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第1章 最弱勇者の試行錯誤編

第7話 旅立ち前夜……今回もお留守番予定です

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「これがポーションでこっちがMPポーション。解るかい?博貴」

   薄暗い物置の中で、某栄養ドリンク『オロナ○ンC』を彷彿させる形の陶器を持って、健一が丁寧に説明してくれる。

「ああ、理解出来る。やっぱり白い部屋で説明された物は理解出来るみたいだ」

   容器の特徴を忘れない為に『現状脱却ノート』に書き込みながら健一に答える。

「それは良かった。博貴の場合、ポーションは命綱になるからね」
「全くだよ。でもこのポーション、百本位あるけどもう使わないのか?」
「うん、僕達にはもう必要無いから、博貴が使っても問題無いよ」
「必要ある物なら、井上さんが物置なんかに入れとくわけ無いじゃない」

   木箱に座り足をブラブラさせながら、ヒメが棘のある口調で健一の言葉に続ける。
   今日のヒメは不機嫌だ。まあ、理由は分かっているが……

「ねえ、やっぱり残るの?   ひろちゃん」
「……ヒメも分かっているだろ。博貴は残った方が安全なんだよ」

   消え入りそうな声で聞いて来るヒメに、健一が優しく諭す。
   異世界来て、三百七十日が経った。白い部屋での説明通りなら、五日前に勇者降臨の啓示がこの国になされているはずだ。もう、いつ城からの迎えが来てもおかしくない。
   俺はここに残る事に決め、三日前にその旨を皆に伝えていた。
   井上は嗤いながら『賢い選択だよ』と頷き、窪さんは腕を組み無言。桃花さんは反応無し。ヒメは口元を手で押さえながら青ざめ、健一は予見していたのか静かに頷いていたっけ。

「ヒメ……俺は……」

   そう言いかけた時、扉が静かに開いた。俺達三人の視線が入口に集中する。
   ーーそこに居たのは桃花さんと窪さんだった。

「窪さんに桃花さん……どうしたんですか?」
「いや、俺は桃花に連れてこられたんだが……」

   俺が尋ねると窪さんが少し困惑気味に答える。

「桃花さんが?」

   言いながら桃花さんを見ると彼女は静かに扉を閉め、ゆっくりとこちらに振り向いた。その顔に満面の笑みを浮かべてーー
   えっ!?
   俺は勿論、桃花さんの隣にいた窪さんも驚いていた。
   当然だろう。なんせ、桃花さんは半年以上感情の無い表情しか見せていなかったんだから。

「……桃花……さん?   ……」

   恐る恐る桃花さんに呼びかける。

「何かな博貴君」

   最近の抑揚の無い口調は何処へやら、やたらとフレンドリーに答える桃花さん。

「いや、何かなって……どうして……」

   俺が言い淀んでいると、桃花さんはより一層、破顔する。

「あはは、ごめんごめん、今までの演技だったのよ」
「おいおい、演技って何でまた」

   窪さんが桃花さんの反応に困惑していると、彼女はバツが悪そうな表情になる。

「いや~、この世界に来て二、三ヶ月経った位だっかな?   井上の奴が何か企んでるみたいだったから、井上の関心から外れないかなって思って健一君とヒメちゃんに相談して、この世界に絶望した演技をしてたんだけど……ごめんね、皆が心配してくれてたのは解ってたんだけど、井上の手前、止められなくて」
「お前らもグルか!」

   俺が健一とヒメの方に振り返ると、二人は同時に顔を横に向け視線を外した。

「……はぁ~全くお前らは……で、何でそんな演技を?」
「はは、ごめん博貴。いやー、井上が弱々しい桃花さんに同情しないかと思って。僕やヒメじゃ効果なくても付き合いの長い桃花さんならもしかしてと思ったんだけど……」
「また見当違いな事を……で、何で俺と窪さんをその企みから外した?」
「窪さんは……まあ、嘘のつけない性格ですから」

