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楠涼夜という男
しおりを挟む学校1のモテ男
学校1の人気者
優しくて、明るくて、かっこいい
誰もが羨むアルファ
それが楠涼夜という男だ。
しかし、俺は知っている。
楠涼夜は頭がおかしい。
楠涼夜と俺、中町幹斗は幼馴染だ。
隣の家同士で親も仲がいい。俺の家は祖父母と一緒に暮らしていたから、面倒を見てくれる大人が多く、両親が忙しい涼夜はよく遊びに来ていた。
小さい頃からお利口さんで愛想のいい涼夜は俺の家族から好かれていた。
小学5年性の4月、俺たちは第二次性検査をした。
第二次性とは、ベータ、オメガ、アルファの3種類に分かれている性別のことだ。多くの人はベータだか、時々アルファやオメガの性を持つ人もいる。アルファとオメガには色々特性があるが、中でも際立つのは“番”と言う制度だ。番の中でも、特別なものを“運命の番”と人々は呼んでいる。
「この中に俺たちの第二次性の結果が入ってるんだよな」
俺はドキドキとする胸を抑えながら、封筒を開こうとする。
「ちょっと待って。先生が親御さんと一緒に見てくださいねって言ってたよ。まだ帰り道じゃん」
「ええ~?涼夜は真面目すぎるんだよ。見たってバレないって!涼夜は気になんないの?」
「気になるけど…」
「じゃあ見ようぜ!どうせベータだろうけど。涼夜はアルファの可能性高いよな。お父さんアルファでお母さんオメガじゃん」
「幹斗はオメガだね」
「はぁ?そんなわけないだろ?俺の家系はずーっとベータだっておばあちゃんが言ってたし!」
「だとしても幹斗はオメガだよ」
「えぇ?俺どうせならアルファがいいんだけど」
「幹斗はオメガだよ。だって僕の運命の番だもん」
「はぁ?」
俺は大きな声をあげる。スズメがバサバサと木から飛び去った。
「運命の番?」
「そうだよ。だって幹斗といると心がポカポカするし、ドキドキするし、幸せな気持ちになるから。運命の番って一緒にいるだけですっごい幸福感を味わえるんだって」
読書家の涼夜は俺の知らな色んなことを知っていた。学年でも1番頭がいい。
「涼夜が言うんならそうなのかなぁ。俺も涼夜といると幸せだし」
そう言うと、涼夜はとても嬉しそうに微笑んだ。
「運命の番はずっと一緒にいなきゃダメなんだって。ちょっとでも離れると寂しくなるから。」
「ずっとってどれくらい?」
「朝も夜も、学校とか仕事以外の時はずっと!」
「それなら今とあんまり変わんねぇな。俺たちいつも一緒じゃん」
「やっぱりこれも運命の番だからだよ。僕たちが運命の番だから、自然と一緒にいるんだよ」
「へぇー。よくわかんねぇけど涼夜がそう言うならそうなんだろうな」
「分かりきってることだから、封筒の中身を確認する必要はないよ」
「でも気になるじゃん。もしかしたらベータかもしれないし」
「じゃあ一緒に開けよう」
俺と涼夜はせーので封筒を開けた。
俺の目に真っ先に飛び込んできたのはβの1文字だった。
「うわぁ~!やっぱり俺ベータじゃん!オメガなわけないよなぁ」
「え?オメガじゃなかったの…?」
「涼夜は?うわっ!アルファじゃん!かっけぇー!」
「幹斗がオメガじゃないなんてどういうこと…?」
「俺の家はずーっとベータだったの!だからこれが普通だよ」
「ありえない…」
「涼夜?」
「おかしい…」
「おーい!聞こえてる?」
涼夜は俺の診断書を徐に手に取ると、ビリビリと破った。八つ裂きにされた紙が風にのってヒラヒラと舞っていく。
「あ!おい!何すんだよ!」
「幹斗、この診断書、間違ってるよ。幹斗はオメガだよ。僕の運命の番なんだ。こんなの捨ててしまった方がいい」
「はぁ?意味分かんねぇこと言うなよ!お前どうしてくれんだよ!俺、怒られるだろうが!」
「怒られる?何も悪いことはしてないよ。だってあの診断書は嘘だったんだもの。逆に褒められるよ」
「お前意味分かんねぇよ!医者が間違えるわけないだろ!?俺はベータなんだよ!」
「違う!ベータなんかじゃない!幹斗はオメガだ!俺だけのオメガだ!」
このまま話していても無駄だと思った俺は、涼夜を置いて家に帰ることにした。
「怒られたらお前のせいだからな!」
