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第4章 超越者の門出編

第111話 ダンジョン脱出……ティアさん、俺は時々貴女の行動理念が分かりません

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   アンデット共の包囲を抜けサンクチュアリの効果範囲へと入ると、先陣を切ってくれていたティアが、かいてもいない額の汗を大袈裟に腕で拭う素振りを見せる。
   どうやら頑張ったぞという意思表示らしい。
   俺は頑張ったティアの頭を撫で、気持ち良さそうに目を細めるティアから健一達へと視線を移した。

「待たせたね」

   そう言いながら皆に微笑みかけると、窪さんは笑みを浮かべながら静かに頷き、桃花さんは意味ありげにニタニタと笑い、ヒメと健一は感極まっているのか泣き笑いの表情を浮かべる。

「ひろちゃん……」

   ヒメは俺の名をポツリと口にすると、頬に涙を伝わらせながら両手を広げ俺に向かって駆け出して来た。
   これは抱きつかれるパターンか?   恥ずかしいし、ヒメのは破壊力があるから出来れば勘弁して欲しいのだが……
   そうは思ったが、感動の再会で抱きつき拒否なんてしたらヒメが大激怒しそうだ。仕方なく大人しく抱きつかれるのを待つ事にしたのだが、その矢先、ヒメが突然こけた。それはもう顔面を打ち付けるぐらい盛大に。
   いや……完全に意識がヒメにいってて気付かなかったけど、どうやら、いつの間にかヒメの足元に移動していたティアがヒメの足を水面蹴りで払ったみたいだ。

「……ティア……一体何を?」

   その行動理由が分からず、地面についていた両手の汚れをパンパンと払いながら立ち上がるティアに恐る恐る聞いてみると、ティアはキョトンとした表情でこちらを見た。悪い事をしたという認識はないらしい。

「ん、何か悪い予感がしたから阻止した」
「悪い予感って……」

   もう意味が分からず言葉に詰まっていると、いつの間にかティアの背後に立っていた桃花さんが笑顔でティアを背後から抱き上げた。

「ティアちゃんていうんだ。ふふっ、小ちゃくても女の子ねぇ。女の勘の鋭い事」

   桃花さんの言ってる事も何が何やらだが、取り敢えずヒメをそのままにはしておけない。
   ティアの事は一先ず置いといて、俺は小走りに倒れてるヒメに駆け寄り、『大丈夫か』と声をかけながら手を差し伸べた。

「いたたたた……なんなの、一体……」

   ヒメは強かに打ち付けた鼻を押さえながら、もう片方の手で俺の手を掴む。

「ごめん、なんかうちのティアがやらかしちゃって……」

   ヒメを引き起こしながら謝罪すると、初めは困惑気味だったヒメの顔に、笑顔が浮かび始める。
 あれ? この笑顔は嬉しい時の笑顔じゃないな……どちらかと言うと怒っている時の……

「うちのティア……?   あの子一体ひろちゃんの何なの」
「何なのって言われても、俺のパートナーになってくれてる子だけど」

   ヒメの怒りの理由が解らずに困惑しているうちにティアのことを聞かれて思わず素直に答えると、ヒメの笑顔がより一層非情なものへと変わる。
 いや、笑顔が非情って、おかしな表現ではあるんだけど今のヒメの笑顔はそんな表現がしっかり来るんだよな。

「パートナー……ねぇ」
「博貴、その言い方はどうかと思うよ」

   穏やかではあるが聞いていて非常に居心地が悪くなるヒメの言葉を遮り、健一が苦笑いを浮かべながら歩み寄って来た。

「健一……」
「博貴、お帰り」

   満面の笑みで言葉短くそう言う健一に、俺も万感の思いを抱き顔を綻ばせながら『ただいま』と答える。健一とそんなやり取りをしていると、それを見ていたヒメが笑顔の質を変えた。

「けんちゃんずるい。ひろちゃん、私もお帰り」
「ただいま、ヒメ」

   自分にもと、ただいまの挨拶を求めてくるヒメに苦笑いを浮かべながら答えると、ヒメは俺の首にその腕を巻きつけてくる。

「本当に良かった……ひろちゃんが無事で……」

   涙ながらに静かに呟くヒメに、心配させた罪悪感を覚えつつも抱きつかれた状況に困って健一に目を向ける。すると健一は、両肩をすくめて『仕方ないんじゃない』というジェスチャーをとった。
   いや、仕方ないといっても、この状況は恥ずかしいんだが……
   そう思いながら更に視線を移すと、窪さんは口元に笑みを浮かべて目を閉じてウンウン頷いていて、桃花さんはニヤニヤといやらしい笑いをしつつこっちを見ている。そして桃花さんに抱っこされていたティアは、不機嫌そうに頬を膨らませていた。
   結局、ヒメが落ち着くまでその状態が続き、落ち着いた所でヒメを引き剥がしながら、窪さんへと向き合う。

