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第5章 『水の国』教官編

第164話 トラウマ……う〜ん、忍さんの影響、恐るべし

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   タコ、タコ、タコ、偶にイカ。
   次々に手に入る新たな食材にホクホク顔の俺に対し、姉妹は若干不満顔。
   戦利品がタコ足イカ足ばかりなのは当然だが、それ以上に、偶に食らってしまう墨攻撃で四人とも服がまだら模様になってしまっているのがその不満の一番の理由だろう。

「……何でこの階はタコとイカしか出ないんだ」

   俺の【幸運】付属の【解体】により現れたレア食材、イカスミを一体どの様に使うべきかヒメに聞いてみようかな、などと考えながら時空間収納にしまい込んでいると、美希さんの苛立ち紛れの呟きが耳に入ってくる。それに誰も異論を唱えないのは、それが皆の心情を物語っているからだろう。
   こんなに美味しそうな食材が一杯手に入る階なのに、そんなに不満なんだろうか?
   一人満足しながら段々と無言になっていきながら歩き始める皆の背後に付いていくと、またもや【気配察知】に反応。

「また、来たようです」

   目前に迫る曲がり角を見据えながらそう忠告を出すと、美久ちゃんが嘆息を漏らす。

「またなの?   全く、勘弁して欲しいの」

   そう言って美久ちゃんは呪文を唱え始め、美希さんと美子ちゃんが不満顔で得物を引き抜く。

「博貴さん。そろそろ、この階層も抜けられると思うんですけど、どうでしょうか?」

   皆のやる気が削がれているのを感じてか、美香さんが心配そうにそう聞いてきたので、作成されている地図に目を向けると確かに七割がたこの階層の地図は完成していた。

(確かにそろそろ階段が見つかってもおかしくないよな?)
[はい。魔物の分布密度から考えても、あと二、三回の戦闘で見つけられると思われます]

   これまでのダンジョン攻略のデータからそう割り出してくるアユムの言葉を受け、俺は美香さんに顔を向ける。

「確かにもう少しでこの階層を抜けられそうです。まあ、下の階層に行ったとしても、魔物の種類が変わる可能性は低いでしょうけどね」

   最後にそう付け加えると、美香さんは困ったように微笑んだ。

「戦いで変に萎縮しないのは良いのですが、こうも嫌悪感を抱きながら戦うのは緊張感が無くなりそうで怖いんですけどね」
「それが念頭に入ってるなら問題無いと思いますよ」

   俺的には有難い魔物だが、彼女達には何の有難みも無い魔物らしい。全く持って贅沢な不満だ。
   美香さんと苦笑いで会話を交わしていると、前方から「うっ」という呻き声が聞こえてくる。
   その、不快感とは違う緊張が伴う呻き声に疑問を感じて視線を前に向けると、そこにはタコやイカとは明らかに違う人影が居た。
   完全なる二足歩行だが、人とは明らかに違うトカゲを連想させる顔立ちで太い尻尾を持つそれは、全身を緑の鱗で覆いながらも、皮の胸当てや籠手などで武装している。
   ーーリザードマン。彼女たちにトラウマを与えた魔物だ。
   リザードマンを前にして、前衛の美希さんと美子ちゃんに明らかな動揺が見て取れる。
   俺の事前の報告で武器を構えてはいるが、それを動かす素振りが見えない。
   呪文を唱え終わり、攻撃魔法を発動出来る筈の美久ちゃんも緊張が見て取れ、今まで俺と話していた美香さんはリザードマンを目で捉え息を飲んでいた。
   完全に固まってしまった彼女達を前にして、リザードマンは「シャーッ!」と蛇に似た威嚇音をその口から発すると、手に持つロングソードを力強く振り上げた。

「何をやってる!   死にたいのか!」

   リザードマンの戦意を感じ取り思わずそう叫ぶと、美希さんと美子ちゃんがハッとなるように身体を震わせ、「イエッサー」と同時に鋭く答えてリザードマンに向かって躊躇なく突っ込んでいった。
   あっ……思わず叫んでしまったら、また忍さんの影響が出ちゃったよ……
   条件反射の様にリザードマンへと攻撃を加える美希さん。その美希さんの攻撃の合間を縫って短刀で四肢を斬り付け、攻撃力や機動力を削いでいく美子ちゃん。二人の攻撃の隙を突いて攻撃しようとするリザードマンを、美久ちゃんが攻撃魔法でその行動を阻害し、美香さんは回復魔法を待機させ、傷付いた時には直ぐにでも発動出来るようその戦況をジッと見つめる。
   確かに見事な連携ではあるのだろうが、その表情には嫌悪感は見受けられない。いや、どんな感情もその表情からは見て取れない、無表情だ。
(う~ん、忍さんの影響からは完全に脱してなかったか……)
[何の恐怖も抱かずに躊躇無く戦場に向かう戦士をこの短期間に作り上げるとは、忍の洗脳……もとい、戦闘指南は中々のものですね]

   アユムさん。今、洗脳って言いましたよね……確かに、その通りなんだろうけど、感心するところじゃないと思うよ。
   トラウマなどなんのその、力むこと無くリザードマンを圧倒する美香さん達パーティを目の前にして、俺は頭痛を覚えてこめかみを指で押さえる。

(やっぱり、そんな簡単には洗脳を解けなかったか……)
[意識下までしっかりと植え付けていたようですね。まぁ、トラウマ相手であるリザードマンを前にして、パニックになられるよりはよっぽどマシかと]
(そうだね。彼女達の身の安全を考えれば、悪いこととは言い切れないよな)

   地にうつ伏せに倒れ、完全に生き絶えているリザードマンのその背中に、トドメと言わんばかりに剣先を何度も突き立てている美希さんとそれを無言で見つめている他の面々を見ながら、俺は嘆息を付きつつ両手の平をパンッ!   と打ち付けた。
   ダンジョン内に乾いた音が大きく反響し、その音に反応する様に彼女達はハッと身を震わせる。

「あ……あれ?   私たち、トカゲ野郎を倒し……ちゃってる」
「うん、終わった……の」

   その剣先をリザードマンの背中から引き抜きながら、美希さんがその自我を取り戻すと、美久ちゃんがその現実を噛み締める様に答える。

「勝ったん……ですよね」
「うん、勝ったんだよ美香姉」

   美香さんの呟きに、美子ちゃんは安堵の息を吐き出すと、俺も釣られる様に大きく息を吐き出した。
   ふう、記憶が無いなんてことは無いようだな。これで苦手意識が薄れて次からは、もうちょっと普通に戦える様になってくれれば良いんだけど。
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