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第4章 超越者の門出編

第99話 投薬……肝心な事を忘れていました。

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「うっ……」

   音も気配も無く見張りの兵士の背後に忍び寄った男が何やら魔法を発動させると、兵士は小さく呻いてその場で倒れ込んだ。

[恐らく相手を卒倒させる【上級闇術】、フェイントですね]

   アユムの間髪入れない説明で男の能力が一つ分かったところで、彼がこちらに手招きをする。それを合図に何故か俺がお姫様抱っこをしている少女と、それに対抗意識を燃やして俺に肩車されているティアを運びつつ俺は男の元に駆け寄った。
   ちなみに俺が少女がお姫様抱っこしなければいけない理由は、『私は頭脳派だから』だそうだ……意味が分からん。
   取り敢えず男と合流した俺は素早く少女を引き渡す。そして、男が少女を抱え俺がティアを肩車するという、おおよそ忍び込んでいるとは思えない様相でワイバーンの小屋へと入った。
   ワイバーンの小屋の中は大体、馬小屋と同じ様な作りになっていた。ワイバーン一匹ずつが木の板の壁で区切られた部屋に入っており、通路側が細い丸太で仕切られているといった感じだ。
   ただ、馬小屋と違うところは一部屋一部屋がでかいことと、中にいるワイバーンが虚ろな瞳で直立不動なところだろうか。

「なんか彫像の様だな」
「ふん、モンスターではあるが、こういう姿を見ると哀れだな」
「……そうね」

   一部屋ずつ確認しながらワイバーンの様子を窺い率直な意見を述べると、男と少女が顔を歪めて肯定した。
   やはり、根は悪い奴等では無いらしい。これが演技でなければだけど……
   そんな、すっかり腹黒根性が身に付いた様なことを思っていると、男がこちらに振り向いた。

「ところで、薬を飲ますと言う事だが、どうやって飲ますんだ?」
「へっ?」

   男の質問に思わず間抜けな声が出てしまう。
   ……しまったー!   それを忘れてた。薬を飲ます事だけ考えてて、肝心の薬を飲ます方法までは考えてなかった……無理矢理口を開けさせて薬をねじ込むか?   いや、飲み込んでくれないと意味が無いよな……
   俺が内心あたふたしだすと、それを察知したのかアユムが助け舟を出してくれる。

[それを失念してましたね。ですが、暗示の魔法を使用している場合、命令を出す時にキーとなる言葉かアイテムを使うのが一般的です。もしアイテムを使った暗示ならば、緊急時に言う事を聞かせるために、先程の見張りに持たせているかもしれません]
「まさか、薬を飲ませる方法を考えてなかったわけじゃないわよね」

   アユムが提案してくれてる間にも、俺の間抜けな返事を聞いた男と少女はジト目で俺を見てくる。

「はっはっは、まさかそんな訳は無いじゃないか」

   俺は愛想笑いを浮かべながら、アユムの提案を頼りにティアに視線を送る。
   ティアは俺の視線を受け取ると察してくれた様で、コクンと頷いて俺から飛び降り外へと出ていった。

「あの子、一体何処に行ったの?」
「薬を飲ませる可能性を確認しに行かせたんだよ」

   少女がティアを目で追いながら俺に尋ねてきたので、内心ヒヤヒヤしながらも、まるで予定調和の様に平静を装って答えるが、二人の視線の性質は変わらなかった。そして訪れる暫しの静粛ーー


「そう言えば、あんた達はワイバーンを毒殺するつもりだったみたいだけど、どうやって薬を投与するつもりだったんだ?」

   沈黙の時間と二人の懐疑的な視線に耐えかねて、俺は口を開く。
   こいつらが毒殺しようとしていると思ったのは、隠密行動に長けてなく、薬の知識を持つ少女が同行していたから。それは正解だった様で少女は俺の問い掛けを聞くと、ウエストバッグをゴソゴソと漁り得意げに一本の大きめの注射器を出した。
   それは、皮膚の硬いワイバーン用の為に特別に作った物なのか、やけにごっつい針がついているが確かに注射器の様だ。
   液状の毒物を直接投与か……俺の作戦みたいに消化時間を考えなければ、それが一番手っ取り早いわな。

「注射器ね。納得した」

   俺が納得して頷くと、アユムからすぐさま警告が飛んでくる。

[マスター、この世界に注射器などというアイテムはありません。恐らく、マスターが勇者だという確証を得る為に何も言わず出したものだと思われます]

