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第4章 超越者の門出編
第102話 作戦終わって……んー、色々心配させちゃってるなぁ
しおりを挟む自室に戻った俺は、その身をベットへと倒れ込ませる。
間接的な人殺しーー恐怖心は無い。さすがは【恐怖耐性】といったところだろうか。
だが、何というか……わだかまりの様なものが心の中を渦巻いている。
そのモヤモヤが作戦を成功させた俺の気分を、強制的に不快なものへと変えていた。
理由は分かっている。自分の策で人が死んでいるというのに、俺はその事に対して何の感情も抱いていないのだ。
その人としてありえない心情を抱いている自分自身への嫌悪感が、俺の気分をどんどん沈めていた。
(なあ、神は【恐怖耐性】以外に勇者の心に細工しているんじゃないか?)
このまま沈んでいても浮上の目は出ないと思い、何かきっかけは無いかと【共に歩む者】に話しかけてみる。
[マスター、マスターの精神に何らかの細工がされている形跡は確認出来ません]
アユムの冷静な返しを聞き、俺は顔を枕に埋めた。
(って事は、やっぱりダンジョンの人型魔物構成で人が死ぬ事に慣れちゃったのかなぁ……だとしたら神の策略に完全にハマっちゃってるじゃないか)
〈マスターの策で人死にが出た事への罪悪感の話ですか?〉
《結構死んじゃってたもんね》
(ぐっ……)
トモとニアの言葉を聞き、嫌悪感が更に増しながら心に重くのしかかる。
(お前らなぁ……事実だとしても言い方というものがあるだろう)
〈すみません。ですが、マスターが人の死に対して感情が動かないとすれば、【恐怖耐性】やダンジョンの構成以外にも要因は考えられますが……〉
(一体、どんな要因だよ)
《あはは、マスター本当に気付いてない?》
陽気に問いかけてくるニアに、俺は一つの心当たりを思い浮かべ大きくため息を吐いた。
(【超越者】か?)
[はい。人を超越する【超越者】を取得した時点で、マスターの精神も人を超えたものへと昇華している可能性はあります]
(それで人の死もあんまり気にならなくなったと……)
[はい。人が全く知らない動物の死を目の当たりにしても心を痛めないように、【超越者】になった事で知らない人が死んでも動じない精神力が身に付いているかと]
(はぁ~……なんかやだなぁ、俺は人の身が良かったよ)
そんな事をボヤいていると、扉がガチャリと開いた。ここにノックもせずに扉をいきなり開けるやつは一人しかいないい。
ティアだなと思いつつそちらに目を向けていると、ティアは開いた扉の向こうからソロ~と顔半分だけを出してこちらの様子を覗き見ていた。
「どうしたティア?」
「ん……ひろにぃ?」
ティアの様子がどうもおかしい……いつもの慇懃無礼な感じは無く、おどおどとこちらの様子を窺っているみたいだ。
(どうしたんだティアは)
《う~ん、ティアちゃんはマスターがへこんでるのを察知して、どう接していいか分からなくなってるんじゃないかな》
主にティア担当のニアに聞いてみると、そんな返答が返ってくる。
(えっ! 俺ってそんなに目に見えてへこんでた?)
〈いえ、それ程ではありませんが、ティアちゃんもなんだかんだ言ってもマスターとの付き合いが長いですから、その位は流石に気付きますよ〉
(そうか……)
この世界でも健一達みたいに気心の知れた知り合いが出来たのは嬉しいが、そういう相手に心配されるのは本意じゃないんだよな……
このままではいかんとティアに向かって手招きすると、ティアは控え目にテトテトと俺に近付いてくる。
「いいか、ティア。俺は別に落ち込んでる訳じゃないんだ。ちょっと嫌な事があっただけだから、普通に接してくれると有難い」
「ん、嫌な事?」
ティアが小首を傾げて可愛く聞き返してきたので、『そうだ』と言うと、ティアは目を輝かせ分かったと言わんばかりにコクンと頷いた。
「嫌な事があった時は、美味しい物を食べれば治る!」
「えっ! ティアさん? それはちょっと暴論じゃあ……」
「んっ! 直ぐに準備する!」
ティアはそう言うと一目散に部屋から出て行った。
「ティアの悩みは大概食べれば治るのか?」
《ティアちゃんらしいと言えばらしいよね。あれは、大好きなマスターの為に一生懸命料理するんじゃない》
俺の呟きに、ニアが愉しげに応じる。
まあ、昼食どきだし、いいか……
ティアにはさせたい様にさせる事にして、このまま部屋にいても塞ぎ込みそうなので部屋を出る。と言っても、部屋を出ても行く所なんて限られてるんだけどね。
俺は迷わずギルドマスターの部屋へと向かった。
⇒⇒⇒⇒⇒
「あら、ひろちゃん……って、どうしたの? 随分と暗いけど」
ギルドマスターの部屋に入り、俺の顔を見たかなねぇの第一声がこれ。
そんなに顔に出てるのかな?
