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第4章 超越者の門出編
第107話 焦燥……レリックさん、あなたかなねぇを怒らせすぎです
しおりを挟む「健一達が動いたって!」
「しーっ! ひろちゃん声が大きい」
思わず叫んでしまった俺に、かなねぇが口に人差し指を当てながら慌てて注意する。
「ごめん……で、健一達は何処にいるんだ」
声のボリュームを下げて聞き直すと、かなねぇが神妙な面持ちに戻る。
「今、龍次さんが情報を集めているわ。私が得た情報では、昼頃に勇者一行がフル装備で城から出て来たって話だけだから……」
かなねぇがそこまで言ったところで、階下から階段を登ってくる気配を察知した。
「噂をすれば……」
俺がそこまで言うと、レリックさんが丁度階段を上がり切って姿を現す。
「なんです? 私の噂でもしてたんですか?」
俺の呟きを聞いていたのだろう。開口一番、そんな事を言ってきたレリックさんに俺は詰め寄った。
「レリックさん! 健一達は!」
自分でも焦っている事は分かっている。しかし、分かっていてもそうせざるを得ない俺を見て、レリックは小さくため息を吐いた。
「博貴殿、前にも言いましたよね。事に当たる時には心にゆとりを、です。心配しなくても健一殿達は逃げませんよ」
「でも! ……」
レリックさんの言いたい事は分かる。でも、待ちに待ったチャンスなんだ! この気を逃したくない。
早く情報を得たい俺の気持ちを遮る様に、レリックさんは俺の眼前に手のひらを向け、ストップというジェスチャーを取った。
「まあまあ、博貴殿の気持ちも分かりますが取り敢えず部屋へ行きましょう。そこでご説明しますので、その間に気持ちを落ち着かせて下さい」
気持ちを落ち着かせないと情報を教えません、とも聞き取れるレリックさんの提案に、俺は一度大きく深呼吸してから静かに頷いた。
⇒⇒⇒⇒⇒
「さて、今回の勇者の出陣ですがーー」
いつもの様にコタツに全員が座ると、レリックさんが静かに話し始める。
「貴族との交渉がうまく行ってない宰相が、今一度勇者の力を世間に見せつけて交渉を有利にしたいという思惑による行動の様です」
「それって、勇者の威光を見せつけて、ワイバーンの失態を薄めてしまおうって事?」
「どうやらそうみたいですね。思慮深い者には通じないでしょうが、力や権力に弱い者には有効な手です」
「あー……そういう貴族って、首都の周りには多いわよね」
「はい。残念ながらその様な考えの貴族が多いのは事実ですねぇ」
かなねぇの小馬鹿にした様な言葉に、レリックさんが苦笑を浮かべながら頷き言葉を続ける。
「しかし、その様な貴族でも数を揃えて味方に引き込めば、他の貴族達もそれに従わざるを得ないという状況を作り出せます」
「どんなに聡明でも……いえ、聡明だからこそ家を守る為に数の暴力には抗えないものねぇ」
「そういう事です」
二人はそう言うと、揃って大きなため息を吐いた。そんな二人に向かって、俺は焦る気持ちを押さえつけながら静かに口を開く。
「で、宰相はその起死回生の一手を何処で打ったんです?」
「……まだ、焦りの色が見えますねぇ」
自分では冷静に話し掛けたつもりだったが、レリックさんはそんな俺を一瞥してボソッと呟く。
だって仕方がないじゃないか! 待ちに待った状況が今まさに展開されてるんだから!