   健一の言い訳に窪さんは納得がいったように頷く。暗に腹芸が出来ないと言ってるのだが、そこは黙っておこう。

「博貴は井上に目を付けられたら最悪、命に関わると思ってね」

 苦笑いを浮かべる健一に、俺はジト目を向けた。

「だからそれが見当違いなの」
「どういうこと?」

 目を見開く健一に、俺はため息混じりに話し始める。

「井上は自分より優れた者は妬み、劣った者は嘲笑う。自己顕示欲が強く、自分より優れた所があると思った者を追い落とす事に快感を覚える。反面、相手が自分より優れた部分が無いと判断したら見下し、嘲笑いはするけど余程の利が無ければ自分で手を下すことはしない奴なの」

   俺の井上に対する分析を聴いて皆、押し黙ってしまった。 暫しの静粛の後、健一が呆れたように口を開く。

「何と無くあれの性格は知ってたつもりだったけど、改めて客観的に聞くと……屑だね」

   健一の言葉に一同が頷く。

「で、その性格からいくと、桃花さんが精神的に弱ったように見せれば、井上は嬉々として追い討ちをかけに行くし、健一達が敵に回るという不利益しかないから、俺に手を出すという選択肢は取らないよ」
「はー、良くそこまで分析したわね博貴君」

 感心する桃花さん。

「はは、時間だけはいっぱいありましたからね。それよりも、井上は一体何を仕掛けて来たんです?」
「ああ博貴、その話をする前に一つ確認を」

   健一はそう言うと、桃花さんの方に顔を向ける。

「桃花さん、井上は今何処に?」
「あいつは今、自室にいるわ。あいつ、私達を完全に掌握してると思い込んでるから、警戒なんかしてないわよ」

   恐らく【気配察知】を常時発動させていたのだろう。桃花さんは即座に答える。健一はそれを聞いて安堵の表情を浮かべ、窪さんに向き直った。

「窪さん………窪さんのレベルは136ですね」
「ああ、そうだが」
「僕とヒメ、桃花さんのレベルは50です」
「はぁ?」

   驚愕する窪さんに対し健一は言葉を続ける。

「そして、井上のレベルは232です」
「なにぃ!   それは一体どうゆうことだ!」

   声を荒げる窪さんに対し、全員が口に人差し指を当てる。

「あっ……すまん……しかし、何故そんな事になっている?」

   声のトーンを下げた窪さんの疑問に、健一が自分の見解を話す。

「井上のオリジナルスキル【\<×〒○^〒*%×〆&#♪】の影響だと思います」

   ああ、スキル名が頭に入ってこない……当たり前か、井上のオリジナルスキルなんて聞いてなかったからなぁ……
   それから、所々理解出来ない会話を俺抜きの三人で話し始める。

