愛などもう求めない

白兪

文字の大きさ
上 下
17 / 24

蜻蛉

しおりを挟む
薄暗い空の中、目を覚ます。
普段の起床よりずっと早い時間だ。夜中に何度も何度も目が覚め、安眠などちっともできなかった。また悪夢を見るのが怖くて、今日はこのまま起きていようと決める。

久しぶりに見たーーいや、前に見たのは夢だったから初めてのーーファクティスは相変わらず美しかった。
部屋の額縁の中のタンドレッスも美しい。

「お母様…。」

彼女のこともお母様と呼ぶ権利などない。

今は母親の温もりがたまらなく欲しかった。


「ヴェリテ様、今日は中庭に行きませんか?来る途中に目に入ったのですが、とても美しかったのです。是非ヴェリテ様と一緒に見たいと思って…。」
ジュスティスがおずおずと提案する。
「素敵ですね。行きましょう。」
気分転換になって、このずんと重い気持ちも晴れるかもしれない。

「風が心地よいですね。」
「…はい…。」
「見てください、このお花美しいですね。」
「…はい…。」
「南部にしか咲かない貴重な花なのだそうですよ。」
「…はい…。」
「ヴェリテ様、困っていることはあるのではありませんか?」
「…はい…。」

ジュスティスは困ったように眉を下げて、ヴェリテを抱きしめた。
「じゅ、ジュスティス様!?」
「ヴェリテ様、僕はいつでも貴方の味方です。どうか僕を頼ってください。」

ヴェリテはジュスティスの優しさに思わず泣きそうになった。

「ジュスティス様、実は…」

「わっ!!」

その時、美しいボーイソプラノの声が響いた。
木の茂みから現れたのは、ファクティスだった。

「ご、ごめんなさい!お邪魔をするつもりはなかったんです!」
「いえ、構わないですよ。貴方はどちら様ですか?お会いしたことがありませんよね。」
「ぼくはファクティスと申します!」
「ファクティス様、お怪我はございませんでしたか?」

2人の視線が行き交う。
これ以上、2人の姿を見ていられずヴェリテは逃げ出してしまった。

「ヴェリテ様!?」

遠くで名を呼ぶジュスティスの声が聞こえる。

嫌だ 嫌だ 嫌だ

絶対、絶対に返すから。
ファクティスの家族も立ち位置も婚約者も。
全部返すから。

だから、今だけは僕の物でいさせてよ。


「…ぐずっ…ぐずっ…。」

部屋で1人泣いているとコンコンっとドアをノックされた。

「失礼します。
ヴェリテ様、大丈夫ですか?」

ヴェリテはジュスティスに何も告げずに突然走り去ってしまったことを恥じた。
突拍子もないことしてしまった恥ずかしさで、ジュスティスの顔が見れない。

「…ヴェリテ様?」
「ごめんなさい。」
「こちらを見てくれませんか?」
ヴェリテは首を横に振った。
「どうしてですか?僕のことをお嫌いになられましたか?」
「そんなわけない!ジュスティス様のことを嫌いになるなんて絶対にないです。」
ヴェリテは思わずジュスティスの方を見た。
ジュスティスは微笑んだ。
「僕もヴェリテ様を愛しております。僕たちは同じ気持ちだと信じています。」
ジュスティスがヴェリテの頬の涙を拭う。
ヴェリテは何とも答えられず黙りこくった。
代わりに頬が熱くなり、瞳がさらに潤んだ。
それだけで十分だった。

「愛しています、ヴェリテ様。」

ジュスティスの柔らかな唇がヴェリテの唇に触れた。

「僕もです。愛しています、ジュスティス様。」

思わずそんな言葉が出てきてしまった。

1番恐れていたことを避けられなかった。

結局は、ジュスティスのことを愛してしまった。




しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。

めちゅう
BL
 末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。 お読みくださりありがとうございます。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...