   注射器が無い?   そうか、この世界の技術では細い管付きの針を作り出すのは無理か。
   自分の失態に顔をしかめながら、そぉっと二人の様子を窺うと、男はニヒルな笑みを浮かべ、少女はニヤニヤと笑っていた。
   口には出さないが、その表情は俺が勇者確定だと確信してる顔。
   しまったーと、顔を手で覆っていると、ニアから念話が入る。

《マスタ~、ティアちゃんがなんかそれらしい物を見つけたから持ってくね~》

   なんてお気楽な念話なんだ……
   自身の失態の後に聞くととてもイラっとする報告だが、ニアはいつもの調子で俺が頼んだ用事の報告をしてくれてるんだから、これで怒るのは筋違いだよな。
   自分のネガティヴな考え方に嫌悪感を抱き、思考をポジティブな方へと切り替えようとしていると、ティアが何やら棒の様な物を掲げて戻ってくる。

「んっ!   これ」

   手柄を得て自慢気なティアから手渡されたのは、一本のタクト。
   確かに魔力はこもっている様だが、見た目はただの木製のタクトに見える。

(鑑定お願い)

   繁々と見つめても見当が付かないのでアユムに鑑定を頼むと、打てば響く様にすぐに返答が返ってくる。

[これは、【超級闇術】サジェスチョンをサポートする為の魔道具ですね。普通、サジェスチョンを掛けると、術者の言う事しか聞かなくなるのですが、この魔道具を持っていれば術者ではなくても、術に掛かった者に命令を下す事が出来ます]
(つまり当たりって事ね。で、使い方は?)
[タクトを掲げ、命令を下すだけです]
(了解)

「そのタクトが薬を飲ませられる可能性なの?」

   傍目には、タクトをただ見つめていただけに見えていたであろう俺に、少女がしびれを切らした様に聞いてくる。

「ああ、どうやら行けそうだ」

   俺は自信ありげにそう答えると、近くにいたワイバーンに近付き、タクトを掲げた。

「口を開け」

   そうワイバーンに命令を下すと、虚ろな目をしたワイバーンはただ口だけを大きく開く。
   それを見て男と少女が安堵の笑みを浮かべた。

「ヒヤヒヤしたけど、作戦は続行出来そうね」

   本当にホッとした様に言葉を紡ぐ少女に応える様に、俺は薬を一組取り出すとワイバーンの口に放ってやる。

「飲み込め」

   その短い命令でワイバーンは口を閉じ薬を飲み込んだ。

   ⇒⇒⇒⇒⇒

   あんなに厚かった雲はいつの間にか流されており、空には満天の星と真っ赤な満月が浮かんでいた。
   俺とティア、男と男に抱きかかえられた少女は全てのワイバーンに薬を飲ませ終わり、タクトを見張りの兵に返して第二城壁の外側へと降り立つ。

「取り敢えずは作戦完了か……後は効果の程を祈るだけだな」

   男の呟きに、皆が頷く。

「中々楽しかったわ、えーと……」

   俺達の名前を言おうとして名前を知らない事に気付いたのか、少女が困った様な視線をこちらに向けてきたが、俺はクビを横に振った。

「今日は偶々目的が一緒だったが、次もそうだとは限らない。名前や素性は知らない方がお互いの為じゃないかな」
「そうだな。本当ならお前達を勧誘したいところなんだが、俺が今受けている任務は開戦の阻止。その任務が完全に完了するまで、余計な事に気を回すのは止めておこう」

   男がそう宣言すると、少女がそれに異を唱えた。

「あら、そんな事言っていいのかなぁ。この人達の事を代表に報告したら、『何で勧誘してこなかったの!』って、怒られるんじゃないかな」
「うぐぅ……」
「じゃ、俺達はこの辺で……次に会う時は敵じゃない事を祈るよ」

   少女の発言に言葉を詰まらせる男を見て、厄介ごとは御免だと俺はティアを引き連れて早々に踵を返す。

「あら、もう帰るの?   こっちの木偶の坊が宣言しちゃったから、今日のところはやめとくけど、次に会った時は味方だろうが敵だろうが勧誘するから宜しくね~」

   背後から聞こえてくる少女の軽口に、内心苦笑いを浮かべながら、俺は歩みを止めず振り返らりもせずに手だけを上げて答えた。

   ーーーーーーーーーーーー

   お気に入りが1700を超えました。入れて下さった方々有難うございます。
   そして、閑話2話を含めると丁度100話となりました。
   投稿して約半年。長かったのか短かったのか……
   神尾優でした。
   
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