「それじゃ、何で俺は井上のスキルの影響下に入らなかったんだ?」

   窪さんのもっともな疑問に、健一と桃花さんは言いづらそうに口籠ると、代わりにヒメが口を開いた。

「多分、井上さんから警戒されて無いからだと思うよ」

   ヒメの言葉を聞き、窪さんが一瞬キョトンとするが、やがて合点がいったとばかりに口を開く。

「ああ、そういう事か。俺はこっちに来てからお前達を護りたい一身で、強くなる事ばかり考えてたからな。筋肉馬鹿とでも思われたか」

   言いながら窪さんは凶悪な笑みを浮かべる。
   怖い怖い!   窪さんその笑みは怖いです。

「でも、眼中にない窪さんは無視なんてビックリ。てっきり形振り構わず力を得るために、全員を嵌めてると思ってたわ」

   険悪な雰囲気を和ませようと思ったのか、桃花さんが戯けたような口調で言うと、健一がその疑問に答える。

「多分、窪さんが力を求めていたから、それを奪えば敵対されると躊躇したんじゃないでしょうか」
「それと、俺なら簡単に籠絡できるとでも思ったんだろう」

   窪さんは健一の後に言葉を続け、再び凶悪な笑みを浮かべた後、俺に視線を移す。

「ところで博貴。お前はここに残ってどうするつもりだ?」
「どうって……レベルを上げるつもりですけど」

   窪さんの質問にシレッと答える。
   俺の性格を知ってる健一とヒメは『やっぱり』と天を仰ぎ、窪さんと桃花さんは目を見開いてこちらを見た。

「レベルを上げるって……勝算はあるのか?」
「ええ、作戦の成功率で言えば五分五分だと思いますーー但し、作戦が失敗した時の生存率は八、二くらいで分が悪いですかね」

   俺の見解を聞き桃花さんが声をかけ荒らげる。

「ちょっと!   博貴君、生存率二割って本当にそんな作戦を決行するつもり!」
「ええ、そのつもりです」
「そのつもりって……ちょっと、皆も何か言ってやってよ」

   桃花さんは必死な表情で健一たちに振り返る。しかし、健一は力無く笑い、ヒメは不機嫌そうに、窪さんは腕を組み頷いて、

「桃花さん、博貴は一度決めたら絶対曲げませんよ」
「うん……ひろちゃん頑固だから」
「自暴自棄では無く、確固たる可能性があってそれに命を賭けるというのであれば、俺は何も言う事は無い」

   と、答えた。

「もう!   皆博貴君が死んでもいいの?」
「桃花さん……桃花さんは俺にここで何の希望も持たず、HPの増減だけに気を使いながら生き続けろと?」

   桃花さんが俺を心配してくれるのは嬉しいが、ここで折れるつもりは毛頭無い。
 ただ、何もせずに、何も出来ずに生き続けるなんて、俺にとって生きている意味も価値も無いのだから。

「だったら今、皆で護衛すれば……」
「俺の得物は包丁ですよ。必然的に超近接戦闘になりますから、護衛が居ても攻撃されれば食らってしまいますよ。逆に失敗したら護衛してた皆に罪悪感を残してしまいます」

   俺の反論を受け、桃花さんは黙ってしまった……ちょっと、悪い事したかな。

「それでひろちゃん。作戦が成功したら合流するんでしょ。いつ頃になるの?」

   ヒメと健一も止めたいだろうに、そんな姿を微塵も見せずに背中を押してくれるのはとても有り難い。

「一年……一年待ってくれ。一年経って俺が行かなかったら……まあ、そういう事だと思ってほしい」
「分かった……じゃあ、博貴が合流したら井上から離脱だね」
「うん、ひろちゃん待ってるから」
「しょうがないわね、無感情でいるの大変だけどお姉さん、もうちょっと頑張ってみるわ」

   皆が了承してくれるなか、窪さんだけが異論を発する。

「俺は博貴が来ても井上の側に居ようと思う」
「「「えっ!」」」

   窪さんのとんでもない発言に皆が振り返る。すると、窪さんは視線を上に向ける。恐らく、二階にいるであろう姿の見えない井上を見ているのだろう。

「あいつは誰かが側で見張ってないと、とんでも無い事をやらかしてしまいそうでな」

   ああ、納得してしまう。それで窪さんが犠牲になるのは心苦しいが、井上は見張ってないと世界征服すら始めそうだ。俺的にはこんな世界どうなろうと知った事では無いが、それでも自分と一緒に転移した奴が戦乱を振り撒くのを黙認したら、後悔はすることにはなるだろう。
   皆も俺と同じ気持ちなんだろうな。反論も無く、窪さんを見続ける。

「まあ、先ずはお前の成功が前提だ。しくじるなよ」
「善処します」

   俺の返答に満足したのか、窪さんは微かに微笑みながら退室した。

「それじゃ、お姉さんも部屋に戻るわ。博貴君、頑張ってね」

   桃花さんも退室し、三人だけになると健一が口を開く。

「博貴……」
「ん?」
「博貴が合流したら、冒険者やらない?」
「冒険者?」
「なにそれ?」
「大陸を回って、依頼を受けて魔物を討伐したり、ダンジョン攻略して一攫千金狙ったりしてさ、僕達とついでに桃花さんとでさ」
「桃花さんはついでかよ」
「ひどーい」

   何か……三人で他愛のない話しするの久しぶりだな。こんな事がとても幸せに感じるんだから、最近の生活は荒んでたよな。
   結局三人で無駄話をしながら、その日の夜は更けていった。
  
   
   
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