表情がいつもと違うのかと頬を指でフニフニと押していると、かなねぇの向かいに座っていたレリックさんが肩をすくめる。
「表情には出てませんから、そんな事をしても無駄ですよ。その証拠に私には分かりませんでしたから」
「そうですか、じゃあかなねぇに気付かれたのって……」
「あのね、ひろちゃんとは物心着く前からの付き合いなのよ。ちょっとブランクはあるけど、その位の心境は読めるわよ」
かなねぇにそう自慢気に言われ、俺は『さいですか』と答えながらこたつに座る。
「あら、ティアちゃんはどうしたの?」
「俺を元気付ける為にご飯を作ってくれるそうです」
「あっら~、ティアちゃんにも気付かれたんだ」
「みたいですね」
かなねぇがからかいモードの様な口調で言ってきたので、素っ気なく答えてやると、かなねぇは急に真面目な表情をして口を開いた。
「ひろちゃん、ひろちゃんの今の心境の原因はもしかして今日の作戦結果が原因?」
「まあ……ね」
急に確信を突かれ少し気後れしながら答えると、今度はレリックさんが口を開く。
「結構な人死にが出ましたからね。でも、それも自業自得、博貴殿が心を痛める必要は無いと思いますが……」
「いや、人が死んだから心を痛めるのではなくて、人が死んでも全く動じてないから自己嫌悪してるんですよね」
レリックさんの勘違いを正すと、かなねぇとレリックさんがビックリした顔でこちらを見つめてきた。
「そっか……ひろちゃんは人を殺しても動じてない自分が嫌なのか……」
「流石の私も初めて人を殺した時には、動揺を隠せなかったものですが……やはり【超越者】の影響ですかねぇ」
「その可能性は否定出来ませんね」
俺がそう答えると、かなねぇが考える素振りを見せる。
「ん~、そうなんだ。でも、ひろちゃんは人の命を軽くは思ってないでしょ」
「そりゃあ勿論そのつもりだけど」
「なら、今回の事はあんまり深く考えない方がいいわ」
「えっ、何で?」
驚く俺に、かなねぇは真剣な視線を向けてくる。
「この世界では、元の世界よりよっぽど人の命が軽いの。そんな世界でいちいち敵の事で頭を悩ませていたら、その内ひろちゃんが命を落とす事になるわよ。勿論、人や命なんてゴミ屑みたいな考え方をされると問題だけど、そうじゃないなら、取り敢えずは問題無いわ」
「問題無いって……」
「大体、ひろちゃんの目的は何?」
「何って、健一達と合流する事だけど……」
「でしょ、だったら今はその目的の為に集中しなさい。悩む事なんて、その後に幾らでもすればいいわ。でないと、足元を掬われるわよ」
「そうか……そう、だよね。今は健一達との合流だけを考えていればいいか」
かなねぇの言いように苦笑を浮かべながらも気持ちを入れ替える。丁度その時、部屋の扉が勢い良く開け放たれた。
三人がそちらの方に視線を向けると、ティアが元気一杯に部屋に入ってきて俺の前に料理の乗ったお盆を置いた。
「ん! ひろにぃ食べて元気になる」
俺は苦笑いを継続させながら、ティアの好意を受け取るために静かに箸を持った。
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