涼夜は褐色の美しい瞳を真っ直ぐ俺に向けて動かなかった。
なんだか知らない涼夜のようで、涼夜から逃げるように走った。
家に帰って涼夜に破り捨てられたと伝えると嘘はやめろと怒られた。あの涼夜くんがそんなことするわけないでしょ、と。無くしてしまったものは仕方ないから結果だけ教えてと言われたので、ベータだと伝えると、やっぱりねと言われた。
母は涼夜のように怒らなかった。
「お母さん、あの後もずっと涼夜が俺はオメガだっていうんだ。俺って本当はオメガなのかな」
「いいえ。幹斗はベータよ。ちゃんと国からもお家に診断書が届いてるから」
「だよね。でも涼夜はずっと俺がオメガだっていうんだ」
「…そうだったのね。幹斗も好きな人ができたらその気持ちが分かると思うわ」
「ふーん」
俺はずっとオメガとして扱ってくる涼夜のことを少し疎ましく思っていた。涼夜のせいで他のクラスメイトからもオメガだと思われている。
しかしベータだというと涼夜が怒るので、俺は面倒くさくなってほっとくことにした。
「なんか、幹斗くんってオメガっぽくないよねー」
クラスのマドンナ、こころちゃんに声をかけられた。
「いや、だって俺ベータだし」
「え!?でも涼夜くんはオメガだって…」
「あれ勘違いだから」
「へぇー、そうなんだ。あんなに頭いい涼夜くんでも間違えることなんてあるんだ」
「お、俺はさ、普通にベータだからさ、普通にベータの女の子が好きだからさ、えっと…」
「幹斗はオメガ、でしょ??」
「うげ、涼夜」
「涼夜くん!」
こころちゃんの目がハートになる。
そうだよな、いや分かっていたんだけどさ。クラスの半数以上が涼夜のこと好きってことくらい。
「戸田さん、勘違いしちゃダメだよ。幹斗はオメガだから」
「うん!涼夜くんがそういうなら間違いないね」
「え?違うよ!ちょっとこころちゃん!」
「僕たち2人で話したいことあるから」
「うん!またね!」
こころちゃんは可愛らしい笑顔で教室から出ていった。
気づいたら教室には俺と涼夜以外いなかった。
「ダメだよ、幹斗」
俺はびくりと大きく体を震わす。
彼から威圧のようなものを感じる。これもアルファだからなのか。
「浮気だよ、それは。ベータだって偽って女の子に近づこうとしてるのは。」
「う、嘘なんてついてない!本当に俺はベータだ…」
そのとき、涼夜はグッと俺に近づいた。
涼夜の形の良い唇が近づいて、俺は黙らされた。
「お、俺のファーストキスが…」
「幹斗。幹斗は僕の、僕だけのオメガなんだよ。分かった?」
威圧がさらに強くなり、息苦しくなる。
辛いのに、甘い。瞳を見つめているだけでクラクラする。涼夜に魅了されていく。
俺は顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。
涼夜は女神も照れるような微笑みを浮かべた。
「ねぇねぇ、涼夜くんがアルファ校に行くって本当?」
「えっ?」
「そう噂になってるの」
こころちゃんは少し悲しそうな顔をして俯いた。
「えっ?そうなの?マジか…。」
俺は悲しそうな顔を作りながらも、内心ガッツポーズを作っていた。
アルファしか通えないアルファ校に行くというのなら、涼夜とも離れられる。
毎日、オメガだなんて言われなくて済むし、キスされなくても済む。
願ったり叶ったりだ。
そして迎えた卒業式の日。
「涼夜…」
「幹斗、泣いてるの?可愛いなぁ」
「涼夜と離れ離れになると思うと寂しくて…」
この言葉は嘘ではない。ずっと兄弟かのように一緒にいた涼夜と離れるのは寂しかった。第二次性の検査から涼夜との関係は少し拗れてしまったが、もともととても仲の良い親友だったのだ。
もちろん、離れられる喜びの嬉し涙も混じってはいるが。
「離れ離れ…?何のこと?」
「涼夜はアルファ校に行っちまうんだろ?」
「アルファ校に?行かないよ!僕は幹斗と同じ地元の中学に通うよ」
「は?」
「僕が幹斗を置いてどこかに行くわけないじゃないか!
安心して、幹斗。ずっと一緒だよ」
俺の涙は枯れ、未来への希望も枯れた。
中学生になったら恋人を作ろうと思ってたのに、それは無理そうだ。
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