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「ここが分からないから教えていただけませんかぁ。」
セシリアは上目遣い気味にディアスを見上げた。

「ここは、…だからこうなる。」
「なるほどぉ!とても分かりやすかったです!ありがとうございますぅ」
「構わない。」
「ディアス様は私のことを疎まないのですね…。ご存知かもしれませんが、私はずっと平民として暮らしてきて、自分が伯爵令嬢だということを知らなかったのです。そのせいで多くの人にいじめられ、無視されて…」
セシリアは大きな瞳に涙をいっぱい溜めてディアスの顔を見つめる。 
「ディアス様は本当にお優しいですぅ…。」
「そうか。これからは分からないところは教師に聞くといい。そちらの方が分かりやすいからな。」
「な…!!私は!で、ディアス様に…!」
「すまないが、私も忙しい。あまり教えられそうにない。」

セシリアはさっと動揺を隠し、また瞳を潤ませる。
「そうですよね…。ディアス様は一国の王子。様々な責任がつきまといます。とてもお大変でしょう。いつでも相談に乗ります。」
「分かってくれたならそれでいい。」
ディアスはさっさと何処かへ行ってしまった。
セシリアはこめかみに青筋をたてた。


セシリアが中庭を歩いていると、シルヴィンを見かけた。
前にあんな事をしてしまったせいで少しきまずい。しかし、ディアスがシルヴィンを大事にしていると分かった今、仲良くしていて損はない。

シルヴィンはどんなに寵愛を受けようと男。色々と不便なことはあるだろう。行き違いも出るだろう。そんな時にセシリアが慰めれば…。
セシリアは歪んだ笑みを浮かばせた。

「シルヴィン様!」
「セシリアさん。どうかしましたか。」
シルヴィンの表情に警戒の色が浮かぶ。

「ごめんなさい!!!!」

平民直伝高速直角御辞儀を披露する。
「せ、セシリアさん?」
「じ、実は私の勘違いだということが分かりましたの。お、お許しください!」
「そんな…。少しも気にしてないよ。だから頭を上げて。」
「あぅ…。し、シルヴィン様はお優しいですね…。」
セシリアは紫色の瞳に涙を浮かばせる。
「ご、ごめんなさい!私、泣き虫で…!」
「いいんだよ。これ良かったら使って。」
シルヴィンは美しい刺繍の入ったハンカチを手渡す。
「あわわ、こんなに美しいハンカチは見たことがありません。こんなに素晴らしいものを私が使ってもいいのですか?」
「うん。実はこれ7年前にディアス殿下から頂いた物なんだ。その時、僕は怪我をしていてね…。このハンカチがまた困っている人の役に立ったと知ったら殿下もお喜びになるだろう。」

セシリアは顔を歪める。そんな惚気を聞きたいわけではない。
「うざ…。」
そう呟いたがシルヴィンには聞こえなかったようだ。

「本当に何から何までありがとうございます。私は次の授業があるのでまたお返ししますね。」
セシリアはそう言って駆け出す。

「ああ!セシリアさん!走ると危ないよ!」
「え?き、きゃっ!」
セシリアはつまづき、ハンカチは宙に舞い、近くの噴水に落ちた。

セシリアがごめんなさいという前に、シルヴィンはザバザバと噴水の中へと入っていく。
「あ、あぅ…。ごめんなさい~って、し、シルヴィン様!?」
シルヴィンは焦った表情をして、セシリアの声にも反応せず奥へ奥へと進む。

そしてようやくハンカチを掴み、安堵のため息を吐いた。
「良かった…。」

「シル!!」
どこから現れたのかディアスが駆け寄る。ベチョベチョに濡れたシルヴィンを優しく抱きしめた。
「風邪をひくぞ。シルらしくない。たかがハンカチではないか。」
「これはただのハンカチじゃないよ。ディーからの初めての贈り物だもの…。」

ディアスは水の滴るシルヴィンの手にキスした。
「ハンカチを守ってくれてありがとう。またシルにハンカチを贈ろう。」
うっとりと青い目を細める。

対照的にギロリと美しい青い目がセシリアを見た。
「わざとではないな?」
「は、はい。」
セシリアはこくこくと何度も頷いた。
「君は貴族としての素養以外にも身につけるものが多くありそうだ。」

ディアスはシルヴィンの手を引き去っていく。
セシリアは下唇を噛み締めた。
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