レリックさんにダメ出しをされて口をへの字に曲げていると、それを見てかなねぇがクスッと笑った。
「焦ってるひろちゃんなんて初めて見たわ。でも、しょうがないわよね、やっと来たチャンスなんだから」
かなねぇの言葉を聞いて、俺をジト目で見ていたレリックさんも顔を微かに綻ばせる。
「これも若さですかねぇ」
「止めてよ龍次さん! そんな事言われたら、龍次さん側に付いてる私まで若くないみたいじゃない!」
かなねぇに怒られ、レリックさんは目を丸くして『おや、まさか若いつもりだったんですか』と驚きの声を上げる。そこから始まるかなねぇのお小言の嵐。
レリックさん……こうなることが分かってるのにそんな事を言うのは止めて下さい……
これ以上話が脱線してはたまらないと俺が『ガルルルル』と唸っているかなねぇを宥めすかし、なんとか落ち着かせるとレリックさんはコホンと咳払いを一つする。
「さて、話が逸れましたがーー」
あんたがそうさせたんだろという、かなねぇと俺の視線を物ともせずに、レリックさんは話を続ける。
「勇者御一行の行き先は死霊の住む森です」
「えっ?」
レリックさんの言葉に、俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
死霊の住む森はワイバーンの薬の素材を取りに行った場所。あそこの魔物って確かーー
「あそこって、魔物のレベルが低いですよね。勇者の力を見せつけるにはそぐわない所だと思うんですが……」
「ええ、森自体に出現する魔物は大した事ありません。ですが、新たに森の中に出現したダンジョンは違います」
「新たなダンジョン?」
「はい。ニ、三日前に突然出現したダンジョンらしいのですが、ギルドに報告もせず、抜け駆けしようとしたパーティが三組ほど入ったきり戻ってきてない様なのです。私どももその報告を昨日受けまして、ダンジョンの調査隊を組織して、明日にでも調査に向かわせようと思っていたのですが、私どもと同じタイミングで情報を得た勇者の皆様に先を越されてしまいました」
特に困った様子も見せず飄々と語るレリックさんを尻目に、俺はその話の内容を咀嚼し、最悪の状況を頭に思い浮かべていた。
突然現れたダンジョンと、そこに入ったきり出てこない冒険者……思いっきりあの時と同じ状況じゃねえか! だとしたら、あの最深部のデストラップは魔術師タイプの健一やヒメじゃ対応出来ない! 急がないとーー
「レリックさん! 健一達がダンジョンに入った時間は分かりますか?」
「入って来ている情報を加味すると、二時間程前にはダンジョンに着いていると思われます」
「有難うございます!」
いきなり勢い良くコタツから立ち上がった俺に、特に気にした様子を見せずに答えるレリックさんに礼を言い、俺は部屋から飛び出す。そして、いつの間にか隣にいたティアと共に町の外壁の外側の茂みへと転移した。
二時間位ならまだ間に合う筈だ……
レリックさんのアドバイスを念頭に置き焦る気持ちをグッと堪え、俺はティアと共に死霊の住む森へと向かって全力で駆け出した。
Side 香奈美
「ひろちゃん行ったわね」
「ええ、私の忠告が功を奏してくれれば良いのですが……しかし、これで博貴殿が健一殿達を奪還出来れば、宰相の立場はいよいよを持って崖っぷちになりますねぇ」
「でもひろちゃん、けんちゃん達を死んだ事にしたいって言ってたけど、どうやって偽装するつもりなのかしら」
「さあ、どうするつもりなんでしょうねぇ」
まるで他人事の様に言う龍次さん。
ひろちゃんが失敗すれば、宰相が盛り返してギルドとしても困った事になるのに、龍次さん余裕有り過ぎ。もしかしてひろちゃんの手の内を知ってる?
「龍次さん、もしかしてひろちゃんがどんな手を使うのか知ってるの?」
「さて……私とて万能ではありませんので、そこまでは……」
単刀直入に聞いてみると、龍次さんは素知らぬ顔をする。でも、その顔には余りにも白々しさが見え隠れしていた。
「むぅ……その顔は見当がついてるって言ってるけど?」
「いやはや、そんな事はありませんよ。まぁ、博貴殿のここに来るまでの足取りを考えればもしかして、と思う事はありますけどね」
ひろちゃんの足取り? 確か……ここに来る前はルティールの町にいたのよね。そして……あっ! 何故か八日後にデルク村に子供達と共に戻ったんだっけか……あれ? ここを目指してた筈なのに、何でひろちゃん、デルク村に戻ったんだろ?
ひろちゃんの行動心理が読めずにウンウン唸っていると、龍次さんが口を開く。
「フフッ、不思議ですよねぇ博貴殿の足取り。因みに、博貴殿は森の方からデルク村に現れたそうですよ」
「??? 森に入る時は誰にも見つかってないの?」
「はい。博貴殿はデルク村では有名人の様で、顔を見れば誰でも気付く筈らしいのですけどねぇ」
龍次さんの口振りを聞いて、私は眉をひそめた。
やっぱり龍次さんはなんかを確信してる。でも、証拠は無いから喋らないってところかしら……
「博貴殿が健一殿と合流出来れば分かりますよ」
色々と可能性を考えていると、龍次さんがニッコリと笑いながらそう呟く。
ぐっ、考えてる事を読まれた……
弄ばれムスッとしながら龍次さんの顔を見ていると、龍次さんの余裕の笑みが段々癇に障ってきて、さっきの遣り取りがフッとよみがえって来たのも合間って無性に文句が言いたくなってきた。
「そう言えばさっき、ひろちゃんの焦りを薄める為に私をダシにしてくれたわね。確か、私が若くないとか……」
私がそう言いながら睨み付けると、龍次さんは困った様に眉毛を八の字に下げる。
「そこまで理解しているのなら、ぶり返さないで下さい」
「方法なら他にもあったでしょう! 何で私をダシに使う!」
「それが一番手っ取り早かったんですよ」
「ウガー! 手っ取り早いって何なのよ!」
のらりくらりと言い訳を言う龍次さんに、私は怒りをぶつけつつ、けんちゃんとヒメちゃん、それにひろちゃんとまた一緒に居られるという未来を思い浮かべ、心踊る気持ちで密かにほくそ笑んだ。
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