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第4章 超越者の門出編
第90話 ティアの手料理……やっぱり料理は自分で作るより作ってもらった方が美味しく感じるよね
しおりを挟む忙しくなるんだけど……
部屋に戻り早速薬の分析を始めようとした矢先ーー
俺は拉致られていた。
突然ノックも無しに部屋に入って来たティアに、引きずられる事数十秒。俺は今、ギルドマスターの部屋のコタツに座らされている。
「え~と……これは一体……」
俺をここに連れてきたティアはすぐさま部屋から出て行ったので、取り敢えず正面で書類の束と睨めっこしているかなねぇに話し掛けてみた。
「ん~、待ってれば分かるわよ」
かなねぇは書類から目を離さずに素っ気なく答える。
俺、本当に忙しいんだけど……
理由が分からず、やきもきしながら待つ事数分。ティアが料理を乗せたお盆を持ってレリックさんと共に入ってきた。
「あれ? もうお昼だっけ?」
「そうよ。ひろちゃんが午前中にどんな収穫を得てきたか、お昼を食べながら聞こうと思ってね」
俺の疑問に、かなねぇがやっと書類から目を離して答える。【ワールドクロック】を確認してみると、確かに十二時を少し回っていた。
そっか……もうお昼だったのか……今まではダンジョンや移動が主だったからなあ。朝と夕はともかく、昼飯どきの時間なんて意識した事がなかったから気付かなかった。
しかし、何でティアが給仕を?
疑問に思いながら、ティアがお盆から皆の前に置いていく料理を見て、俺は目を見張る。
「まさか、オムライス?」
ティアが置いた皿の上にあるのは、間違いなくアーモンド型に形取られた半熟の卵。
「いえ、残念ながらオムライスではなくてオムそばですね」
俺の呟きを聞きつけたレリックさんが、俺の左手に座りながら答える。
「オムそば? という事は中身は焼きそば……この世界に中華麺はあったのですか?」
「天然のかん水自体はこの世界にありましたから、中華麺自体は作れたんですよ。それで、塩ラーメンなどは作らせた事があります」
「ほほう……それは夢が広がりますねぇ」
「ええ、博貴殿の味噌と醤油があれば、ラーメンの幅はぐんと広がる事でしょう」
互いに見つめながら、不敵に笑い合う俺とレリックさん。そんな俺達をかなねぇが一喝する。
「ほら! そういう話は食事をしながらにしなさい。せっかくの料理が冷めちゃうでしょう」
確かにかなねぇの言う通り。俺達は姿勢を正していただきますと手を合わせた後にオムそばに手をつけた。
「美味い……」
オムそばを口に運んだ俺の第一声はそれだった。
ソースの味は、元の世界の物と比べると微妙に違う。おそらく、この世界の食材で似た味になるように作ったものなのだろう。
だが、それでも総合的な味は元の世界で食べたオムそばの味を上回っている。
俺が美味いと呟くと、右手に座っていたティアが目を大きく見開き、満面の笑みで俺を見上げていた。
あー、成る程。これを作ったのはティアだったのか。
ソースの味が違うのに、その違和感が全く感じられない仕上がり。【至高の料理人】の補正の賜物だな。
「これはティアが作ったのか」
「ん!」
聞くと、ティアは元気良く頷いたので、その頭を『美味いぞー』と言いながら撫でる。すると、ティアはニヘラっと蕩けたような笑みを浮かべた。
「ところで、博貴殿」
「はい?」
ティアとスキンシップを取っているとレリックさんが話しかけてきたので、そちらに目を向ける。
「今、博貴殿は米と味噌醤油をどの位お持ちです?」
「米は結構ありますけど、味噌醤油はまだ研究段階なんであまり無いですね」
俺がそう答えると、レリックさんは顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「一つ相談なんですが、私はティア殿と料理を教える約束をしてましてーー」
レリックさんに言われティアの方を向くと、ティアはそうだと言わんばかりに大きく頷いた。
これは、やる気を出したティアがレリックさんに無理を言ったか?
ティアの我儘に付き合わせてしまったかと、レリックさんの方に振り向き直すと、俺が口を開く前にレリックさんは顔の前で手のひらを左右に振って見せた。
「いえいえ、私の知識を再現できるのなら私にも利点はありますので、構わないですよ」
先手を打ってそう断りを入れてくるレリックさん。
また、表情と仕草で考えてる事を読まれた……
「それで、米と味噌醤油を分けてもらえないかと思いまして」
レリックさんの読心術に舌を巻いて呆然としていると、彼はサッサと要件を告げてくる。そういう事ね、ティアの【至高の料理人】とレリックさんの料理知識を融合させて向こうの料理を再現するつもりか……
「分かりました。ティアが料理のレパートリーを増やせるのなら、喜んで提供しますよ」
俺はマジックバック経由で米俵と瓶に入った味噌、醤油を出して畳の上に置いた。
⇒⇒⇒⇒⇒
「三日後に竜騎士隊のお披露目式!」
食事を済ませ、食後のお茶を飲みながら俺の仕入れてきた情報を聞いたかなねぇが、目を見開いて大声を出す。
「ふむ、お披露目式の後は開戦に向かって一直線ですか……これは、思いの外不味い状況ですねぇ」
レリックさんもいつもの飄々とした口調に緊張の色が聞き取れた。
「この情報はギルドでは察知してなかったの?」
そう聞くと、かなねぇは悔しそうに親指の爪を噛む。
「その日に周辺の貴族が城に集まるっていう情報は掴んでたのよ。でも、その理由まではまだ分からなかったの」
「貴族達を呼んで、勇者の力と増強した竜騎士隊のお披露目……貴族の中には戦争反対派も少なからずいますが、それを見せられたら反対派の数はかなり減るでしょうね」
「そして、それを成し遂げた宰相の地位は盤石な物になる……不味いわよねぇ」
「それ、俺がぶっ潰すつもりだから、取り敢えず任せてもらえる?」
二人して頭を悩ませ始めたかなねぇとレリックさんに、俺はお茶を飲みながら平然と言ってのける。
本当は時間があまり無いから余裕って訳ではないけど、ここで慌てて見せては、二人の不安を煽ってしまう。今回の件は余計な横槍を入れられたくないんだよね。
俺の言葉を聞いた二人は少し身を乗り出して視線をこちらに向けると、神妙な面持ちで口を開く。
「任せても……大丈夫なの? 失敗すれば開戦。沢山の死者が出る事になるばかりか、長年続いた国同士のバランスが崩れる事になるのよ」
「期限は二日半。それでお披露目式を阻止する事が出来るのですか?」
「お披露目式はやってもらうさ。でも、そこで宰相が得られるのは名声じゃなくて汚名の予定なんだよ」
内心ヒヤヒヤしながらも自信満々にそう言うと、二人は乗り出していた体勢を元に戻し、小さくため息を吐く。
「そこまで自信があるのならやってみなさい。でも、こちらでも打てる手は打っておくわよ」
「それは当然だね。これだけの大事、ギルドの長としては黙って見てる訳にはいかないだろうから……でも、俺の計画の邪魔になる様な事だけは止めてね」
「計画って……一体何をするつもり? それを知っておかないと、何が邪魔になるんだか分からないわよ」
確かにその通りだ。
俺はかなねぇとレリックさんに顔を寄せると、今回の計画の全容を話した。
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