そこを曲げてひろちゃんに頼みたいの」
そう言って再び頭を下げようとするかなねぇを、俺と健一とヒメが慌てて止める。
「博貴……」
「ひろちゃん……」
その真摯な思いが伝わったのか、真っ直ぐと射抜く様に見つめてくるかなねぇの両脇で、健一とヒメが視線でどうにかしてあげてと懇願してくる。
あ……いつの間にか三対一の構図になってる……
もしやと思いジト目で見てやると、かなねぇの俺を突き刺す様な視線が一瞬泳いだ。
それを見て俺は心の中で『やっぱりか!』と呻く。
かなねぇはこの世界で百年もの時間を過ごしている……その俺達の知らない間に、こういう手法も身につけていたか……
かなねぇに健一とヒメを味方につけるという算段がある事は分かったが、見ため的にはストレートにお願いされてるだけなので、それを指摘する術が無い。
俺は小さくため息を一つ吐き、それでもかなねぇの『水の国』を何とかしたいという気持ちは本物なのだろうと、取り敢えず詳細を聞くことにした。
「分かったから、俺が『水の国』を救うってどういう事なのか教えてくれる?」
俺が話を聞く気になった事で、かなねぇと健一、ヒメが顔を輝かせる。深刻な顔で事態を見守っていた窪さんと桃花さんも、良かったとばかりに顔を綻ばせていた。
あ~あ……皆の気持ちが完全にかなねぇ寄りになっちゃってるよ……裏表の無い真摯な行動は周りの人を味方に引き寄せる。カリスマ性があるからなせる技だろうけど、かなねぇ、今回は勉強になったよ。
俺が聞く姿勢を見せた事により、かなねぇはホッとした顔を見せながらコタツの自分のポジションに戻り、お茶を一口含んで一息ついたところで真顔に戻って話し始めた。
「これから話す事は完全に『水の国』の最重要秘密事項だから絶対に他言無用。それを肝に命じてほしいんだけど良いかな?」
かなねぇの前置きに全員が頷き、かなねぇはそれを確認すると続きを話し始めた。
「『水の国』には今、四人の勇者がいるんだけど、その全員がレベル五十前後なのよ」
「「……はい?」」
かなねぇの話の内容を吟味した結果、俺と健一の疑問の言葉がハモる。
「それって、僕達みたいに誰かにレベル上げを阻害されてるって事かな?」
俺の疑問を代弁した様な健一の憶測に、かなねぇは苦い顔でかぶりを振った。
「それならまだ対策のしようはあったんだけど、事はもっと深刻かつ単純でね……ダンジョンの地下五十層フロアボス手前でリーダー格の勇者が死んだらしいのよ」
「それは……また……」
その状況を慮り、思わず絶句してしまう。
俺達がこの世界に連れてこられた状況から察するに、恐らく『水の国』の勇者も向こうの世界からの知り合い同士だと思われる。その中でもリーダー格の者が死んだとなれば、残された者の心の負担は想像を絶するだろう。
「俺たちで例えるなら、健一か窪さんが死んだ様なものか……勝手に訳のわからない世界に連れてこられて、頼っていた知人が死んだんだ。戦う事に恐怖を覚えても仕方がないよな」
呟きながらその境遇を哀れんでいると、他のみんなの驚きの表情がこちらに向けられる。
「え~と……何?」
「博貴……例えで死ぬんなら博貴だと思うけど」
動揺する俺に対する健一の言葉に、他の面々がウンウンと頷く。
「えっ、何で? この中でリーダーシップを取れるのは、年長の窪さんか知識の豊富な健一辺りだと思うけど」
「本当にそう思ってるのなら、博貴君は自分を過小評価し過ぎね」
「うんうん。私達がパーティを組んだら、リーダーはひろちゃんだと思うよ」
桃花さんとヒメの俺に対する信じられない過大評価に、驚きながら視線を窪さんと健一の方に移すと、二人もそうだと言わんばかりに頷いていた。
「言っとくが、俺にリーダーは無理だぞ。元の世界ならともかく、この世界には俺の知らない事が多すぎる」
「僕も無理だね。確かに僕にはこういう世界の知識があるかもしれない。けど、僕には皆を導く様な甲斐性も判断力も無いよ。僕らのリーダーはやっぱり実力と判断力からいって博貴だと思うな」
えー……なんかみんなして俺を担ぎ上げてないか?
予想だにしていなかったみんなからの推薦を受けて呆然としていると、そんな俺の肩を背後からティアが叩く。振り向くと、ティアは親指を立てた右手を俺に向けながら不敵な笑みを浮かべ、『ひろにぃがリーダー』と得意げに告げてきた。
「リーダーが決まったところで、話を戻してもいいかな?」
俺がティアから駄目押しを受けたところで、かなねぇが呆れ顔で口を挟む。
良くはないけど、リーダーなんてどうせ形だけだろうしと半ば諦め、かなねぇの話しの続きを聞く事にした。まぁ、頼み事の中身は大体さっきの話で想像がついたけど……
「それで、さっきのひろちゃんの言葉通り、『水の国』の残りの勇者は戦う事を恐れてしまって、国からの迎えが来るまでログハウスでじっとしてたみたいなの」
「それで『水の国』は勇者を隠匿してたんだね。宰相の憶測は当たってたわけだ」
「うん。宰相の目論見はひろちゃんのお陰で頓挫したけど、勇者のレベルがそのままでは、またぞろ他国の侵攻意欲を刺激しかねない。そこでーー」
かなねぇは語尾を強めると、今まで話してた健一から俺へと視線を移す。
「ひろちゃんには、『水の国』の勇者のレベル上げを手伝ってもらいたいの」
かなねぇの頼みに、俺はやっぱりかと頭を抱えた。
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