「よくぞあの状態からここまで強くなったものだな」
「何回か死にかけましたが、オリジナルスキルに助けられました」
「オリジナルスキル?   あのシークレットのやつかい?   結局、博貴のオリジナルスキルは一体何だったの?」

   窪さんとの会話で出したオリジナルスキルという話が気になったのだろう、健一が横から口を挟んできたが『それは後でゆっくり説明するよ』と答え、再び窪さんとの会話を再開させた。

「窪さん、一つ確認なんですが、今も窪さんは井上の下に残るつもりですか?」

   そうだとすれば、窪さんだけ生き残って地上に戻るという筋書きを考えなければいけない。しかし、責任感が強い窪さんが、他のみんなが死んでいったのに自分だけ生き残って地上に戻るっていうのはあまりに無理がある。
   その辺の辻褄合わせをどうするべきかと悩んでいると、健一がニッコリと笑った。

「それに関しては、既に窪さんも僕達と一緒に来るって事でみんなで話し合い済みだよ」
「よかった。だったら、何の問題もない」

   ホッと胸を撫で下ろし、全員に視線を向ける。

「それでこれからの事なんですが、皆にはここから脱出して、冒険者ギルドに身を隠してもらいたいんです」
「冒険者ギルドに身を隠す?   しかし、ここの出口には恐らく井上達がいるぞ。よしんばあいつらの目を盗んで脱出出来たとしても、俺達はあいつらのスキルによってマークされている」
「【地図作成】ってスキルだよ。僕達はそのスキルによって居場所をチェックされてるんだ」

   窪さんの言葉に健一が補足してくれるが、その情報は既に取得済み。解決策も万全だ。懸念があるとすれば……

「一つ確認なんですけど、ここに来るまでに小動物なんて見かけませんでしたか?」
「ああ、それなら井上がリスを連れてたわよ」

   俺の質問に相変わらずティアと戯れてる桃花さんが答えてくれる。

「井上が?」
「ええ、懐から顔を出してるのを何回か見たわ」
「じゃあ、今現在も井上の懐に?」
「恐らくそうじゃないかな」

   桃花さんに確認を取って、俺はホッと胸を撫で下ろす。
   アユムによると【精神分離】による小動物への憑依は、小動物の視覚、聴覚の情報を得られるとの事。その小動物がここに残っていた場合、俺が侵入した事を悟られている事になる。一応、【忍ぶ者】の気配察知で生きてる者は健一達以外いないと確認はしていたが、なんせアンデットの気配が尋常じゃない数だったので、小動物の気配を見逃している可能性が否定できなかった。
   しかしその心配も無くなり、俺は改めて窪さんに向き直る。

「上の連中が持つ【地図作成】のレベルは5。五百メートルも離れれば、マーキングは外れます」
「いやだから、そこ迄離れるまでに移動の足跡を辿られるだろ?」
「大丈夫です。移動は一瞬ですから」

   そう言って俺は窪さんの肩に手を置いた。

「筋書きはこうです。先ず、健一達を庇い窪さんが倒れる。次に窪さんがいなくなった穴を埋めきれずに桃花さんが倒れ、更に、前衛がいなくなった所でヒメを庇い健一が倒れる。最後に一人残ったヒメが倒れる。俺が来なかった場合に起こりえた状況だと思うのですか、どうでしょう」
「どうでしょうと言われてもなあ……まぁ、確かに博貴が来なければそうなっていた可能性は高いが……」

   俺が何をしようとしているのか理解出来ない窪さんは、眉をひそめながらそう答える。

「という事で、先ず始めに窪さんが死んだように見せかけます」
「はぁ?」

   驚きの声を上げる窪さんを尻目にこの場にポインターを設置すると、俺は徐に真顔になりつつ窪さんに告げる。

「窪さん、井上とのパーティ登録を解除して下さい」
「なに?   ……分かった」

   一瞬怪訝な顔をした窪さんだったが、俺の真剣な顔を見るなりなにも言わず頷いてくれた。

「解除したぞ。次はどうすればーー」

   次の指示を求める窪さんと一緒に、俺は有無を言わさず時空間転移を使用する。
   転移先はギルド内の俺の部屋。突然洞窟から部屋に転移した窪さんはなにが起こったか分からないようで、目を見開いて辺りをキョロキョロと見回していた。

「ここは……何処だ?」
「ここは冒険者ギルドですよ。【時空間魔術】の時空間転移で移動しました。これで、窪さんは突然地図上から消え、井上とのパーティ登録も解除されましたから、井上達には窪さんが死んだように見える筈です」
「……空間移動か……とんでもないな……」

   驚きに見開いた目を俺に向け絞り出すように呟く窪さんに、俺は苦笑いを返す。

「じゃあ、俺は次の転移をしに行きますので、窪さんはここで待ってて下さい」
「分かった」

   口元に笑みを浮かべながらそう返答する窪さんを残し、俺は再びダンジョン内へと転移した。
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